コゴール砂漠、マンタイク、カドスの喉笛、ノードポリカにテムザ山。
数々の荒波にもまれながらも、うちらは凛々の明星の最初の仕事であるフェローにやっと会えたのじゃ。
エステルはその満月の子の力で世界に危害を加えない方法を探るために、魔導器の発祥の地ミョルゾへ。
桜の姉御は人間に戻る方法を実行するために、このまま旅を続けることになったのじゃ。
エステルの方はまだ目的地がある分まだ救いようがあるのじゃが、問題は桜の姉御じゃの。
好きなひとを見つけて、相手と愛を深めて、仲間がピンチの時に進化、変化して人間に戻れる……かもしれないと言われたのじゃ。
成功する確率が極めて低い上に、自分の気持ちに奥手な桜の姉御が一番好きなひとを見つけ出さなくてはいけないとなると、とっても高難易度なのじゃ。本当に困ったのじゃ。
例え、桜の姉御が本気で愛し合える男に巡り合えても、進化に失敗すれば、桜の姉御は死に、残った男も絶望してしまう。
桜の姉御も相手の男も相当の覚悟が必要なのじゃ。
可能性の前に、桜の姉御が好きな相手は誰なのか、そっから考えなければならんのじゃ。
一番最初に思い浮かんだのはユーリじゃの。桜の姉御の保護者……ということになっておるが、やることなすこと恋人のようなのじゃ。うちはイケメンならば何股してもかまわんと思うておるが、桜の姉御のことを考えると、ユーリは桜の姉御のことだけを考えた方がいいのかもしれん。
次に帝国騎士団隊長にして、ユーリの幼馴染フレン。
ノードポリカの闘技場で会った時の桜の姉御への執着はかなり異常じゃった。うちらやユーリもいる前で、桜の姉御を抱きしめるフレン。
あの男には自分の腕の中の桜の姉御しか見えていなかったのじゃ。
それほど、桜の姉御が大好きということなのか。
デュークも捨てがたいの。ユーリとフレンとは違う、ミステリアスな色男なのじゃ。
桜の姉御のことを好いておると直球でかましてきた上、嫉妬心もなかなかなのじゃ。
あの胡散臭いおっさんでさえ、近づくことを許さず、いきなり攻撃してくるくらいだからの。
桜の姉御に責任もって幸せにすると求婚するくらいじゃから、桜の姉御が求めれば応えてくれるかも。
ただ、桜の姉御以外アウトオブ眼中、うちらと行動を共にしたくないようなのじゃ。
例外として、レイヴンのおっさんも入れてもいいのかの。
桜の姉御の事情を知ってから、かなり積極的に桜の姉御にアプローチしてきたのじゃ。
恋愛感情がむき出し過ぎてかなり怪しいが、テムザ山の時は真面目にユーリをフォローしとったし、桜の姉御の死についても冷静に受け止めようとしていた姿は侮れん。
誰が相手になるのか、桜の姉御次第。
最悪、男どもが役に立たないようであれば、うちが友として愛を上回る友情を築いてやるのじゃ。
……とは言うものの、うちは記憶喪失で、アイフリードの孫であるかどうかも怪しいのじゃ。
自分のこともわからない友達を好いてくれるかどうか、ちょっと自信ないのじゃ。
そうやっていろいろ悩んでいるうちにも、時間は過ぎていくもの。
目的地ミョルゾを調べるためにアスピオに向かう途中、うちらを乗せたフィエルティア号は夜空で休息をとることになったのじゃ。
エステルや桜の姉御のことをたくさん知ることができた有意義な時間であったが、うちの記憶喪失はちっとも前に進んでおらん。
街を回る度に、うちの祖父アイフリードの悪評ばかりがついて回る。
ひょっとしたら、うちの記憶など知らなくてもいい、とっても悪いものかもしれん。
桜の姉御の心配も相まって、うちは床の上で眠れぬ夜を過ごしていたのじゃ。
「ううむ。横になっても眠れぬとは、いよいよもってうちも限界かの……」
「……パティも眠れないの?」
船室で身を起こすと、壁に背持たれていたカロルが重々しく声をかけてきた。
ドンの死、そして今は自分のギルドをまとめるために悩んでいるのじゃ。
あれから誰にも相談せずに、ひとりで抱え込んでいる分、桜の姉御と同じか。
「カロルも眠れぬのか?」
「眠ろうとしたんだけど。嫌な夢をみちゃって……」
「どんな夢なのじゃ。うちに話せば元気が出るのじゃ」
「ありがとう、パティ。夢の中では皆が死にそうで、ボク、一生懸命助けに行くけど。ずっと同じ場所を走ってるんだ……」
「それはカロルが現実に抗おうとしてる証拠なのじゃ。
悪い夢は逆夢なのじゃ。近いうちにいいことが起こるかもしれんぞ」
「だといいんだけど。……あれ? ユーリは? 桜もいない」
カロルにつられて船室を見回したところ、出口の近くにいたユーリとベッドで眠っていた桜の姉御の姿が見えなんだ。
桜の姉御は始祖の隷長の影響で眠る時間が短くなってきておる。大方甲板で星空を見ておるのじゃろう。ユーリは桜の姉御に付き合ったというとことかの。
「心配することはないのじゃ。ユーリと桜の姉御は一緒なのじゃ」
「……ああ、そういうこと。じゃあ、ボクたちはもう寝ようか」
「暢気に眠ってる場合ではないのじゃ」
「パティ。ユーリが好きなのはわかるけど、ふたりの邪魔しちゃ悪いよ。
大切なひとも気持ちを尊重しなくちゃ」
「大切なひとの気持ちを尊重した結果、陰ながら成り行きを見守ることにしたのじゃ」
「それって出歯亀って言うんじゃ」
「カロルも凛々の明星の将来を見据えて、ふたりの生末を見届ける義務があるのじゃ。
桜の姉御の命運もかかっとる。仲間として見過ごすわけにはいかんのじゃ。レッツゴーなのじゃ」
「え? 待って、パティ?」
ぐずぐずしとるカロルの手を引いて、こっそり桜の姉御とユーリの姿を追って甲板にでた。
男女の駆け引き、みんなで覗けば怖くないのじゃ。
物陰に隠れながら、船の明かりと星光を頼りに甲板に目を走らせていると、前の方でふたりの姿を捉えた。
桜の姉御はユーリに肩を抱かれて、戸惑いながらも照れているようなのじゃ。
うちらは風下の荷の陰に隠れて、様子を窺うことにしたのじゃが。
「殺されてもいいと言い切るだけあって、ユーリは桜の姉御といるのがよっぽど嬉しそうなのじゃの。
本当の恋人同士みたいなのじゃ。もっとくっつけ、見ているこっちが萌え萌えなのじゃ」
「やめようよ、パティ。こんなの良くないよ」
「待て。ユーリの様子がおかしいのじゃ」
「あ。ユーリが桜を捕まえて、なんだか真面目な顔してる」
カロルの言う通り、ユーリが桜の姉御に何か訴えているようなのじゃ。
奥手の桜の姉御相手に、ユーリは腹を括ったのか。
しかし、桜の姉御はぱっさり切り捨てたようで、ユーリはがっくりと肩を落としてしまった。
「なんじゃ。フラれたのかの」
「やっぱり、桜はユーリのこと恨んでるのかな。
ユーリは命を賭けてまでけじめをつけようとしてるのに、それでも桜はユーリを許せないの?」
「桜の姉御は誰かを恨んだり憎んだりするような器の小さい女ではないのじゃ。
それにユーリの男気を甘く見てはいかんのじゃ」
「ホントだ。ユーリが桜を押し始めた」
ユーリは桜の姉御の両肩を捕まえたまま、再びこんこんと何かを訴え続けている。
そして、こちらにもユーリの激しい感情が届く。
――オレは桜、お前が好きだ。
彼らしい、何の飾りもないストレートな告白が離れたうちやカロルの心にも響く。
「お、おお。やりおったわ、ユーリ」
「う、うわぁ……っ。ユーリ、言っちゃった。ついに言っちゃったよ……っ。桜は? 桜はなんて?」
「カロルが恥ずかしがってどうするのじゃ。
目を離してはいかんのじゃ。これは男と女を知る絶好の機会なのじゃ。いい勉強になるぞ」
「だって、桜が頷いたら、その……ユーリと桜はエッチなことしちゃうじゃない?」
「そうじゃ。ユーリに求められるまま、桜の姉御は貞操を奪われて、そのまま男女の営みに発展してしまうの」
「こんなところで? 皆が起きちゃうかもしれないのに?」
「スリルを味わいたいのか、桜の姉御への愛を皆に見せつけたいのか、桜の姉御が自分のものだと誇示したいのか。
うちはそんな変態ユーリもバッチ来いなのじゃ」
「そんな危ない趣味のユーリはイヤだな……って、うあっ、ユーリが桜を抱きしめちゃったっ」
カロルが思わず目を覆うほど、ユーリは桜を強引に熱く強く抱き締めていた。
桜の姉御の困った顔から察するに、告白の返事はまだで、ユーリが一方的に思いの丈をぶつけているところかの。
ユーリの上気した顔を見る限り、桜の貞操は時間の問題かもしれん。
「ここからは少年少女閲覧禁止の熱い世界かの。
過激なシーンに入る前に、カロルは先に船室に戻った方がいいのじゃ」
「パティも戻ろうよ。そろそろ桜とユーリの雰囲気が最高潮だし、ボク、もうドキドキして見てられない……っ」
「いや、うちには妹分としての責務があるのじゃ」
「いくら仲良くったって、これ以上の覗き見はよくないよ……っ。
ボクたちが踏み入れちゃいけない世界になっちゃう……っ」
「ユーリが桜の姉御の同意なしに操を暴いたら、男を終わらせる義務がうちにはある」
「や、やめてよ……っ」
「大丈夫なのじゃ。ユーリが間違いを犯さなかければいい話で」
「だよね」
「血迷ったら、ユーリには女になってもらうがの」
「ひん……っ」
うちが銃を構えたら、カロルは両手で股間を守って内股になった。
いくら愛するユーリでも、うちの大切な桜の姉御を悲しませるのは許せんのじゃ。
けれど、桜の姉御にユーリを信じる勇気さえあれば、男の想いを受け入れ、身も心も捧げるのじゃろ。
「ユーリなら必ず好きな女の死の恐怖に打ち勝って、桜の姉御を人間に戻せるのじゃ」
「パティ……。うん、そうだね。桜が大好きなユーリなら、どんな障害だって乗り越えられるよ」
「もちろんなのじゃ。桜の姉御もユーリが相手なら大船に乗ったつもりで身を任せるじゃろ」
うちの知る桜の姉御なら、ユーリの気持ちを快く受け入れてくれるはず。
この夜、ふたりは愛し合い、深く結び合う。
……そう確信していたのに、現実は異なっていたのじゃ。
「桜の姉御?」
「あれ? 桜、なんで……?」
桜の姉御はユーリを突き飛ばして、船の後部へと走り去ってしまった。
うちらの横を過ぎ去った桜の姉御の苦しそうな横顔を目の当たりにし、うちは痛感してしまう。
桜の姉御には、ユーリの想いを受け止められる覚悟がなかった。
そして、ユーリも時期を誤ったのかもしれないと。
私が前向きに行けたのなら
笑顔を浮かべて君に知らせよう
私はごくごく平凡な女の子だ。それ相応に恋愛に憧れていたし、時が来たら想いを寄せる男性が現れるんじゃないかと期待していた。
片思いでもいい、両想いになったらすごく嬉しい。
燃えるような愛とか、大層なことまで願ってはいない。肩が触れ合うだけの細やかな幸せがくればいいなと、思春期なりに妄想していたのである。
ユーリと出会うまでは。
美女を見紛うほどの美青年で強くて頼りがいがあって、自らの行動に一切迷いがない、正義感のある兄貴分だ。
一方で超絶鈍感無神経のデリカシーの欠片もない女オンチでおまけに皮肉屋でもある。
初めて出会った時は、嫁入り前の女の子として丁重に扱ってくれたのに、テルカ・リュミレースで一緒に旅を始めたら一転。膝枕に腕枕、プリホル、ハグに飽き足らずディープキスまでやらかす傍若無人ぷりである。
これがイケメンで尚且つ保護者でなければ、すぐさま張り倒して、警察なり帝国騎士団なり突き出していただろう。フレンだって激怒していたんだ、幼馴染であろうとも快く斬殺してくるはず。
……今思えば、異世界人を理由に足元を見られてたのかもしれない。おのれユーリ・ローウェル。
そう。私の中では彼はただの保護者だったのだ。
異性として見ようにも高嶺の花が過ぎて、私など足元の地面にも及ばない。
だからこそ、先に述べた被害に遭いつつも、旅を続けてこれたのだと思う。
転機はフェローから人間に戻る方法を教えてもらった、その夜だった。
保護者として傍にいたはずのユーリが、劣情にも近い激しく熱く無遠慮な感情を私にぶつけてきたのだ。
前からそれっぽい言動はあったものの、ユーリは顔に出ないタイプ。まさか本気で私に異性としての感情があったとは思えず、スルーし続けてきた。
なのに、ここに来てユーリが私を求めてきたのは、恐らく人間に戻る方法のせいだと思う。
その方法というのが、私の中の聖核を代償にし、私が私自身もっとも好きなひとをより強く想うこと。
成功すれば、人間に戻れるらしいが、可能性は極めて低い。失敗すれば、心臓である聖核を失い、死んでしまう。
始祖の隷長になる道しか残されていなかった私は一か八かこの方法を選んだ。
その後で気付いてしまう。私が好きなひとを決めると言うことは、私が相手に命を預けることと同じ。
保護者のユーリにしてみれば、今まで身を挺して守ってきた存在が自分以外の誰かに命運を任せるなんて認められなかったのだろう。
故に昨日の夜、私に愛の告白なんて似合わないことをしたんだ。
私の知る優しいユーリが本気で私をひとりの女性として愛し、欲情するわけがない。
例え本気だとしても、人間に戻る方法を聞かされた後では説得力がない。私には判断できない。
少なくとも、嬉しくもなく、喜ぶこともできなかった。
ユーリの本当の気持ちがわからない自分に辛くて、私が死んだ時の彼のことを思うと悲しくて。
こんな追い詰められた状況で、あんな重い感情を叩きつけてきたユーリが許せなくなって。
だから、私はユーリの気持ちを受け入れなかった。彼を拒絶した。
思い出しただけでも、怒りとも悲しみともつかない感情があふれ出そうになる。
ひたすら耐えながら歩いているうちに、胡散臭いでお馴染みの中年男性が顔を覗き込んできた。
「桜ちゃん。元気してる? 前見て歩かなきゃあ、おっさんの胸にぶつかっちゃうよ」
「ごめんなさい、レイヴンさん。昨日の今日で、ちょっと考え事してて」
皆と一緒に薄暗い路地を俯いて歩いていると、レイヴンに注意されて、私はやっと顔を上げた。
ここは世界中の魔導士が集う学術閉鎖都市アスピオ。
リタの自宅のあるこの街は、前に来た時と変わらず、洞窟の中で静かに佇んでいた。
次の目的地であるミョルゾの場所を突き止めるため、ここまでやってきたのだが、昨晩の件を引きづってしまい、今に至っている。
「少年少女に悩みはつきものよ。桜ちゃんの悩みは文字通り死活問題だからね。
君さえよければ、俺様がカフェでお茶しながら相談に乗るけど。いやしよう、そうしよう、やってみよう。何事も若いうちに挑戦してみるもんよ。おっさん信じて」
「甘えちゃおうかな」
「あん、桜ちゃんのいけずっ。……て、OKなの? マジで!?」
「あら、おじさまに靡くなんて、どういう風の吹き回しかしら。
私、桜のお姉さんとして看過できないわ。ねえユーリ?」
「……。……ああ、おっさんはないな」
「むっつり男。あんた桜の保護者でしょ。これくらい即答しなさいよ」
「フェローの話を聞いた後です。桜が悩むのはわかりますが、ユーリは変ですよ。
いつもなら……。いいえ、こういう時だからこそ、桜に寄り添ってあげないと。
これは大きなマイナスです」
「そうだったな。そういう勝負だった」
「桜が辛いときに支えてあげられないユーリに存在価値はありません。
わたしが直々に成敗してくれます」
「大人しく成敗されるオレじゃねえぞ」
「いい覚悟です。今ここでわたし直々鉄槌を下すのです」
「街中で剣抜くなよ。いくらお姫様と言えど、騎士に見つかって追い出されるだけだぜ。最悪ザーフィアスへ逆戻りだ」
「帝国騎士団であろうとも友達の桜が止めようとも、桜のためなら、わたしは刃を振るうのです。
ええ、桜がわたしを止めて……桜?」
暴走するエステルにユーリが皮肉で対応するものの、いつものように私がツッコんでこないことに皆が眉をひそめた。
もはや私の隣が定位置になったユーリではあるが、私はもう関わり合いになりたくない気持ちでいっぱいだ。
自動的に口数が減った私から何かを察しているのか、パティが元気よく背中を叩いてきた。
「桜の姉御、いろいろ辛い時かもしれんが、今は前を向いて歩くのじゃ。
顔を上げて歩いていれば、必ず光明が見えてくるのじゃ」
「ありがとう、パティ。……ごめん、今本調子じゃないの。
そのうちいつもの私に戻る、頑張るから」
「桜、昨日のこと、まだ……」
「カロルも気を遣わせちゃって、ごめん。凛々の明星の一員として頑張らないとね」
「ううん、やっぱりこれじゃあダメだ。ひとりで頑張るなんてダメだよ」
「カロル?」
「皆、ちょっとボクの話を聞いて。凛々の明星の掟について決めたことがあるんだ」
「私の事ね」
「ジュディスの件もあるけど、ユーリや桜、ボクも罰を受けてもらう」
「……え?」
カロルが私たちの前に回り込んで行く手に阻んだと思ったら、突拍子もないことを言い出した。
ギルドを裏切ったジュディスや自分の正義でラゴウを殺めたユーリ、自分の正体を隠していた私ならともかく、カロルに罪はないのになぜ。
不思議に思っている私の前に、エステルが背を向けて躍り出た。
「いくらカロルでも、桜に罰を与えるなんて許せません。……殺ります」
「待て待て待てエステルさーん!?」
「このままでは桜が罰を受けて、あられもない姿に」
「私で何を妄想してんだこの小娘!!」
「桜が手足を拘束されて動けないことを良いことに、あれよあれよと生まれたままの姿にされて、あんなことにそんなこと、こんなことまで……!!
いくら毎晩桜をおかずにしているユーリやフレンが許してもわたしが許せません」
「花の皇女が下品なこと言うな!!
そして夜のネタにされてる私の気持ちが早速勝手にいいことにされてる!!」
「桜の純潔のためです!!」
「たった今私の心が穢れたわ!!
ユーリとフレンさんが私に、よ、欲情するはずがない……っ!!」
昨晩のユーリに迫られたのを思い出してしまい、私のツッコみのキレが鈍る。
そうだ。フェロモン溢れるユーリが、私なんかでおピンクな妄想なんてするはずがない。
私は気を取り直して、エステルを止めに掛かった。
「とにかく、カロルがそんな下品な罰下したりしない!」
「ですが、桜の身体が」
「よしそれ以上口を開くな!!」
「……」
「睨んでもダメ!!」
「嬢ちゃん。ギルドの話に外野が口出すのはやめとこうや」
「エステル、ボクが桜に言ったこと覚えてるよね。
ギルドは掟が一番大事。掟を破れば厳しい処罰が待っている。
それが友達でも、親兄弟でも。それがギルドの誇りなんだって」
「なんでまたカロルまで罰せられなきゃなんねえんだ」
「ジュディスがひとりで世界のために頑張ってるのを知らなかった。
知らなかったからって、仲間で手伝ってあげられなかったのは事実でしょ。ボクも罰を受けなきゃ」
「まあ……」
「ユーリだって、自分の道だからって、仲間に秘密にしていたことがあった。それって仲間のためにならない」
「そりゃあそうだが……」
「桜もひとりで辛い思いまでして、自分の正体を黙ってた。それは返って仲間を心配させたよね」
「ごめんなさい」
「ガキんちょ、一部ものすごいこじつけしてない?」
「……掟は確かに大事だよ。だけど、それは仲間のための掟なんだ。
正しいこと、仲間を思ってやっているのに、罰を与えていいのか。本当のところ、ボクにはわからない。
だから、皆で罰をうけてやり直そうと思うんだ」
カロルが一生懸命掟について、私たちに話して聞かせてくれた。
正直、私は自分のことで手一杯だというのに、カロルが仲間について、ここまで考えていたとは驚きと尊敬に値する。
カロルの決断に対して、なるほどと頷きつつユーリは斜めに構えた。
「オレはまだ秘密にしていることがあるかもしれないぜ」
「それはボクが信頼されてないからだよ。ボクが悪いんだ」
「また勝手に魔導器を壊すかもしれないわ」
「それが世界のためなら、許容範囲だと思う」
「私、まだ大切なことを黙っているかもしれない」
「それなら、ボクが桜が頼りにできるほどの男になればいいんだ」
「一丁前にカッコつけるんじゃないわよ。それって、掟の意味あるの?」
「はっはっはっ。天を射る矢の参謀やってるけど、そんなけじめのつけ方聞いたこともないわ。おもしろいギルドじゃないの。おっさん好きよ、そういうの」
「皆で責任をもって、皆で助け合う。わたしも好きです」
「型にとらわれない、自由で素敵な掟なのじゃ」
カロルの画期的な結論に、皆は快く賛同してくれた。
特にユーリにはクリティカルヒットしたのだろう、感嘆の声を上げる。
「カロル、お前すごいな。オレは自分をどうするか、桜はどうしてるかって考えてたが、仲間がどうしていくかなんて考えてなかったのかもしれない。オレには思いもつかないけじめのつけ方だ」
「ボ、ボクはただ皆と一緒に旅がしたいだけさ。皆の道を凛々の明星と同じ道にしたかったんだ。
それに……桜のことを考えると、ユーリと……皆バラバラになっちゃいけないと思った」
「私……? なんでまた」
「桜は自分の中で一番のひとを探さなくちゃ、始祖の隷長になっちゃうんでしょ。
……昨晩のこと……。ううん、無理にユーリを選んで欲しいとは言わない。桜の気持ちの問題だから」
「カロル。そうね、私……」
「恥ずかしいし、複雑な気持ちだと思う。でも、ボクたちで手助けできることだってあるはずだよね。
ユーリだって、桜を大切にしたいなら、絶対協力してくれるでしょ」
「カロルが考えてる大切とは違うかもしれねえぞ」
「桜に嫌われたくらいで諦めるユーリじゃないって、ボクは信じてる」
「期待されてんのな、オレ」
「私も期待してるわ。桜にも、カロルにだって。
本当におもしろい人たち。こういうの嫌いじゃないわ」
「じゃあ、改めて、凛々の明星の再出発だね!」
カロルが元気よく拳を突き上げる様を見て、私はちょっとだけ羨ましく思えた。
自分のことばかりな私と違って、カロルは皆のことを考えながらも、どんどん前に進んでいる。
天を射る矢のレイヴンも感心したように、その光景を眺めていた。
「ドンのじいさんとは一味違うねぇ。少年が青年の肩を持つのがいけ好かんけども。
俺様の存在忘れてない?」
「レイヴンは桜の守備範囲外なのでは?」
「おっさんは眼中にないのじゃ」
「おっさんが桜に男として見られてるわけないでしょ」
「皆してしどい……。んで、罰はどうすんの?
……本当に桜ちゃんが俺様のおかずな展開になっちゃうわけ? クッ殺な展開?
なら、俺様も同伴させてくれないか。桜ちゃんの苦しみは俺様の苦しみだからね」
「拒否権を発動する!!」
「俺様と桜ちゃんの仲じゃないの。口には言えないエロ……手酷い罰で穢れた桜ちゃんを俺様がこの身を挺して慰める……。いけるんでない?」
「断固拒否だ! いかがわしい何かを感じる!!」
「遠慮しなくてもいいのに。おっさん優しくするよ、ふへへっ」
「下心が顔に出てる時点で説得力ねーわ!! カロル、罰ってなんなの? まさかとは思うけど、この邪なおっさんやエステルが言うような卑猥な蛮行働こうってワケないよね!? いくらカロルでも私の鉄拳が唸るわよ!!」
「や、やめてよ。ボクがいやらしいこと考えるわけないじゃないか」
そうだよな。ミジンコハートに剛毛生えたくらいで、破廉恥な行為するわけないよな。
カロルは顔を赤らめつつ否定すると、しばらく考え込んで、ポンと手を叩いた。
「桜は好きなひとができたら、赤裸々に気持ちを皆に打ち明けるとか?」
「ない!」
「ユーリは桜にアタックし続けるとか」
「言われなくてもだ」
「ジュディスは桜の恋愛の相談相手になるとかさ」
「願ってもないことだわ。やらせてちょうだい」
「皆の意見も合致したことだし、これで」
「良いわけないだろ! 私が承諾してない! いや罰だから本人の意思は関係ないけども!!
なんで私だけ恥かく方向になってんだよ!? 特にこいつとは断じてない!!」
「桜、お前……」
「私に話しかけないで」
「桜。オレの話を聞けよ」
「話すことなんてないでしょう」
「ユーリも桜も喧嘩しないでよ。やっぱりダメかな……? う、うーん……難しいなぁ」
「あんたたちのギルドの話はもういいでしょ。決まらないなら、後にしなさい。
こっちはまず、ミョルゾへの場所を突き止めなくちゃいけないわ」
「そうなのじゃ、ミョルゾに加えて、ヘルメス式魔導器の情報を集めるのじゃ。
後、道具や食料の準備、船の確認諸々やること山ほどあるのじゃ」
「じゃあ、いくつか組み分けをしましょう」
パティがつらつらと課題を並べると、ジュディスが私たちを見回して提案してきた。
「そうね。ミョルゾについては私とおじさまで聞き込み行きましょう。
魔術都市なら、クリティア人も多く滞在しているだろうし、同じクリティア人の私と口が上手いおじさまなら、うまくミョルゾの情報が聞き出せるかもしれない」
「え。おっさん、桜ちゃんと一緒にカフェでデートの約束が」
「女心がわからないようじゃあ、桜の相手は務まらないわよ」
「ンだから、俺様が桜ちゃんの相談に乗るって言ってるのに」
「おじさまが桜の相手をしたら、誰かさんが焼きもち妬いて手が付けられなくなるわ」
「あー……。なるほど」
「なんでふたりしてオレを見るんだ。
そこまで小さい男じゃねえよ」
「じゃあ、ユーリとカロル、ラピードは買い出しね。
アイテムは十分残っているし、食料は消費した分だけ買い足せばいいわ」
「待て、食料ならオレと桜だろ」
「小さい男ね」
「あのな……」
「まあまあ、ユーリ。桜は逃げたりしないから」
「桜はパティは船の様子を見てくれないかしら。
桜ならバウルの具合くらいわかるだろうし、パティは古びた船体の整備確認をしないとね」
「わかった」
「船のことなら、うちに任せるのじゃ」
「リタとエステルはヘルメス式魔導器について調べてもらえる?」
「あたしもそうしたいところだったわ」
「リタのお手伝いができるなんて嬉しいです」
ジュディスにてきぱきと役割分担されて、私たちはそれぞれ行動を起こした。
私はバウル、パティはフィエルティア号をみるために、街の外にある船へと乗り込んだ。
船の老朽部分を確認するパティ。私は空を舞うバウルに声をかけてみることにした。
「バウル! 元気にしてる?」
「オオオン……」
私の呼びかけに彼は悲しそうな鳴き声を上げた。
こちらまで胸が苦しくなってしまうほど、彼の気持ちが伝わってくる。
言葉そのものが通じないと理解しつつも、私は問いかけた。
「辛いことでもあったの?」
「……」
「そりゃあ、進化した途端、船抱えて世界中を回るはめになったのは悪いと思うけど……」
「……」
「違うの? 何がそんなに不満なのかな。ううん、寂しいと言うか」
「そうか。バウルは全部を見えているのじゃな。
では、ジュディ姐が昨晩の出来事を知っていて当たり前か」
「パティ?」
「桜の姉御、すまん。うち、昨晩ユーリと一緒にいるところを見たのじゃ」
「は?」
「バウルもユーリが激重感情を桜の姉御に叩きつけて玉砕するところの一部始終を見ていたと思うのじゃ」
「……なん、だと?」
パティから衝撃の事実を突きつけられて、私は一瞬理解に遅れた。
そうだよ、この船はバウルに運んでもらってるんだ。バウルの腹の下でのやりとりなど、彼に筒抜けだろう。
バウルはともかく、パティにまでユーリの激白やらきつい抱擁やらを目撃されていたなんて、生恥この上ない。
「し、死ぬ……っ」
「死ぬのはまだ早いのじゃ。桜の姉御、ユーリのことが本当に嫌いになってしまったのか?」
「嫌いとか以前の問題よ。もう一緒にいたくない。関わり合いになりたくないの。
私がこんなんじゃなければ、一緒に旅なんてしてないで、どこかでひっそりと独身隠居生活してたのに」
「ユーリはまだ桜の姉御のことを諦めていないようなのじゃ。
今日だって桜の姉御の隣を譲らなかったのも、桜の姉御が好きで、好き過ぎて、耐えられないからなのじゃ。
桜の姉御がどこへ逃げようとも、ユーリは地獄の果てまで追いかけてくるのじゃ」
「嫌なんですけど。パティはユーリのことが好きなんでしょう?
だったら、私がいない方が好都合じゃないの」
「うちはユーリが何股しても平気なのじゃ。モテる男こそ、落とし甲斐があるのじゃ」
「だったら、さっさと落としてくれないかな」
「ユーリが幸せになるなら、うちも幸せなのじゃ」
「パティ……」
「一夫多妻制もありなのじゃ。イケメンユーリや桜の姉御に囲まれてキャッキャウフフでウハウハなのじゃ」
「やめろ」
「複数プレイもありなのじゃ。甘いマスクのフレンも混ぜたら、新しい世界が見えるかもしれんのじゃ」
「プレイ言うな。あの誠実なフレンさんをカオスでアビスな世界へ導くんじゃない。
……まさか今度出くわした時に実行するんじゃないだろうな!?
ンなことしたら、清廉潔白なフレンさんが秒でブチ切れて世界が終わる!!」
「しかし、桜の姉御が処女を卒業しなければ、人間に戻れないのじゃ」
「そんな卑猥な方法があって堪るか!! 勝手に設定変えるんじゃない!!」
「絆を深めるとはそういう意味ではないのか?
男女が愛を深め合うということは、最後までやってしまう以外ないと思うのじゃ」
「え? は? ンうええ!?」
「フェローが桜の姉御とデュークの子供を執拗に願っていたから、つまりはそういうことかと」
二度目に渡るパティにとんでもない推理に、私は全身が沸騰するほど動揺した。
いやいや待て待て、好きなひとと絆を結んで、皆がピンチの時に進化できるのではなかったのか、
絆を深めろと言われたが、恋愛ゲームでも18禁に突入することは……っ、でも私が直面しているのは現実で、お遊びではない。
人間に戻るか死ぬかの瀬戸際なのだ。目的のためには嫌が応でも好きなひとを選んで、愛を育んで、コトに及ん……
「ンな理由で私の青春散らして堪るか!!」
「ユーリの魅惑的な肉体なら、桜の姉御との相性もバッチリなのじゃ」
「そんな相性いらない!!」
「ちょっとだけでもいいので」
「ちょっともクソもない!!」
「まあ、桜の姉御のちょっと誘惑したら最後、ユーリやフレンから徹底的に奥の奥まで貪られるのがオチなのじゃ」
「フレンさんはない! ユーリはもっとない!!
それに私はプラトニックな恋愛がしたいの! そういう本格的なのはいらない!!」
「ユーリも同じ気持ちなのじゃ。こんな形でなければ、きちんと順序を踏んで桜の姉御に求愛していたはずなのじゃ。多分、桜の姉御が自分以外の誰かを選ぶのが許せなかったのかもしれん」
「でも、あんなに激しく求められても、私……」
「まあ、ユーリも桜の姉御と致したいのに変わりないのじゃ。
フレンも同じじゃろ。野郎とは皆そんなものなのじゃ」
「頼む、フレンさんのイメージ破壊しに来ないで」
「でも野郎とて、女なら誰でもいいと言うわけではないのじゃ。
生涯を誓った女性に自分の愛を注ぎたい。桜の姉御の言う精神的にも繋がりたいのじゃ」
「私の知るユーリは、もっと優しくて頼りがいのあるお兄さんだよ。なのに、私が欲しいだなんて……。
きっと、求愛とかじゃなくて、保護者として他のひとに私を預けるのが不安だったんじゃないかな」
だからと言って、昨日の告白を許すつもりはない。寧ろ逆に乙女心を利用された気がして嫌悪感しかない。私の相手からユーリは除外されてしまった。
パティがいくらユーリの男心を持ちだして、仲を取り持とうとしても、私の気持ちは変わらない。
それよか、記憶喪失の少女がここまで男を悟っているところが、ある意味恐ろしかった。
「パティって、自称14歳なんだよね。
記憶喪失なのに、なんでユーリの……、男性の気持ちとかわかるの?」
「うちは経験豊富なのじゃ」
「いや、私より年下なのに経験豊かと言われると、逆に私の方が未熟に聞こえるじゃないの」
「桜の姉御はこれから経験を積んでいかなくはならんのじゃ。
今はユーリのことが気に入らんで構わん。昨晩はユーリが焦って自爆したようなものなのじゃ」
「いいの?」
「フレンに全てを打ち明けて、互いに心を通わせるのもいいかもしれん。
品行方正、容姿端麗、文武両道の三拍子そろった帝国騎士団隊長なのじゃろ。ユーリの幼馴染なのじゃから、度胸も根性もすわっとる。
桜の姉御の死だって恐れず、立ち向かってくれるはずじゃ」
「フレンさん……」
「ユーリもフレンも桜の姉御が大好きで、決して互いに譲らないはずなのじゃ。
問題は桜の姉御かの。昨晩のことは一旦リセットして、ゆっくり自分の気持ちに向き合うのじゃ」
「ゆっくり自分の気持ちに……?」
「人間に戻る方法を考えるのは必要な事じゃが、ひとを好きになるのはもっと大切な事なのじゃ。
桜の姉御は、なぜ死を覚悟してまで、自分が自分であろうとするのじゃ」
「このまま始祖の隷長になっちゃたら、聖核を狙う連中に殺されかねないでしょう」
「なれば、もうひとりの方に頼ればいいのじゃ。
それをしないのは、桜の姉御は自分を失いたくないからではないかの」
「私が私であるために……。確かにそうは言ったけど」
「ちゃんと冷静に自分の気持ちを見つめるのじゃ。
ユーリやフレン、デューク、ついでにおっさんでもいいから、会って話をしてみるのじゃ。
そしたら、自然と好きな相手がみつかるはずなのじゃ」
「見つかるもんかなぁ……」
「まあ、桜の姉御が立ち止まっていようが、相手が待ってはくれそうにないがの」
パティがタラップの方へ視線を向けたので、釣られて見てみれば、黒衣の青年がスタスタと私の方へ向かってきていた。
私が身を強張らせてる間にも、ラピード、カロルがバツの悪そうに彼に続く。
黒衣の青年ユーリは私の目の前までやってくると、真顔で私を見つめた。
「桜、パティ。迎えに来た。リタの家で皆が待ってるぜ」
「そう」
「お迎えご苦労なのじゃ」
「桜」
「何?」
「オレは昨晩のこと、無かったことにはしない」
「知らないよ」
「後、フレンは無しだ。生真面目で頭堅いあいつに、お前の真実を受け止めるほどの柔軟性は期待できねえよ」
「……私とパティの話を盗み聞きしてたの。ひどい」
「ごめん。今朝、ボクとパティ、ジュディスで考えてやったんだ。
ユーリも桜も頑固だから、こうでもしないと素直になれないと思って」
「カロル。気を遣ってくれたのはありがたいけど、私はユーリにそんな感情欠片もないから」
「お前になくても、オレにはあるんだよ」
「私は他のひとを探すつもり。貴方はない」
「お前を誰にもくれてやるつもりはない。フレンにもだ。
オレもお前以外の誰かを好きになる気はさらさらないよ」
「勝手に決めないで。いくら貴方が私の保護者だからって、これはやりすぎよ」
「保護者じゃない。ひとりの男だ」
「やめてよ……っ」
昨日私は拒絶したにも関わらず、ユーリは飽きずに私の心を求めてきた。
パティの話が本当なら、彼は私の心どころか、身体まで狙っていることになる。
思わず身を守る私にそそられたのか、ユーリは勝気な目をして挑発してきた。
「なんだ。オレを保護者呼ばわりするわりには、えらく警戒してるじゃねえか。
やっとオレを男と認めたんだな」
「私の貞操を狙ってるとか冗談よね? パティの妄想に決まってる……っ」
「本気だって言っただろ。オレはそういう目でもお前を見てる。
お前以外は女に見えない、オレにとっての女はお前だけだ」
「い、いやいや無理無理……っ!!」
「そんなにオレが嫌なら、お前の手で息の根止めてみろよ。
刀ならいつでも貸してやる。この胸だってお前のために開けといてやる。
斬るのも刺すのも、その身で飛び込んでくるのも、お前の自由だ」
「卑怯だよ。私がひとを傷つけるなんてできないの知ってるくせに」
「好きな女を射止めるには、これくらいの度胸見せないと駄目だろ。
殺されるか、はたまたお前を手に入れらるか。オレとお前の勝負だ」
「それって、貴方の女になりたくなければ殺せって言ってるようなもんじゃない」
「オレにはお前と一緒になる未来しかみえてないんだよ」
「滅茶苦茶すぎる……!!」
「ユーリ。あまり桜の姉御を追い詰めてはいかんのじゃ。
押しが強いのと自分勝手は違うのじゃ」
「桜の気持ちを考えてって、ボク言ったよね。
強引に桜を奪うなんてことしたら、ボクやパティ、ジュディスが許さないんだから」
「……わかったよ。今のところはここで退いてやるか」
私にぐいぐい迫ってきたユーリであったが、パティとカロルにたしなめられて、やっと引き下がってくれた。
彼の考えるより即行動、一度決めたら曲げない性格は知っていたが、女性に対してまで有効だったとは想定外だ。
(私の気を惹かせるためだけに、自分の命まで賭けるとか。本気じゃないよね……?)
リタの家までの帰路にて、私の隣を歩くユーリの顔を盗み見ようとするものの、すぐに目が合って叶わない。
彼の覚悟を信じていいものかわからないし、本当なら尚更私が死んだ時を想像したくない。
どちらにせよ、私はユーリの気持ちを受け入れられないのだ。
私たちがリタの家にやってきた頃には、筐体と本の山で敷き詰められていた部屋は綺麗に整理整頓されていた。
今ではすっかり、この大所帯でも腰を据える程度のスペースは確保されている。
ジュディスがレイヴンをこき使って片付けたらしいが、年頃の女の子の部屋を中年男性に触られるのはどうかと思う。
「リタさん。よくレイヴンさんに自分の家を明け渡したね」
「女であろうがおっさんであろうが顎で使うわよ。2階に踏み込んだり、物勝手に捨てたりしたら、速攻ぶっ飛ばすけど。
それで、あんたはそこのむっつり男とは話がついたの?」
「話……?」
「リタ。もうユーリはむっつりじゃないわ。オープンになったの」
「オープンって、ジュディスまさか……」
「じゃあ、フェロモン男に変更だわ。そこフェロ男と話ついたの、桜?」
「フェロ男……っ、リタさん、何を言ってるの?」
「昨晩、青年の激重感情ぶつけられたんだろ。恋する乙女にゃキツ過ぎるってのに。
青年ったら、全然桜ちゃんのこと理解してないんだから」
「レイヴンさんまで、なんで……?」
「青年は知ったことじゃないけども、俺様が桜ちゃんの変化を見逃すわけないじゃないの。
おまけに今朝のジュディスちゃんとパティちゃん、少年の挙動のがおかしかった。
嬢ちゃんはともかく、おっさんとリタっちだけ除け者にされた感半端ないったらありゃしないわ」
「さっき、ジュディスに吐かせたわ。あたしに隠し事は無しよ」
「ごめんなさい、桜。私、バウルから昨晩のふたりに何があったかは聞かされていた。
カロルとパティの相談に乗れたのも、そのお陰なんだけれど。
貴方のことを考えると、皆に隠すことができなくて」
「私のこと考えるなら隠してお願い!!」
なんてことだ。ユーリの激白がこんなに早く白日の下にさらされるなんて、思いもしなかった。
私自身テンション低かったのは認めるが、よりにもよって仲間全員に……いやいや、私の気持ち自体は公になっていないのだ。
恥ずかしいのは私にフラれたユーリのはずだが、当人は腕汲んで壁にもたれかかったままで動揺すらしない。
ユーリの背徳の館の時とは一味違う反応に、レイヴンも眉をひそめた。
「フラれたってのに清々しいほど開き直ってるね、青年」
「一度の失敗で折れるわけねえだろ。この気持ちに恥も後ろめたさもないよ。
それが桜の心に響くかどうかはこれからだ」
「このフェロ男、堂々とし過ぎでしょ。しかもまだ桜のこと諦めてないの? ……呆れた」
「それでこそユーリです。桜に嫌われようとも、罵られようとも、無視されようとも、しぶとく食い下がるマゾな神経にわたしもドン引きです」
「エステル、それ褒めてるの……?」
「桜。ユーリを許してあげてとは言わないわ。けれど、少しは向き合ってあげたらどうかしら。
ユーリがどれだけ真剣に桜のことを想っているか、きっと理解できるはずよ」
「ジュディ姐、桜の姉御が安易に頷いてしまったら、タガが外れたユーリに襲われて終わりなのじゃ。
今まで理性でブレーキかけてた分の反動が凄まじいのじゃ」
「うんパティの彼の理性だか襲うだか知んないけど私は彼を許す気なんて元からないの。
ミョルゾの場所とヘルメス式魔導器の情報報告するんじゃなかったのか、私の話題から離れろ」
「桜ちゃんが激おこプンプンよ。青年との関係は昨晩綺麗さっぱり終わっちまったことだし、前を向いて行かないとね。大丈夫、おっさんが隣についてあげるからさ。
……俺様が桜ちゃんを大人の階段へリードしてあげてもいいんだぜ」
「それ卑猥な下り階段な! 私の話はもういいだろ! はいミョルゾ! ヘルメス式魔導器!!」
「奥手の桜には、理性がふっとんだユーリが丁度いいじゃない。
貴方のその身体でユーリの全てを受け止めてあげて」
「理性がぶっとんだ時点で大きく枠から外れてる! 受け止められるかよ取っ組み合いになるわ!!
ねえいつまで私をいじるの!? 私で遊んだところで進展するどころか彼の好感度がどんどん右肩急降下するんだけど!!」
「人間に戻る方法を知った以上、桜の攻略対象は多いに越したことはありません。
貴重なイケメンを失うのは痛いので、わたしとリタからヘルメス式魔導器について報告します」
「なんていう動機」
「ユーリを許してあげてください」
「やだよ。さっさと話す、とっとと本題に入る。はいエステルさん」
「わかりました……」
私が両腕汲んで仁王立ちすると、エステルはしぶしぶヘルメス式魔導器の調査報告をしてくれた。
とはいっても、情報の手掛かりを見つけたのは彼女たちではない。
リタの家を片付けていた時にジュディスがみつけた本「エアル論考」こそがヘルメスの書いたものだとか。所有者のリタが気付かなかったのは、ヘルメスがペンネーム「イフムンフト・ネプメジャプ」を使用していたことと、中身が全て暗号になっており、リタも持て余していたのが原因だった。
「これは元々前の住人のものだったんだけど。
ジュディスの言う通り、本当にヘルメスが残した本なら、その魔導器についても書かれているはずよ」
「リタさん、解読できそう?」
「やってみせるわ。誰かさんみたいに魔導器ぶっ壊して終わりなんてさせない」
「そうね。ヘルメスもきっとリタに解読してもらうことを望んでいると思うわ」
「適当なこと言わないでよ、気持ち悪いわね……」
「ジュディスとレイヴンさんは、ミョルゾの情報を聞けたの?」
「エゴソーの森にミョルゾへの道標となる扉があるらしいわ」
「扉……? そこを通らないとミョルゾへは行けないとか」
「ええ。聞いたところによると、大勢の謎の集団に踏み荒らされて、妙な魔導器を持ち込まれたそうよ」
私が尋ねるとジュディスは頷きながらも、追加情報をそのまま伝えてきた。
妙な魔導器というのも気になるが、謎の集団とはこれまたおかしな表現だ。
「騎士団かギルドかな。フレンさんじゃなければいいんだけど……。
ギルドはドンさんやベリウスを失ってて統率がとれてるかどうかも怪しいんだよね。
レイヴンさん、何か聞いたことあります?」
「こっちにゃ何も。情報元がトートっつうクリティア男ひとりだけだったからね」
「クリティア族は基本楽天的だから、世情について期待しない方がいいわ」
「で、そのエゴソーの森なんだけど、こっから南の大陸ヒピオニア、その西の方にあるんだけども。
扉を開けるには、当然鍵が必要になるわけよ」
「同じヒピオニア大陸の赤い花が咲く岸辺にある洞窟に隠されているらしいの。
洞窟には扉があるのだけれど、私なら開けることができるわ」
「それじゃあ、次の目的地はヒピオニア大陸の洞窟で決まりだな」
「すまん、出発までちょっとだけ時間をくれんか」
ユーリが先導切って皆がそれに続こうとした時、パティが小さく手を上げてストップをかけた。
前向きで楽観的な彼女にしては、珍しく遠慮しがちな態度だ。
ユーリは何かを察したのか、出入り口のドアノブから手を放した。
「アイフリードの情報だな」
「無理にとは言わん。ユーリたちが急いでいるなら、うちだけ残して行ってもいいのじゃ」
「それはできないよ。今までずっと一緒に旅をしてきた仲じゃないか」
「フェローに世界が終わるかもしれんと言われたのじゃ。
一刻も早くエステルが力を使わなくていい方法を見つけるべきなのじゃ」
「それまでわたしが力を使わなければいいだけです。
何もパティがいなくなることはありません」
「桜の姉御の力になると言ったものの、うちは自分が何者かまだ曖昧なのじゃ。
桜の姉御の危機が迫っていると言うのに、あやふやな記憶に付き合わせるわけにはいかんのじゃ」
「私の場合は、解決策がアレだから。焦っても仕方ないよ」
「けど……」
「パティだけではないわ。桜にも時間が必要なのよ。そうよね、桜?」
「うん、まあ、相手探さないとだし」
「探さなくてもここにふたりもいるでしょう。ここに美青年と経験豊富なおじさまが」
「ねーな! ジュディスのお目めは腐っていらっしゃるのでは!?
私にはデリカシー皆無な女男と胡散臭いおっさんしか見えねーけど!!」
「オレに桜を預けてくれるなら付き合うぜ」
「俺様とカフェでデートのお約束だったよね」
「うわぁーっ、両耳から幻聴が聞こえる!!」
「逃がさないぞ、桜」
「いけない女の子だね、桜ちゃん」
私が咄嗟に両耳を塞ごうとしたが、ユーリとレイヴンにそれどれ片腕を掴まれてしまう。
今この時、トレンチコートの男に捕まった宇宙人、もとい、美男子とおっさんに捕まった女子高生の構図が出来上がった。
「前にもあったなこの光景! 放して!!」
「桜ちゃん嫌がってるじゃないの。おたく嫌われてんだから、大人しく俺に譲りなよ」
「殺される覚悟で傍にいるんだ。嫌われるくらいでどうってことねえよ。
年甲斐にもなく熱上げるのも大概にしろ、おっさん」
「大岡裁きって知ってるかな!?
子供取り合うふたりの母親がいて、掴んだ子供の手を先に放した方が本当の母親って言うイイ話なんですけど!!」
「良い話だね。俺様は愛する桜ちゃんを手放したりしないけど」
「良い話ではあるが、オレはお前を二度と手放したくない。おっさんの魔の手にかかるようなマネはしたくねえよ」
「うんこれは喧嘩両成敗だな!!」
「わたしにいい考えがあります」
「助けてエステル!!」
「ユーリとレイヴンと桜でデートをすればいいのでは?」
「正気か貴様!?」
「いい考えね」
「どこが!?」
「桜。嫌がっていないで、まずはお互いを知るためには話し合いが必要よ。
嫌なことから逃げてばかりでは、貴方が苦しいだけ」
「ジュディス……」
「大人しくユーリの欲望の吐き口になってちょうだい」
「ならん! 私の心は既にキャパオーバーだ!!」
「大丈夫。心じゃなくて身体での方だから」
「もっとヤバいだろ、今度こそ私が壊れる!! マジでこいつが私の貞操奪うとか冗談でしょう!?」
「言動には気を付けるんだな、桜。こっちはずっと焦らされっぱなしで、限界振り切ってるんだよ。
オレの名を呼ばれただけでも堪らないのに、少しでも思わせぶりなこと言ったら、オレは迷うことなくお前を抱く」
「ここに狂犬がいらっしゃる!!」
「今までオレに触れても平気だったんだろ。じゃあ、オレとお前の肌を重ねても問題ないよな」
「む、無理無理ダメダメ!!」
皆の前でも躊躇せずに事に及ぶ宣言をするユーリに、私は震え、皆は好奇の目をこちらに向けてきた。
結局私が居たたまれなかったのと、ユーリをクールダウンさせるために近くのカフェでデートするハメになってしまう。
デートといっても、ユーリが万が一間違いを起こしてはいけないので、きちんと予防線を張ってだが。
「なんでおっさんとエステルが同伴してるんだよ」
「それはこっちの台詞よ、青年。
もともとおっさんと桜ちゃんのデートだぜ。野郎はお呼びじゃないのよ」
「ユーリとレイヴンが所構わず桜に如何わしいことしたら、その澄ました顔をハチの巣にします」
なかなか趣のあるカフェレストランだが、学術閉鎖都市だけあって、住民のほとんどが図書館に籠ったまま、客は私とユーリ、レイヴンとエステルしかいない。
エステルがいれば、ユーリを武力制圧できる。レイヴンのような大人の男性がいれば、少しはユーリも冷静になれるだろう。
……エステルのテンションが斜め上に逝ってしまったら、ユーリを煽るかもしれないし、レイヴンがユーリそっちのけで私に迫ってきたら、ユーリが更に暴走するかもしれないが。
「完全なキャスティングミスでは……?」
「青年に寛容なジュディスちゃんや押しに弱い少年、喧嘩腰リタっちよりマシでじゃないの」
「ですよね!」
「俺だって空気くらいお読めるわ。今回はホントに桜ちゃんの相談に乗りたいから同伴したのよ」
「本当かな。レイヴンさんだもん」
「いつも桜ちゃんにアタックしてるのは否定しないよ、あれも俺の愛情表現だかんね。
ンだけど、本気で愛を語るなら、シチュエーションぐらい自分で用意するもんだ。誰にも覗かれないふたりきりの場所と甘く優しい雰囲気、君の欲しい言葉をじっくり選んでさ。
好きな女の子にとって一生ものになるようにね」
「いいなあ……それ、私もされたい」
「でしょでしょ。桜ちゃんの心の準備ができたなら、俺様頑張っちゃうよ」
「レイヴンさんはきちんと待ってくれるんだ。……誰かと違って」
「桜の場合は待てる状況じゃないだろ。オレはただ、お前の気持ちを知りたいだけなんだ」
「その割にはまったく知る努力もしてないよね。そして今も」
「ああでもしなけりゃあ、いつまで経っても聞き流されるだけだっただろ。
しかも昔に戻りたいなんて言われてみろ。今までお前と築いてきた大切な時間を捨てられたも同然だ」
「その大切な時間が昨晩の貴方のせいで瓦解したけど」
「それで、桜はどんな恋愛をしたいのです?」
冷たい私とユーリの身勝手な言葉の応酬を止めたのは、エステルの質問だった。
彼女は気品よく紅茶を一口のどを潤すと、続けて私に優しい言葉を投げかけてくる。
「せっかくいいひとを見つけても、桜が望むような恋が芽生えなければ、結局ご破算です。
まずは桜がどんな恋愛を望んでいるか、確かめるべきだと思うのです」
「わ、私の恋愛観?」
「桜も年頃の女の子です。好きな男性は居なくても、その……そういうことを考えることはないのです?」
「えっと……。普通の恋愛がしたいな」
「普通です?」
「お互いを大切にし合える仲になれればなって。相手を尊重し、理解し合って、だんだんと互いの好きなところ見つけて喜んで……。
レイヴンさんが話してくれたように心の準備が整った時、思い出になるような場所で、優しい言葉で想いを伝えて欲しい……。ごめん、これ以上恥ずかしい。私にとってはこれが精一杯で……っ!!」
「やだ……桜ちゃんったら、もじもじしちゃって堪らん! 初々しくて可愛いんだから!
この場じゃなけりゃあ、抱きしめてスリスリしたいわ。
わかるよ、おっさん理解できた。桜ちゃんがどんだけ純情なのかがね」
「桜の純情を穢したユーリの罪は重いのです」
「普通の恋愛……ね。確かにオレは強引過ぎたのかもしれないが」
「大人しく私の制裁を受ける気になったのです?」
「だが、もうオレの桜への想いはぶつけた。今更改められるほど、オレの気持ちは軽いものじゃねえよ」
ユーリはまたしても言い切ると、紅茶を自分の唇へと運んだ。
エステルのような品のあるものではなかったが、その美しい見た目、長い足を組んで座る姿は様になる。
ティーカップの縁が彼の薄紅色の唇に触れる様さえ、情欲をそそられてしまう。
思わず、カドスの喉笛で唇を重ねた時、そしてノードポリカの闘技場での深くて苦しい、彼と唇を交わした記憶が蘇るほどだ。
「やっぱり、こいつとは無理! 強引過ぎる!! 私の気持ちがおいつかないまま襲われる!!」
「奥手で暖簾に手押しな桜には、オレくらい押しが強い男が似合うだろ」
「桜が襲われるのです? ……やはり殺るべきでは」
「エステル早まるなよ。桜が普通の恋愛がしたいなら、一緒になった後でゆっくり育めばいいさ。
それまで桜には手を出さないくらいの我慢はできる……。できる……はずだ」
「なんだその溜めは!? 早速怪しいくなってきたぞ!! 男なら辛抱しろよ!!」
「男が惚れた女を目の前にして我慢できるわけないだろ」
「えばるなよ!! もうハグ無しだからな。プリホルも却下! やったらマジで引っぱたくからな!!」
「オレはそれ以上をお前に求めてんだけど。さっきの初々しいお前を見てると……。
まずい、本当に止まらなくなるかもな」
「冷静になって! 私のような小娘より、もっといい女が身近にいるだろ!!
パティとか、リタさんとか、ジュディスとか、エステルとか!!」
「オレが見てる女は桜、お前しかいないんだよ。……そろそろ、ヤバいか。
桜、いい加減、オレの名前を呼んでくれよ。そうすりゃあ、少しはマシになるかもしれないぜ」
「嫌に決まってるだろ! 私がお前の名前を呼んだら、タガが外れるってさっき言ってよな!!」
「後は桜が素直になるだけだな」
「私が素直になったら、貴方も素直になって引き下がってくれるんだよね」
「素直にお前をお持ち帰り。その後はお楽しみだ」
「楽しみなのはお前だけだ! ウインクしながら言われても安心感の欠片もねーよ!!
一体私をテイクアウトして何をする気……いいや、聞きたくない!!」
「オレがお前を女にする。大丈夫だ、優しくしてやるよ」
「女に……? 私は女の子なんだけど」
ユーリに意味深な言葉を投げられても、私は意味が分からず、思ったことを告げた。
私の反応にエステルはうんうんと頷き、ユーリとレイヴンはきょとんとする。
「なるほど、これは実践でわからせる必要があるか。楽しみが増えたな」
「青年って、泣いてる桜ちゃん抱きたくないとか言っときながら、実はサドが入ってんじゃない?
桜ちゃんへの気持ちを打ち明けてから、意欲的つーか、性欲的になったよね」
「好きな女と寝食ともにしてきたんだぜ。隣で美味しそうに飯食う姿も、無防備に眠ってる姿も、遠慮なく傍に寄ってきて話しかけくるこいつをみるだけで、何度手が出そうになったことか。オレの忍耐力を褒めてくれよ」
「性欲勝ってる時点で、青年はまだ青いのよ」
レイヴンはジト目でユーリを睨みながら、コーヒーでのどを潤した。
「青年は思考が前世紀すぎるのさ。せいぜい桜ちゃんの塩対応で懲りるといいわ。
俺様、これ以上、恋敵にアドバイスするほど寛容じゃないからね」
「なら、温かい目でオレと桜の恋路を見守ってろよ。自信があるんだろ」
「俺様は青年のように自爆しないっつの。
桜ちゃん、青年が怖いなら、俺様の傍においでよ。
俺は桜ちゃんとはゆっくり愛を育みたいのさ」
「レイヴンさんの恋愛観は聞いた。とても素敵だと思う」
「だろ? ダンディな大人の恋も楽しんでみてよ」
「でも、今日までの受けた蛮行の数々を忘れたわけじゃねーからな」
「おっさんも男だからね。愛しい女の子が目の前にいると辛抱堪らん時があるのよ。うん、いやらし……癒し的な意味で」
「おい今いやらしいとか言いかけただろ、早速胡散臭くなって来たぞ!!」
「桜ちゃんのような無垢で可憐で魅力的な女の子前にして、指咥えて待ってろって言う方が酷なのよ」
「開き直るな! おっさんも結局こいつと同類じゃないの!!」
「おっさんと一緒にするなよ。オレは桜の全てを受け入れる」
「顔に出てないだけで、あんたも一緒だ!
なんだよ、最終的には肉欲かよ! 私はテルカ・リュミレースの男に絶望したわ!!」
ユーリは落ち着くどころかヒートアップしてるし、レイヴンもただのおっさんだ。
私はただ細やかで奥ゆかしい恋愛をしたいのに。
頭抱えていると、静かにしていたエステルがテーカップをテーブルに戻した。
「桜の恋愛観はわかりました。要は身持ちの固い殿方が好みなのですね」
「こいつとおっさん相手にしてたらそうなるね」
「おい」「やだわ」
「では、やはり相手はフレンになるのでしょうか」
「フレンさん……。確かにノードポリカの闘技場で、告白のようなことされたけど……」
「フレンと会って、きちんと話をしてみてください。
フレンなら、必ず貴方に応えてくれる。大切にしてくれます」
「まあ、フレンさんの貞操観念なら信頼できるのかも」
「ありゃあ、貞操観念っていうより、束縛に近いだろ。
あいつに事の次第を打ち明けたら最後、"君には僕だけでいい"とか抜かして、お前に近づく老若男女問わず遠ざけちまうぜ」
「あ、そしたら、こいつとレイヴンさんも排除してくれると!
……フレンさんに相談だけみようかな。きっとフラれるかもだけど」
「本気か……?」
私が真面目にフレンへの告白を考えていると、ユーリが目を見開いて私を見つめてきた。
パティだって、フレンたちに会って話してみろ、そうすれば、好きなひとが見つかるかもと言ってくれたのだ。
エステルもテムザ山でフレンを信じろと言ってくれたし、ここでも彼を推してきた。
「フレンさんにしてみれば、迷惑な話かもしれない。
私より任務を優先するんだろうと思う。けど、それでいい」
「フレンに会ったら、お前は帝国の手に落ちる。終わっちまうんだぞ」
「私は帝国に行くんじゃない。フレンさんに会いに行こうと思う。
会って、自分の気持ちを確かめたい。……それに」
「止めろ、桜。オレが行かせない」
「フレンさんならきっと、私が死んでも、目指す夢がある限り前を向いてくれる」
フレンには帝国騎士として、この乱れた秩序を正す夢がある。
その為に彼は下町時代から努力を重ねて、今では帝国騎士団隊長だ。
ぽっと出の私に告白されて死なれたところで、彼の夢は揺らぐことなどないだろう。
私の決意を聞いたユーリは、ティーカップをテーブルへ叩きつけると、必死の形相で私に近づいてきた。
「桜、お前……そんなこと考えてたのか!?」
「そりゃあ、考えもするよ。極めて成功率低いんでしょう。
だったら、失敗した時の方に頭が行くわ」
「オレが信じられないのか。命を賭けてでも、お前を死なせない。そう約束したはずだ」
「具体的にどうするつもりなの?」
「確率が低いなら高くすればいいだろ。
お前の中にあるものを代償にするというなら、負担を少なくできる方法を探せばいい。
無理ってなら、フェロー以外の始祖の隷長を探し出して捕まえてでも、別の手段を聞き出す」
「お願い、私の気持ちも汲んでよ」
「お前を強く想えば想うほど死ぬ確率が低くなるなら大歓迎だ。いくらでもお前を求めてやるよ」
「求めて、やる……?」
「だから、何もしないまま、死ぬなんて言うな。あがいて見せろ。
そのために、オレは傍にいて、力になるって言ってるんだ」
「……やっぱり、ユーリは私を死なせたくないだけなんだ」
「当たり前だろ」
ユーリにきっぱり言い切られて、私の中で脆くなった感情に大きくひび割れたような気がした。
彼の言っていることは正しい。死に物狂いで生きる方法を探すべきだ。
私を大切だと考えているなら、当然の答え、必然的な動機なのだが、理解できても納得できない。
(私に死んでほしくない"だけ"。
ただ大切なだけで、昨日の告白は建前なんだ。
今まで、一緒に旅してきたのもきっと……)
改めて期待を裏切られたことを思い知らされ、私の中にあるユーリへの淡い感情が粉々になった。
ちょっとでもユーリの気持ちを信じた私がバカった。彼は仲間思いのいい兄貴分で、それ以上ではない。
言葉を失い、ただただ冷めた紅茶を眺める私に代わり、レイヴンが立ち上がった。
「青年。桜ちゃんは諦めな」
「諦められるわけないだろ。オレはこいつが死なない方法を探す。必ずだ」
「青年には無理だったんだ。桜ちゃんの気持ちがわからないようじゃ、これ以上傍にいちゃいけない。
言葉選びを間違えたのしても、追い詰められてる女の子にゃキツすぎる」
「オレは嘘も偽りも言ってねぇよ。本当の気持ちだ」
「言葉足らずなだけか、どっちか知ったこっちゃないが。青年、もう喋らない方がいい。
桜ちゃんが辛いだけだ。おたくはもう対象外、邪魔でしかないんだよ」
「邪魔だ? 何言ってるのかサッパリだ。桜を死なせたくない気持ちはおっさんも同じだろ」
「いいや、違うね。俺と青年とでは気持ちの持ちようが決定的に違うのさ。
青年の言ってることは正しいが、桜ちゃんの気持ちを汲んだものじゃない。
そこんとの違いがわからないようじゃあ、早々に桜ちゃんの前から消えた方がいい」
「ンなワケのわからねえ理由で、桜を手放せるかよ」
「ユーリ。桜のことをどう想っているのです。死なせたくないだけなのです?」
「桜の命がかかってるんだ。オレはもう二度と桜を死なせたくない」
「……わかりました。桜、フレンに会いに行きましょう」
「エステル!?」
ユーリと睨み合うレイヴンに続いて、エステルも席を立って決意の眼差しをユーリに向けた。
「フレンがどんな答えをもって、桜に接するかわかりません。
ですが、このままユーリと一緒にいても、桜のためにはならないと思います」
「エステル、お前はオレたちの立会人じゃなかったのか」
「立会人だからこそ、フレンとのことも見届ける義務があります。
ユーリ、桜を失望させた貴方はもうここで終わりなので、即刻始末します」
「オレが桜を失望だ? 何を言って……」
「嬢ちゃん。殺るなら桜ちゃんの見えない所でしなよ。
手が足りないなら、俺も手伝ってもいい。
青年にはほとほとガッカリさせられたし、桜ちゃんの気持ちを考えるとはらわた煮えくりかえりそうだ」
「レイヴンの分もわたしがをこの剣で掻っ捌いて思い知らしめます。
代わりに、桜をお願いできないです?」
「俺でいいのかい? 攫っちまうかもしれないぜ」
「本当に桜を想うなら、攫ってもいいかもしれません」
「エステル、何を考えてるんだ!?」
「桜をフレンに会わせます。そしてフレンの想いと桜の気持ちを確かめてもらいます。
――ユーリは今ここで成敗です」
「させるかよ! エステル、そこどいてくれ、桜とまだ話が……っ」
「行かせません。通りたければ、私を倒してからにしてください」
「前の続きかよ、勘弁してくれ」
「勘弁しません。許しません。お覚悟です。
レイヴン、皆にはわたしから説明しておきます。早く行ってください」
「がってん承知よ」
「桜、後で感想を聞かせて下さいね。レイヴン、桜をお願いします」
ユーリの通せんぼをするエステルは、こちらに振り向きもせずにレイヴンを急かした。
フレンに会いに行きたいとは言ったが、今すぐ、しかもレイヴンと!?
静かな店内の片隅で乱闘が起きそうな空気の中、レイヴンが動揺する私の肩を叩いて、耳元で囁いてきた。
「桜ちゃん。俺様と一緒にロマン溢れる遺跡までランデブーしない?」
「レイヴンさん、本気ですか!?」
「本気も本気よ。君が望むならフレンちゃんに会わせてあげようじゃない」
「でも、帝国には……」
「まあまあ、細かい話は外でしようじゃないの」
「レイヴンさん!?」
「待て、桜!!」
ユーリを尻目にレイヴンは私の手を引きカフェを出て、路地から広場を突っ切る。
後ろの方で激しい斬撃音と爆発音が聞こえてきて振り向きそうになるが、レイヴンに引っ張られて叶わない。
そうやって、彼に連れてかれるまま、あれよあれよという間に街の入り口までやって来てしまった。
「はぁ……はぁ……っ! レ、……レイヴンさん、一体、何……!?」
「息切れしてる桜ちゃんのその上気した顔、荒い息……そそられるね。おっさん興奮しちゃう」
「殺す」
「あらやだ、止めて。フレンちゃんに会いたいんだろ。
おっさんとしては恋敵に花持たせたくないとこだけど。
桜ちゃんが後腐れなく俺様に惚れてもらうには、青年同様、気持ちにケリつけてもらわないとね」
「ユーリとは……」
「……それに君に死なれるとまずい」
「何ですか?」
「いんや、俺様としてはフレンちゃんも桜ちゃんにこっ酷くフラれればいいのにってね」
「フる以前に会えるかどうか……。
フレンさんは帝国騎士団の隊長ですよ。ギルド側のレイヴンさんがどうやって?
まさか、帝国に私を引き渡す気じゃあ……」
「俺様が天を射る矢の参謀として、どうやって帝国の情報収集してると思う?」
「……。ユーリとレイヴンさんが初めて会った時、ザーフィアスの牢屋だったような」
「あん時はちょっとドジ踏んじまっただけよ。同じ轍はふまないさ。ちょっと待ってて、話付けてくるわ」
「誰と?」
レイヴンはそう言うなり、門番の騎士に何やらこそこそと話し始めた。
兜で顔を覆われているため騎士の細かな反応はわからない。
ただ最初こそ無反応だったものの、レイヴンが何やら囁いた途端、背筋を伸ばして敬礼する。
理由も分からず見守る私を差し置いて、レイヴンから何かを受け取った騎士は馬に乗って颯爽と街の外へ去って行った。
「何がどうなってるの……?」
「お待たせーっ。桜ちゃん会いたかったよーっ」
「何したんですか、レイヴンさん」
「おっさん、一分一秒たりとも桜ちゃんから離れたくない」
「あの騎士、すごい勢いで出て行っちゃいましたけど」
「桜ちゃん成分が足りない。補給させて〜っ」
「だ、抱き着かないでください! レイヴンさん、説明を……ひっ!? やめ、そこは、おぞっ!?
おいこら止めろ! どさくさに紛れてどこ触ろうとしてんだ、張り倒すぞ!!」
「あたっ!? マジで打たなくても良いじゃないの。軽くハグしようとしただけなのに……」
「這うような手つきで私の腰や背中を撫でるのはハグと言わない!
はい説明! とっとと言え! さっさと吐く! でないと、女男とエンカウントだ!!」
「ちょいツテを使っただけさ」
「ツテ? 騎士団に知り合いでもいるんですか?」
「騎士にもいろいろあんのよ。青年に追いつかれる前に移動しよっか」
「ザーフィアス……じゃないですよね?」
「フレンちゃんとの待ち合わせ場所よ。
桜ちゃんが初めてテルカ・リュミレースにやってきた場所さ」
シャイコス遺跡か。
私が初めてこちらの世界にやって来て、フレンと出会った場所だ。
「確かに私が見つけられた場所なら、私とフレンさん、リタさんしか知らない」
「そゆこと。俺様も地下の入口は桜ちゃんから聞かされて初めて知ったからね。
リタっちが喋らない限り、部外者もやってくる心配はない。
フレンちゃんと桜ちゃんの気持ちを確かめるのにはうってつけの場所だろ」
「ユーリは追ってこないかな」
「灯台下暗しだ。青年たちもすぐにはやってこないさ」
「わかった。ユーリに気付かれる前に急ぎましょう」
レイヴンとともにアスピオを去った私は西のシャイコス遺跡へと向かった。
アスピオに皆やユーリを残して、私とレイヴンのふたりだけでだ。
かなり強行手段をとってしまったが、エステルやレイヴンの気遣い、そしてユーリを振り切ってしまった以上、フレンとの気持ちを確かめるまで、戻ることは難しいだろう。
アスピオからシャイコス遺跡はさほど遠くない場所に存在している。
レイヴンが襲い掛かってくる魔物を片付けつつ、西へ西へ進んでいくうちに懐かしい乳白色の遺跡群に辿り着く。
ここへ来たのは3度目だ。1度目はテルカ・リュミレースへ来た時、2度目はリタの泥棒疑惑を晴らすため、3度目がレイヴンとの現在。
長い年月を経て風化した遺跡、その地下への隠し階段をレイヴンとともに下ると、以前と変わらない地下遺跡が見えてくる。
天井の隙間から漏れる太陽の光と私の記憶を頼りに、私とレイヴンは最奥の祭壇を目指して突き進んだ。
「多分、この道で合ってるはずなんだけど。
あの時は夜中で真っ暗だったから、フレンさんだけ見てたんだよね。こうなるなら、きちんと確認しとくべきだった」
「フレンちゃんとは、最奥にある祭壇で出会ったんだよね」
「遺跡の上空で不可解な天体が観測されたらしくて、当時小隊長だったフレンさんが帝国から派遣されたの」
「そんで桜ちゃんを見つけたってわけだ。
青年たちは割と早い段階で桜ちゃんと出会ってたのね、羨ましいわ。
俺が先に君を見つけていれば、今とは違った未来があったんだろうにね」
「う、うーん……。その時は元の私は死んで、今の私に切り替わってるところだったから。
いくらレイヴンさんでも、ちょっと……」
なんせそのせいで、フレンに私のファーストを奪われたんだ。
ただ彼は人道的に私を助けるため、必死に人工呼吸をしただけで夢もロマンも愛もない。私の被害妄想と言われれば、それでおしまいだけれど。
私の隣を歩く男レイヴンが、もしもフレンの立場だったらどうなっていただろう。
「レイヴンさんは知らない女の子が虫の息で倒れてたら、見捨てず助けたりするんですか?」
「もちろん、君のような可憐な女の子なら何としてでも助けるよ」
「ど、どうやって?」
「俺様の熱いヴェーゼで君の小さな唇を重ねて、深く強く……」
「え、遠慮します……」
「え、フレンちゃんとはやったのに?」
「や、やってない! やってないから!! なんで私の顔覗き込んでくるんですか!?」
「君にそんな顔させるとは……。フレンちゃんとのキスはさぞかし刺激的だったんだろうね」
「あれはキスじゃない!!」
「おろ? マジでキスしたの?」
しまった。レイヴンに嵌められた。
仲間の中で、フレンとのことを知っているのは、ユーリとカロルだけだったのに。
おろおろしだす私に反して、レイヴンは冷めたものだった。
「大方、人工呼吸ってところかね。
フレンちゃんってば、生真面目で可愛い顔してるくせに大胆なんだから。
相当の度胸がいるのに、なかなかやってくれるじゃないの」
「言う割には冷めてますよね。私に興味なくしたとか」
「逆よ逆。一目見ただけで迷わず唇を交わす男。そこか生まれる愛。
あの堅物フレンちゃんをその気にさせるほど、君が魅力的な女性だってことよ。さらに燃えるわ。
今のおっさんは大変ホットよ。試しに桜ちゃん抱いてみる?」
「抱かねーわよ! 両手広げて迫るな叩くぞ!!
まさかこのために私をここへ誘い込んだんじゃないだろうな!?」
「お茶目なおっさんジョークよ。……まあ、ホントに桜ちゃん抱ければいいかなと」
「ですよね。遺跡の中でおっさんと女子高生が抱き合うとかない……って、おおおい!?」
「俺だって、ひとりの男だ。こうしてホイホイついてきた桜ちゃんが悪い」
「レイヴンさん……!?」
また嵌められたのか。
真顔になるレイヴンを見て、私は咄嗟に身構えた。
(エステルの後押しがあったとはいえ、レイヴンさんは男の人だ。力では敵わない。
男性とふたりきりはうかつだった)
レイヴンの私を捉える翡翠の瞳、掘りの深いなかなか端正な顔立ちをしている。
いつもゆるゆるで残念だった分、そのギャップは大きい。
しかもダラダラの和風テイストの服装でわかりにくいが、レイヴンはかなり鍛え上げられた身体をしている。
その気になれば、私みたいな小娘を押し倒すなことなど、赤子の手を捻るも同然だ。
(私を攫って何を企んでるの? やっぱり聖核? それとも……)
よもやこの男まで、私の貞操を奪おうとかないよな。……ないよな!?
身の危険を察して、緊張が走る私であったが、彼はすぐに飄々とした中年男に戻ってしまった。
「はあ……。桜ちゃんが俺を男として見てくれたんだ。良かった良かった」
「何、今のは何のつもりだったんですか?」
「ん。桜ちゃん、俺様のこと、ただのおっさんだと油断してるようだったから、ちびっとだけ意地悪しただけよ」
「……驚かさないでください。本当に嵌められて攫われたと……」
「襲ってたかもしんないよ」
「冗談ですよね。レイヴンさん、愛してるとか、妬けるとか言ってる割には傍観してることが多くありません?
なんだかんだ言って、ユーリのフォローもしちゃうし……」
「妬いてるのは本当だよ。でも、妬くのと束縛するのは違う。
イイ男ってのは好きな女の子が幸せに笑っていられるように見守るのもんなのよ。
後、俺は青年のフォローなんてしちゃいない。全ては桜ちゃんの笑顔のためなんだから」
私の疑問に対して、レイヴンは私の歩調に合わせながら自論を唱えてきた。
アスピオでレイヴンの告白方法を聞いていたが、彼は相手を尊重できる男のようだ。
「好きなひとが幸せに……。いいな、羨ましい。
もしかしたら、私とレイヴンさんの恋愛の価値観って似ているのかも」
「嬉しいこと言ってくれるじゃないの。俺たち幸せになれるかもよ」
「まあ、ふともも攻撃されたり、後ろから抱き締められたりする下心全開な倫理感は殴り倒すけど。
……忘れてねーって言ったよな、私」
「睨まないでよ。……あのね、君にだけ勘違いされるのイヤだから、この際ハッキリ言っちゃうけど。
純潔貫いてる俺が自発的にスキンシップする相手はこの世にただひとり、桜ちゃんだけだ。他の女の子にはしたりしない」
「……嘘ですよね?」
「こんなこっ恥ずかしいウソついてどーすんの」
「あんだけ愛してるだの、抱きしめてやるだの言ってるクセに女っ気がないなんて」
「俺はただ女の子が好きなだけさ。言葉の駆け引きはするけども、俺は男として女の子には公正だかんね。一度も手を出したことはないよ」
「……その歳で、童て」
「それ以上はいけない。純潔といいなさいよ。おっさん傷つくわ」
「……け、経験がな」
「紳士と言いたまえよ」
「大丈夫。男の人でも30超えたら魔法使いになれるみたいだから」
「ひどいん……っ」
私がガンバ!と両拳を構えると、レイヴンはがっくりと両肩を落とした。
正直意外だ。普段の軽薄な態度から察するに女遊びしつくしてるタイプだと思っていたのに、実際は奥手で紳士的だなんて。
私の考えていることなどお見通しだったのか、それとも狙っていたのか、レイヴンは気を取り直して、私にウインクを送ってきた。
「まあ、桜ちゃんのその反応は織り込みずみだったけどね」
「自爆してまで、明かさなきゃいけないこと?」
「誠心誠意本気で君と愛し合うためには、身の証を立てなきゃならんでしょーよ」
「なら、もっと真面目に接してくれたらいいのに。
なんでまたあんな過激なことしちゃうの?」
「あんな過激なことしてる時の俺の心境聞いてみる?
少しでも好いた女の子に、愛してる、好きだって気持ちを体現してる俺の精神状態」
「……もしかして、レイヴンさん、実はかなり頑張ってたんじゃあ……」
「君は俺の意中の女の子よ。俺も必死で変態になるわ」
「必死になるとこ違う! どーしてそこで変態になんだよ!? せめて潔くジェントルマンに!!」
「男は皆、好きな女の子には変態になるもんなのよ。でなきゃあ、君に手を出したりしないわ」
「い、いやだな……その理論」
「まあ、桜ちゃんがとっつきやすいのもあるけどね。
後、叩けば響く的な意味でやりがいあったし」
「待てコラ」
「桜ちゃんのやぁらかく、あったかくて、いい香りのするしなやかで華奢な身体触れる度、おっさんドッキドキの鼻血もんよ。正に天にも昇る気持ちだったども」
「うんわかった物理で昇天させればいいんだな!
今すぐドタマ差し出せ、踵落としをお見舞いしてくれる!!」
「え? 桜ちゃんのパンチラ拝めるの? おっさん頑張る」
「這いつくばるんじゃない!! そして見上げるな!!
そこに見えるのは私の最後の砦だ!!」
「頭差し出せって言ったのは桜ちゃんよ。素直に従うおっさん褒めて」
「言ってる傍から全力で覗こうとするんじゃありません! マジで頭踏みつぶすぞ!!
何よ、ちょっとレイヴンさんのこと、いいなと思ったのに……っ」
「良いじゃないの。ちょっとでも俺様のことを好いてくれるなら、大きな一歩よ。
……どうせ、俺は君と違って……」
「私と違う……?」
「おんやあ、あそこがそうじゃない。桜ちゃんが見つかった祭壇」
レイヴンが顔を上げた先には、天へ捧げるように立つ小さな塔があった。
間違いない、フレンが私を見つけてくれた祭壇だ。
私の旅はここから始まったようなものだ。自然と当時の記憶が蘇ってくる
「そうそう、ここだ。ここでフレンさんに会ったんだ、懐かしいな」
「なんかの儀式に使われたのかねぇ……」
「あの頃は言葉が通じても話がドッジボールで困惑したっけ。
ツンなリタさんとも出会って、馬に乗ってザーフィアスへ行ったんだ。
あの時は腰が痛くて痛くて……」
「こらこら走っちゃいけません。こけたら、おっさんに慰められちゃうわよ」
「優しくしてくれるの?」
「そりゃあ、君のようは儚い女の子が壊れて消えてしまわないように優しく抱き締めてるさ」
「他の女のひとにもそんなこと言ってんの」
「言うだけならね」
「私にはやるんだな、止めろ。なんで私みたいな子供にそこまでするのよ」
「女の子を好きになるのに理由がいるのかい?」
「胡散臭いおっさんが女の子に迫る理由が知りたいわ。
……胡散臭いついでに聞くけど。フレンさん、本当に来るんでしょうね。信じていいのよね?」
「ホントよ、ホント。桜ちゃんに会えるとわかれば、フレンちゃんなら早馬飛ばしてすぐにでもやってくるさ。
もちろん、俺は男と女の駆け引きに首出すほど無粋じゃないぜ。席は外すよ」
「ドライだね」
「言ったろ、好いた女の子が幸せになるように見守るって。
俺的に、桜ちゃんにはフレンちゃんをこっ酷くフって欲しいところだけど」
「いや、フラれるのは私の方よ」
「だったら、フレンちゃんの見る目がなかったってことさ」
「始祖の隷長になりつつあるって知ったら、それこそ……」
「桜ちゃんの玉の肌を傷つけさせるようなマネは俺がさせないよ。
寧ろ、俺は男として君の身を案じているだけどね」
レイヴンに意味深に言われても、私はいまいちピンとこなかった。
呆ける私がを見てさらに心配になったのか、レイヴンは難しい顔をして私の傍までやってくる。
「桜ちゃんは男を知らないから、俺心配なんだよ。
フレンちゃんも立派な男だ。しかもひとりの女の子だけに愛を捧げるほどの熱狂ぶりときた。
久しぶりに好いた女の子との再会。喜ぶあまり、溜まりに溜まった欲望を君にぶつけるかもしれないよ」
「フレンさんには夢があるんだよ。前に恋愛はまだしないとか言ってたから、私はただの世話のかかる妹のような存在じゃないのかな。
そう考えれば、フレンさんの"怖がらないで、受け入れて"と意味がわかった気がする」
「桜ちゃん、ここにまで来てンなこと考えてたの?」
「もちろん、私とフレンさんの気持ちを確かめはするよ。
"君とは恋仲にはなれない"と言われる前提で話ししないと、フレンさんと私のダメージが半端ないでしょう」
「フレンちゃんは青年とは別の直球タイプだと思うね。思い立ったら一直線。
桜ちゃんに告白されたら、即行、僕と結婚しよう! とか言って結婚指輪差し出してきて、ビビった君に瞬殺されるパターン」
「まさかそんな……。私のようなちんまい小娘にそれはない」
「ちんまいもんかね。可憐で愛らしい女の子、そのか細い身体で男の全てを受け止めなきゃなんないんだよ。これから」
「はっはっは……っ。それはない」
「ふっふっふ……っ。大ありなんだよ、それが。
前にも言っただろ。野郎ってのはチャンスがあれば、やっちゃうもんなの。
魚心あれば水心、女性がいれば襲っちゃう。それが待ちに待った好きな女の子なら尚更さ」
「ありえん……っ」
「いやなら、盛大にフってやんなさいな。俺が精一杯君を慰めてあげるから」
「いやいや、フラれるのは私の方だってば。フレンさんに限って、私にスケベ心なんて……」
「じゃあ、本人で実践してみたらどうよ」
レイヴンが顎で指した先、私たちが来た方向に視線を移すと、ひとりの青年騎士が立っていた。
木漏れ日に輝く黄金色の髪、精悍で端正な顔は上気しており、走ってきたのか両肩で息をしている状態だ。空色の瞳はじっと私を捉えており、薄紅色の唇から荒い息が漏れていた。
「フレンさん……?」
「桜!」
私が驚いて硬直していると、フレンは一直線に私の元へ駆け寄り、無遠慮に抱き締めてきた。
ノードポリカの闘技場の時のように、まるで自分の胸の中へ私をしまい込もうとするくらい強烈な抱擁。
彼の胸の高まり、乱れた呼吸、火照った身体が私の全身へと伝わってくる。
「ああ、桜。桜がここにいる。僕の腕の中に君がいるんだ……っ!」
「フ、フレンさん……っ」
「ずっと、ずっと会いたかった。会ってこうして君を確かめたかった。
君がいない毎日が永遠のようで……。でも、君は来てくれた。
温かくて、柔らかでいて、細くて……桜、もっと強く君を感じたい」
「フレンさん、やめ……っ。ちょっと胸が当たって……っ!!」
「なんて心地いいんだろう。胸が張り裂けて、どうにかなってしまいそうだ。
僕に会うためだけに、ひとりでここへ来てくれた。それがとても嬉しくて……っ」
「ひとり? あ、フレンさん、マジで当たってる……っ! 態と? 態となの!?」
「桜……。桜……。毎晩、君の夢を見るんだ。
僕に微笑みかけて、僕を誘う夢だ。
でも、僕が君に触れる前に目が覚めてしまって……これは夢じゃないよね」
「うん現実な!!」
「おぐっ!?」
絵に描いたようなイケメン騎士に抱かれて、乙女心が爆発寸前の私であったが。
フレンの手が私の背中から腰、さらに下へ行きかけたところで、その腹目掛けてソーサラーリングのゼロ射撃を発射。
私の胸がフレンの身体にぶつかっていたのと、彼の異常な興奮具合、加えて全身で私の身体を確かめる様にビビってしまい、思わず攻撃に出てしまった。
ソーサラーリングでエアルの直撃を食らったフレンは、その場で崩れ落ち、ひれ伏してしまう。
「ぐ……僕としたことが……ッ。桜……ッ」
「す、すみません! びっくりして、つい」
「僕の方こそ……。驚かせて、すまない……。……君を目にしたら、止まらなくなって……」
「無理して立ち上がらないで下さい。レイヴンさん、ちょっと肩を……レイヴンさん?」
先程まで私の隣にいたはずのレイヴンの姿が、周囲を見回しても見当たらない。
フレンが来たら外すとは言っていたが、本当にふたりきりにされるなんて、ちょっと予想外だった。
「好きなひとを見守る」、レイヴンの恋愛自論は間違いなかったようだ。
とにもかくにも、今はフレンだ。私が彼を倒してしまった手前、いつまでも地を舐めさせるわけにはいかない。
「フレンさん。頭を借りますね」
「桜……?」
「私の膝の上は居心地悪いかもですが、硬い地面よりはマシだと思いますよ」
私は乙女座りをして、太ももの上にフレンの頭を乗せた。
彼のふさふさの金髪が少しくすぐったい。
さてフレンの様子はどうだろうと私が見下ろしたら、フレンの大きく開いた青い瞳と目が合った。
「フレンさん。何ビックリしているんですか」
「夢か……? 桜に膝枕をされるなんて……」
「嫌なら止めますけど」
「違う! そ、そうではなくて……っ! すごく嬉しいよ。
君を……こんなに近くに感じることができて、僕はすごく幸せなんだ。
ただ、君がこんなに積極的になるなんて……思いもしなくて」
「あ」
前までの私であれば、男性に抱きしめられるなんてもっての外、膝枕なん赤面ものだっただろう。
ユーリの数々の蛮行によって、私も感化されてしまったのかもしんない。
おのれ許すまじ、ユーリ・ローウェル。
しかし、バカ正直にそれをフレンに明かしたら最後、ユーリの息の根が止まる。
「フ、フレンさんだって、この遺跡で私を見つけた時、横抱きにしちゃったじゃないですか」
「あれは病み上がりの君が、無理して動こうとしたからだ……。
当時、君は参考人だったから……けがをさせてはと……」
「フレンさんは今ひとりなんですか?
任務は……聖核や私を狙ってるんですよね」
「僕は君に会うためだけに、単身でここへやってきた……。
今回の任務については、僕にも思うところがある……」
「思うところ?」
「桜……。僕が言うのもおかしな話だが。
今の帝国に関わってはいけない」
「帝国の中に潜む悪党の話ですね」
「何者かは、今探りを入れているところなんだ……。
……まだ、確証が得られない……っ。信じられない、だから……っ」
「フレンさん、落ち着いて、ゆっくり休んでください。
ひとりで頑張り過ぎなんですよ。今は私がいます。
ちゃんと傍にいるから、大丈夫ですよ。……頼りになるかは別として」
「ああ、僕には桜がいる。僕の傍にいてくれる。僕に身を寄せてくれる。
君がいるだけで、僕は……」
フレンは今を深く噛み締めるように、ゆっくり目を閉じた。
彼は治世が乱れた帝国の中で自身の正義を貫き、正そうとしているんだ。その重みは計り知れない。
自分が決めた夢のため、身を削る思いで奮闘するフレンに、私の命運を預けてもいいのか。
私に迷いが生じた時、フレンは少年のように柔らかな微笑を浮かべた、
「桜、お願いがあるんだ」
「なんです?」
「そろそろ僕を敬称で呼ぶのは止してくれないかい」
「よ、呼び捨てですか?」
「その敬語も止めて欲しい」
「でも、フレンさんは年上で、将来有望な帝国騎士団隊長でしょう。
あんまり軽々しくし過ぎると、ファンの皆さんから集団リンチに……」
「何のファンかは知らないけれど。
僕の桜への気持ちを尊重しない時点で存在意義はないよ。推し活とは推しを尊ぶものではないのかい?
僕と桜の仲を邪魔する輩は、誰であろうが光破旋衝陣で殲滅だ」
「どこで推し活なんて言葉拾ってきたんだ! いやこの男のことだ!! きっと誤認識してる!!」
「僕はいつでも君を応援してるよ。君を惑わせる有象無象は僕の剣で斬り捨てる」
「うん知ってた! 誤認識は必然だったな!
しかも推しは尊ぶつってる傍から早速蔑ろにしていらっしゃる!!」
「君を守るためなんだ」
「私のせいにすんな! 剣抜こうとしてる時点で殺意満載だろ!! もう元気凛々じゃねーか!!
さっさとどきなさい! はい立つ! それ起立! スタンドアップ!!」
「すまない。まだ君とこうしていたいんだ。
ずっと君の傍にいたい。……駄目かな?」
「クソッ! こいつ甘いフェイスを使いこなしてやがる……っ!!」
「ヘリオードでもお願いしたのを覚えているかい?
確かに、僕は君が話しかけてくれる度、名前を呼ばれる度に喜びを感じてはいるよ。
ただ、さん付けや敬語を使われると、君の気持ちが遠のいていくようで、……僕が辛いんだ」
フレンは切ない表情で私に訴えかけてきた。
ヘリオードで有耶無耶にしてしまったが、フレンの言う通り、私が彼に敬意を示しているつもりでも、本人にしてみれば嫌味に聞こえるのかもしれない。
とはいえ、出会った時から続けていた言葉遣いを今更変えるのはかなり勇気と意識が必要だった。
「それじゃあ、改めて……フレン」
「なんだい?」
「試しに、呼んでみただけで、その……特に意味はないの」
「桜、嬉しいよ」
「フレン?」
「桜。もっと僕の名前を呼んでくれないかな。僕も君の名前を呼び続けたい。
会えなかった分、いいや、これからだって、ずっと……」
「フレン……」
「悲しい顔をしないでくれ、桜。わかっているんだ。立ち止まってはいけない。僕には目指す夢がある。
ただ……ただ今だけは、君のいる時間を大切にしたい。壊したくないんだ」
「これからも」と言われ、私が自分の命運を連想するのに対し、フレンは自身の夢を自負しながらも甘えてきた。
綺麗な黄金色の髪、宝石のような青い瞳、健康的な頬に思わず手を伸ばしてしまう。
そっとフレンの前髪に触れると、彼は気持ちよさそうに受け入れて、代わりに片手を私の頬に当ててきた。
「桜。君にもっと触れたい」
「じゃあ、篭手を外して素手で触ればいいよ」
「そういう意味ではないけど……」
「頬を触られるくらい平気だから」
「……。まさかとは思うが、ユーリが原因なのかい?
あいつがいつも君に気安く触れるから、君は膝枕や頬に触れても抵抗がなかったのか」
「だ、誰でもいいってわけではないんです!」
「敬語」
「まだ慣れないの許して! 触られるのに慣れてると言うか、慣らされたと言うか……っ!!
これにはやむを得ない事情がございまして……!!」
「桜」
「今のは反省の意だ、察しろ!! 私も好き好んでこんな耐性ついたんじゃないの!!
できれば、初々しいままでいたかったんだ!
手と手が触れ合うだけで照れてしまうような恋がしたかったんだよ!!」
「初々しいままで、恋をしたかった……? 桜、もしかして君は……」
「ち、違う! ただちょっとユーリとの行き過ぎたスキンシップに慣れてしまった私が悪くて」
「あいつ……っ!!」
私の話から何を連想したのか、フレンは鬼の形相で立ち上がった。
もしや、本気でユーリを抹殺しに行く気か。彼のいるアスピオはさほど遠くない。殺されるのも時間の問題だ
戦慄が走るものの、彼は悲しそうな表情を浮かべて、私の髪に触れてきた。
「すまない。僕が傍にいなかったばかりに、君の大切に守ってきたものを奪われてしまった」
「私の大切な……? フレン?」
「……大丈夫だ。口にしなくてもいい。僕はそういうのは気にしてないから」
「そういうの……? どういうことなの?」
「……い、言っていいのかい? 僕は試されているのか」
「なんで赤面するの」
「大切なことだよ……?」
「尚更教えてもらわないと」
「……。ユーリに貞操を奪われたのでは」
「わあああああああああああああああああ」
「あの粗野で乱暴で手が早いユーリのことだ。きっと辛抱しきれず君の肌に触れて、押し倒し」
「ねーよ!! いや、膝枕や腕枕にハグやキ……いやとにかく、数々の暴挙は認めるけど」
「とても辛くて怖い思いをしたんだね。僕がいるからには、もう誰にも君に触れさせはしない。
僕が君の傷ついた心を癒してみせる。この心、この身体をもってしもだ」
「違う!! そーじゃない!! そもそも私は」
「大丈夫、ユーリの手垢がついていようとも、僕がそれに上書きすればいいんだ。
君の全てを僕で埋め尽くしてみせるよ」
「いらん! 手垢とか言うな! 上書きってなんだよ! 欲求不満は自分で解消しろ!!
私が求めてるのは精神的な恋愛だよ! そして私は未経験だ!! 魔法使いまで残り13年ほどのカウントダウンが始まってる!!」
「そ、そうなんだ……。よかった……」
泣きたい。
フレンは一体何を心配していたのか、安堵の息を漏らした。
何がよかったんだ。彼氏いない歴イコール年齢なんだぞ、私。
いや、私はこんなアホな掛け合いしにフレンと会ったのではない。
私は自分の命運を確かめるために、彼に会いに来たんだ。
「フレン。私は貴方に確かめたいことがあって、ここに呼んだの。大丈夫かな」
「僕に確かめたいこと……。構わないよ。僕に答えられることなら、何でも聞いてくれ」
「私の全てを知った上で、確かめたいんだけど」
「僕も君の全てを知りたい。聖核を探し出す力、ノードポリカの闘技場の豹変、これまでに君に起こったこと全て」
「その前に、フレンさんにひとつ聞いてもいい?
でないと、話が始まらなくて……」
「なんだい?」
私の不安な気持ちを察してか、フレンは優しいお兄さんのように微笑んで返す。
ジュディスの言葉を借りるわけではないが、最初が肝心なのだ。
今にも口から心臓が飛び出そうになりながらも、私は震える声でフレンにこう尋ねた。
「フ、フレンが今現在、……好きな女性はいる?」
「僕が……?」
「恋人でもいい。片思いでもいい」
「……」
「本当にこの人! 誰にも譲れない、一番だって言える女の人とかいたりしない……?」
「……」
「言いにくいことだと思うけど、私のためだと思って、ここはひとつ」
「桜……」
「フレン、お願い」
「……。僕は帝国騎士団隊長フレン・シーフォ。秩序を守る騎士だ。
この乱世を正すために下町を飛び出し、帝国騎士団のもと、研鑽と実績を重ねて、この座までのし上がってきた。
僕は誰にでも公平でいなくてはならない。相手が誰であろうとも不平は許されないんだ」
「ですよね……」
理路整然と名乗るフレンから、暗にフラれたような気がして、私が愕然とした。
当たり前だ。ヘリオードに向かう途中でも同じ質問をして「恋愛より夢」だと既に答えを貰っている。
きっと、私が自分の命運について話したところで、ユーリと同じく、ただの大切なひとの枠組みに当てはめるだけ。
「ごめん、変な事聞いちゃった。今の忘れて」
「だが、それと同時に、僕はひとりの男でもある」
「フレン……?」
「桜、僕はね。とある女性にずっと片思いをしているんだ」
「……私と出会う前?」
「このシャイコス遺跡に初めてやってきた時、芽生えた想いだ。
最初はただ守りたいと言う庇護欲だと思っていたが違った」
「守りたいひと……ではなった?」
「守りたいひとでもあるよ。ただそれとは別の感情が生まれたんだ。
僕はその感情より夢や任務だと、何度も自分に言い聞かせようとしたけど無理だった。諦められなかった」
「シャイコス遺跡で……。リタさんとか」
「気付いてないのかな。それとも勘違いさせているのか。伝わっていないのなら、僕のせいだね」
「えっと……」
「初めて唇を重ねた時から、ずっと女性のことが頭から離れない、放したくない。
どうしようもないほど、その女性が好きで堪らないんだ」
「フレンが初めて……?」
「そうやって声を聴く度に嬉しくて、姿を見る度に目が離せなくなって、触れると胸が張り裂けそうになる。
ひとつひとつが愛おしくて、すごく恋しかった」
「思い違いとはではなく?」
「ああ、僕には誰よりも好きで、何よりも愛する女性がたったひとりいる」
「待って、フレン。ノードポリカの闘技場の言葉は、本当に……」
「僕の気持ちは変わらないよ」
私の問いに答えるように、フレンは私のすぐ目の前で跪いた。
天井の割れ目から差し込む日光がスポットライトのように、私たちを照らす。
日の光で輝く金色の髪と白い甲冑、私を見上げる彼の美しい輪郭、整った顔、長いまつ毛が浮き彫りになる。
フレンの真っ直ぐな青い瞳には、私しか映っていなかった。
「桜。僕は君が好きだ。君を愛している。
出会った時から、ずっと……そしてこれからも」
「本気、だったの……?」
「あの時、僕を君の胸で受け止めて欲しいと言った」
「い、妹的な意味ではなく……?」
「僕はずっと君をたったひとりの女性として見てきた」
「異世界からやってきた私に同情したんじゃないの?」
「その考え方は君への侮辱で、僕の気持ちを軽蔑したに値する。
断じてありえない。君だけには勘違いして欲しくないよ」
「ごめん。でも……信じられなくて」
「桜のせいじゃない。桜の信頼を得られないのなら、それは僕の力が足りなかっただけだ。
僕の気持ちが桜に伝わるまで、いつまでも君を想い続ける。
……桜が僕を好いてくれるまで、僕は諦めない」
「私はまだフレンさんに話してないことがある。貴方を失望させるかもしれない」
「君が何者なのか……。それは僕が桜を好きでなくなる理由になるのかい?」
「だって、私……。フレンに殺されてもおかしくない立場なんだよ?」
「すまない……」
「謝らないで、仕方のないことだから」
「違うよ。例え桜が僕と敵対しても、君が世界中を敵に回したとしてもだ。
僕の中の君への気持ちは変えられないんだ。強くなることはあっても、消えたりしない。
それでも僕と想い、僕の君の仲を切り裂くものがるなら、何者であろうとも斬り捨てる。
この想いは僕の命が潰えても消えない……」
「止めてよ、フレン。死ぬのは私で」
「君を死なせたりしない。死ぬ運命にあるなら、僕は全身全霊をもって抗ってみせる。
……それ以上に、僕の想いはもう取り返しのつかないところまで深く根付いていているんだ」
「……」
「僕は君とともにありたい。君と同じ道を歩むためなら死をも乗り越えてみせる」
「乗り越えてくれるの……?」
「桜、右手を」
跪いたままのフレンは私の右手を手に取り、ホーリィリングを抜き取った。
これはフレンが私のプリクラのお礼にと私にくれたものだ。今更返せと言うのだろうか。
首を傾げる私に構わず、フレンは私の左手を取ると、自分の頬にあてて、じっくり愛撫し、手の甲に口づけをした。
「ちょ……待って!?」
「待たない」
驚き固まる私を良いことに、彼は手のひらにまで、舐めるようなキスをする。
「フレンさん!?」
「桜。敬称」
「そんな場合じゃないです! 手、手に……っ!?」
「敬語は駄目だよ、桜。早く慣れてくれないか」
「何のつもりですか!?」
「桜。……僕を信じて」
そう懇願してきたフレンは私の袖を上げて、左手首にまで深い口づけをしてきた。
甘く勇ましい顔立ちと、私を味わうような接吻から、強烈で魅惑的なユーリとは別の、身を任せたくなるような男性特有のエロスを感じてしまう。
フレンの柔らかく熱い唇の感触を3度も受けた私は、もはや目的を忘れてパニックになっていた。
「な、何、なんなの? 何ですか、フレンさんん!?」
「君が何者で、何を思い、何をしようとしているのか。僕にはまだわからない」
「なんの恨みがあって執拗に私の左を狙い撃ちするんだ止めろ!!」
「僕は君を愛すると決めた」
「私は貴様の変態行為に昇天しそうだよ! どーしてくれる!?」
「僕の心は君とともにある」
「私の心が再びお星様になりそうだ!」
「健やかなる時も、悩める時も。喜びの時も、悲しみの時も。富める時も、貧しい時も……」
「フレン……さん?」
「桜と共に過ごし、愛し、敬い、慰め、支え。……この命ある限り真心を尽くすことを誓う」
「それって……」
どこかで聞いたのある言葉だ。確か両親に連れられて出席した親戚の催し、そう、教会の中で見た。神父が新郎新婦に似たようなことを……。
などと、私が記憶を探っている間にも、フレンは先ほどのホーリィリングを持ち出し、私の左薬指先に添えた。
「君も僕に誓ってほしい」
「何を?」
「誓ってくれるなら、僕らは晴れて両想いの恋人同士。
いいや、生涯を誓い合った婚約者になれるんだ」
「こん……っ!?」
「持ち合わせがなくて、すまない。近いうちに必ずエンゲージリングを用意するから」
「エンゲージ? 婚約指輪!?」
「きちんと式もあげよう。もちろん、君の希望を優先するよ。
ふたりで話し合って、互いに納得し、永遠に愛し合えるような幸福な家庭を築いていこう」
「か、家庭?」
「婚約したからには、僕と君が夫婦になることを約束されたようなものだよ」
「ふ……っ!?」
「僕が君の夫で、君は僕の妻になるんだ。わかるかい?」
フレンと私が夫婦……? 私がフレンの妻……!?
フレンの告白からの求婚というダブルコンボを喰らって理解が追いつかない私に、彼は容赦なく未来設計なんてトリプルを決めてくる。
当然、私には受け止めきれない事態だった。
「いやわからん! わかって堪るか!! フレン正気!?」
「僕は本気だ。遊びで君を惑わせたりしない。
僕は人生のパートナーとして君を選んだんだ」
「ま、待って、フレンさん! いや、フレン!!」
「待てば、君は僕の申し出を受けてくれるのかい?
なら、いくらでも待つよ。君の心の準備ができるまで、ずっと……」
「そうじゃなくて……っ。いきなりなんなの!?」
「急ではなかったはずだ。ノードポリカの闘技場で既に僕の気持ちは伝えたよ。
まだ、僕の気持ちがわからないと言うなら、いくらでも、君の望む方法で応えて見せる」
「フレンに私への愛を試せとでも!?」
「喜んで挑戦させてもらう。今にも君への想いが溢れそうなんだ」
「ない! しない! どーもない! こ、婚約だとか、夫婦だとか……っ!
私まだ女子高生、子供で……まだまだ先のことで!」
「年齢は関係ないよ」
「人間かも怪しい状態なのに」
「君が魔物になったとしても、心が君であるならば、僕にとっては桜に変わりはない。
君が君である限り、僕は桜を愛し続ける」
「私、死ぬかもしれないんだよ」
「僕が死ぬという君の負の概念を晴らして見せる。
さっき、僕は死をも乗り越えると言ったよね」
「でも……」
「……どうか、僕の覚悟を受け取って欲しい。
そして、君が背負っているもの、抱えているものを僕にも分けてくれないか」
「私のはとても重いよ。それでもいいの?」
「桜の望むままに。僕の気持ちは君だけのものだ」
フレンは私の左手を取ったまま、しかし左薬指には触れずに辛抱強く私を口説き続けた。
私が戸惑いながらもフレンを見下ろすと、彼は真摯な瞳をストレートに向けて返す。
遠回しに私の現状を伝えたものの、彼はものともしない。
それどころか、自ら進んで分かち合おうとしている。
フレンなら、私の死を乗り越えてくれるのか。
ユーリのように、死を理由に私の心を惑わせたりしないか。
前にも後にも退けない状況に、私は未だ空っぽの左薬指とホーリィリングを交互に見つめた。
■続く■
ありがとうございます! ありがとうござます!! ここまでお付き合い下さって、誠にありがとうございました!!
50話と大台に乗った気がしますが、原作ではまだ3分の2しか進んでないのですよね!!
フレンの告白も予定外でした!! 素直に岩虚に進む予定ではあったのです!!
しかし、あれはPS3の追加シナリオで、パティ中心の話になります。夢小説で補うのには難しいと思い、急遽路線変更しました。
ユーリの二番煎じにならないように頑張りました!! 甘い言葉が苦手なので、砂糖吐きながらも言葉を選びましたよ!! フレンも押せ押せ感だそうかとは思いましたが、それはもうユーリがやってしまったので「もうひとっ飛びして結婚させればいいんじゃない?」とやってやりましたよ!! ノール港でもユーリが「フレンが主人公を好きになったら「好きだ! 結婚してくれ!」と言うに決まってる」みたいに話していたので、それ採用と!!
テルカ・リュミレースの結婚概念がよくわからんので、勝手に設定しちゃいました。
後、フレンの3度のキスには意味がございまして、手の甲には「主人公を尊び、愛おしく思う。敬愛」、手のひらは「主人公に自分の想いを受け取って欲しいという懇願」で、フレンの切なる願いがあります。
手首は「主人公への強い好意をストレートに伝えたい。純粋に好きなだけでなく、性的な欲求も含まれる」というわけで、フレンは主人公の心身ともに好いていて、愛していて、尊んでいることを信じて欲しいというワケでして!! フレンの色っぽいキスとその意味を噛み締めて、フレンの気持ちを知って頂けばなと思います!!
次回はまだシャイコス遺跡だと思います!!
まだまだ波乱の予感がしていますが、きっと未来の自分がうまく料理してくれるでしょう!!
それではまた。
瑛慈 翔