明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

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【第6話】私がキレて突っ込むのなら

騎士の巡礼で、ザーフィアスを出発してから一日が経つ。

城に残った君は二日目となる城内生活をつつが無く過ごしているだろうか。

 

――僕がいなくて、心細くはないだろうか。

 

僕は大丈夫だよ。

寂しくないと言えば、嘘になるけれど、君が心身ともに健やかであればそれでいいと思う。

 

その為にエアルが人体に与える影響に詳しい専門医を紹介して下さるよう、騎士団長にお願いをしておいたんだ。

君が僕の世界で何事もなく暮らしていけるように、できる限りの事をしておきたいからね。

 

 

帝都を出た僕はデイドン砦を越えて、現在イリキア大陸北部にある花の街ハルルに来ている。

一刻も早く君の元へ戻れるように、今日も元気に魔物を狩っているよ。

 

街に魔物が出るなんて、何おかしなことを言い出すんだって?

 

実はハルルの結界魔導器の機能が弱まり、街に魔物が襲ってきたんだ。

結界魔導器というのは、魔物から街を守るための結界を作り出す魔導器の一種。

帝都の空に光の帯が見えるだろう。あれがその結界さ。

 

ハルルの結界魔導器は街の中心に生えている三種の大樹と融合していて、一年に一度、満開の季節になると結界が弱まるらしい。

ただ今年は少し時期が早くて、魔物への対応が遅れてしまい、街の中まで侵入を許してしまったんだ。

 

 

幸い、僕たち騎士団が駆けつけたから被害は最小限に抑えられたものの、問題の結界魔導器が再び機能する兆しはなかった。

僕も騎士になる上で魔導器に関する基本知識を身につけてはいるが、残念ながら結界魔導器を復活させるような高度な技術はない。

 

 

ここ最近魔物が凶暴化しているようだし、街の安全を守るのも騎士団の勤め。

ハルルの結界魔導器については、学術都市アスピオに協力要請を出すべきだろう。

 

 

結界魔導器の大樹といえば。

街の人から聞いた話では、ハルルの大樹は満開になった時の花が散る様は夢景色のように幻想的で美しいそうだ。

 

 

結界を直して街が落ち着いたら、いつか君と一緒にハルルの花を見てみたいな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私がキレて突っ込むのなら

 

腕を鳴らして君に知らせよう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

フレンが問題を丸投げして一日が経つ。

花の街ハルルに向かったとされる彼は、今頃優雅に散策なんぞ楽しんでいるのだろうか。

そうしてる間にも、私たちがとんでもない目に遭っていたとも知らずに。

 

エステルはフレンに大切なことを知らせるため、自らの危険を冒してまで城を飛び出し。

ユーリは暗殺者にフレンと間違われ、好敵手として粘着されるし。

私に至っては、ヒステリーに監禁されるわ、騎士団の間ではフレンとはデキているなんて根も葉もない噂がはやるわ、ユーリとフレンの見分けもつかないドMな暗殺者にSM関係を求められた。

 

つい先日まで、フレンの恩義に報いようと考えていたのに、今では殺意MAXだ。

 

いや、マジで殺ろうとか考えてないよ。

ユーリの幼馴染で強くてエリートな彼を私一人でどうこうできるはずがない。

弱気な発言しておいてカバンスィングの練習とは充分殺る気じゃないかと突っ込まれそうですが。

これはひとえにファンシーな魔物やドMな暗殺者なんつうバイオレンス溢れるサバイバルなこの世界から身を守る為であって。

爽快変態騎士の横面ドツき倒してハルルの花の肥やしにしてくれるわなどというフレンの人権を省みない合理的動機は微塵もない。

 

いや、もうこの際フレンはどうでもいい。

この場にいない人間相手に神経使うほど、今の私に余裕はないのだ。

私が立っている場所はデイドン砦の南側。

帝都の北を守る砦の名に相応しい要塞で、北を阻む高い塀が東から西まで続いており、その先には山脈が続いている。

フレンのいるハルル、そして下町の魔核泥棒のいるアスピオへ行くには、北へと続く砦唯一の門を通らなければならないのだが。

 

 

「夜通った時は暗くてよくわからなかったけど。

北の防波堤だけあって、城壁に詰め所に倉庫、そこそこの施設が揃ってるのね」

 

「そんだけ騎士もいるってことだな」

 

 

私の話に、傍らでその細腰に手をかけたユーリがのほほんと相打ちをついた。

毎度ながら休めの姿勢もなかなか絵になる、長くしなやかな黒髪が印象的な美青年だ。

以前は下町の用心棒をしていたのだが、いろいろあって現在は私の面倒を見る傍ら、下町の魔核を取り戻す為に旅をしている。

彼の視線の先には、砦を守る騎士たちの姿があった。

 

 

「帝都の玄関だからな。そこそこの数は予想していたが……」

 

「検問しているみたいですね」

 

 

エステルは門の両脇にたつ騎士が商人や旅人を取り調べる様子を見て、表情を曇らせた。

彼女の本名はエステリーゼ。

一見気品に溢れた桃色の髪のお姉さんなんだけど、それもそのはず、彼女は列記とした皇族のお姫様だったりする。

先日までお城の中で住んでいたのだが、フレンに伝える事があって、ハルルまで私たちと一緒に行動をすることになった。

ただし、正規の方法で城を出たのではないため、万が一自身の正体が騎士たちにバレたりしたら、強制送還は逃れられないだろう。

 

 

「あんまり心配しなくても良いんじゃない?

外に出る機会がほとんどなかったのなら、エステルの顔を知っている人もそうそういないだろうし」

 

「エステルはそれでいいかもしれないが、お前はまずいだろ。

一昨日だか、ここを通ったってんなら、あの騎士たちの中にお前の顔を見たやつがいるかもしれない」

 

「そーいや私、シャイコス遺跡であった異変の重要参考人だった。

評議会やキュモールの件差し引いても、捕まる要素あるんだよ」

 

「こりゃあ、しばらく目立たないようにして、通れる機会を窺った方いいな」

 

「……はあ、肩身が狭い。別に悪いことなんてしていないのに」

 

「キューン……」

 

 

イライラしながら呟くと、ラピードは耳をピクリとさせて、私の傍へと寄ってきた。

私の顔を見上げるワンコの健気な眼差しは"なんだか怖いよ。どうしたの?"と言うより"どうしたんだ。少しは落ち着けよ"と言わんばかりの眼力だ。

相変わらず男気溢れたワン公である。

ユーリも私の変化に気付いたのか、ラピードに続いて顔を覗き込んできた。

 

 

「何眉間にシワ寄せてブスっとしてんだ」

 

「別に怒ってるわけじゃないの。なんだか落ち着かなくて。

気分悪くしたのなら、ゴメン」

 

「オレは平気だよ。お前こそ、面倒続きでストレス溜まってんのか。

こんなトコで余計なエネルギー使うより、フレンのドタマをブッ飛ばしてスカッとした方が健康的だろ」

 

「幼馴染ブッ飛ばしていいんかい」

 

「あいつなら、喜んで受けて立つぞ」

 

 

絶対Sと思ってたが、突如Mの疑惑まで浮上して参りました。

両刀使いか、超ミント風味小隊長。ますますもってお近づきになりたくありません。

 

 

「いや、確かにフレンさん一発ドツきたいけど、私のイライラの原因はまた別なのよ」

 

「違うのか?

気合入れてカバン振り回してるから、フレン殴りたくてうずうずしてるもんだと思ったぜ」

 

「桜がそんな乱暴なこと考えるはずがありません。

きっと身体の調子に関係しているのでしょう」

 

「まあ、そんなところなんだけど。

何難しい顔してんの、エステル」

 

「怒っているわけでもないのに、その刺々しい態度、苛立ち。恐らくは……」

 

「エステル?」

 

「……悪阻です?」

 

「ちがうわあああああ!」

 

 

エステルが渾身の回答に対して、私は全身全霊を持って否定した。

あんだけ脳みそフル回転しといて、はじき出した答えがソレか。

彼女の脳みその引き出しの中身が計り知れません。

命一杯NOと答えたものの、赤面する私では説得力がなかったのか、彼女は血走った目で何故かユーリを睨みつけた。

 

 

「桜が悪阻、となれば、相手はユーリです!」

 

「オ、オレ?!」

 

「その美貌と魅惑の胸元で、無垢な彼女を誘い出したに違いありません。

色香でおとした後、人気のないところに連れ込んで、彼女の同意を得ずに無理矢理――と話している傍から、顔を赤くしましたね! やはり身に覚えがあるのです?!」

 

「んな過激な妄想を口頭で語られたら誰だって赤くなるだろ。お前、普段どんな本愛読してんだ。

オレじゃねーけど、なんかどっかでフレンが桜に夜這いしたって聞いたな」

 

「フレンが桜を襲ったのです?!」

 

「襲ってねーよ! ユーリ、あれはなんかの間違いだって言ってるでしょ!

事実だとしても、二日しか経ってねーのに即行悪阻とか起こるわけない、時系列おかしいわ!」

 

「確かにあいつは会ってすぐに間違い起こすような間抜けじゃないよな」

 

「でしょ、でしょ!」

 

「んでもって、実際どこまでいったんだ」

 

「そこを動くな、カバンジャイアントスイングで脳震盪食らわしてやる」

 

「断る。痛いのはイヤだ。

帝都から出るときは有耶無耶になっちまったが。

オレは幼馴染として、あいつがテンパるほどの相手にどこまで頑張ったのか興味があるんだよ」

 

「余計な野次馬根性爆発させんな」

 

「わたしも気になります」

 

「エステルも興味深々だぞ。

フレンと手を繋いだってのは、生ぬるいな。そうだ、キスのひとつは済ませたのか?」

 

「キ……っ」

 

 

本人は冗談のつもりだったのだろうが、私にとっては地雷だった。

実はフレンとキスは済ませてある。人工呼吸という形で、色恋も何もあったもんじゃないが。

笑って聞かせる話題でもはなく、どうしようか沈黙する私をユーリは訝しげに覗きこんできた。

 

 

「うん? 急に静かになってお前、フレンと……」

 

「今度フレンさんに一連の話をしてみるといいよ。

絶対"セクハラなんて許さない"とか叫んで、斬りかかって来るだろうから」

 

「なんでお前との関係聞いただけで、フレンにセクハラで斬られなきゃなんねーんだよ」

 

「恥かしがらなくてもよいのですよ、桜。

もしもフレンが過ちを犯したというなら、わたしが力づくでも責任取らせますから」

 

「いやエステル違うから。マジで悪阻とかじゃないから。下ネタじゃないから。

自分でもよくわからないけど、砦についてから胸がざわついて、そわそわするのよ」

 

「ここに着てから?」

 

 

帝都を出た頃はなんともなかったのに、デイドン砦に近づくに連れて、胸の中が気持ち悪くなった。

最初はユーリの言うとおりストレスかと考えたが、ムカつくとかそういう感情そのものではない。

何かを体感していると言った方が近いかもしれない。

 

 

「どう説明すればいいのかな。

私自身がどうこうじゃなく、外からざわわわわっとして気持ち悪いの」

 

「胸騒ぎってヤツか」

 

「あー、そんな感じかな」

 

「わたしの治癒術を試してみましょうか。もしかしたら、良くなるかもしれません」

 

「ち、治癒術?! いい、大丈夫、我慢できるから」

 

「いけません。我慢するということは、少なからず身体に負担をかけている証拠です」

 

 

真剣な顔で私に詰め寄るエステル。

彼女は無理にでも治癒術を行使するつもりだ。

エアルに弱い私がエアルで患部を治癒する術を受けたりしたら、フレンにしてもらったように悪化するに決まっている。

正直に話して止めさせようとするより早く、ユーリが間に入ってきた。

 

 

「ケガしているワケじゃないんだ。

専門医でもないのに、やたらめったら術に頼るのはどうかと思うぞ」

 

「桜が調子が悪いと訴えているのに、放ってはおけません」

 

「んじゃあ、帝都まで戻って医者に診せるか」

 

「その前にわたしたちが騎士団に捕まってしまいます。

どうしてです? ユーリはどうして、桜を見捨てるようなことを言うのです?」

 

「見捨てるわけじゃねーよ。

本人が急を要してないし、オレたちの置かれた状況を見ろ。

少しは落ち着けって言ってんだ」

 

「なるほど、フレンに取られるくらいなら、いっそこの機会に桜の身も心も頂こうなんて魂胆ですね」

 

「人の話聞けよ」

 

 

エステルが勝手な推測で憤慨してしまい、説得していたユーリはげんなりした。

会話が明後日なのはいつものことだが、幼馴染のユーリがするならともかく、エステルが進んでフレンの話題を絡ませる理由がわからない。

 

 

「エステル。もしかしなくとも、まだ私とフレンさんのこと勘違いしてるの?」

 

「侮らないで下さい。わたしは桜のお友達ですよ。

判ってます。桜とフレンは、友達以上恋人未満なのです!」

 

「わかってねええええ!」

 

「微妙に上昇補正されてっから、改善に向かってると考えていいんじゃないのか」

 

「まだ恋愛の危険区域から脱していない。

放置するといつの間にか最下値が消滅する可能性大だっ!」

 

「騎士団が既に危険区域ド真ん中だけどな」

 

「あのね、エステル。さっきからやたらフレンさんの話題浮上しまくってるけど、フレンさんは任務で私の面倒見てくれてただけだから。

恋愛のれの字もないんだからね」

 

「任務だなんて、悲観的に捕らえてはいけません。

いいじゃないですか。迫り来るドM変態から身体を張って少女を守る青年騎士。そんな彼を健気に慰めるうら若き乙女。

二人は互いに支え合って苦難を乗り越え、最終的には愛の絆結ばれて幸せになるという小説を読んだことがあります」

 

「さり気なくドMな変態ってほざいたけど、それザギのことだろ。

その小説実はあんたの妄想日記じゃないのか」

 

「フィクション小説です」

 

「十分妄想範囲内だ。完全否定しないってことは、三次創作も視野に入れて良いんだな。

夢見がちに言われても、ソレ吊橋理論ってやつだよ。危機的状況を恋愛と錯覚しちゃう心理だよ」

 

「意外と現実的なのな」

 

「どう足掻いても、フレンさんと私がそんなロマンチックな展開を迎えるはずないもん」

 

 

ユーリに感心されたものの、自分とフレンじゃあスペックの差がありすぎて、彼女が夢見る甘い状況など想像できないだけだ。

私の答えを聞いたユーりは「そんなもんかねぇ」と適当に納得し、次にジト目でエステルを睨みつけた。

 

 

「そーいや、エステル。

帝都を出る前にハンクスじいさんにフレンかオレ、どっちを消すか相談してなかったっけ?」

 

「はい」

 

「本人目の前にして肯定するか、普通……。

んで、そのお前さんがフレンを推すなんざ、一体どういう風の吹き回しなんだ」

 

「そ、それは……」

 

 

平然と受け答えしていたエステルは、ユーリに突っ込まれて、何故か私の顔色をチラチラと窺いながら言葉を詰まらせた。

私とフレンにあの噂以上に何があるというんだ。

私たちに囲まれ困惑する彼女は目を泳がせ、ある荷車付きのお店に釘付けになった。

 

 

「あ、あそこにお店があります!

旅支度をするには丁度いいですよ」

 

「話逸らすなよ」

 

「逸らします。

わたしが答え難い話題を聞き出そうとするなんて、ユーリは女心を察する神経がありません。

フレンが話していたとおりです」

 

「あいつ、また……っ」

 

「そりゃあそうだね。

女の子相手に平気な顔して、"キスしたか?"なんて聞いてくるほど残念な神経してるもの」

 

「心外だな。オレはお前の身持ちを心配してやってんだ」

 

「心配していらんわ。

フレンの方がモテるって言ってたけど、逆にユーリがこんな致命的な欠点があるから負けてるんじゃないの」

 

 

私が率直な意見を言うと、ユーリは沈痛な面持ちでその整ったこめかみを痙攣させた。

 

 

「わざわざ止めさして来るッつーことは。

お前には、その残念な神経を誠心誠意込めて直す自信があるってことなんだな、そーなんだな」

 

「目が据わってるよ、ユーリ」

 

「オレのためになけなしの乙女心をドブ川に捨てるなんて健気なヤツなんだ、オレもお前の気持ち応えてやろうじゃないか。さあこの胸に飛び込んで来い。何躊躇することはないオレは全身全霊を持ってお前の愛を受け止めてやろうじゃないか。ついでに逃げられないように拘束してやるからかかってきやがれ、寧ろオレの方から行ってやるからソコを動くな腹ぁ括れよ」

 

「舌噛みそうな長文を棒読みしながら迫られると、抱擁する前に渾身の頭突きで応対しそうです。

あんたこそなけなしの愛を語っているつもりか知らんが、微動だにしない顔面がすんごく不気味過ぎる」

 

「無神経言うからだ」

 

 

無表情のユーリは自身の大根役者ップリを私に披露すると、何事もなかったかのようにエステルに声を掛けた。

 

 

「店に興味があるなら見てこいよ」

 

「いいのです?」

 

「砦には騎士たちが張っているし、桜も万全でないのなら、しばらく身動き取れないだろ。

こいつの面倒はオレが見てるから、お前はラピードと一緒に行ってくるといい」

 

「ラピードとですか?! 」

 

 

エステルの熱い視線を受けたラピードは不満げに鼻を鳴らして、主人の顔を伺った。

 

 

「キューン」

 

「わりぃ、ラピード。桜はオレに任せて、お姫様を頼む」

 

「ワフ……」

 

 

ため息をつくラピードは私を見つめた。

凛々しい眼はどことなく沈んでいる。まだ私のことが心配らしい。

ユーリがいるから大丈夫と言って頭を撫でると、ラピードは小さく一鳴きしてエステルとともに店の方へ駆けて行った。

 

 

「物分りいいワンコだね。頭触っても怒らなかったし」

 

「あのラピードが触れるのを許すとはね。

さてはお前の置かれてる状況理解したのか、心情を察してんのか、お子様だからか……」

 

「そのお子様に恋愛事情訊ねてきたのは誰よ」

 

「お前はフレンに対して油断している節があるようだから、この際忠告しとくけど。

あいつ、一見温厚で人畜無害そうな顔してるが、駆け引き上手で思い切ったら全力投球一直線。

相手が年下だろうが、建前さえありゃあ押し倒したりもするかもしんねーぞ」

 

 

SでMで味覚オンチの彼はあの甘いフェイスに似合わず、その気になったら、熟女だろうかロリコンだろうが何でも食っちまう男だったのか。

 

 

「流石エリート。味覚破壊どころか性癖までアブノーマル過ぎる。

ヤツの存在が一気に未知数に……!」

 

「お前今フレンでとんでもねーこと想像しただろ」

 

「うん、した」

 

「ほどほどにしとけよ。フレンの人物像が崩壊しない程度にな。

で、お前の調子はどうなんだ。まだ気持ち悪いか」

 

「放っておけばマシになるかと思ったんだけど……」

 

「治まりそうにないみたいだな。魔導器をつけていないから、エアルのせいじゃない。

見た目も至って健康そうだから、命に関わるもんじゃねーだろうが」

 

「私もそう思う。

ところでユーリ、どうしてエステルに私のこと説明させてくれないの?

危うく治癒術使われることろだったんだよ」

 

「バレてたか」

 

「バレないでか。

エステルはちょっとアレだけど基本良い人みたいだし、間違って治癒術されるよりは、きちんと説明しておいた方がいいよ」

 

「エステルの口から誰かに伝わるかもしれない。

口止めしたとしても、あの世間知らずじゃあ、何かの弾みで第三者に勘付かれる場合もある」

 

 

言われて、彼とともに店の陳列物を珍しそうに眺めるお姫様を眺めた。

いくら彼女が意識しても、私の情報と世間一般常識の境界線が判らなければ、些細な事でバレてしまう可能性があると踏んだのだろう。

 

 

「大げさじゃないかな」

 

「まだ心許ないくらいだよ。

ずっと一緒に旅するならともかく、あいつの目的地はフレンのいるハルルまでなんだ。

下手に喋るより、凌いだ方がいい」

 

「ユーリがそういうならそれでいいけどさ。

今更だけど、ハルルについたら、フレンさんと会うんだよね」

 

「何憂鬱な顔してんだよ。一発くれてやるんだろ。

どっちにしたって、あいつがお前の存在を知ったら、どこで何してようが飛んでくるだろうけどがな」

 

「城にいるはずの私が外で歩いてたら、そりゃあ血相変えて捕縛しに来るでしょ。

遺跡の件だって、終わったのかどうかわからないし。

その上勝手に帰るなんて言ったら、どんな顔するか……」

 

「異変の重要参考人だか知らないが、そのお前を危険に曝したのは騎士団だ。

オレが説得してでも帰してやるよ」

 

「悪いよ。やっぱり、私がアレクセイさんに頭下げて、洗いざらい話して断ろうと思う」

 

「また馬鹿正直なことを……。お前、フレンに感化されてんじゃねーの」

 

「んなワケないでしょ、何恐ろしい事言い出すかなこの兄さんは……っ!

私はただ助けてもらった義理を通そうと……あれ?」

 

「どうしたんだ変な顔して」

 

「気持ち悪いのが無くなった……?」

 

 

何の拍子か、今の今まで私を戒めてきた違和感が突如消え去ってしまった。

何故だ、私ただユーリと話をしていただけなのに。

謎の解放感に驚いていると、正面に立つユーリが何かに気付く。

彼の視線を追って後ろへ振り向いた先には、見覚えのない一人の男が立っていた。

 

 

「お前は何者だ」

 

 

その質問はユーリではなく、その男が私に向かって投げかけられた物だった。

見た目はユーリと同い年、いや年上だろうか。大人の男性である事以外、細かな年齢はわからない。

緩やかにウェーブのかかった銀の長髪が黒と赤を基調にしたローブによく映える、線の細いミステリアス系の美人だ。

うん、まったく見覚えが無い。

最初に声掛けてきたのはテメェだろ。

この場合は、私がお前誰だと尋ねるべきだろうが。

それはユーリも同じだったようで、私の表情を汲み取り、不審げに言葉を返した。

 

 

「そりゃあ、こっちのセリフだろ。

恐れ多くもうちのお嬢さんにナンパのつもりか知らねーが、生憎この通り野郎つきだ」

 

「ふざけているつもりはない。私はそこの少女に用がある」

 

「私?」

 

「二日前シャイコス遺跡の最奥部で高密度のエアルが発生した。

如月 桜。お前も当時あの場所にいたはずだ」

 

 

私をフルネームで名指し?! こいつ、私のことを知っている!

しかも、一昨日、シャイコス遺跡と言ったら、私がこの世界にきた日と場所じゃないか。

私の名前が出た時点で、ユーリが身構えたにも構わず、男は私に問い続けた。

 

 

「あそこに残った古代魔導器のほとんどは筐体だけだが。

最奥部にひとつ、天井部分に埋め込まれ誰の目にも触れぬまま放置されていた聖核があった」

 

「あぱ……?」

 

「それが近年活性化し始めたエアルクレーネの影響で高密度のエアルを放出し、暴走したが……。

一昨日の夜、天の瞬きののち消滅した」

 

「夜って――」

 

 

間違いない。話している内容はよくわからないが、日時が私がフレンと出会ったものと合致している。

この男、私の名前だけでなく、ここにきた状況まで把握しているのか。

驚きと謎の連続で緊張の走る私たちへ、男は再び同じ質問を繰り返した。

 

 

「もう一度問う。如月、お前は一体何者なのだ」

 

「さっきから、何言っているのかサッパリわかりません。

何者も何も、私普通の女の子なんですが」

 

「そんなはずは――」

 

「待てよ。どこで桜を知ったかしらないが。

自己紹介も無しに一方的に質問叩き込んどいて、答えだけ貰おうなんざ、虫が良すぎねーか」

 

「私は如月と話している。人と馴れ合う気はない」

 

「その桜も充分人間だろーがよ」

 

「人間ではありえない」

 

 

微塵も表情を変えない男が放った突拍子もない発言に、私とユーリはその場で固まった。

――私が人間ではない? どういう意味だ。

人間のお父さんとお母さんの間に産まれたのだし、病気も患うし、食欲もあれば眠りもする。人類否定される要素はないと思うんだけど。

 

 

「この世界には人にも種類があるの?」

 

「オレのような人間や他にクリティア族ってのがいるっちゃいるが。

どう見たって、お前はオレと同じ人間だろう」

 

「この世界だと? 如月が異世界からやってきたのも事実なのか」

 

「この人どこまで……?」

 

「おっと、質問はここまでだ」

 

「ユーリ?」

 

 

私の言葉を遮って、ユーリが軽い調子で話題を裂いてきた。

仏頂面でマイペースを貫いてきた男は、彼の度重なる妨害に眉を潜める。

 

 

「邪魔だてしないでもらおう」

 

「生憎、オレはこいつの面倒をみてる立場なんでね。

妙な知識ひけらかして、ちょっかい出してもらいたくないんだ」

 

「関係ない。私は如月と――」

 

「関係なくはない。オレは言わば、桜の兄貴のようなもんだ。

兄貴は妹に得体の知れないヤツと交際してほしくねーの」

 

「交際……だと?」

 

「まさか、自分は怪しくないと胸張って言えんのか」

 

「……」

 

 

思わぬ反撃を食らった男は、面白いくらいにうろたえ始めた。

蚊帳の外だと突っ返されていたユーリが強引に出してきた答えが兄貴分では、対処に困るだろう。

皮肉の笑みを浮かべるユーリと額にびっしりと脂汗を滲ませる男の間で、重たい沈黙と熱い視線がひしめき合う。

間もなくして根を上げたのは、男の方だった。

 

 

「……デューク」

 

「でゅーく?」

 

「私の名、デューク・バンタレイ」

 

「デュークって言うんだ。ユーリ、知ってる?」

 

「いや、まったく聞き覚えがねえ」

 

 

私はもちろん、この世界の住人のユーリでさえ首を横に振った。

帝都の人じゃないのだろうか。

自らの名を告げた彼は拳を胸に当てて、もの思わしげにこう続けた。

 

 

「これでお兄さんに認めてもらえるだろうか」

 

「それがテメェの精一杯かよ?!」

 

「その前に兄貴つったことを突っ込もうよユーリ!」

 

 

その頬に赤みをさしたデュークがモジモジと訊ねたのに対し、私たちは各々全力で突っ込んだ。

兄貴はともかく、名前だけで理解し合える訳ねーだろ。

それが私たちの顔に出ていたのか、男は大変衝撃を受けたようだった。

 

 

「これではダメなのか? これ以上私の何を暴露すればいい?!」

 

「どんだけ中身のない人なんだよ」

 

「中身はいいんだよ。そもそもオレは、どーしてテメェが桜のこと知ってんのかって話してたんだよ。

要はどんだけコミュニケーション能力が低いんだってことだよ。

いい加減にしねーと、ストーカーで騎士に突き出すぞ」

 

「人間の世界に興味などない」

 

「いや、コミュ力ゼロをえばられても」

 

 

ダメだ。まったくもって実りのある会話ができない。

わかったことと言えば、彼の名前と彼が私のことをある程度把握していることだけ。

つか、この男、マジで私と交際する為にユーリ兄貴を説得するつもりなのか。

神妙な面持ちで私たちの様子を伺っていた彼は、何かに弾かれたように我に返った。

 

 

「お前たち、この砦を越えるつもりなら止めておけ」

 

「散々オレらを引っ掻き回しておいて、今度は進行妨害か」

 

「如月に死なれては困る」

 

「私が……?!」

 

「笑えねぇ冗談だな」

 

「彼女の命が欲しくば、ここから引き返すがいい。――さらばだ」

 

「おい、まだ話は終わってないぞ」

 

「桜ーっ! ユーリーっ!」

 

 

立ち去るデュ-クを追いかける間もなく、後ろの方からエステルの声が降りかかる。

彼女はラピードと共に息を切らして私たちの元へ駆けつけると、嬉しそうに両手一杯のパンと卵を出してきた。

 

 

「破格の値段だったので、思い切ってたくさん買ってきました!」

 

「いくらだったの?」

 

「パンが80ガルドで、卵が20ガルドでした!」

 

「そりゃあ、世間一般的に店に並べるには妥当な値段だよ。

なんつうもん大人買いしてんだ……」

 

「嘆いてる場合じゃないよ、ユーリ。デュークを追わないと!」

 

「そうだった!――て、もういねぇし」

 

 

私たちがエステルに気をとられている内に、デュークはどこかへ姿を消していた。

あれだけしつこく質問してきたくせに、さっさと退散するなんて、彼の目的がまったくもって見えてこない。

 

 

「あの人のせいかな、身体の調子が戻ったの。

私に用があったみたいだけど、何者だったんだろう」

 

「ストーカーじゃねーのか?

暖かくなると、変なのが沸くって言うしな」

 

 

ストーカーされる覚えはない。

あれほどの美形に追われても全然嬉しくないのは、中身が電波だからか。

砦を越えたら、私の命が危ないとは、どういうことだろう。

数多くの謎を残していった男に思考をめぐらせていると、ユーリが微笑みながら肩を叩いてきた。

 

 

「得体の知れないヤツのことを考えても仕方ねーだろ。

あの口ぶりじゃあ、また性懲りもなく沸いて出てきそうだし、聞きたい事はそん時聞き出しゃあいい」

 

「でも、あの人私が人じゃないって……。

喋ることが始終意味不明だったけど、シャイコス遺跡の件はほとんど当たってた。

死ぬかもしれないってのも、ひょっとして……」

 

「死なせはしないさ」

 

 

そう言い切るユーリの口調は相変わらず軽かったが、私を見つめる眼差しはいつになく強く、暖かった。

ユーリが言うなら、大丈夫、きっと大丈夫なんだろう。

彼がこうして隣にいる、見守ってもらえるだけで、胸のうちで広がっていた不安が自然と和らいでいく。

一方、デュークとの一件を知らないエステルは、一人目をぱちくりさせていた。

 

 

「お二人とも見つめ合って、どうしたのです?」

 

「そうだ。エステルなら知ってるかも。

実はね、さっきデュークという人が――」

 

「大変だーっ! 主が出たぞ!」

 

 

エステルにデュークのことを尋ねようとしたら、砦の方から鐘が忙しく鳴り響いた。

鳴り止まない警告音に急かされて、門の傍まで駆けつけてみると、北からやってきた人々が次々に砦の中になだれ込んできて、危うく巻き込まれそうになる。

尋常ではない光景の原因は、北の地平線から土煙を上げて迫ってくる何かの大群だった、

 

 

「何あれ? 動物の群れ?」

 

「魔物だよ。しかも大群ときたか、帝都出て早々とんでもねーのに出くわしちまったな」

 

 

あれ全部が魔物?!

ユーリの言葉を疑いそうになったが、弓矢を構える城壁の騎士たち、混乱する人々を見れば一目瞭然だ。

ここは砦なのだから、魔物や敵勢力に対抗する手段はあるんだろうけれど。

私たちが固唾を呑んで見守る中、騎士たちは在らぬ方向に動いていた。

 

 

「急げ! 訓練どおりにすればいい!」

 

「よーし、 門を閉めるぞ!」

 

「閉める? まだ全員避難していないのに?!」

 

 

まだ北側から逃げてくる人たちがいるのに、たった一つの逃げ道である門を塞ぎにかかったのだ。

見殺しにする気か?!

常識を逸脱した事態を目の当たりにし、焦燥とか驚きを通り越して、ただただ腹が立って、脊髄反射で突っかかってしまった。

 

 

「閉めるぞーっじゃねーわよ!

あんた騎士でしょ! 騎士ってのは、海原のように心が広くて突かれても泣かないカッコイイジェントルメンなんでしょ!

弱きを助けて、強いもんを挫く職業なのに、真っ先に一般人挫いてどーすんの?!」

 

「我々には魔物から帝都を守る義務があるのです。

お願いですから、邪魔しないで下さい!」

 

「魔物が来るまでまだ余裕がある!

もうちょっと待ってなさい!」

 

「なりません!」

 

「なります! なんのために結界ってのがあるのよ!

魔物のちょっとやそっとぐらい、どーにでもなんないの?!

ええい、こなくそ! 言葉がダメなら、実力行使してやる!」

 

「お前に無茶させられっかよ。

オレが代わり行ってやるから、ここで待ってろ」

 

「あ、待って、ユーリ?!」

 

「ラピード、桜と門を!」

 

「ガウ!」

 

 

ユーリはいきり立つ私の肩を押えると、疾風のごとく門を潜り、逃げ遅れた人の救出に向かう。

北の平原に残されているのは、足を庇う男性一人と遠くでうずくまる女の子一人だ。

ラピードが騎士に睨みを利かせてなんとか閉門を食い止めているが、ユーリ一人で二人を助けるのは困難だろう。

 

 

「ユーリ一人じゃ間に合わない! 私も手伝う!」

 

「貴方ではダメです。また具合が悪くなったりしたら……、わかりました。わたしが行きます!」

 

「わかってない! エステル!」

 

 

彼女は私にパンと卵を押付けると、ユーリに続いて北へと乗り出す。

早速手前にうずくまる男性に治癒術を施し、それを横目で見たユーリはまっすぐ女の子元へ駆け寄った。

その間にも、魔物たちのイノシシのような鳴声は近づいてくる。

再びエステルたちの方へ視線を戻すと、丁度男性は立ち上がり一緒に戻ってきたところだった。

 

 

「只今戻りました!」

 

「よし、エステル頑張った!」

 

「桜もパンと卵の護衛ありがとうございました!」

 

「どういたしまして! ……て、大したことじゃないけど。

後はユーリだけね」

 

 

彼が女の子を連れ戻ってこれば、救出完了だ。

ユーリだけなんだ――早く、早く、早く!

今にも駆けつけたい気持ちを押さえつけ、ただひたすら彼の帰りを待ち続ける。

ユーリが女の子を抱きかかえ、立ち上がり、さあ今からこっちに戻ってこようとしたところで、頭上からガコンと何か外れるような音がした。

 

 

「門が下りる……っ?!」

 

 

ラピードの押さえが利かなくなったのか、ガラゴロと門の扉が下り始めたではないか。

まだユーリが残ってるのに!

門を挟んで向こうから駆けて来るユーリの姿が少しずつ遮られていく。

切迫した表情、肌蹴た胸、あとは長い足しか見えなくなって――

 

 

「ユーリ!」

 

「両手広げて待ってろ!!」

 

 

後五十センチと言うところで、ユーリは女の子を抱えたまま、足先から門の下を滑るように潜り抜ける。

寸でのところで彼を切断しかけた門は堅く閉ざされ、魔物たちを完全にシャットアウト。

ユーリは母親に女の子を解放し礼を受けると、腰を下ろしたまま小さく肩を落とした。

 

 

「なんとか間に合ったな」

 

「ユゥーリィー!」

 

「桜、嬉しそうな顔して、そんなにオレが恋しかったのか」

 

「とう!」

 

「まったく少し目を離しただけなのに、この甘えんぼぐほ?!」

 

 

ユーリに抱きつこうとしたら、立ち上がるタイミングと力加減を間違えてラリアットを食らわてしまった。

私の細腕が彼の首にはまり、勢い余って顎をすくいあげ、私の体は三百六十度回転。

彼はその場でうずくまって悶絶した。

 

 

「いくら心配かけたからって、コレは痛いぞ、桜」

 

「殺る気はなかったゴメン。

両手広げて待機しろと言われたもののあの場で馬鹿正直にやったら間違いなくスライディング直撃しただろうから、仕方なく今してみただけであって、決してヒヤヒヤさせられた挙句に寝言ほざかれた腹いせじゃないから」

 

「表情殺してまで照れなくてもいいんだぞ。

でも痛みによる愛は趣味じゃねーから、今度からはもっと優しく抱きついて来い」

 

「抱きつくのはOKなのか……」

 

「OKじゃありません。ドサクサに紛れて桜とハグしようだなんてはしたないですよ、ユーリ」

 

「確かにこんな大衆の前で、男と女が抱き合うのはまずいよな」

 

 

言われてみれば、先程避難してきた人たちに加えて、商人や旅人など、砦の人口がかなり増えている。

中には決死の人助けをなし遂げたユーリたちに好奇の目を向ける者もいるが、幸い騎士たちが来る様子はない。

不思議に思っていると、門から少し離れたところ喧騒が聞こえてきた。

 

 

「――ダメだダメだ。平原の主はそう簡単に倒せる相手じゃない!

何度言えばわかるのだ!」

 

「なんだと! 貴様は我々の実力を侮るというのだな!」

 

 

騎士にガンつきつけているのは、見るからに怪しいローブの男。

騒ぎの中心にいる彼は背後に大男と女の子を控え、騎士相手に衝突しているようだった。

会話の内容からするに、先の魔物の群れを倒すとかどうとか言っているみたいだが。

 

 

「ユーリ。あの魔物の大群って、生身の人間でどーにかできるもんなの?」

 

「さてね。連中の実力はわかんねーけど。

魔物をしとめるとなりゃ、折角閉めたこの門をどかさなきゃならないわけだ。

当然騎士の連中が聞き入れるわけがない」

 

「そんな。ここを通らなければ、花の街ハルルにいるフレンに会えないのに」

 

「だからって、あいつらの尻馬に乗って、魔物を倒すってのもパス。

焦っても仕方ないよ」

 

「騎士にお願いしたところで、"何でお前らがここにいるんだーっ!"て、即取り囲まれて城にUターンされるに決まってるしね」

 

 

正直なところ、デュークの"命欲しかったら砦越えるな"という言葉が真実味を帯びてきたのもある。

あの時彼にひっかからずに砦を越えていたら、今頃あの魔物の群れに飲み込まれていたかもしれない。

二人でのんびり行こうと話しているのに、エステルは一人諦め切れていないようだった。

 

 

「待ってなんかいられません。桜はフレンに会いたくないのですか?!」

 

「いや、会わなきゃいけないとは思うけど、現状ひっくり返してまで考えてないよ」

 

「フレンは世界中の街を巡回しているんです。

時間が経てば経つほど、二人の間は引き裂かれていくのです。わかって下さい!」

 

「……、黙って帰るって路線もありか」

 

「いや、それはいくらなんでもフレンが可哀想過ぎるだろ」

 

 

会えない=会う必要がないと脳変換起こして、楽な選択肢を選んだら幼馴染に突っ込まれた。

フレンにシャイコス遺跡の件は全部話したのだから、わざわざ手間暇かけて、ユーリたちを危険に曝してまで、フレンをドツきに――でなくて、会いに行くより、帰る目処ついたら帝都にいるアレクセイに謝って、とっとと帰った方がよくないだろうか。

しかし、エステルの方が更に拒否反応を起こしていた。

 

 

「帰っちゃうのはもっとダメです!」

 

「え、エステル?」

 

「諦めてはいけません、桜。

フレンほど誠実で将来有望で端正な顔立ちの男性は他にはいませんよ。最良の物件です。

ええ、今が伸び盛りの食べごろです!」

 

「私がアレを食うのか」

 

「逆にお前が食われる立場じゃないのか。いや、食わせねーけどよ。

どうでもいいが、エステル。

お前段々フレンの推し方が如何わしくなってきてるから、いい加減止めろ」

 

「桜はなんで異性に淡白なのです? ひょっとして興味がないのですか?

ハッ?! よもや同性愛の路線?」

 

「違うから。男性にはそこそこの興味はありますから。ユーリの胸元見て、ドキッとすることありますから。

だからフレンさんみたいな短絡的な結論打ち出して、私にンなこと言わせるな」

 

「だったら言うなよ。静かに胸の中へしまっておけ。

んで、話は戻るが。エステル、桜にこんだけ言うからには、北へ抜ける手立てはあるのか?」

 

「もちろん、これからそれを聞き込みに行くのです!」

 

「おいおい……」

 

「いたいた。そこの彼、さっきの活躍見ていたわよ」

 

 

三人ですったもんだしていると、知らない女性の声がかかった。

彼とは、この中で只一人の野郎のユーリのことだろう。

怪訝な顔をする彼と共に声の主へ目を向けると、そこには知的なメガネと胸の谷間がセクシーな魅力が混同する、大人の女性が腕を組んで立っていた。

赤毛のロングヘアーの彼女は挑発的な瞳でユーリを捕らえ、誘うように音のなる巾着をチラつかせてる。

 

 

「私の下で働かない? 報酬ははずむわよ」

 

「出会いがしらに名を名乗らず、金で他人を釣るヤツになんざ、お近づきにもなりたくないがね」

 

「お前……っ!」

 

 

至極真っ当な返事をしたユーリに、彼女の後ろに控えていた男が食って掛かろうとした。

けれども、すぐさま彼女が片手で制し、そっぽを向くユーリを見て、クスっと笑う。

 

 

「予想通りの面白い子ね。

私はギルド「幸福の市場」のカウフマンよ。商品から流通までを仕切らせてもらっているわ」

 

「その商人がオレになんの用なんだ。

言っとくけど、門の向こうで今だ地響き炸裂している元をどーにかしろってんならお断りだ」

 

「両手に花を抱えて、手が回らないとでも言うの?

あれほどの身ごなしができる貴方なら、もっとその手を広げられるんじゃないかしら」

 

「過大評価してくれてるようだが、片手間でギルドの仕事引き受ける暇ねーから。

あそこで騎士とやりあってる血の気の多いヤツらに頼めばいいだろ」

 

「魔狩りの連中と組むのは時期尚早よ。平原の主とマトモにやるのはリスクが大きすぎるもの」

 

「んじゃ、騎士団にお願いするんだな」

 

「冗談は止してよ。私は帝国の市民権を捨てたギルドの人間よ。

自分で生きるって決めた以上は、帝国に助けを求めたりしないわ。

どうせ頼んだところで、騎士たちがギルドのためになんて動いてくれないでしょうけど」

 

 

己の筋を通しながらも、シビアな現実を語るカウフマン。

騎士に守られることが当たり前だったエステルは少し複雑な表情をしていたが、キュモールとの一件や先の騒動の対応を見れば無理もないだろう。

話相手の当人であるユーリは興味なさそうに聞き流し、じゃあと身を翻した。

 

 

「立派な根性だことで。その根性で護衛もなんとかしてくれ。

――いくぞ、皆」

 

「ここから西、クオイの森に行きなさい」

 

「あ?」

 

「その森を北へ抜ければ、平原に出られるわ」

 

「でも、あんたらはそこを通らない。

てことは、何かお楽しみが待っているってわけだ」

 

 

砦以外の道があるのに使わないということは、砦を通るより危険だということ。

ユーリに鋭いところをつかれたカウフマンは、「察しのいい子は好きよ。先行投資を欠かさない子はもっと好きだけど」と満足げに言い残して、連れとともに早々と去っていった。

ユーリとカウフマンのサシの会話。

会話と言うより、交渉に近かったので、エステルともども口を挟めないまま終了してしまった。

 

 

「なんだったのでしょう。あの方は」

 

「ギルドって、言ってたけど。ユーリのこと、やたらと誘ってたね。あのキレイなお姉さん」

 

「オレを利用したかっただけだろ。

行き先も決まったことだし、騎士に捕まる前に出発するぞ」

 

「出発って、クオイの森に行くのですか?」

 

 

エステルが少し怯えた様子で確かめてきた。

 

 

「何か知ってるの?」

 

「本で読んだことがあります。

"クオイの森に踏み込む者、その身に呪いふりかかる"と」

 

 

彼女の言葉を聞いて、私とユーリは顔を見合わせた。

 

 

「呪いって実在するの?」

 

「オレ、そういう怪奇現象の経験ねーから、どーにも。お前は信じる方なのか」

 

「幽霊と同じで、信じなければいないのと同じ派」

 

「流石留守番名人。じゃあ、行くか」

 

「……行くのです? 桜もユーリもラピードも行っちゃうのです?」

 

「エステルだけ、ここで門が開くまで待ってるか?」

 

「い、行きます! フレンの身の危険を伝えなくてはいけませんし、何より桜に会わせなくてはなりません」

 

「エステルなんか目的増えてない?」

 

「増えましたが、桜が意識することはありません」

 

 

なんだそれは。

また余計な妄念抱いて爆走しなければ良いが。

半場ヤケクソになってるエステルと共に、私たちは西のクオイの森を目指した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

デイドン砦からまっすぐ西に進んでいき、北の山脈が途絶えた辺りから深い森は広がっていた。

呪われた樹海、クオイの森。

呪いと聞いて少し構えてはいたが、日の光も差し込んていて視界もそこそこ良い普通の森だった。

工場裏の森に比べれば、大したことはなさそうなのだが。

 

 

「お前、少し血色悪いぞ」

 

「あはは、そう? 今日の私は体調うかがってばっかだね」

 

 

ユーリに真顔で指摘され、私は誤魔化すように苦笑いを浮かべた。

まあ、実際に具合が悪いわけだが。

しかもデイドン砦の時に加えて、今度は妙に熱っぽい。

風邪か。トラブル続きで無理がたたったのだろうか。

ここを抜けて平原に出れば、間もなくハルルに着くのに、思い通りにならない身体がもどかしい。

 

 

「おかしいな、身体は丈夫に出来てるはずなんだけど」

 

「やはり引き返した方がいいのでは」

 

「デイドン砦に? あんな始終騎士の目が光ってるところじゃあ、おちおち腰も据えられないでしょう。

戻るにしたって時間かかるし、同じかかるなら、少しでも前進した方がマシ」

 

「で、でも」

 

「いいの、いいの。頑張れば何とかなる」

 

「おい。あんま無茶すんな」

 

「大丈夫よ」

 

 

気遣う二人を笑顔で返して、森の中へ強引に足を進める。

デイドン砦でも心配かけたのに、ここに着てまで気を使わせたくはない。

熱だって少し運動すれば下がるもんだし、戻る場所もないのなら、進むしかないのだから。

 

 

「何一杯一杯になっているんだ、お前。

息も上がらせて、熱があるんじゃないのか。

オレが測ってやるから、こっちこい」

 

「平気だってば」

 

「平気に見えないから言ってるんだろうが」

 

 

私が言うこと聞かないものだから、ユーリ自ら私の元へ近づいてきた。

体調不良を感づかれたら、またややこしいことになる。

彼からどう逃れるか、じりじりと後退していくうちに、ぐらりと視界が歪んだ。

――めまい?

意識を保つために頭を抱えると、ユーリに両肩を捕まえられてしまった。

 

 

「もうダメだ。少し休むぞ」

 

「引き返せないよ」

 

「戻る宛てがなくても野宿って手がある。ともかくもう動くな」

 

 

余程私の顔色が悪かったのか、ユーリから有無言わさず進行中断を言い渡されてしまう。

表情の硬い彼に続いて、エステルも賛同するように頷いた。

 

 

「デイドン砦の時より、辛そうです。

わたしが急かしたせいかもしれませんが、途中で身体を壊してしまっては元も子もありません」

 

「エステルからのお許しも出たんだ。今晩はここで―――桜?」

 

「ごめん。二人とも、私ちょっと……」

 

 

引き返せないと言ったのは、引き返す場所がないからではない。

私の身体は引き返せないくらい重くなっていたからだ。

おかしい。ただの風邪じゃないのか。

ユーリの厳しい顔とエステルの憂いの顔が擦りガラスを通した様にぼやけていく。

 

襲い掛かるめまい、動悸、息切れ、虚脱感、激しい頭痛――

ああ、これ前に何度か経験したかも。

 

我が身に降りかかった災難を呑気に理解しながら、意識がフェードアウトしていく。

同時に、私の名前を呼ぶ二人の声とラピードの鳴声がどんどん遠くなっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

パチ… パチパチ……

 

私の意識を呼び覚ますよう断続的に、何かが小さく弾ける音が鼓膜をつつく。

眠気眼をゆっくり開くと、闇の中焚き火が明々と揺らいでいた。

夜? だったらまだ寝ててもいいよね。

まどろみへ戻ろうと生暖かくて硬い枕に顔を擦り付けたら、誰かが優しく頭を撫でてきた。

誰かはわからない。敵意は感じられなかったので、抵抗せず甘んじて受けた。

少し肌寒くて身をよじる。すると今度は背中にポスンと何かが圧し掛かってきた。

毛布にしてはふかふかモコモコしていて、とてもあったかい。

 

 

「ワフ」

 

「わふ……?」

 

 

毛布から鳴声がしたので驚き後ろを向くと、ラピードが私に背を寄せて欠伸をしていた。

なんだ、毛布かと思ったら、ラピードが暖めてくれたのか。

どうりで温かいわけだ。

 

 

「ラピード。悪いが、も少し寄ってやれ」

 

 

すぐ上から、ユーリの声がして、ラピードはノソノソと背中を擦り付けてきた。

いやあんたの毛皮は充分モフモフだから。

……て、ユーリの声がすぐ頭上から……?!

一気に意識が覚醒して、自分が枕にしているものを確かめた。

筋肉のはった、硬くてやや弾力のある黒い太もも。――こ、これはまさか!

 

 

「あんまり人の足触るな。くすぐってえよ」

 

「ユ、ユーリの膝枕……だと?!」

 

「そうだ。緊急事態だったからな。

思う存分、オレの腿肉をありがたく堪能しろ」

 

 

なんか筋張ってるなと思ったら、ユーリの太ももかよ!

そうと知った私は、自らの太ももを進呈するユーリから慌てて後ずさった。

それを見てユーリがニヤリと口元を歪めたのに対し、エステルは頬をぷっくり膨らませる。

 

 

「わたしの膝を貸してあげたかったのに。

どうしてユーリなのですか?」

 

「どうしてって言われても。起きたばっかりの私には何がなんだか」

 

「大丈夫なのか」

 

「え、ああ、体調は万全だよ。だけど、あ、あれえ? ここクオイの森の中だよね。私、あれから……」

 

「ちっと落ち着いて、ここに座れ」

 

 

地面を叩くユーリに従い、一先ず彼の隣に腰を下ろした。

森に入ってすぐ倒れたところまで記憶があるが、夜になるまでの経過が知れない。

そもそもどうして私だけ具合が悪くなったのか、首を傾げていると、エステルが答えを出してきた。

 

 

「おそらく桜はエアルに酔ったんだと思います」

 

「エアルに酔った……? けど、私魔導器つけてないし」

 

「違うよ。森ん中にデケェ魔導器があって、そこから濃いエアルが放出してたんだと」

 

「濃いエアルは人体に悪影響を与えます。

ユーリから聞きましたが、桜は慣れない環境での無理が続き具合が悪かったようですね。

それが追い打つ形となって倒れてしまったのでしょう」

 

「そうなのかな……」

 

「クオイの森の呪いってのは、その魔導器が出してるエアルのせいだったのかもな」

 

 

呪いの正体がエアル酔い。

エステルは私が倒れた原因を衰弱とエアル酔いだと結びつけているようだが。

実際はエアルだけが問題なんだと思う。

きっと私が人よりエアルに弱い為に、二人が気付かない程度の濃度にも反応して倒れたのが正しい。

これも私の正体を隠すために、ユーリがうまく誤魔化してくれたおかげなのだろう。

 

 

「しかし、今の説明ではユーリの膝枕が解明されないわ」

 

「別に良いだろ。野郎の膝枕の一つや二つ。

ほれ、サンドウィッチ食うか」

 

「わーっ、卵サンドだ、おいしそう。これユーリの手作り?」

 

「もちろんだ。エステルがパンと卵をしこたま仕入れてくれたからな。

お前が望むがままに愛情込めて大量生産してやるから、たんと食え」

 

「うあーい、嬉しい! いっただきまーす!―― でなくて、ユーリ!」

 

「やっぱダメか……」

 

「エステル。エステルは友達だから、教えてくれるわよね?!」

 

「は、はい! もちろんです!

森に入った後、気を失った貴方をユーリが背負って、魔導器から離れたこの場所まで移動したのはよかったのですが。

ユーリが下ろして寝かせようとしたら、桜がユーリの……その……」

 

「私がユーリの何?」

 

「お前がオレの髪を引っ掴んで離れようとしなかったんだ」

 

「……え?」

 

「寝ぼけているとは思えねーほどの、それはそれはすんげー力で握るもんだから。

オレ一人じゃどーしょーもなくて、エステルとラピードに手伝ってもらった結果、膝枕でおちついたわけ」

 

「はい。二人と一匹がかりで引き剥がすのも、……相当のものでした」

 

 

気まずそうにするエステルと呆れるユーリの説明を聞いて、私は恥ずかしさのあまり、体中の水分が蒸発するんじゃないかってくらい赤面した。

 

 

「ごめんなさい。髪とか太ももとか、痛かったでしょう」

 

「あれくらい、どうってことねぇよ。

お陰で、お前の中のオレの立ち位置がわかったしな」

 

「何がわかったのよ」

 

「あ、オレ、愛されてんだなぁ……と」

 

「あんた……っ」

 

「膝枕は愛情の印?! り、理解しました。

桜、ハルルでフレンと再会したら、早速膝枕です!」

 

「何を必死になってフレンの膝枕に飛び込まなきゃならんのよ。

そこまでに至るシチュエーションがまったくもって見えてこんわ!」

 

「まあ、何をするにもまずは腹ごしらえだ。

折角作ったのになーっ、サンドウィッチ。

お前らがいらねーなら、オレとラピードで全部食っちまうぞ」

 

 

ユーリがこれよみがしにラピードの前へサンドウィッチを置いたものだから、無くならない内に急いでいくつか奪い取って頬張った。

柔らかいバン生地に挟まれた卵とバターが程よく混ざり合って、下手なパン屋よりおいしい。

エステルの口にも合ったのか、小さな口で一口二口幸せそうにかみ締めている。

 

 

「わあ……、とってもおいしいです、ユーリ。

以前、フレンの味覚オンチの話を聞きましたが、ユーリは料理をするのです?」

 

「下町育ちで簡単なのは一通り作れっけど、人に出せんのはこれくらいだな。

城のコックほどじゃねーが、お姫様に褒めてもらえて光栄だよ。

桜はどうだ。なんとか食べれそうか」

 

「うん。すんごく美味い」

 

「そいつはよかった。

一通り食って休んだら、夜が明け次第、森を北に抜けてハルルを目指すぞ」

 

「ハルルについたら、皆さんアスピオに行ってしまわれるのですね」

 

 

ユーリの今後の方針を聞いて、エステルは食べるのを止めて沈んでしまった。

まるでそこでお別れと聞かされたように。

星空の下、フクロウと虫の鳴声をBGMにサンドウィッチを頬張り続ける。

そろそろ沈黙が重くなっていたところで、先にサンドウィッチを平らげたユーリが口を開いた。

 

 

「ハルルについてすぐ出てくわけじゃないんだ。

桜が言うには、アスピオは一般人は出入り禁止みてーだし、その辺りの情報も集めとかなきゃならないだろ」

 

「あと、フレンさんに私がお城であったことを伝えておかないと。

彼はリタさん……アスピオの魔導士の協力要請ができるくらいだから、アスピオに入る方法だって知っているかもしれない」

 

「そうですね。二人とも色んな事情があるかもしれませんが、フレンに顔を見せてあげないといけません」

 

 

先のことを考えてみれば、どう頑張ってもフレンと顔合わせするのは避けられないだろう。

もちろん、ドタマ殴るのは避けるつもりはないが。

とはいえ、彼は私が帰ることをどう思うのか。

ユーリが説得するとは言っていたが、あの思考が一方通行の彼に何処まで通じるのだろう。

仕方のない悩みをいつまでも脳内でリピートさせながら、私たちは夜の森を過ごした。

 

 

 

 

 

 

 

 

翌日。

朝日の差し込むクオイの森は来た時と同様穏やかなものだった。

とはいっても、結界の外なんだから、どこかに魔物が潜んでいるのだろうが、エアルの気配もなく私も体調はすこぶる良好。

森林の澄んだ空気がおいしい。青々とした木々が日差しから北へ突き進む私たちを守ってくれる。なんとも清々しい朝だ。

大きく背伸びをしながら深呼吸していると、ユーリがぽんと肩を叩いてきた。

 

 

「その様子だと、エアル酔いの心配はなさそうだな」

 

「うん。朝起きた時から、気分爽快元気一杯よ。

この調子なら、ひとっ走りでハルルに行けるわ」

 

「走るのは危険です。病み上がりなのですから、無理はしないで下さい。

いつ倒れてもいいようにわたしが手を繋いであげます、さあ手を出して、桜」

 

「いやもう倒れることないと思うから大丈夫だよ」

 

「そ、そんな?! それでは膝枕が出来ません……っ!

桜と愛情確認できないわたしはどうしたら?!」

 

「顔真っ青にするくらい落ち込まれても、期待されるほどの愛は放出できんわ。

ユーリが膝枕で愛だなんて変なこと言うから、エステルが真に受けちゃったじゃない」

 

「オレのせいかよ。

んなもん、好きな時にやってやりゃあいいだろ。

男と女ならともかく、女同士なんだから」

 

「軽くあしらうな。男のあんたにやられた私はどうしたら……て、ラピード?」

 

「ガルルルルウウウ……っ」

 

 

いつものように雑談していたら、先頭を歩いていたラピードが全身の毛を逆立て、前方の茂み目掛けて威嚇していた。

魔物なのか?!

只ならぬ空気を察したユーリが素早く私たちの前に躍り出るのが早いか、茂みの中からひとつの影が飛び掛ってきた。

 

 

「エッグベア、覚悟ぉぉおお!」

 

 

――人?!

魔物という予想に反して現れたのは、一人の少年だった。

注目すべきはその身の丈ほどある大剣を振り上げ、私たちに襲い掛かっていること。

予想外の展開に凍りつく私とエステルとは裏腹に、ユーリは冷静に対処へ赴いた。

 

 

「ほらよっと」

 

「おあっ?!」

 

 

迅速に刀を引き抜き、少年の大剣に直接一太刀を浴びせる。

元々ガタがきていたのか、大剣は乾いた音を立てて真っ二つに折れ。

少年は剣の丈が短くなったのにも気付かず、空を斬り、勢い余って転倒してしまった。

 

 

「いたた~っ。きちんと狙ったのに、なんで? ああ、いつの間にか剣が軽くなってる?!」

 

「ガウウ!」

 

「うああああ! ももも、モンスター?! こ、こないで! 僕を食べてもお腹下すだけだよ!」

 

 

かなり動揺しているのか、少年は牽制に入ったラピードを魔物と勘違いして竦みあがってしまった。

少年の頭はブラウンのリーゼント、おまけに大剣を振り回していたが。

身長は私より頭ひとつ分以上低くく、小柄を強調するような大きなカバンをたすき掛けにし、今だ犬相手に「まだナンとデートしたこともないのに死にたくない!!」だの泣き言を上げるその甲高い声。

どうみても小学生だ。

 

 

「あの怯えよう。少し可哀想です」

 

「ユーリ。あの子、襲い掛かってはきたけど、あのあんばいじゃあ、戦意喪失してんじゃないかな」

 

「だろうな。ラピード、もういいぞ」

 

「ワフッ」

 

「ふははははっ! 油断したな! 怯んだと見せかけて反撃の機会を伺っていたんだ!

くらえ臥龍アッー!」

 

「ラピード」

 

「ガウウウウウッ!」

 

「ひぎゃあああああ!!

ごめんなさいごめんなさいごめんなさいもうしませんから痛いのはやめてええええ!」

 

「ラピード、待て」

 

「ワフッ」

 

「やった! 今のうちに逃げ……」

 

「ラピード」

 

「ガウウウウ! ガウ ガウ!」

 

「あああああああああ!」

 

 

ユーリの一声一声にラピードは攻めては退いてを繰り返し、それに合わせて攻めては泣いて、退こうとして泣き叫ぶ少年。

ユーリ、お前楽しんでるだろ。それに従うラピードも怪しいものだ。

ユーリは呆れる私に気がついたのか、速やかにラピードを退かせると、少年の方もやっとこさ平静を取り戻すことが出来た。

 

 

「あれ? 魔物が人間になった」

 

「いやあの私たち元から人間なんですけど」

 

「かなり混乱していたようですね。

大丈夫ですよ。わたしたちは魔物ではありません」

 

「お、女の人?」

 

「はい。わたしはエステリーゼ、エステルと呼んで下さい。

こちらがわたしのお友達の桜です」

 

「んでもって、私の背後で澄ました顔してんのが、ラピードをけしかけていた鬼畜お兄さんユーリね」

 

「ひい……っ!」

 

「いたいけな少年ビビらせるなよ。

オレは単にこいつの殺る気を削いだだけだ」

 

 

うそをつけ。思いっきり遊んでいたくせに。

怯える少年であったが、呑気に自己紹介する私たちから敵意はないと悟り、先とは打って変わって大きく胸を張り名を名乗った。

 

 

「ボクはカロル・カペル。魔物を狩って世界を渡り歩く、ギルド"魔狩りの剣"の一員さ」

 

「あ、そ。んじゃそういうことで」

 

「ちょっと、ユーリ?!」

 

 

聞くだけ聞いてさっさと身を翻すユーリ。

これには私だけでなくカロルも想定外だったのか、素早く前に周りこんで道を塞いだ。

 

 

「待って、待って! 君たち、北へ抜けたくてクオイの森に来たんでしょ?!

デイドン砦は今、平原の主のせいで通れないからって、呪いの森を通るのは無茶だよ」

 

「いえ、わたしたちは森を抜けて、北のハルルを目指しているのです」

 

「え、えええ?! 呪いの森を越えてきたの?! ホントに?

じゃあ、エッグベア見なかった? 大きくて、熊のような魔物」

 

「私は見なかったけど。ユーリたちは?」

 

「いいや、オレもだ。気ぃ失ったお前抱えたまま、戦うわけにはいかなかったしな。

魔物を避けながら進んできたけど、熊のようなってのはいなかったぞ」

 

「そっか、ならボクも街に戻ろうかな。……ナンも待たされて怒ってるだろうし」

 

「ナン?」

 

「あ、コッチの話。そこの男の人、ええと、ユーリだっけ」

 

「ん?」

 

「男一人で女の子二人連れてちゃあ大変だろうから、魔狩りの剣のエースであるボクが街まで一緒に行ってあげるよ。

ほら、このカバンは武醒魔導器で……、あ、ユーリとエステル、おまけにラピードも魔導器持ち?」

 

「ああ、問題ねーよ。それじゃあな」

 

「あーっ! 待って! 置いてかないでよ~っ!」

 

 

曲がれ右して北へ進む私たちをカロルは懸命に追いかけた。

とてもエースには見えないが、武醒魔導器があるということはユーリたちみたいに戦えるのだろうか。

それにギルド"魔狩りの剣"、どこかで聞いたことのあるようなフレーズだ。

敵じゃないみたいだし、ユーリも追い返す様子はないので、このままハルルまでついてくるんだろう。

 

エステルともハルルまでだ。

そして、フレンとも……。

 

少し寂しい気もするが、帰るためには仕方がない。

つかの間の騒々しい旅路をじっくり満喫することにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

■続く■




本当はデイドン砦で区切ろうかと思いましたが、頑張ればカロル登場までいけるんじゃないかとやってみたらこの様です。
かなりグデグデしてしまったが、構うものか!
原作ではサブイベントであるデュークを出してみて、いろいろ絡ませては見たものの。彼の年齢38歳なんですね。
レイヴンより年上だったのに驚き(アレクセイは42歳)。
よくよく考えてみたら、ヴェスペリアに主人公と同年代の野郎がいないのに驚き。
別に年齢意識して作成していないので構いはしないのですが、主人公の二倍以上となると難しいです。
次回はハルル→クオイの森→ハルルまでいけたらなと思います。
んじゃまた。


瑛慈 翔
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