明星の意思、常闇の暁光   作:瑛慈 翔

7 / 50
【第7話】茶化す者と見栄を張る者は

 

帝都を出発して三日目、本日もハルルは快晴だ。

ハルルに滞在していた僕たち騎士団は、街に侵入してきた魔物を一掃し、ひとまず街の安全を確保した。

 

これはあくまで、一時凌ぎに過ぎない。

 

肝心の結界がなくては、街は魔物たちの前に曝されたままだ。

根本的に解決させるには、結界魔導器を直す。

つまり、専門の研究者や魔導士に協力を仰ぐしかない。

 

 

魔導士を探すなら、ここから東に行ったところに学術都市アスピオがいいだろう。

君がいたシャイコス遺跡の近くにある街だよ。

 

 

都市と言っても、ザーフィアスのような民家があるわけじゃなくて、世界中の研究者や魔導士が集まる施設が大半。

帝国の管理下、一般人は出入り禁止だけどね。

 

 

君はきっと、都市なのにどうして自由に出入りできないのか不思議に思うだろう。

魔導器はその威力と影響力から、知識のない人間が誤って使用しないよう帝国が管理しているんだ。

魔導器を研究している場所、つまり魔導器の知識を保有するアスピオには関係者以外は入ることさえ許されない。

 

ユーリが持っている魔導器は例外だけど、魔導器は基本的に誰でも持っているワケじゃないんだよ。

 

 

話をハルルの結界魔導器に戻そう。

樹と融合した結界魔導器を修復するとなると、他の魔導器と違って一筋縄ではいかない。

先に話したように、帝国直属の魔導器研究員に協力要請を出すしかないだろう。

 

 

魔導器の専門家となれば、以前シャイコス遺跡の同行を頼んだリタ・モルディオが適任なのだが、果たして今回も力を貸してくれるだろうか。

……あの時は、遺跡の入り口で彼女が単独捜査乗り出そうとしてたところを止めて、強引に協力をお願いしたからなあ。

 

 

悩んでいても仕方がない。

会って、きちんと話してみないことには始まらないだろう。

 

 

あ、もちろん、リタが魔術行使して脅迫してきても、絶対君には会わせたりはしないよ。

また変な趣向に走られてはいけないからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

茶化す者と見栄を張る者は

 

同じ次元をループして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

こんにちは。私の気持ちとは裏腹に、異世界は今日も快晴です。

ユーリの世界にやって来てから、今日で四日目となりましたが、相変わらず嫌な刺激ばかり続く毎日です。

青空なんか爆発しろと叫びたいくらいに。

 

例えば、昨日のデイドン砦での出来事。

奇想天外な出会いが多発する中、新たにデュークと名乗る典雅な男性がイケメンユーリの牽制に怯まず降って沸いてきました。

彼は初対面である私の名前はおろか、シャイコス遺跡の一件まで知っていて、"テメェは人間じゃない"とか、"砦を抜けたらお前は死ぬ"などという不吉な発言を真顔で連発してきたのです。

生きている内にストーカーに遭遇して、尚且つ真性の電波を拝むとは思わなんだ。

貴重な色男がもったいない。

 

魔物のせいで砦が閉鎖されちゃったもんだから、結果的にストーカーの予想に反したわけだが。

クオイの森から北へ行こうとしたら、魔導器のエアルにあてられ天に召されそうになった。

これはまあ体質上仕方のないことだ。時間が経てば回復する。

 

代わりにユーリの筋肉膝枕でヘブンしそうになったが。

 

女性が恋人にするならともかく、野郎が女の子に膝枕をお見舞いするのはどうだろう。

未だ頭にヤツの太ももの感触が残ってる私はどうすればいい。

 

いや、ユーリはお姉さんなんだ。

あの黒髪サラサラロングヘアーは美人の姉さんの特権だ。

本人は私の兄貴分だと言っていたが、見た目も美女だし、あのサンドウィッチの美味さもオカン級だから、もうお姉さんでいいと思う。

もちろん異論は聞かない。頼むお姉さんだって現実逃避させてくれ。

 

 

ユーリの性別はさておき。

森を北上する途中で自称"魔狩りの剣のエース"のカロル少年が自動的に加入。

あの手のタイプは気がつくとパーティから離脱して、存在自体忘れ去られるものと安易に予測されたので、特に気に留めないようにした。

 

こうして四人と一匹になった私たちパーティーは、様々な苦難を乗り越え、フレンのいる花の街ハルルへと赴いたのだが――。

 

 

「エステル。怪我人つれてきたよ」

 

「そちらで休ませて下さい」

 

 

ここはハルルの一角にある広場。

私はそこで住民の手当てをしているエステルに従い、腕に傷を負った男をベンチに座らせた。

もうどのくらい同じ作業を繰り返しただろう。

普段は住民たちの安息の場であろう広場は、今では災禍に見舞われた病院の中のようだ。

 

 

「火事や地震があったようには見えないな。一体何があったんだろう」

 

 

花の街ハルルは、高さ十数メートルもある大樹を中心に存在している。

豊かな自然に囲まれ街というより村に近い土地だ。

ただ私たちが到着した時は、そこらかしこに怪我人が転がるノドカとは程遠い光景だったもんだから、エステルが片っ端から治癒術ふるうわ、私も手伝いに回るわで、一息つく暇もなかった。

 

 

「不幸中の幸いか、皆応急処置はされてはいたけれど。中には大怪我している人もいたからね。

エステルがいなかったらと思うとゾッとするよ」

 

「わたしの力がお役に立てて光栄です。

手が離せないわたしに代わって、桜が怪我人を集めてくれたので、とても助かりました」

 

「お安い御用よ。私ができることと言えば、これくらいだし。

あらかたつれてきたけど、他に手伝えることはない?」

 

「ありがとうございます。後はわたし一人でやりますので、桜はフレンを探してきてはくれませんか。

彼がこの状況を放置しているとは思えません」

 

「それなんだけど。街中駆け回ってて、フレンさんどころか騎士の一人も見かけなかったんだよね」

 

 

話ではここが騎士の巡礼で最初に訪れる場所なのに、街中どこを探しても彼の姿は見当たらなかった。

彼女や私の姿も何人かに見られているので、そろそろ噂になってもいい頃合なのだが、一向に顔を出してくる様子もない。

 

 

「フレンさん、どこにいるのかな」

 

「お前が呼んだら、飛んでくるんじゃねーの」

 

「あんたの友人はアンパン○ンかよ。ユーリ」

 

 

誰になく呟くと、いつの間にか私の隣に立っていたユーリが目を細めて相槌を打ってきた。

ユーリ・ローウェル。私を見つめるその挑発的な瞳、端正な顔立ち、長くつややかな黒髪、引き締まった細腰ときたら、まず美女を連想させそうだが、間違うことなかれ、ヤツは立派な野郎である。

しかし、いくらカッコよくてもヒモはダメだ。

 

 

「やっと見つけた。今の今まで一体何処をほっつき歩いていたの?」

 

「オレがいなくて寂しかったのか」

 

「違うわ。私たちが大忙しって時に何してたんだって聞いてるのよ」

 

「慣れない世界にきたお前が、他人のために自分の立場省みずに頑張るもんだから。

オレも有り余る愛を持って、健気なお前をストーキングしてた」

 

「平然と変態行為し晒すな。

あんたの容姿なら、わざわざストーカーしなくても女性の方から寄ってくるでしょうに」

 

「じゃあ、桜がオレに言い寄ってくれんの?」

 

「私は除く」

 

「なんだよ……」

 

「ユーリがストーキングしている間、エステル一人でてんてこ舞いだし、私だって街の中あちこち走り回って大変だったんだからね」

 

「そりゃあ悪かった。

見たところ、この街には騎士団やあの暗殺者たちもいないみたいだから。

お前の代わりにオレがやってもよかったかな」

 

「あ……」

 

 

――しまった。

私とエステルは事情があって騎士団に狙われる立場にあったのだ。

暗殺者に限ってはユーリも目を付けられているし、連中に見つかりでもしたら、ただでは済まない。

思わず声を漏らした私を見て、彼は小さく嘆息した。

 

 

「指摘されるまで気付かなかったってことは、ここまできてまだ危機感ゼロなのか」

 

「ごめん。目の前のことばかりに捉らわれちゃって、つい。

面倒みてくれてるユーリのこと、全然考えて――あたッ」

 

「オレのことはどうでもいいんだよ」

 

「だからって、いきなり頭小突かなくてもいいでしょ」

 

「お仕置きだ。

お前はエステルみたいに戦えるわけじゃねーんだから、まずは自分のことを第一に考えろ。

今回みたいなフォローできる程度の無茶なら目ぇ瞑ってやるが、オレのいない時には絶対やるなよ」

 

「わかった。肝に銘じとく」

 

「素直でよろしい」

 

 

ユーリは私のデコを指で突きながら「やっぱ痛かったか」と苦笑し、小脇にいる飼い犬ラピードはため息を漏らした。

反省しているのにワンコまでそんな顔しなくてもいいじゃないかと思っていたら、一人足りない事に気付く。

 

 

「あれ、カロルがいない。一緒じゃなかったの?」

 

「魔狩りの剣のエースなら、街に入って早々どこかに行っちまったよ。

あいつのことより、オレらの今後を考えた方がいいんじゃないか」

 

「目的のフレンさんがいないもんね。アスピオ、どうしようか」

 

「こうなったら、やっぱ裏口から失礼するしかねーのかな」

 

「あのね。魔核泥棒捕まえる為に、私たちが犯罪起こしてどーすんの」

 

「バレなきゃいいんだよ。どうせ城の牢屋みたいにザル警備だろ。

魔核取り返して、モルディオ殴って、お前の体質について調べさせるにゃあ十分さ」

 

「不法侵入して、傷害事件起こして、止めに脅迫して私の身体検査強要する凶悪かつリスクのでかいことを軽々と言い放つユーリの度量が知れません」

 

「オレは器量がでかい男なんだよ」

 

 

考えナシの大ざっぱなだけだろうが。

どや顔するユーリから、そこはかとなく"マジでリタを武力制圧"という然程遠くない未来を予知した私は、急遽呆れるのを放棄して説得を試みた。

 

 

「せめて殴る部分は省けないの? リタは私と年の変わらない女の子なんだよ。なんたって可愛いし!」

 

「泥棒の性別や容姿なんざ興味ない」

 

「ああ、そうだった。……ユーリはお姉さんだから、相手が女の子だろうが関係ないか……」

 

「誰がお姉さんだ。

お前いい加減にしねーと、本気で思い知らしめるぞ」

 

「遠慮しとく。

なんでも実力行使で充分とか言うけど、乱暴してきたヤツの仲間の診断引き受けてくれる物好きなんていると思う?

正直にフレンさん探した方がいいよ。アスピオの治安と私の心の平穏のために」

 

「そんで、お前の色仕掛けであいつを手篭めにするんだな」

 

「人が安心と平和と明るい未来を求めてる傍から、どうしてエキサイティングな作戦提案するんだよ?!

相手のスペック考えたら、物理的にも精神的にも私のHP的にも、超ハイリスク過ぎんだろ!」

 

「案外簡単かもよ。

出会いがしらに正面から抱きついて、上目遣いで"私のお願い聞いてくれたら、なんだってしてあげる"とかおねだりしたら、あいつ張り切っちゃうかも」

 

「ユーリが手本見せてくれたら、私やれるかも」

 

「んなことしたら、フレンに叩き斬られてオレの人生が終わるだろ」

 

「なら安易に変な作戦出してくんな。

フレンさんがアスピオ行きの見返りに"シャイコス遺跡の件が無事に解決するまで、絶対元の世界に帰っちゃだめだよ"とか言い出したらどうすんの!」

 

「その発想はなかったな」

 

「おい」

 

「あの、お二方、お取り込み中失礼します」

 

 

二人で不毛な会話をしていると、一人の老人が話しかけてきた。

近所迷惑だと苦情の入れにきたのかと思いきや、老人は私たちから広場にいるエステルへと目線を移す。

 

 

「もしや、あそこで怪我人を診ているお嬢さんはあなた方の連れですか」

 

「ああ、そうだが」

 

 

二人して頷くと、老人は破顔し、深々と頭を下げてきた。

彼はこの街の長で、エステルの活躍にはとても感謝しているとのこと。

ユーリは「礼を言うなら本人にしてくれ」とやんわり返してから、ひとつの疑問を投げかけた。

 

 

「なあ、この荒れ様はどうみても魔物の仕業だろ。

それなりの街だってのに、ここには結界魔導器もないのか?」

 

「何、その結界魔導器って?」

 

「そーいや説明まだだったな。ほら、ザーフィアスの空に光の輪がかかってたろ。

あれは魔物を退ける結界で、それを作りだしてんのが結界魔導器なんだ。

集落には、必ずひとつはあるもんだけど」

 

「仰るとおり、ここハルルにも大樹と融合した結界魔導器があります」

 

 

ユーリの質問に答えた長は街の中心の巨木を見上げ、重い様子で「ただ……」と続けた。

 

 

「大樹が満開の季節になると、一時的に結界が弱まってしまうのです。

毎年その時期になるとギルドの方に魔物の駆除をお願いしていましたが。

今年は例年より時期が早くて」

 

「ギルドの到着が間に合わなくて、この有様か」

 

「はい。手近にアテがあれば良いのですが。

帝都の騎士団に護衛を頼んだところで、聞き入れてはくれないでしょう」

 

「デイドン砦の時と似てる。なんかこの世界の騎士って、小説や漫画で読んだ騎士と随分違うわ。

大抵はそういうもんなの、ユーリ?」

 

「……。あまり期待はしないこったな」

 

 

私の問いにユーリがため息交じりで答えると、長は少し嬉しそうに言葉を返した。

 

 

「いいえ、そうでもありませんよ。

あの青年が率いる騎士団だけは違いましたから」

 

「青年?」

 

「結界を失い、街に魔物がなだれ込んできた、あの時。

偶然騎士の巡礼で滞在していた騎士団のご一行が群を退けてくれなければ、我々は全滅でした」

 

「騎士の巡礼にきてた? まさかその騎士団の青年って……」

 

「フレンです?!」

 

 

長の言う青年に心当たりがあって名を口にしようとしたところ、突然エステルが話に割り込んできて即代弁した。

彼女は後ろから私の両肩を捕えて、村長にずずいと詰め寄る。

 

 

「その騎士団を率いていたのは、フレン・シーフォという名ではありませんでしたか?

お願いです。包み隠さず教えてください」

 

「貴方方は、あの騎士の青年とお知り合いで?」

 

「彼は桜の恋人なんです」

 

「ちげえええええ!」

 

「なんと?! ではこの方は、恋人を追いかけて遥々ハルルの街へやってきたのですか?

愛の為に魔物蔓延る結界の外を駆け巡る、ああ、いじらしい!」

 

「違うっつってるだろーが! 老体がいじらしいとか言って恍惚してんじゃねーわよ!」

 

「折角お越し下さったところ誠に残念ながら、彼は少し前にアスピオへ発たれました。昨今恋人達の擦れ違いはつきものですな」

 

「この期に及んで、じじいの恋愛の軌跡なんぞ知らんわ」

 

「お前とフレンの誤解ってのは、こういう風に広まっていくんだな。

しかし、フレンがアスピオね。下町の魔核泥棒の件は知らねーだろうし。

正義と規律と真実の塊のようなヤツが結界魔導器ほったらかしにするわけないだろうから、目的があるとすればこっちだな」

 

「ええ。街の結界魔導器の修復を依頼するためと仰っておりました。

いかに騎士団でも、魔導器の不具合の原因はわからないと」

 

「へぇ、あのフレンでも原因がわからないときたか」

 

「騎士様が戻られるまでハルルに滞在されるのでしたら、歓迎いたしますよ。

結界魔導器もあの状態なので、まだ安心できる状況ではございませんが。

宿が必要でしたら、どうぞ私の家にお立ち寄り下さい。

失礼致します」

 

 

長は頭をさげると、街の入り口近くにある家に戻っていった。

フレンはアスピオにいる。

追うべきなのか。ユーリに尋ねようにも、彼は長の話に思うところがあるのか一人黙考していた。

ハルルの結界魔導器に興味がわいたのだろうか。

彼の静かな横顔を眺めていると、エステルはウキウキした様子で私の手を握り締めた。

 

 

「一時はどうなるかと思いましたが、フレンが無事でよかったです。

彼がアスピオから戻ってくるまで。桜も一緒に待ちましょう」

 

「気乗りしないわ。こんだけ根も葉もない噂が横行すると会うのが怖い。特にソディアさんに」

 

「桜を傷つけようとする輩は、わたしが許しません。

悪い噂ではないのですから、フレンだって喜んでくれます」

 

「人物相関図を改悪されて喜べるわけねーでしょ。その根拠はどこにある?!

そーいや、あんたさっきの村長に恋人とか言ってたけど、あれは何なの?!」

 

「わたしにとってフレンと桜は大切な友達です。

二人の仲が良いことは私にとって嬉しいことだから。

桜はフレンが嫌いなのです?」

 

「好き嫌いとかじゃなくて。

そもそも当人同士が認知してない話題を満遍なく流されても、結局対処すんのは私とフレンさんなのよ」

 

「認知すれば問題ありません」

 

「恋人同士になる気もないし、なれる要素が欠片もないわ」

 

「そ、そんな……!

あんなに努力したのに、どうしてわかってくれないのです」

 

「恋愛なんてもん、一人でどうこうできる問題じゃないでしょう。

つか仲良くなるだけだったら、友達でもいいじゃないの」

 

「ベクトルが弱いので却下です」

 

「あんたの歪んだベクトルをなんとかしろ。

ここまで暴走する動機は何? どうしたら諦めてくれるの?」

 

「エステルにこれ以上言っても無駄なら、もう一人の方に頼んでみろよ。

あの頑固者が戻ってくれば、意地でも説得してくれるさ。

それより、お前が七面相している間に、エースが戻ってきたぞ」

 

 

涙目で詰め寄ってくるエステルに右往左往していると、ユーリの指摘どおり、遠くの方からノロノロとやってくるカロルの姿が見えた。

俯く彼は自分の世界に入って周りが見えていなかったのか、私たちの声に反応して、やっと顔を上げた。

 

 

「あ、君たち、まだいたんだ」

 

「いたんだって……。まあ、フレンさんが戻ってくるまでだけどね。

そういうカロルはギルドってところに行けたの?」

 

「ギルドってところ? 行く?」

 

「魔狩りの剣のことだよ。エース」

 

 

ギルドのニュアンスが間違っていたのか、カロルが眉を潜められてしまったが、空かさずユーリがフォローを入れてくれて、事なきを得た。

幸福の市場とかいうからギルドとは会社ではないのか、それとも只のサークルなのだろうか。イマイチわからない。後でユーリに聞いておかなければ。

私たちにギルドと合流できたのかと問われたカロルは、言葉尻を濁して、おずおずと答えた。

 

 

「ボ、ボクはクオイの森に用があって、単独行動をしているんだ。

仲間はここにはいないよ」

 

「クオイの森でお会いした時、エッグベアという魔物を探していたようですが、用とはそのことです?」

 

「う、うん。まあね」

 

「退治するにしては、あんま乗り気じゃなねーようだけど。

魔狩りの剣のエースともあろうものが、魔物相手に怖気ついたのかね」

 

「ち、違うよ! ボクはハルルの結界魔導器を直して、ナンにハルルの花を――」

 

 

ユーリにからかわれたカロルは気まずそうに口を結んだ。

彼はハルルの結界について何か知っているのではないか。

 

 

「もしかして、カロル、ハルルの結界魔導器を直す方法知ってるの?」

 

「知ってるけど。

桜、ハルルの結界魔導器とあの大樹のことは知ってる?」

 

「うん。さっき街の長から聞いたよ。魔導器と樹が融合してるんでしょう」

 

「この樹の土の下には、魔物をやっつけた時に流れた血が染みこんでいるんだ。

それが毒になって、樹を枯らしてしまってる。

融合している結界魔導器も動かせないんだよ」

 

「へえーっ。樹だから、やっぱり土の養分吸って結界作ってるわけか。

でも、これだけ大きかったら、土ごと替えるなんてできないよね」

 

「そこでパナシーアボトルを使うのさ。どんな異常にも効く万能薬だよ。

材料には、この大樹のルルリエの花びらとニアの実、エッグベアの爪が必要なんだけど」

 

「それでクオイの森でエッグベアを探していたのですね」

 

 

表情を輝かせるエステルとは正反対に、カロルは更に曇らせた。

 

 

「でも、誰も信じてくれないんだ」

 

「どうして?」

 

「どうしてって、桜。パナシーアボトルだよ? 道具屋で合成すれば手に入るヤツ」

 

「万能薬なんでしょ。土や植物にだって有効なんじゃないの?」

 

「た、多分……」

 

「カロルはフレンさんでもわからなかった原因に気付いたんだよ。

その上解決案までひらめいちゃうんだから凄いじゃないの」

 

「え? 凄い? ボクが? えへへ」

 

 

躊躇うカロルがわからなく真面目に意見を述べると、彼は照れくさそうに鼻の頭をかいた。

結論まで出ているのに、何を迷うことがあるのだろう。

不思議に思っていると、カロルも不思議な顔で私を見つめた。

 

 

「何よ、変な顔して」

 

「桜はボクの話を聞いても笑ったりしないんだね」

 

「ここは笑うところだったのか……?!」

 

「いや、違うと思うぞ。オレは」

 

「君にまで嘲笑われたら、今度こそボク立ち直れないよ。

だから、徐々に物陰へフェートアウトしなくていいんだからね」

 

「カロルもいいといっているので、戻ってきてください。桜」

 

 

軽くショックを受ける私をエステルと共に案じるカロルだったが、その様があまりにも愉快だったのか、堪えきれずにプッと噴出した。

 

 

「なんで笑うのよ」

 

「君が変なリアクションするから」

 

「私はてっきり異世……他人と笑いのツボが違うのかと、真剣に悩んだんだよ」

 

「そんなことで悩まなくても……。

桜って、なんだか変わってるよね。非常識とか、悪い意味じゃないんだけど。

パナシーアボトルにしたって、結界の外旅していたら、名前くらい耳にするはずだよ。

ボクより年上なのに、まるで――」

 

「パナシーアボトルに関しちゃあ、オレも初耳だよ」

 

「ユーリも? うっそだーっ」

 

「万能薬なんてモン合成する機会なかったし、買う余裕もなかったからな。

桜だって、戦いとは無縁に生きてきたんだ。アイテムだってよく知らねーの」

 

「なんだ。だから、一人だけ武醒魔導器つけてないんだね。

ていうか、逆に魔導器持ってる方が珍しくない?」

 

「そうなの?」

 

 

カロルに言われて初めて気付き、そのまま二人へ問いかけてみる。

エステルはバツの悪そうに口を閉ざしたが、ユーリは正反対に「まあな」とあっさり肯定した。

 

 

「ラピードは前の主人の形見で、オレは騎士団辞める時に餞別で貰ったんだよ」

 

「ユーリが元騎士だったなんて、ボクはちょっと想像できないな」

 

「そう? 優しくて強くて、頼り甲斐があって。

十分騎士らしいじゃないの」

 

「桜。騎士はそれに加えて、礼儀と品行を重んじなければいけないのです」

 

「あーそっか。ユーリってば、若干デリカシーに欠けてるもんね」

 

「品が無くて悪かったな。こちとら下町育ちなんだ、無作法なのは勘弁してくれ。

ていうか、桜。あっさり納得すんな。

お前に関しては、細心の注意を払ってるつもりなんだぞ」

 

「フレンさんとやったのかとか正面切って尋ねてきたり、人の着替えを堂々と観察してきたり、人の恋愛事情突いてきたりすんのは、プライバシーの侵害には当たらんのかい」

 

「残念だ。オレの優しさが伝わらなかったんだな」

 

「あんな歪んだ親切なぞいらん」

 

「ま、まあまあ、二人とも。ユーリが元騎士なのはわかったから。

それで、エステルの魔導器はどうなの?」

 

「わ、わたしは嗜みとして……」

 

 

カロルに再度聞かれても、エステルは言葉を濁すだけ。

何か不都合でもあるのだろうか、見かねたユーリがどうでもいいとばかりに口を挟んだ。

 

 

「エステルは貴族だから、魔導器持っててもおかしくないさ」

 

「ゆ、ユーリ?!」

 

「へー、どうりでユーリと違って、エステルは気品溢れてるわけだよ。

いかにもお姫様って感じだもん」

 

「気品だなんてそんな。桜と余り変わらないと思いますよ。

わ、わたしは普通の女の子です!」

 

「力いっぱい普通って言われてもねぇ……」

 

 

カロルは胡散臭そうに、私とエステルを見比べた。

私は先の件もあるので、変と言われても仕方がない。

一方のエステルは自身の身分がばれることを恐れてか、慌ててはぐらかそうとした。

 

 

「ところでカロルも魔導器を持っていますが、どこで手に入れたのですか?

魔導器は帝国で取り締まっていて、一般人は入手できないはずです」

 

「取り締まるというか。ありゃあ、やりすぎて独占になってるけどな」

 

「そんなことは……」

 

「ユーリの言うとおり、帝国が仕切っているせいで易々と手に入るものじゃないけど。

ギルドに入れば、ちゃんと配ってもらえるよ」

 

「帝国ではムリなのに? 帝国とギルドって随分違うんだ」

 

 

以前カウフマンがギルドを作ったからには帝国には頼らないとか言っていたから、ギルドというのは帝国に縛られない集団なのだろう。

まあ、そうなると、帝国の法の抗力とか、範囲とか、存在意義がわからなくなって来るんだが。

難しい顔で考え込んでいると、ユーリがもういいだろうと最初の話に戻してきた。

 

 

「ま、なんにしてもだ。

このまま結界のない街で待ちぼうけするよりはいいんじゃねーの。カロル先生の話」

 

「ボクの話?」

 

「オレたちでハルルの結界直さないかって言ってるんだよ。

フレンを待つにしたって、時間がかかる。魔物もいつまた襲ってくるかわかったもんじゃない。

エステルだって、増える怪我人治すより、結界直した方がいいだろう」

 

「はい。街の人たちも、精神的に参ってきているようですから」

 

 

彼女はそう言って、心配そうに周りへ視線をめぐらせた。

街の人たちは皆表情は重たく、いつやってくるか知れない魔物に怯えているようだ。

中には結界がなくなった街に見切りを付けようとする人もいる。

 

 

「こりゃあ、思ってる以上に深刻そうだな。急いでパナシーアボトル用意しねーと」

 

「材料はルルリエの花びらとニアの実、んでもってエッグベアの爪だったよね。

エッグベアはクオイの森にいるけど、他はどうなのかな」

 

「ニアの実なら、クオイの森にあるだろうよ。

エステル、ルルリエの花びらは知ってるか?」

 

「聞いたことがありませんね。カロルはご存知ですか?」

 

「え、ええ? 皆、ボクの話を信じてくれるの?」

 

「桜と同じだよ。笑う要素がない。

じっとしてるくらいなら、暇つぶしに結界直す方がずっといい」

 

「私は残るべきなのかな。足手まといだし」

 

「お前も一緒に来るんだよ。結界がなければ、どこにいても同じだからな。

オレの目の届くところにいてもらわねーと」

 

「そりゃあ、そうなんだろうけど……」

 

「エッグベアがどんな凶悪魔物かしれませんが、安心してください。

いざと言うときには、カロルがその身を投げ捨てて、わたしたちを守ってくれるはずです」

 

「ちょおおおおお?!」

 

「なんたって、魔狩りの剣のエースですからね」

 

「ままままま任せて! ぼ、ボクにかかれば、桜の一人や二人、軽くいなしてみせるよ!」

 

 

守る対象をいなしてどうする。そして私は増殖したりせんわ。

突っ込みたかったが、エステルから期待を寄せられて退くに退けなくなったカロルの武者震いが今正に光を超えそうになっていたので止めました。

本当に大丈夫なのか、お前のミジンコハート。

一抹の不安が過ぎったものの、ユーリがいるから大丈夫か、などと片付けてしまう自分も大概だが。

 

こういうわけでカロルの案に乗じた私たちは、元々パナシーアボトルを作っていたハルルの道具屋から詳しい原料調達方法を聴取。

長からルルリエの花びらを貰い、残りのニアの実とエッグベアの爪を求めてクオイの森へ引き返した。

 

 

 

 

 

 

 

ハルルより南に位置するクオイの森。

青々と木々が生茂る静寂の森は、以前と変わらぬ風景で私たちを迎え入れてくれた。

エッグベアを求めて獣道を先頭からラピード、カロル、エステルと突き進んでいく。

最後尾で私と並んで歩くユーリは傍まで寄ってきて、こっそり耳打ちしてきた。

 

 

「桜、具合はどうなんだ。

見たところ、熱とかはねーみたいだけど」

 

「平気。目覚めた後も平気だったから、多分、例の魔導器がエアル出さなくなったせいだと思う」

 

「そりゃあ良かった。大量のエアルとなるとお前じゃなくてもヤバいからな」

 

「私は歩くエアル探知機かい」

 

「最悪の事態だけは避けたいからね。あん時はお前のお陰で、事前に原因わかったからいいものの。

オレらまで動けなくなるほどの高濃度エアルにまかれてみろ、エッグベア倒す前に全滅もありうるぞ」

 

「あー、確かにそれはまずいよね。

次から体調が変だと感じたら、ユーリに教えるようにする」

 

「エアルに関わらず、なんかあったら、逐一教えて欲しいんだけどな」

 

「桜ーっ! ちゃんとボクの後ろについてきてるー?」

 

「ついてきてるよ。カロル」

 

 

二人でこそこそ話していると、前を行くカロルが遠くから声を掛けてきた。

あれだけ逃げ腰だったのに、現在はエステルのヨイショが効いてたのか、こうして、ちょこちょこと私を気に掛けてくれるようになった。

だが、カロルとて見栄を張りたいお年頃。

度々放たれる鼻につく言動のせいで、"そこを動くなラピードけしかけっぞ"なんて殺意の衝動にかられたが、これでも武醒魔導器持ちで戦力になるため、目を瞑ることにした。

 

 

「二人とも離れて歩いちゃダメじゃないか。

魔物に襲われたら、各個撃破されちゃうよ。団体行動乱しちゃいけないんだからね」

 

「あいよ」

 

「ごめん。注意するわ」

 

 

カロルはエッヘンと言わんばかりに小さな胸を張って忠告してきたので、適当に返事をした。

その様も慣れてくれば、憎たらしいより寧ろ微笑ましくみえてくる。

少し生意気な弟ができたみたいで嬉しかったのかもしれない。

それが顔に出ていたのか、ユーリが眉をひそめて覗き込んできた。

 

 

「何、一人でニヤニヤしてんだ」

 

「カロルが微笑ましくて、つい。

ほら、ああやってチラチラ後ろ振り返って、私たちの様子伺ってるの面白くない?」

 

「多感な少年で遊ぶなよ」

 

「遊んでない。一生懸命背伸びしてる姿がいじらしくて、母性本能くすぐられるの」

 

「母性本能ねえ。フレンをも眼中に置かないなんて酔狂なヤツだと思ってたが。

なるほど。お前はオレらと正反対の男に燃え上がるタイプなんだな」

 

「別に萌えてるわけじゃないけど。……何、ユーリ?」

 

 

フムフムと意味深に頷いたユーリは、何事もなかったかのようにカロルへ手を振った。

 

 

「カロル先生、エッグベアなんだけどよー」

 

「何? いい作戦でも思いついたの、ユーリ」

 

「いや何、この機会に魔狩りの剣のエースの腕を拝んでおきたくてね」

 

「ボクのカッコいいところがみたいの? しょうがないなー。

どーしてもって言うなら、やらないでもないけど」

 

「じゃあ、どーしても。

エステルは回復役、ラピードがアイテム係、桜にはオレがついて徹底的にバックアップするから。

カロル先生はエッグベアとタイマンってことで」

 

「エッグベアとガチ勝負?! や、でも、悪いけど、きょ、今日は調子悪いし……。

エッグベアは遠慮しておいて、後ろで桜を守る役をやってみたいなーなんて」

 

「本調子じゃねーから、エッグベアは辛いと」

 

「ボクの活躍が見せられなくて、残念だなあ。そんじょそこらの魔物だったら、ボク一人で充分……」

 

「とか言ってる傍から、魔物が」

 

「うぎゃあああああ?!」

 

「すまん、鳥だった」

 

「や、やだなあ、しっかりしてよ、ユーリ!」

 

 

散々いじめ倒されたカロルは顔面蒼白で身体をプルプル震わせた。

自爆してまで虚勢を張らなきゃいけないヤツの神経が知れない。そこまでMに徹する動機はなんだ。

ユーリはそんな哀れで不可解な少年を親指で刺して、冷徹な目で私に訴えた。

 

 

「あれがヤツの精一杯だ」

 

「"現実を見ろ"と言わんばかりに指差されても、私の気持ちは揺らがんわ。

それよか、多感な少年とか忠告したあんたが直々可哀想な仕打ちしてどーする?!」

 

「この世界じゃ、所詮愛だけでは生きてけねーってことをお前に知って貰いたかっただけだよ」

 

「少年のか弱いハートを犠牲にしてまで知りたくない」

 

「桜にはフレンのような、容姿端麗文武両道非の打ち所のない男性がいいと思います」

 

「私にはフレンさんは荷が重過ぎると思います。ドサクサに紛れてキッチリ推してこないで下さい。

油断できませんエステルさん」

 

「君たち、ホント見てて飽きないよね」

 

 

元気真っ盛りの少年に呆れられて、少し複雑な気分になった。お前に言われたくはない。

先が思いやられつつも、私たちはそんな調子で森の中をズンズン進んでいく。

緑を跨ぎ、木々の間を縫っていて、そろそろエッグベアに遭遇してもいいんじゃないかと淡い期待が脳裏を過ぎったところ、少し開いたところに出た。

各々周囲に注意を払う中、カロルは足を止めて屈み込んだ。

 

 

「どうしたの? お腹の具合でも悪くなった?」

 

「ううん。これを拾ってたんだ」

 

 

カロルは心配して傍に寄ってきた私へ、拳サイズの木の実を見せた。

 

 

「柿……にしては、丸くて赤みがかってるね」

 

「ニアの実だよ。ひとつはパナシーアボトルの原料用にとっておいて、後ひとつはエッグベアを誘い出すのに使うんだ」

 

「パナシーアボトルの材料だけではないのですね。カロルは物知りです」

 

「いやあ、魔狩りの剣の一員なら、これくらい知ってて当然だよ。

エッグベアは森中歩き回った程度じゃなかなか見つからないけど、ニアの実をこうしてやれば……」

 

 

言って、カロルは無造作にニアの実に火をつけた。

私たちが不審げに見守る中、ニアの実から放たれる刺激臭が辺りに充満し始める。

産まれて此の方経験したことのない未知の臭いに、私はおろかユーリたちも堪らず根を上げた。

 

 

「何、この鼻の奥底まで焼け付き、油汚れにジョ○でも落とせな程のしつこい臭いは……っ!」

 

「く、くさっ! カロル、お前、くさっ!」

 

「ちょっと、ボクが臭いみたいじゃない!

ニアの実の臭いだよ! ニアの実!」

 

「やめてください! これ以上近づかないで……っ」

 

 

カロルが抗議を上げて迫るほど、私たちは鼻を押さえて後退した。

彼がなんと言おうとも、片手に持つ実の強烈な異臭が私たちの鼻と思考を脅かしているのに違いない。

皆が顔を歪めて耐えている中、ついに最初の犠牲者が現れた。

 

 

「ああ、ラピード! しっかりして下さい!」

 

 

ユーリの傍らに立っていたラピードが何の前触れもなくぶっ倒れたのだ。

この惨事に悲鳴を上げるエステルを余所に、カロルはこれよみがしにニアの実の口上を述べ始めた。

 

 

「どうだいこの威力! ニアの実はこの独特の臭いで、魔物が縄張りを示す為に使うんだ」

 

「どうしょうもないよこの破壊力!

その明後日の方向に炸裂しまくった威力で、貴重な戦闘要員滅殺しちゃってどうする!

何よ、この脳みそ突き抜けるような殺人臭は?!」

 

「しっかりして下さい! ラピードが泡吹いて痙攣しています!

仕方ありません、格なる上はその鼻と口を塞いで、今楽に……っ!」

 

「エステル止めろ! それじゃあ窒息死するだろーが!」

 

「離して下さいユーリ! ラピードを楽にさせてあげたいのです!」

 

「アホかお前!!」

 

「見なさいよ! あんたのせいで、ラピードの尊い命が燃え尽きようとしてるのよ!」

 

「ラピードの命が危ないのは、ボクじゃなくてエステルのせいじゃない?」

 

「間接的に責任はある」

 

「う。 え、エッグベアは変わった臭いが好きなんだよ!

だから、こうやってニアの実に火をつけて臭い振りまけば、嗅ぎ分けてやってくるはずなんだ」

 

「そういうことは早く言え。それともなんだ。

エースはラピードの分も戦ってくれるわけだ」

 

「や、やだなあ、もちろんユーリにも手伝ってもらうよ。

皆して文句言ってないで構えて! エッグベアはとっても凶暴なんだ。

やってきたらすぐにでも襲い掛かってくるよ!」

 

 

カロルは誤魔化すように折れた剣を構え始めたので、仕方なしにユーリとエステルも得物を手にし、ラピードがヨロヨロと立ち上がる。

皆がこうして警戒している間にも、異臭と緊迫した雰囲気がザワリと私たちの鼻先を追い詰めていく。

本当にエッグベアがやってくるのか。

苦痛でしかないこの空間を辛抱しなくちゃいけないのか。

途方にくれそうになったところ、茂みの影から何かが飛び出してきた。

 

 

「うわああああ! エッグベア! 来たよ! 来たああ! ユーリぃ!」

 

「落ち着け、カロル。ウサギだ」

 

 

ユーリが指摘したとおり、茂みから出てきたのは小麦色の毛並みをしたウサギだ。

強烈な臭いにまかれたのか、苦しそうに前足で鼻をこすり、私たちに気付くと火がついたようにどこかへ走り去っていった。

 

 

「可哀相に。こうして森の動物の住処を脅かしてしまうのですね」

 

「そんな目でボクを見ないでよ、エステル。これも全ては結界魔導器の為なんだから。

……よ、余計な罪悪感に襲われるじゃない」

 

「この調子で大丈夫なのかな」

 

「桜までボクを非難するの?」

 

「違うよ。ニアの実が縄張りの印なら、弱い魔物はともかく、エッグベアより強い魔物がでてくる可能性もあるんじゃない?

あまり時間もかけていられない上に、体力的にも余裕ないでしょ」

 

「なんだそのことか。

クオイの森に強い魔物は早々現れないよ。いたとしても、もっと奥の方かな」

 

「ならいいけど。エッグベアって、熊のような魔物なんだよね。他の見分けがつくの?」

 

「うん。熊のような魔物で、他の魔物より大型だからあああああ?!」

 

「カロル?」

 

 

ニアの実の強烈な臭いにも顔色ひとつ変えなかったカロルが、私の方を見て叫び声を上げた。

大きく見開いた栗色の瞳はまっすぐ私――ではなく、その後ろを捕らえている。

――背後に何かいる?

私が振り向くより早く、ユーリとラピードが地を蹴った。

 

 

「ガウウウッ!」

 

「ラピード?!」

 

「桜、こっちだ!」

 

 

後ろでラピードの咆哮と野太い雄たけびが交錯する中、私はユーリに手を引かれて、その背へと追いやられた。

彼の広い背中から自分の元居た場所をを垣間見ると、小太刀を咥えたラピードが背を低くして威嚇し、その向こうには私の優に1.5倍もある熊が両腕を広げて立ちはだかっていた。

 

 

「あれがエッグベアなの?!」

 

「やっとお出ましか。クセーの我慢した甲斐があったってもんだぜ」

 

「あの鋭い爪でひと薙ぎされては一溜りもありません。

桜はカロルにお願いして、わたしたちは戦いに専念を――て、カロル? カロルはどこです?!」

 

 

エステルが視線を投げ掛けた先に、カロルはいなかった。

周囲を見回しても、彼の姿は見当たらない。

いつの間に? まさかエッグベアに投げ飛ばされたりしたのか?

動揺と戦慄が走る私たちに、ユーリは獲物から目を離さず一喝した。

 

 

「あいつのことは置いとけ! 今は目の前の獲物を片すぞ! 探すのはその後だ!」

 

「わかりました。援護は任せてください。桜はわたしたちの後ろへ」

 

「余りオレらから離れるなよ」

 

「うん」

 

 

私は二人に頷いてから、辺りに注意を払いつつ、茂みから離れた場所まで下がった。

皆がエッグベアに気をとられているうちに、茂みや木の陰から他の魔物が襲ってくる可能性を考慮したからだ。

人数でこちらが勝っている間に、ケリがつけばいいのだけれど。

 

 

「ギャン!」

 

「ラピード?!」

 

 

私が安全圏を確保してるうちに、ラピードの身体が宙に飛んで地面に叩きつけられた。

エッグベアの爪にやれたのか、脇の裂き傷から血がにじみ出ている。

初めて見た生々しい光景に血の気が引くものの、一刻も早くラピードを助けなければならない気持ちが勝り、急いで駆け寄ろうとすると、ユーリがエッグベアに一太刀いれつつ制止を促してきた。

 

 

「大丈夫だ、桜は下がってていい!」

 

「け、けど……!」

 

「エステル、ラピードを!」

 

「はい!」

 

 

ユーリの指示で、すぐさまエステルがラピードに治癒術をかける。

そうだった。私がどうこうするより、エステルの力を使えば、早かったんだ。

 

改めてユーリの方へ視線を戻すと、彼は素早い身のこなしで、エッグベアの身体を一閃二閃と薙いでいた。

しかし、相手は城の地下水路で戦った魔物と違い、図体が大きすぎて、どれも決定打にならない。

ユーリもわかっているのか、魔物の豪腕に捕まらないよう、間合いを取りつつ刀を振るう。

 

 

「的がでかいな。せめて、急所でも狙えれば……」

 

 

そう零しながら、ユーリは後ろに目を配り、エッグベアを誘うように真横へ大きく身を躍らせた。

彼はたった一人で私たちを守りながら戦っているんだ。

武醒魔導器があれば、ユーリやラピードみたいに戦えるのだろうが、こんな体質じゃあ魔導器に触れることさえ出来ない。

ただ見ているだけの自分が歯がゆくて俯くと、足元に転がるニアの実が目に入った。

――ひょっとしたら、アレが使えるかも。

ひとつの案をひらめくものの、失敗した時の事を想像して、実行を推し止めようとする。

 

 

「これじゃあ、カロルのこと言えた口じゃないよね。

私だって、何かしないと」

 

 

意を決した私は学生カバンからヘアスプレーを取り出し、ポケットにあったハンカチ目掛けてベトベトになるくらい吹き付ける。

そこら辺にあった石をその湿ったハンカチで包み込み、迷うことなくエッグベアの顔面に投げつけた。

 

 

「外した……っ」

 

「グアアウウっ?!」

 

 

鼻を狙ったつもりだが、眉間に誤爆。

しかし、それだけでも強烈だったのか、エッグベアは慣れないフェミニンな香りに苦しみ悶え始めた。

 

 

「桜、ナイス!」

 

「バウ!」

 

 

ユーリは私へ親指を立てると、完治したラピードと共にエッグベアに一斉攻撃を仕掛ける。

ラピードが小太刀でエッグベアの片脚の腱を断ち、膝を折ったところでユーリの刀が斜めに振り落とされる。

まともに刃を受けたエッグベアは悶絶する力も失い、大きな音を立てて倒れた。

 

 

「お、終わりました……」

 

「なんとかなったな」

 

 

獲物が動かないのがわかって緊張が解けたのか、エステルはその場でへたり込み、ユーリは肩の力を緩めて私へ笑みを零した。

 

 

「しっかし、お前、エッグベアに何投げたんだ。

あいつ一心不乱に自分の鼻もぎ取ろうとしてたぞ」

 

「香水とハンカチを使っていたようですが」

 

「殺人臭が好きなら、その逆はどうだろうと思って、試しにこのヘアースプレーをかけたハンカチをぶつけてみたの。

まともに食らったら、エッグベアでなくてもキツいけどね」

 

「下手すりゃ、逆上したエッグベアが矛先を変えて襲い掛かってくるかもしれなかったってーのに、よくもまあ……」

 

「そ、それも、視野に入れてたわよ。

けど、ユーリがいるから大丈夫かなーって、そおい!っと」

 

「単純にオレを信用してたわけだ。大した度胸の持ち主だね」

 

「ユーリ。桜をいじめてはいけません」

 

「皮肉じゃねーよ」

 

 

エステルに叱られたユーリは肩を竦め、逃げるようにヒラリと私の傍までやってくると、軽く肩をたたいてから耳元でそっと囁いた。

 

 

「ありがとな」

 

「ユーリ?」

 

「さてと。ちゃっちゃとパナシーアボトルの材料採取と致しますか」

 

「エッグベアの爪だったよね。素手ではがれるのかな」

 

「素手で剥がすって逞しいこというな。

いいよ、オレがやる。まだ安全ともいえねーし」

 

「私も手伝うよ……て、あれ?」

 

 

早速原料を採る為に魔物へ視線を戻すと、そこには地面に血糊だけが点々と残っているだけだった。

――ここにエッグベアが倒れていたはずなのに。

事態を飲み込めず硬直する私へ、大きな影がヌラリと伸びる。

驚いて顔を上げると、そこには肩から腹までサックリ裂けて流血しているエッグベエアが私に狙いを定めて片腕を大きく振り上げていた。

 

 

「ああ……っ?!」

 

「ったく、しぶてー野郎だぜ!」

 

 

あの一太刀を浴びて。まだ息があったのか?!

恐怖とグロを目の当たりにして立ち竦む私をユーリが背で庇うが早いか、エッグベアの爪が空を裂いて

―――ピタリと止まった。

 

 

「させるもんかああああ!」

 

「カロル!」

 

 

甲高い雄叫びと共にカロルが木の上から飛び出してきた。

折れた剣を振り上げ、勢い任せにエッグベアの脳天へと一撃を叩き込む。

今度こそ急所に入ったのか、エッグベアは白目をむいて、糸が切れたように崩れ落ちる。

地面に尻から不時着したカロルは、腰をさすりながら、自分が仕留めた魔物をただ呆然と見つめていた。

 

 

「……ボク、やったの?」

 

「ありがとう。カロル。

助けてくれなかったら、ユーリが代わりに怪我してたわ」

 

「え、いや、あの時は夢中だっ……一般人を守るのは、魔狩りの剣のエースとして当然だよ!」

 

「あの一撃はどう見てもまぐれだったけどな」

 

「ユーリもありがとう」

 

「いいって。オレがお前の面倒みるのは当然だよ」

 

「カロルも桜も無事でよかったです。

ところで、カロルは今までどこにいたのですか?」

 

「う……っ! エッグベアぐらい、ボクが手を下すまでもないと思ってさ。

エッグベアは君たちに任せて、ボクはあそこの茂みに逃……他の魔物が乱入してこないか見張ってたんだよ。

もちろん、さっきみたいにいつでも助太刀できるようにずっと隠れ……じゃなかった、潜んでいたんだからね」

 

「それはとても頼もしいです。では、帰り道の魔物討伐もカロル一人にお任せしても構いませんね」

 

「あ、あ、ええ? どうしてそうなるの?!

ユーリ、もちろん手伝ってくれるよね!」

 

「悪りぃな、カロル先生。

オレ、ちょっとだるいから、後任せるわ」

 

「桜もなんとか言ってよ!」

 

「カロルはエースなんでしょ。なんで頑張れないの?」

 

「が、頑張れるよ」

 

「では死なないように頑張ってください。

わたしたちは後ろの方で、温かく見守ることにします」

 

 

戸惑う少年に対し、エステルは笑顔で言い放った。

実はカロルが逃げたことを根に持ってるんじゃなかろうか。

延々といじっているうちにカロルが半泣きになったので、速やかにエッグベアの爪を採取することになったのだが。

エステルとカロルは"爪を剥がす"行為に抵抗があったのか、あれこれ理由をつけて役目を辞退し、何か役に立ちたくて堪らなかった私が申し出ると、即ユーリに却下された。

 

 

「お前がやるくらいなら、オレがやるよ。

素手じゃあまず採れねーし」

 

「教えてくれれば、私も出来るよ」

 

「止めておいた方がいいです。爪を剥がすんですよ。

人間の爪と違って簡単には剥れませんし、原料にしますからキレイに剥がさなくてはなりません。

それはもうゆっくりじっくり 返り血浴びようが、ゆで卵の膜をめくるようにベリベリと――」

 

「……ごめん。やめとく」

 

「これからやろうって時に、生々しいこと言うの止めてくんねーか」

 

 

げんなり文句言いながらも、ユーリ君はきちんとエッグベアの爪を採取してくれました。

もちろん、その一部始終は見なかったが、彼の苦虫を噛んだような顔は忘れない。

 

これでハルルの長からルルリエの花びら、クオイの森でニアの実とエッグベアの爪、パナシーアボトルの原料が全て揃った。

道具屋でなければ作ることはできないので、善は急げと引き返したところ、森の出口付近でラピードが耳をピクリとさせてザーフィアス方面の森の奥を睨んだ。

 

 

「どうした。ラピード、魔物でも……」

 

「―――ユーリ・ローウェル! この森に入ったのはわかっている!

大人しく桜殿を引き渡して、お縄につけ!」

 

「あ、この声。ルブランっておじさん騎士のだっけ?」

 

「おいおい、冗談だろ。あいつ、結界の外まで追っかけてきたのかよ」

 

「ユーリ、誰かに追われてるの? 桜も関わってるみたいだけど」

 

「ちょっと、ワケありで騎士団に」

 

「元騎士が騎士団に? おかしくない、それ?」

 

 

半信半疑で再度問いかけたカロルだったが、私たちに沈黙で返され、表情から笑みが消えた。

 

 

「……ねえ、何したの? ……器物破損? 泥棒? 火付け?

桜を返せって言われてたから、誘拐?!」

 

「ユーリが桜を誘拐したですか?!」

 

「エステル、あんたには説明したでしょ。

ユーリには、性悪騎士から助けてもらったって。

ドサクサに紛れて、殺気漲らせるな」

 

「けど、騎士がここまで動くなんて、よっぽどのことだよ。

桜って、実はエステルみたいな良いご身分じゃないの?」

 

「いやいや。私に身分なんてもんはないから」

 

「主な原因はオレの脱獄のはずだが……。ま、何はともあれ、連中に構っている暇はねーよな」

 

 

ユーリはその辺に落ちている枝や草をかき集めて道を塞いだ。

壁としてはお粗末だが、道を隠すには充分だし、ここは元々呪いの森と噂される場所。

奥の方では、デコとボコの怯えた声が聞こえてくるだけで、近づいてくる様子はない。

 

 

「これでよしっと。んじゃ、さっさとハルルへ戻るぞ」

 

「後から追いつかれたりしないでしょうか」

 

「そん時は、桜を担いででも逃げ切ってやるよ。

オレたちがまずやらなきゃいけねーことは、一刻も早くパナシーアボトルをつくることだろ」

 

 

私たちがこうしている間にも、結界のないハルルの街に魔物の群れが迫っているかもれない。

一同が頷く中で、カロルだけはしばらく怪訝な顔のままだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハルルについた頃にはもう日が暮れていた。

フレンもまだ戻ってなくて、結界も無し。

夜になってしまっては、更に魔物から街を守るのに困難となる。

取り急ぎ道具屋でパナシーボトルを合成した私たちは、ハルルの住民と共に大樹の前までやってきた。

いよいよハルルの地を清浄し、結界を復活させる。

たった一つの万能薬を携えたカロルは緊張からか、挙動不審そうに私たちの顔色を伺っていた。

 

 

「皆、本当にボクでいいの?」

 

「何言ってるの。パナシーアボトルは元々カロル先生のアイディアでしょう」

 

「オレ、そういう面倒なの苦手だし。オレらに気を使ってないで、行ってこいよ」

 

「そ。そう? じゃあ、やってくる!」

 

 

私たちに後押しされて、カロルは元気一杯に頷き、駆け足で大樹の根元へ駆けて行った。

 

 

「嬉しそうだね、カロル」

 

「誰かにハルルの樹が咲くところを見せてあげたかったみたいですから」

 

 

私たちと街人たちに見守られ、カロルは万能薬の入ったボトルの蓋を開けて、穢れた土へと傾けた。

するとどうだろう、静寂を貫いていた大樹がまばゆく発光し始める。

内部にある魔導器が動いたのだろうか。

色めきだす私たちであったが、それを裏切るように大樹の光は灯火のようにフッと消え去ってしまった。

 

 

「そんな、何故?!」

 

「あの光って、魔導器なんだよね。一瞬で消えちゃったけど、どういうことなの?」

 

 

予期せぬ事態の原因を求めると、カロルは枯れた声でなんとか答えた。

 

 

「……量が足りなかったんだ。これだけの大樹なんだもん。

パナシーアボトル一本じゃ足りないはずだよ」

 

「それじゃあ、またエッグベア倒しに行きゃいいだろうよ」

 

「申し訳ありませんが、私が皆さんにあげたルルリエの花びらは、あれでもう……」

 

 

項垂れるカロルをユーリが慰めるものの、長の言葉が更なる絶望となる。

パナシーアボトルはもう作れない。

後はフレンが戻ってくるまで、ここで篭城するしかないのだろうか。

真っ暗闇の街を眺めていると、エステルが大樹の前まで駆け出していった。

 

 

「エステル、何を……?」

 

「お願い。みんなの為に、咲いて」

 

 

何をしているのか訊ねようとして、反射的に身を引いた。

エステルから感じるこの違和感、エアルなのかわからないが、自分にとってよくないものだと感じて、距離をとろうとした。

けれども、私が逃げるより先に彼女の力に呼応して光の粒が舞い降り、大樹から太陽のように燦然と光を放たれる。

 

 

「身体が重い……。まさか、これ、治癒術?」

 

「無事か、桜」

 

 

辺りから溢れ出すエアルの海に逃げることもままならず、耐え忍んでいると、ユーリが後ろから支えてくれた。

 

 

「これもエアルなのか。だったら、今すぐここから離れるぞ」

 

「いいよ。そんな濃くないし、段々楽になってきたから。

もうすぐ終わると思う」

 

「終わる?」

 

「おお! あれを見ろ!」

 

 

ユーリの言葉を遮って、街人の一人が大樹を指差した。

皆が驚愕の眼で見張る中、大樹はまるでビデオを倍速再生したように、その無数にある枝々からつぼみが膨らませ、淡いピンクの花を咲かせていく。

やがて大樹が緑から桃色へ衣替えを済ませると、天辺から水辺に波紋を描くように、街全体を包み込むような光の帯を作り出した。

 

 

「結界が戻ったぞ!」「ハルルの樹が蘇ったんだ!」

 

「あれが結界? ザーフィアスで見たのとよく似てる」

 

「まあ、規模にしちゃあ帝都に劣るがな。

それよりお前、もう辛くないのか」

 

「ユーリに両肩拉致されてる以外は全然平気。

私のことより、エステルの様子見に行かないと!」

 

「オレに抱かれちゃ何か不味いのかよ。って、無視すんな。ちょっと待て」

 

 

ユーリの問い掛けを華麗に無視して、カロルと一緒にエステルの元へ急いだ。

彼女はくったりと地面に座り込んでいたが、声を掛けると寝ぼけたように顔を上げて、辺りを見回し始める。

 

 

「わたし、一体何を……?」

 

「何をって、私が聞きたいわよ」

 

「わたし、ハルルの結界魔導器が動くように強くお願いをしていただけで、気を失うようなことは何も。

あ、あれ? 大樹に花が……っ」

 

 

私たちが見上げた先には、桃色の花を枝一杯につけた大樹が夜空に溢れんばかりに咲き誇っていた。

花びらが風にさらわれて、雪のようにヒラヒラと舞い散るさまは、まるでうたかたの夢ようだ。

 

 

「ハルルの花びら、とてもきれい……」

 

「すごいよ、エステル! 今のどうやってやったのさ」

 

「何のことですか、カロル。

目が覚めたら、ハルルの花が咲いていて、結界も直っていて、わたし、よくわかりません」

 

「エステルがハルルの樹を治したんだよ。覚えてないの?」

 

「わ、わたしが、ですか?!」

 

「エステルの力って、人間だけじゃなくて、魔導器も直しちゃうのね。凄いなあ」

 

「貴方にそう言って貰えてるなら嬉しいです」

 

 

はにかむエステルであったが、すぐさま押しかけてきたハルルの人々の慣れない喝采や賞賛の洗礼を浴びて困惑してしまう

昼間の救護活動もあったのだろう。今や彼女はハルルの英雄扱いだ。

私はというと、後から来たユ-リに手を引かれ、すぐさま人混みから離れると、彼女の周りで湧き上がる声を耳にして、感嘆の声をもらした。

 

 

「今日のエステルは大活躍だったね。かなり目立っちゃったけど」

 

「成り行きだしな。フレンと合流できれば、どーにでもなるだろ」

 

「やけに嬉しそうね。ユーリ」

 

「そりゃあ、なんつったって、フレンお手上げの問題をたった一日で解決してのけたんだ。

あいつ、戻ってきたら、ビックリするだろうな。……ざまあみろ」

 

「本気でフレンさんと張り合ってたの? ……呆れた。

でも、私も見てみたいかな。フレンさんが度肝抜かれたところ」

 

「"ユーリ、コレをやったのは君たちなのかい?! "なんて、目玉ひん剥くくらいビビったりしてな」

 

「"参考にしたい。手順を一から指導してくれ"とか真顔で詰め寄ってきそうね」

 

「そしたら、カロル先生の対エッグベア誘い込み専用 鼻曲がり大作戦だな」

 

 

ニアの実で悶絶死か。あの謹厳実直な彼が乗り越えることが出来るのだろうか。

そんなどうでもいいことを考えていると、ユーリが徐に私の髪へと手を伸ばした。

 

 

「ほれ、花びら。髪に絡まってたぞ」

 

「ありがとう」

 

「けどまあ、こんだけの大樹の花、観る分にはいいが、地元は苦労しそうだな。

こんだけ散りまくると掃除が大変だ」

 

「桜」

 

「うん?」

 

「ハルルの木が私のところの桜に似てるなって。

春になると枝一杯に白や桃色の小さな花を咲かせる木で。

数日経つと一斉に散ってしまうけど、来年の春にはまた満開になるの」

 

「律儀な木だねえ。やっぱ、女の子はそういうのが好きなのか」

 

「うん。キレイだし、時期的に印象に残りやすいの。

桜が咲くと新学期が始って、友達と同じクラスになれたかとか、担任は誰なんだろうとか色々考えちゃう」

 

「……そうか。早く帰れるといいな」

 

 

そう呟いたユーリがゆっくりと目を伏せたかと思うと、すぐさま私の頭にクシャクシャしてきた。

 

 

「な、何するの?!」

 

「辛気臭い顔すんなよ。オレがなんとかしてやるさ」

 

「別に落ち込んでなんかないよ!

寧ろお菓子片手に花見したいなーとか浮かれた想像を……って、さっきから髪の毛ワシワシすんのやめてよ。

ユーリが変な顔するから、私……」

 

「オレはいつでもポーカーフェイスだぞ。

――ん、 ラピード?」

 

 

傍らで私たちを眺めていたラピードが、立ち上がって街外れの方を睨んだ。

視線を追ってみるものの、物陰には怪しいところなどどこにもない。

 

 

「何もないけど……」

 

「いや、どこかへ消えたが。ありゃあ、城であった暗殺者と黒装束だ」

 

「ドMキチ○イがここに来てるの?!」

 

「住民を巻き込むのは面倒だ。エステルつれて、ここから出るぞ」

 

 

ザーフィアス城でユーリと一戦交えた暗殺者ザギ襲来に狼狽しつつも、エステルを連れて街の入り口まで移動する。

幸い住民たちは結界魔導器に夢中なのか、エステルに目もくれなかったが、何故かカロルだけが私たちについてきた。

 

 

「ね、ねえ! 君たち、何処へ行くのさ」

 

「事情が変わってな。街を出なくちゃならなくなった」

 

「事情? 今すぐ? 何処へ行くの?」

 

「ここでフレンを待つつもりでしたが、街の皆さんに迷惑をかけたくはありません。

どうしましょうか、桜」

 

「私に聞くんだ。……待つのが無理なら、とりあえず、フレンさんのいるアスピオに行くのはどうかな」

 

「そのフレンって誰?」

 

 

ユーリの意見を仰ごうとしたつもりが、先にカロルが反応した。

やばい、こういう時は必ずエステルがいらん事を口走るに決まってる。

即座に彼女の口を塞ごうとしたら、あらぬ方向から世迷言が飛んできた。

 

 

「こいつと噂の人」

 

「ユゥゥリイイイ!!」

 

「嘘じゃねーだろ」

 

「誤解を生みそうな言い方すんな!」

 

「誤解? フレンって人は桜の彼氏じゃないの?」

 

「ほれみろ、早速間違った解釈されただろうが!

カロル、フレンさんはユーリの幼馴染で騎士団の小隊長で、私のただの恩人よ」

 

「思いっきり否定されると、逆に怪しーんだよね」

 

「ほれみろ。お前のリアクションのせいで逆に疑われただろが」

 

「何を言うか! 最初にあんたがあんな言い方するから……っ。

もーいいわよ。エステルもユーリも、皆して! さっさとアスピオに行くわよ!」

 

「おいおい。マジで怒るなよ。オレが悪かったから、一人で先に行くな」

 

「お待ちくだされ」

 

 

ムカついて闊歩しながら出口へ向かうと、街の長に呼び止められてしまう。

 

 

「もう発たれてしまうのですか。

我々はお礼ひとつ何もしていないのに、せめて、今晩だけでもお世話をさせて下さい」

 

「悪いが、こっちは急いでいるんだ。それにオレは何もしてねーよ」

 

「では、お連れの方、わずかばかりですが、どうぞお受け取り下さい」

 

 

エステルへ、長が差し出す袋からジャラリと音がした。

明らかに金目のものだろう。

カロルの目の色が変わる。

 

 

「やったね、エステル!」

 

「いえ、これは受取れません。

それは魔物に荒らされた街の修復に使ってください」

 

「へ? あ、そうなんだ。……じゃあ、ボクもいらないかな」

 

「しかし、それでは私たちの気持ちが治まりません」

 

 

街の威信か、はたまた誠実な人なのだろうか、街の長は引き下がらない。

こちらとしても相手の親切を無碍にするわけにもいかず考えあぐねていると、ユーリが私の顔をみて、何かひらめいたかのように指を鳴らした。

 

 

「花見っだっけか、お前言ってたの」

 

「何のこと」

 

「ほら、ハルルの大樹に似た、サクラっての?

花見がどうとか話してただろ」

 

「う、うん」

 

「だから、こうしよう。今度ここに遊びに来た時、特等席で花見をさせてくれねーか」

 

「あ、いいですね、それ。とても楽しみです」

 

「わかりました。そのときは腕によりをかけておもてなし致します」

 

「サンキュ。じゃあ、オレたちはこれで」

 

 

私たちは長に一礼すると、街を後にした。

どうしてか、またカロルと一緒に。

 

 

「カロル、オレらと街の外まで来て、何処に行くつもりなんだ。見送りじゃねーだろ」

 

「できれば、港に行ってトルメキア大陸に渡りたいんだけど」

 

「とるめきあ……? アスピオじゃないなら、ここでお別れだよね」

 

「さよならだな」

 

「お気をつけて」

 

「う、あ、ええ?! ……でも、もうちょっと君たちと旅を続けようかなあ。

桜だって、魔導器ないし、ボクがいた方が心強いでしょ!」

 

「心強いの?」

 

「首傾げないでよ!」

 

「冗談よ。エッグベアの件で活躍してたし、私はOKだと思う」

 

「意外と頼りになるしな。オレは構わないよ」

 

「では、皆でいきましょう」

 

 

危なげな少年を再び迎えて、四人と一匹は東にあるアスピオを目指す。

クオイの森を抜けて、ハルルで手当て作業、またクオイの森でエッグベア戦。

かなり過度なスケジュールだったというのに、エステルの顔は精気に満ちてどことなく上機嫌だ。

 

 

「エステル、疲れてないの? 一番忙しかったのに」

 

「少し。ですが、頑張れます。

不謹慎かもしれませんが、わたし、旅を続けられるのが嬉しくて」

 

「騎士団と暗殺者に追い掛け回されてても?」

 

「こんなに自由に動けることなんて、今までありませんでしたから」

 

 

寂しげに彼方を見つめるエステル。

彼女は皇族だ。城の中でさえ、フレンに咎められるくらいだったし、外に出る機会なんほとんどなかったんだろう。

城の外で見る物全てが新鮮なのかもしれない。

 

 

「……私と同じだ」

 

「桜も旅をするのが楽しいのですか?」

 

「あ、うん。まだそんなに経ってないし、魔物とか、ちょっと怖いけど

スリルがあって、見るもののほとんどが新しくて。何より皆がいるからね」

 

「はい。桜にはわたしがついています」

 

 

私が頼りにしてるとばかりに笑顔を向けると、エステルは可愛らしいガッツポーズで応えた。

一途な彼女は、正体の知れない私を友達という理由だけで親身になってくれる。

私も何かできれば良いのに。

己の無力に思い悩む私へ、先を行くユーリが振り向いて、手を振ってきた。

 

 

「お前ら、後ろでコソコソと何やってんだ。

桜。疲れたんなら言えよ。オレが背負ってってやるから」

 

「大丈夫ーっ。ちゃんとついてくから、気にしないで良いよ」

 

「よし、この激務続きん中よく言った。尽力をつくせよ。

褒美はなんとオレの膝枕だ」

 

「いらねーよ!!」

 

 

こぉぉい!と自分に親指を向けて私を誘うユーリ・ローウェル氏。

本気か冗談か知れないが、野郎の膝、あの硬い枕はもうゴメンです。

ユーリが全力で拒否する私を見て、噴いて笑ったところを見ると後者のようだが、お陰で安心よりもおちょくられたことに腹が立った。

 

 

「前言撤回! 今晩の枕にユーリの膝を所望する!!」

 

「ちょ、おま! ついさっきいらねーって言ったじゃねーか」

 

「笑われたのがなんかムカつくから」

 

「なんつう動機だ。

少しならともかく、一晩中膝枕ってのはな……。なあ、腕枕じゃダメか」

 

「顔が近くなるからイヤ」

 

「なんだよ。オレの寝顔なんて見たくねーってか」

 

「私が見られたくないのよ!」

 

 

他人のこと言えないが、羞恥心ないのかお前。許容範囲でかすぎる。

端から膝枕なんてしなけりゃいい話なのだが、一度切り返した以上は引き下がれない。

奇妙な駆け引きをする私たちを見ていたカロルは、眉間にしわを寄せて訝った。

 

 

「最初は攫われたとか、助けてくれたとか言ってて、次は膝枕に腕枕。

ユーリと桜って、一体全体どんな関係なの?」

 

「桜、フレンという者がありながら、女友達のわたしを差し置いて、異性のユーリと就寝を共にするなんて」

 

「エステル?」

 

「やはり適当なところで騎士団に突き出すか、最悪後ろからサクッと……」

 

「……ひょっとして、ついていく人たちを間違えたかな、ボク」

 

 

だったら、離脱しろ。今ならまだ間に合う。

もはや逃げる余地もない私は、心から未来ある少年の安寧を願った。

星空の下、目指すはフレンとリタのいるアスピオ。

女子高生と剣士とお姫様とエースとワンコのちぐはぐパーティーは騒々しく東へと足を進めた。

 

 

 

 

 

 

 

■続く■




ダラダラしました管理人です。
ただでさえ国語悪いのに、最近日本語がゲシュタルト崩壊しています。
別にイイんだ。自分が楽しければ。長文辛いけど。
まとめる力がないからしゃーないです。
次回はリタと再会です。楽しいなツンデレ! 自分がやるとおかしい方向へ行くかもしれないですけど。
人数増えると文章作成難易度が上がるわけですが、頑張ります。うん、頑張るしかない。
夢小説と言うことで、基本ベースは原作どおりですけど、かなり改変される部分があるので注意です。多分次回か、次々回くらい。
それではまた。


瑛慈 翔
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。