「じゃあ、また明日な」
放課後、薫はそう言ってそそくさと教室を出て行った。
いつもなら少しは一緒に帰るのに、今日はやけに足早だ。
(……なんか怪しい)
最近、薫の様子が少し変だと感じていた。
どこかソワソワしているというか、何かを隠しているというか……。
今日も昼休みに音乃瀬さんとこそこそ話していたし。
(……もしかして、二人で会う約束でもしてる?)
そう考えた瞬間、胸の奥がチクリと痛んだ。
——そんなの、ただの偶然かもしれないのに。
それでも気になってしまう。
「……ちょっと様子見てくるだけだから」
自分に言い訳をしながら、莉々華は薫の後を追った。
◇◇◇
薫は学校を出て、駅の方へ歩いていく。
やっぱりどこかに行くつもりだ。
莉々華は少し距離を置いて、こっそりついていった。
すると——
(……え?)
駅前のカフェの前で、薫は足を止めた。
そして、そこには——音乃瀬奏の姿があった。
二人は自然に話しながらカフェに入っていく。
まるで、待ち合わせをしていたみたいに。
(……え、どういうこと?)
心臓がぎゅっと締めつけられる。
別に、薫が誰と会おうと自由だ。
奏とはクラスメイトだし、友達として話してるだけかもしれない。
それは頭では分かっているのに——
(なんで、こんなに嫌な気持ちになるの?)
カフェの中で、薫は何か真剣に話していた。
奏も真面目な表情で頷いている。
(……もしかして、告白とか?)
そんな考えが浮かんで、慌てて頭を振った。
「な、何考えてるの、莉々華!」
自分で自分にツッコミを入れる。
(落ち着け、一条莉々華。まだ何も分かってない)
けれど、冷静になろうとしても、気持ちはぐちゃぐちゃだった。
(……薫、あんな顔するんだ)
莉々華が知っている薫とは、少し違う顔。
そんな薫を見ていると、どうしようもなく胸がざわついた——。
カフェの窓越しに見える薫と奏の姿が、やけに遠く感じる。
(何の話をしてるの……?)
いつもと違う表情で、何か真剣に話し込んでいる薫。
奏もまた、真面目な顔で頷いている。
(私には話してくれなかったこと?)
それが何なのか分からない。分からないからこそ、心がざわつく。
莉々華はカフェの前で立ち尽くし、どうするべきか悩んだ。
このまま帰る? でも、このモヤモヤした気持ちを抱えたまま帰るなんて耐えられない。
だからといって、中に入って「何してるの?」なんて聞くのは、あまりにも不自然すぎる。
(別に、薫が誰と話してたっていいじゃん)
そう思おうとするのに、どうしても視線が窓の向こうに釘付けになる。
ちょうどその時、薫がふっと笑った。
奏が少し驚いた顔をして、それからクスクスと笑い返す。
——その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。
(……なんで笑ってるの?)
薫はいつも私にからかうような笑い方をするくせに、今の表情はどこか優しくて。
(そんな顔……私にだって、したことないのに)
思わず目をそらし、足早にその場を離れる。
(何やってるんだろ、私)
薫のことなんて、気にしてないはずなのに。
奏と話してるくらいで、こんなに気持ちが揺れるなんて。
「……やっぱり、変だよ」
心の中でつぶやく。
最近、薫のことを考える時間が増えすぎてる。
昔みたいに「親友」として、ただの「幼なじみ」として接していたいのに——。
自分でも知らなかった気持ちが、胸の奥でざわめき始めている。
◇◇◇
翌朝、教室に入った瞬間、莉々華は自然と薫の姿を探してしまった。
(……バカ薫)
昨日のことを思い出し、唇を噛む。
放課後、こっそり薫の後をつけて見た光景——。
音乃瀬奏と一緒に買い物をしている薫の姿。
あの時、莉々華の胸はざわざわして、何とも言えない気持ちになった。
何を買っていたのか分からない。何を話していたのかも分からない。でも、ずっと2人で歩いている姿を見てしまって……。
(……別に、何でもないのに)
薫には『秘書見習い君』とか言ってちょっかいを出しているくせに、自分がこういう時に素直じゃないのが嫌になる。
「おはよー、莉々華」
——来た。
振り向かなくても分かる、薫の声。
でも、莉々華はあえてそっけなく返した。
「……おはよう」
それだけ言って、すぐに席に着く。
「……え?」
少し間の抜けた薫の声が聞こえた。
(なんでそんなに驚いてるの?)
莉々華はできるだけ平然を装いながら、ノートを開く。
ちらっと視線を向けると、薫は明らかに困惑した表情を浮かべていた。
(……どうしたらいいのか分からないって顔、してる)
そのまま授業が始まり、結局、莉々華は薫とまともに話さなかった。