次の日。
今日は莉々華の誕生日だ。
……はずなのに、朝からなんとなく憂鬱な気分だった。
(昨日も結局まともに話せなかったし……)
俺は何度か声をかけようとしたけど、そのたびに莉々華は忙しそうにしていたし、何より話しかけられる空気じゃなかった。
「放課後までには何とかしないと……」
昼休みになり、俺はいつものように屋上へと向かった。
奏はすでに来ていて、柵にもたれかかりながらスマホをいじっていた。俺の姿を見つけると、にこっと微笑んで小さく手を振る。
「おはよ、薫。今日、行くんでしょ?」
「……ああ、そうだけど。っていうか、まだ行くって決めたわけじゃ」
「何言ってるの? せっかくプレゼント買ったのに、渡さないとかありえないでしょ〜?」
奏はあきれたように言いながら、俺の隣に並んだ。
「それに、誤解も解かないとね?」
「……それは、そうだけど」
俺はなんとなく空を見上げる。
雲一つない青空。まさに快晴。
莉々華の誕生日にふさわしい、晴れやかな天気だった。
「で、放課後に行くってことでいいんだよね?」
「……おう」
「よし、じゃあ決定!」
奏は満足そうに頷いた。俺は内心少しホッとする。
ひとりで行くよりも、奏がいた方が説明しやすい。
そう思う反面、変な誤解を生まないかだけがちょっと不安だった。
◇◇◇
放課後、俺と奏は莉々華の家へと向かっていた。
「それにしても、しゃちょーの家に行くの初めてだよ。大丈夫かな?」
奏が少し緊張した面持ちで言う。
「別にいいだろ。俺も何回か行ったことあるし」
「ふーん。さすが、親友さん」
「お前、ちょいちょい嫌味っぽいんだよな」
「ふふ、バレた?」
「普通にバレてるわ」
俺たちはそんな他愛のない会話をしながら、莉々華の家へと向かい、しばらくして目的のマンションに到着した。
(ここ、久しぶりだな……)
俺は深呼吸をして、インターホンを押した。
少しの沈黙の後、無機質な声が返ってくる。
『……何?』
「あー、俺。ちょっといいか?」
『……』
しばらく沈黙が続いたあと、ため息混じりの声がスピーカー越しに聞こえてきた。
『今忙しいんだけど』
「まあまあ、そう言わずに。ちょっとだけだから」
『……はあ、勝手にして』
ピッとインターホンが切れ、数秒後にオートロックが解除される音がした。
「しゃちょー、あきらめたね」
「そうみたいだな」
俺たちはエントランスをくぐり、莉々華の家の前に立った。
チャイムを鳴らすと、すぐにドアが開いた。
莉々華は少し不機嫌そうな顔をしていたけど、目はどこかで驚いていた。
「本当に来たんだ」
「そりゃな。約束したし」
「約束、なんてしてないと思うけど?」
「まあまあ、せっかくの誕生日なんだし」
奏がにっこりと笑ってフォローを入れる。
「それに、こんな可愛い社長が誕生日を一人で過ごしてたら、それこそ問題でしょ?」
莉々華の頬がわずかに赤く染まった。
「……好きにすれば?」
そう言いながら、莉々華は俺たちを中へ通した。
◇◇◇
しばらくして、俺たちはリビングにいた。
莉々華の家は相変わらず広くて、ホテルのロビーみたいに整ってる。何回か来たことはあるけど、やっぱり緊張する。
「で、何の用?」
莉々華が俺を見つめる。少しむくれたような表情をしていた。
昨日のことをまだ引きずってるんだろうな……。
「うん、その……とりあえずこれ」
俺はカバンから小さな箱を取り出し、莉々華の前に差し出した。
「……何?」
「誕生日プレゼント」
莉々華の目が大きく見開かれる。俺はちょっとだけ、気まずそうに笑った。
「この間、奏と話してたの、これのこと」
莉々華の表情が固まる。
「前から莉々華の誕生日プレゼント、何がいいかなって相談してたんだ。莉々華って奏とも仲良かっだだろ?」
沈黙。
莉々華はじっと俺を見つめたまま動かない。
やっぱ、信じてもらえないか?
そう思った瞬間——
「な、何でそういうこと、前のうちに言わなかったのよ……!」
小さな声で莉々華が言った。
「……いや、その、タイミングが悪くて……」
「バカ」
莉々華がそっぽを向いたまま、小さく呟く。
……あ、ちょっと回復してきた。
「で、プレゼントって何?」
俺は持ってきた箱を莉々華の目の前で開けた。
「これ、奏と選んだんだけど……お前、無難だけどペンにしてみたよ」
莉々華がそっと箱をのぞき込むと、そこにはシンプルなペンが入っていた。
「……」
「まあ、シンプルすぎたかもしれないけど。こういうの、好きじゃない?」
莉々華はしばらく無言で、じっとそれを見つめたままだった。
「でも、奏と一緒にどこか出掛けてなかっか?」
急にそう言って、俺を見つめる。
(……うわ、やっぱり気になってたんだ)
「それは……」
「なんで奏と一緒にいたの?」
「だから、それは……」
俺は一度口ごもったけど、仕方ないと腹をくくった。
「本当に莉々華に何渡したらいいか分からなかったから、奏に相談してた」
莉々華は少し驚いた顔をした。
「……嘘」
「本当だって。奏?」
「しゃちょー本当だよ?薫は誤解も解きたいし真面目にプレゼント選んでたよ?」
莉々華はそれをじっと見つめたまま、口を開かない。
「変な誤解されてるっぽかったからさ、一応ちゃんと言っとこうと思って。あいつといたのは、マジでそれだけだから」
莉々華は一瞬動きを止め、それから小さく頷いた。
「……そっか。そうだったんだ」
少しだけ、表情が和らぐ。
俺は内心でホッとしながら、笑って箱を莉々華の手に押し込んだ。
「ほら、誕生日プレゼント。せっかく選んだんだから、ちゃんと受け取れよ」
「……バカ」
莉々華は小さく微笑んで、そのまま受け取った。
「ありがと、薫」
(これで、仲直りできた……かな)
「よし!薫としゃちょーが仲直りしたところだしお菓子パーティーでもしようよ!」
「そうだな、莉々華も良いか?」
「うん、いいよ。」
完全に元通りとはいかないけど、少しだけ、いつもの莉々華に戻った気がした。
俺は小さく息をついて、安心する。
でも。
いつもより莉々華を見てしまうのは気のせいか。