莉々華視点
今日が誕生日だってことは、自分が一番よく分かっている。
けれど、朝から何となく気分が晴れなかった。
「……別にどうでもいいけど」
そう呟いても、気持ちがすっきりするわけじゃない。
(昨日のこと、まだ引きずってる……?)
薫が音乃瀬さんと話していたのを見たとき、胸の奥がざわついた。内容なんて分からないのに、ただそれだけで、息苦しくなった。
何より、薫が私に何も言わなかったのが——
「……バカみたい」
私は机に伏せて、深く息を吐いた。
なんでこんなことで悩まなきゃいけないの?
別に、薫が誰と話そうが、何をしようが関係ないのに。
けれど。
「本当にそう?」
心の奥で、別の私が問いかける。
「…………」
答えられないまま、私は目を閉じた。
---
放課後、家に帰ってきた私は、いつものようにリビングのソファに座り、ぼんやりと外を眺めていた。
誕生日とはいえ、特に何かをする予定もない。
いつも通り、ひとりで過ごすだけ。
(別に、それが普通)
そう思っていたのに——
ピンポーン
インターホンが鳴った。
画面を確認すると、そこに映っていたのは……薫と、音乃瀬さん。
「……何?」
『あー、俺。ちょっといいか?』
薫の声がスピーカー越しに響く。
「今、忙しいんだけど」
『まあまあ、そう言わずに。ちょっとだけだから』
奏の軽い調子の声が続く。
「……はぁ」
私は小さくため息をついて、オートロックを解除した。
(何のつもり……?)
少しの苛立ちと、ほんのわずかな期待が入り混じる中、私は玄関のドアを開けた。
「本当に来たんだ」
驚きを隠せないまま、私は二人を見つめる。
「そりゃな。約束したし」
「約束、なんてしてないと思うけど?」
「まあまあ、せっかくの誕生日なんだし」
奏が軽く笑いながら言う。
「それに、こんな可愛い社長が誕生日を一人で過ごしてたら、それこそ問題でしょ?」
「……っ」
思わず顔が熱くなる。
なんなの、この人。こういうの、さらっと言うからずるい。
「……好きにすれば?」
それだけ言って、私は二人を家の中へと招き入れた。
---
しばらくして、私たちはリビングにいた。
薫はどこか気まずそうな顔をしているし、奏はなんだか楽しそう。
私は二人の様子を見つめながら、ゆっくりと口を開いた。
「で、何の用?」
「うん、その……とりあえずこれ」
薫はカバンから小さな箱を取り出し、私の前に差し出した。
「……何?」
「誕生日プレゼント」
(……え?)
予想していなかった言葉に、思わず固まる。
「昨日、音乃瀬さんと話してたの、これのこと」
「……え?」
さらに驚く。
「昨日、莉々華の誕生日プレゼント、何がいいかなって相談してたんだ」
私は薫の顔を見つめる。
「…………」
沈黙が流れる。
……じゃあ、昨日のあの光景は。
「な、何でそういうこと、昨日のうちに言わなかったのよ……!」
思わず口をついて出た言葉に、自分でも驚いた。
薫は少し困ったような顔をして、目を逸らす。
「……いや、その、タイミングが悪くて……」
「バカ」
私はそっぽを向いたまま、呟く。
なんで、こんなにも心が軽くなるんだろう。
……いや、そんなの分かってる。
私は、薫に誤解されたくなかった。
そして、薫のことを誤解したくなかった。
だから——
「で、プレゼントって何?」
薫は少し戸惑いながら、箱を開けた。
中には、シンプルなブレスレットが入っていた。
「……」
「まあ、シンプルすぎたかもしれないけど。こういうの、好きじゃない?」
私はじっと、それを見つめる。
そういえば、最近ペンのインク切れかけていつも薫に借りてたっけ。
でも——
「でも、奏と一緒にどこか出掛けてなかった?」
気づけば、聞いていた。
「それは……」
薫が少し目を泳がせる。
「なんで奏さんと一緒にいたの?」
「だから、それは……」
薫が口ごもる。
それが、少しだけ怖くて。
でも——
「莉々華のプレゼント、何がいいか分からなかったから、奏に相談してた」
「……嘘」
「本当だって。奏?」
「しゃちょー本当だよ?薫は誤解も解きたいし真面目にプレゼント選んでたよ?」
「変な誤解されてるっぽかったからさ、一応ちゃんと言っとこうと思って。あいつといたのは、マジでそれだけだから」
「…………」
驚きと安堵が、胸の中で入り混じる。
「……そっか。そうだったんだ」
自然と、小さく頷いていた。
「ほら、誕生日プレゼント。せっかく選んだんだから、ちゃんと受け取れよ」
「……バカ」
私は思わず微笑んでしまう。
このプレゼントが、何よりも嬉しい。
薫が、私のことを考えて選んでくれたものだから。
「ありがと、薫」
そう言った瞬間、薫の表情が少し硬くなった気がした。
(……あれ?)
私たちの関係は、ずっと変わらないと思っていた。
けれど、今日は——
いつもと違う薫の顔が、妙に気になった。