放課後の教室には、ガタガタと机を動かす音や、段ボールを運ぶ足音が響いていた。
文化祭がこの先開催される。クラスでやる出し物の準備に、みんなが忙しなく動いている。
「一条さん、ポスターのデザインお願いできる?」
「了解。印刷も必要?」
「うん、人数分の分担表も一緒に」
私は頷いて受け取り、準備室へと向かった。そこに薫が追いかけてくる。
「手伝うよ、大変そうだからな」
「じゃあ……お言葉に甘えて」
準備室の扉を開けると、中は思ったより静かで、書類棚と印刷機の音だけが控えめに響いている。
(こんなに静かな場所に、二人きり……)
意識するなって言う方が無理だ。最近、少しずつ、ほんの少しずつ——距離が縮まっている気がしてる。
でも、今日の薫は、やけに黙っていた。
「……どうしたの? 珍しく黙ってる」
「いや……なんか、最近さ」
「うん?」
「お前といる時間、ちょっと落ち着くなって」
——不意打ち。
指先が止まり、紙が一枚、印刷機からずれて床に落ちた。
「え……なにそれ」
「いや、深い意味はないけど。お前って、昔から変なとこあるのに、頼れるじゃん」
「変なとこって何よ」
「たとえば……目が合ったら不機嫌になるくせに、手際は完璧とか?」
「そ、それは……っ」
また、調子に乗ってる。ほんと、薫って時々こうやって、わたしの気持ちをぐらつかせるのがずるい。
「もう。からかわないでってば」
そう言いつつも、頬が少しだけ熱くなるのが分かった。
「……文化祭終わったら、ちょっと寂しくなるな」
そんな言葉を聞いた瞬間、ふと胸の奥がざわついた。
(……わたしも、たぶん、同じこと思ってる)
「なら、もっと準備、丁寧にしなきゃね」
「うん。終わらせたら、ジュース奢って」
「なんで私が?」
「誕生日、祝っただろ?」
「それとこれは別!」
印刷室に、二人だけの小さなやり取りが響く。
しばらく無言で印刷機の動作音を聞いていると、薫がぽつりと口を開いた。
「でもさ、こうやって一緒に準備するのって、悪くないな」
「……そうだね。意外と楽しいかも」
わたしがそう返すと、薫は少しだけ笑った。その横顔を見ていると、心の奥がふっと温かくなっていくのがわかる。
この関係が、今のままでいてくれたらいい——そう思う自分がいる。でも、同時に、今のままじゃ物足りないとも思ってしまう。
「なあ」
「ん?」
「文化祭、ちゃんと見に来てくれるよな。展示以外も」
「わたしが作った出し物、見て感想言ってくれるならね」
「感想って、“すげー”とかでいい?」
「……それ、褒める気ないでしょ」
二人で笑い合う。ほんの少しの沈黙も、心地いい。
でも、その心地よさに甘えてしまいそうで、わたしは机の上のポスター用紙をまとめながら、少し声のトーンを落として言った。
「……準備室、そろそろ出ないと、怪しまれるかも」
「え、俺としては“二人でこっそり準備してた”って噂されてもいいけど」
「やめて。そういうのが、一番困る」
「……でも、嬉しい?」
——ずるい。
どうして、そういう言い方をするんだろう。
「……わたしは、困るだけ」
そう答えるのが精一杯だった。
彼の笑みの裏に隠された本心が、もしわたしと同じものだったら。
そう思うだけで、胸が苦しくなる。
それでも、今日はこれでいい。少しずつ、少しずつ、歩幅を合わせるように進んでいけたら。
……きっと、それでいい。
放課後、教室にはまだ数人残っていたが、わたしは気にせず立ち上がった。
「先に行ってるね、ポスター貼っておくから」
薫にそう言って、掲示用のポスターを手に持ち、廊下に出る。
階段を下りながら、さっきのやり取りを思い返していた。
——“でも、嬉しい?”
あの一言が、ずっと頭から離れない。
なんであんな風に聞くの? その意図を確かめたいけど、聞いたら何かが変わってしまいそうで怖い。
掲示板にポスターを貼っていると、後ろから足音が聞こえた。
「貼るの、手伝うよ」
振り向くと、薫が掲示用のテープを持って立っていた。
「……もう終わるところ」
「そっか」
彼は隣に立って、わたしが貼り終えたポスターを見つめた。
「けっこういい感じじゃん、これ」
「当たり前でしょ。わたしが作ったんだから」
「はいはい、社長のセンスは信頼してます」
「……バカ」
呟いた言葉に、薫はくすっと笑った。
ポスターが風に少し揺れたとき、自然とふたりの距離が近づいた。
「莉々華」
「……なに?」
「文化祭、終わったらさ。少しだけ時間、くれない?」
鼓動がひとつ、大きく鳴った。
「……どうして?」
「理由、言わなきゃダメ?」
「言わなくても……なんとなくわかるけど」
視線を交わすと、お互いに視線を逸らした。
「……うん。わかった」
その返事で、今は充分だった。
何かが、ゆっくり動き始めている——その実感だけを胸に抱いて、わたしはポスターの端を押さえながら、小さく息を吐いた。
やっと投稿できた。2ヶ月ずっっっっと大変な時期でした