文化祭当日。
校舎全体がいつもより賑やかで、早朝から準備に追われている生徒たちの声が、空へ吸い込まれていく。
「……よし。あとは看板立てれば完成だな」
俺は腕まくりをしながら、教室の入り口を見渡す。
俺たちのクラスが出すのは「レトロ喫茶風カフェ」。昭和をテーマに、内装やメニューにこだわった本格派(……らしい)。けど実際に形になると、やっぱりテンションが上がる。
「薫ー、こっち持って!」
「はいはいっと」
クラスメイトの呼び声に応じて、最後の飾り付けを終わらせる。
そして——開場。
来場者の案内、料理の配膳、写真スポットの説明など、予想以上に忙しい。けど、俺はその合間に、ついつい彼女の姿を目で追っていた。
「いらっしゃいませ。お好きな席へどうぞ」
制服の上から、クラシカルなエプロンドレスを重ねた莉々華は、まるで本物の店長みたいに堂々としていた。
というか、見慣れてる制服なのに、あのエプロンだけでなんであんなに華やかに見えるんだろう……。
「……見すぎ」
「うぉっ!? え、ば、ばれてた?」
「そりゃ分かるわよ。さっきからじっと見てたじゃない」
「いや、ほら、店長の動きチェックしとかないとっていうか……」
「言い訳しなくてもいいけど」
くすりと笑って、莉々華は俺の手に小さなメモを押しつける。
「あとでこれ、やってね。追加の買い出しリスト」
「……今日も俺が行くんかい」
「秘書見習いだもの」
そう言って軽くウィンクしてきた彼女に、俺は小さくため息をつきながらも、文句の一つも出てこなかった。
なんだろう、今日の莉々華は、いつもよりずっと輝いて見える。
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昼を過ぎ、来場者はピークを迎えていた。クラスメイトたちもどこかテンションが上がっていて、忙しさのなかにも一体感があった。
そんな中——
「薫〜ちょっとだけ手空いてる?」
声をかけてきたのは、音乃瀬奏だった。
彼女は展示発表の実行委員も兼ねていて、あちこち走り回っている様子。
「少しなら。どうした?」
「展示の準備が遅れてて、搬入だけ手伝ってくれたら助かるんだけど〜」
「オッケー、手伝うよ」
俺はすぐさま手伝いに向かうことにした。
でも——
(……これ、また変な誤解されないといいけどな)
心のどこかで、莉々華の視線を気にしていた。
展示の手伝いを終えて戻ると、クラスのカフェは相変わらず大盛況だった。入り口には行列ができ、呼び込み係の声が響いている。
「おかえり、薫」
戻った俺を見つけて、莉々華がからかうように笑いかけてくる。
でもその声はどこか安心したようで、俺はつい笑ってしまう。
「戻ったばかりだけど、今度はホールに出てくれってさ」
「ふふ、大人気ね」
「そりゃあ、制服姿の社長が給仕してたら、それ目当てで来る客もいるでしょ」
「……なによ、それ」
少しだけ眉をひそめて、でもすぐに莉々華は視線をそらす。耳が赤いのが見えた。
(ああ、ほんとわかりやすいな)
俺はトレイを持って、カフェの中を回りながら忙しく立ち回った。
でも、不思議と嫌じゃない。むしろ楽しかった。
みんなが一緒に動いて、声を掛け合って、ひとつのものを作ってるって感じが、心地いい。
ときどき目が合う莉々華も、今日は普段より少し柔らかい表情をしていて、目が合うたびに何となく嬉しくなった。
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午後、ひと段落して休憩時間。
裏手の階段に座って、俺は缶のアイスコーヒーを開けた。
その隣には、やっぱり彼女がいた。
「こうして見るとさ」
「うん?」
「莉々華って、社長ってより、普通の高校生なんだなって思った」
「……なによそれ。いつもは普通じゃないってこと?」
「いや、そういう意味じゃなくて。
普段はすごくしっかりしてるし、完璧って感じなのに……今日は楽しそうに笑ってるの見て、ちょっとホッとしたっていうか」
莉々華は少し目を見開いて、ふっと目を伏せる。
「そう。そっか。……ありがと」
「ん?」
「別に。こっちの話」
そう言って、小さく笑った彼女の横顔に、なぜだか胸がドキリとした。
その瞬間、休憩が終わるチャイムが鳴った。
「行こっか。後半戦、がんばるわよ、秘書見習い君」
「へいへい、了解です、店長」
俺たちは立ち上がり、再び喧騒の教室へと戻っていった。
「次のお客さん、ご案内しまーす!」
教室の扉が開くたび、カウベルの音とともに新しいお客さんがやってくる。
文化祭のカフェは予想以上の人気で、クラスメイトたちは皆、いい意味でてんてこ舞いだ。
俺もエプロンを直してから、トレイを片手に接客に戻る。
視線の先には、奥のテーブルで注文を受けていた莉々華。
立ち振る舞いは丁寧で、言葉づかいも柔らかい。だけど、時々見せる笑顔は――
どこか照れてるようで、そこが妙にリアルで、見ていると胸がざわつく。
「……ほんとに、いつもとちょっと違うな」
そうつぶやいたとき、後ろから声をかけられた。
「もしかして、店員さんですか?」
振り向くと、隣のクラスの女子たちだった。名前はたしか……桜井と、松本。
「うん、いらっしゃいませー。席、案内するよ」
俺が笑って応じると、2人は顔を見合わせてクスクスと笑う。
「へぇ~、普段と違って真面目じゃん、宮近くん」
「でも、さっきの店長さんってさ、一条さんでしょ? あの子と同じ班なんだ? なんか意外」
「ああ、うん、まあ。俺の上司だから」
「うわ、そーゆう設定なんだ?」
ちょっとした会話だったけど、そのときふと感じた。
視線。別の方向から、何か刺さるような視線を感じて、そっとそちらを見ると——
莉々華と目が合った。ほんの一瞬。
けれど、彼女はすぐに視線をそらして、お客さんに微笑みかけていた。
(……ん?)
何かが引っかかった。
いつもなら、俺が女子と喋っていてもあまり気にしないくせに。
でも、あの目線は……あきらかに、気にしてた。
……あれ? もしかして、からかってるつもりが逆に俺の方が振り回されてない?
「薫、次のテーブルお願いー!」
クラスの男子が俺を呼んだ。
考えごとを切り上げて俺は動き出す。
ただ、心の奥でほんの少し、変なドキドキが残っていた。
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午後3時を過ぎると、少しずつ客足が落ち着いてきた。
そろそろ片付けの時間が近づいてくる。
「ねえ、薫。これ、持ってってくれる?」
そう声をかけてきたのは莉々華。
さっきまでの余裕の笑顔ではなく、少しだけぎこちなさが混ざっている。
「了解。……にしても、今日はよく働いたなー社長」
「あなたも、まあまあ使える秘書だったわよ」
「光栄です」
言いながら、2人で廊下を歩く。
ふと、彼女が小さな声でつぶやいた。
「……見てたわよ。さっきの、他のクラスの子と話してたとこ」
「……やっぱり?」
「あれ、からかってたんじゃなかったの?」
「……ちょっとくらいは、ね?」
冗談っぽく返したけど、内心はちょっと焦ってた。
莉々華が、他の女子との会話を気にしてるなんて——
それだけで、何か距離が変わってきた気がして。
俺は彼女の横顔をちらっと見る。
「なあ、莉々華」
「なに?」
「明日も楽しみにしてろよ。今日のよりもっとすごいから」
そう言ったら、莉々華は一拍おいて、少しだけ笑った。
「期待してるよ。秘書見習い君」
一緒に過ごした時間のなかで、確かに何かが変わりつつある気がしていた。