「いや、まさか本当に来るとは思わなかったわ」
日曜の朝。テーマパークの入り口に立っている俺を見上げて、莉々華があきれ顔をしている。
けどその顔は、明らかに楽しそうだった。
莉々華は白のパーカーにスキニーデニム。いつもの制服姿とは違って、やけにラフで、けどやっぱり目立っていた。
「社長」じゃなくて、「普通の女子」って雰囲気の。
「それにしても、こんなとこ来たの、いつぶりだろ」
「小学生のとき、家族で行ったっきりかなぁ。てか薫、絶叫系乗れるんだっけ?」
「バカにしてる? 平気だよ」
「ふーん? じゃあ、一番怖いやつから行こっか」
「ちょ、待て、順序ってもんが——」
「行くよ、ほら早く!」
そう言って手を引っ張ってくる莉々華。
(ほんとに、社長なのか……?)
でも、笑ってる顔を見ると、ちょっと嬉しくなる。
午前中はまるっとアトラクションに乗りまくった。
絶叫系からゆるい系、果てはメリーゴーラウンドまで。莉々華がやたらテンション高くて、正直俺の方が引っ張られてた。
「ねえ、あのコーヒーカップって全力で回したらどうなるんだろ」
「いや、回す前提なの!? 子供向けじゃないの!?」
「回すでしょ、普通! 行くよ!」
そして結果、俺は軽く酔った。地面がふわふわしてる。
隣で笑ってる莉々華は、まったく疲れてなさそうだ。
「情けな~い」
「うるさいわ……」
「これから、お昼だよ? ご飯食べれるの?」
「……しばらく、水だけでいい」
昼ごはんはパーク内のファミレスっぽい店。
隣のテーブルで、カップルが手をつないで笑い合ってる。
ふと、莉々華がそのカップルを横目で見てから、唐突に聞いてきた。
「薫ってさ、彼女いたことあんの?」
「ぶほっ」
飲んでた水が気管に入って、むせた。
「急に何!?」
「いや、別に? 普通に気になっただけだけど?」
「いやいやいや! 気になる理由が怖いわ!」
「ふーん、じゃあいたんだ?」
「……いねーよ」
「ふーん?」
ふーんって何だよ。
「じゃあ、好きな子とかは?」
「……小学生のときに、好きだった子はいたかも」
「初恋?」
「まぁ、そんなとこ」
「へー……今は?」
「え?」
「今は、好きな子いんの?」
俺は思わず、顔をそらした。
こんな、テーマパークの真ん中で、しかも社長にそんなこと聞かれて答えられるわけないだろ。
「さぁな……」
「ふーん……」
でも、莉々華の声はちょっとだけ寂しそうだった。
午後は園内をぶらぶら散歩。
人混みの中、自然と距離が近くなる。
「おい、ぶつかる」
「そっちが避けなよ」
「いや、絶対今、わざと近づいてきただろ」
「別に? 薫がいたからそこにいただけ~」
それってつまり——
いやいや、ないない。
園内ではパレードが始まっていた。
キラキラした衣装のダンサーたちが踊る中、莉々華がぼーっと見ている。
「キレイだねー……」
その表情は、どこか夢見るようで。
俺は思わず、スマホを取り出して、こっそり撮った。
「何撮ってんの?」
「うわ、バレた!」
「ちょ、見せて!」
「やだよ、恥ずかしいし」
「何が!? 私なんだからいいじゃん!」
「……いや、そういう問題じゃなくて」
けど、莉々華は強引にスマホを奪って、画面をのぞいた。
「……あ」
「何?」
「……変な顔してない?」
「いや、いい顔だったから撮ったんだよ」
「……」
莉々華はしばらくスマホを見ていたけど、やがてぽつりと言った。
「これ、送ってよ」
「え?」
「だって、こんな自然に笑ってるの、自分じゃ分かんないし」
その言葉が、妙に胸に残った。
夜になって、ライトアップされた園内を歩く。
人もまばらになってきて、どこか静かだった。
「楽しかったなぁ……」
「な」
「こういうの、もっと早くやっとけばよかったよね」
「いや、遅くないだろ。今からでも、何回でも来ればいい」
「……うん、そだね」
観覧車に乗ったのは、たまたまだった。
いや、正確には莉々華が「せっかくだから」と言い出したから。
夜景が見える高さまで登っていくと、莉々華が口を開いた。
「なあ、薫」
「ん?」
「今日、めっちゃ楽しかった。ありがと」
「……俺も楽しかったよ」
「それとさ」
莉々華が、急に真剣な顔になる。
「もしさ、私が——」
「おっと、なんか告白っぽい空気になってません?」
「え、違うし!? ちょっと真面目な話しようとしただけ!」
「うわー、言い出せなくなったやつだ、これ」
「黙れバカ」
観覧車の中で、しばらく笑い合ったあと、莉々華がぽつりと言った。
「……でも、今日のこと、ずっと覚えてたいな」
その言葉に、俺はなぜか少しドキッとした。
観覧車を降りると、日が落ちて、街の明かりが柔らかく輝いていた。
観覧車の中で、あんな空気になって、正直ドキドキがまだ収まってない。けど――告白とか、そういう言葉は結局、どちらの口からも出なかった。
「……そろそろ帰ろっか」
莉々華が軽く背伸びしながら言った。耳に付けたうさぎのカチューシャが揺れてる。
「ああ。電車、混んでそうだな」
「うん。でも今日はマジ楽しかった。……正直、予想より、何倍も」
そう言いながら、莉々華は俺の隣を歩く。テンション高めな一日が終わって、今はちょっと静かなテンポ。俺も、ちょっと言葉を選びながら話してた。
「おそろいのカチューシャ、似合ってたよ」
「ふっ、知ってる。インスタ映え間違いなしじゃん?」
「アップするの?」
「するかバカ。こんな乙女な一日、あたしのキャラじゃねーし。薫との思い出はあたしの心のアルバムにしまっておくの」
「……じゃあ、俺も非公開アルバムで保存しとく」
「は? 何そのダサい感じ。もっとロマンチックに言えよ〜」
「む、無理だろ……!」
冗談めいた掛け合いをしながら、どこか慎重に、でも楽しく、帰り道は続いた。
駅前のロータリーまで来たとき、ふと、莉々華が立ち止まった。
「……ねえ、薫」
「ん?」
「もしさ、あたしが“今日、すごい楽しかった”って言ったら……どう思う?」
「俺も、同じ気持ちだと思う」
「そうじゃなくてさ……なんていうのかな。“すごく特別だった”って言ったら……期待させちゃうかな?」
その言葉に、少しだけ胸が痛くなった。
「……たぶん。俺だったら、少し期待する」
莉々華は、ふっと視線を落として笑った。
「だよね。でも、今日はさ……莉々華、“楽しい”って気持ちのまま、終わらせたいんだよ」
「うん……」
「なんかさ、ちゃんと“好き”とか“付き合おう”とか、そういう言葉って、もっと……ちゃんとしたタイミングで言いたいんだよね。今はまだ、なんか違う気がする」
「……わかる。俺も……同じこと考えてたかも」
「ほんと? ウソじゃなくて?」
「本気だよ。楽しかったし、莉々華とこうして来られて嬉しかった。でも――」
それだけじゃ言い切れない何かが、確かにあった。
今は、まだ「親友と少し距離が近づいた」くらいの場所。
無理に関係を変えるよりも、このまま少しずつ進んでいけたら――そう思えた。
「だから、今日は“楽しかったね”で終わらせよう。うん」
「じゃあさ」
莉々華が俺の手を取る。ちょっと冷たい手。でも、力強くて、しっかりしてる。
「“好きになりそう”くらいは、言っていい?」
「……それなら、俺も言いたかった」
「かぶったー!」
二人でまた笑った。心のどこかで、「今日はそれでいい」って思えた。
莉々華は手を離すと、ぽんと俺の肩を軽く叩いた。
「じゃあ、また学校でね、薫」
「おう」
「んじゃ、バイバーイ!」
手を振って、莉々華は駅へと歩き出す。背中越しに振り返ることはなかったけど、最後まで明るかった。
俺はその背中を見送りながら、心の中でそっとつぶやいた。
――また、いつか。今日よりも、もっと特別な日に。
は?付き合えよ????