自宅の玄関を開けて、靴を脱いだ瞬間、どっと疲れが押し寄せてきた。
体力的な疲れっていうより、心がパンパン。あれだけ笑って、騒いで、ドキドキして――
やっと終わった、って感じ。
「ふー……マジで楽しかった……」
ポケットからスマホを取り出して、撮った写真をスクロールしていく。うさ耳カチューシャの写真とか、観覧車での微妙な距離感のやつとか。笑ってる自分と、隣にいる薫。
――「好きになりそう」って、言ったな、あたし。
「やば……」
顔に熱がこもるのがわかる。バッとベッドに突っ伏して、枕を思いっきり抱きしめた。
「言っちゃったよぉおおおおおおおお!!」
莉々華、いつからこんな乙女キャラだったっけ!? マジ恥ずかしい。口が勝手に動いてた。
でも――
でも、薫の顔、すっごく嬉しそうだった。
「俺も、言いたかった」って。あの一言、あたしの心にぶっ刺さった。
「てか……莉々華たち、両思いじゃね?」
枕を押しつけたまま、ぼそっとつぶやいた。
なんか、そういう確信みたいなものがある。
付き合ってはないけど、間違いなく気持ちは通じ合ってる。
テンション高めの楽しい一日だったけど、あの観覧車の中の静かな空気――あれは絶対、嘘じゃなかった。
「……告白って、いつすればいいんだろ」
仰向けになって、天井を見つめる。
莉々華、待たされるのって苦手。だけど、自分からいくのも、ちょっと怖い。
もし、今のこの関係を壊しちゃったらどうしようって、変な心配がよぎる。
それに――今日、薫が言ってた。
「今日は“楽しかった”で終わらせよう」
そういうやつなんだよな、薫って。
ちゃんと考えてくれてて、ちゃんと見てくれてて。
「でも、だったら――次は、莉々華が動かないと、進まないよね」
不意にスマホを手に取って、メッセージアプリを開く。薫とのトーク画面。今日の集合時間とか、行きたいアトラクションとか、くだらないスタンプのやりとり。
――既読になってない。
もう寝ちゃったかな。……そりゃそうか。
メッセージは送らない。ただ画面を見つめながら、そっと考える。
「次は、いつ会えるっけ……文化祭の後片づけ?」
クラスで二人きりになるタイミングは――たぶん、もう少し先。でも、それまでにはちゃんと決めたい。
この気持ちを、いつ、どんな言葉で伝えるか。
莉々華、待つのも嫌いだけど、後悔するのはもっと嫌い。
「うーん……次に“特別”っぽい瞬間が来たら……そこで行こう、かな」
独り言のように言いながら、枕をぎゅっと抱きしめた。
恥ずかしいけど、嬉しかった。怖いけど、ちゃんと伝えたい。
こんな気持ち、初めて。
薫のこと、ほんとに好きになっちゃったんだな。
それでも寝つけなくて、莉々華は仰向けのまま、またスマホに手を伸ばした。
通知は特に来てない。薫からも。……まぁ、今日はきっとすぐ寝ちゃったよね、あいつ。
「……文化祭のあと、って、どう?」
ぽつりと、言葉が口からこぼれた。
行事って、テンション上がるし、なんか空気も特別な感じになるし。そういう時に動くのって、悪くない。むしろ、そういう時じゃないと踏み出せない気がする。
文化祭、片づけまで終わったあとって、なんかちょっと気が抜けるじゃん?
その時に――さらっと「好き」とか言えたら、かっこよくない?
「いや……かっこよさとか、どうでもいいし……」
ごろんと寝返りを打って、枕に顔をうずめた。
莉々華の心は、どうしようもなくそわそわしていた。
文化祭の日はきっと忙しいし、薫もいろんな人と話すだろうし――そんな中で、二人きりになるタイミング、あるかな。
しかも、「楽しかったねー」みたいなノリになったら、そこからシリアスに持ってくの、無理ゲーじゃない?
いきなり「実はさ、莉々華、ちゃんと好きなんだけど」とか言ったら、絶対笑われる。
「だっせぇー……莉々華、ビビってんじゃん……」
枕をぎゅっと握りしめる。
けど、現実、こういうのは勢いが大事なんだよ。タイミングを逃したら、一生言えないかもしれない。
たとえば薫が、他の誰かと――って考えるだけで、胸の奥がきゅって痛くなる。
そんなの、あり得ないって思ってたけど、今日、ほんのちょっとだけ、そういう可能性がゼロじゃないって気づいた。
だって、薫、優しいし。ちゃんと話聞くし。変にモテそうだし。
……実際、奏と話してた時とか、ちょっとムカついたし。
「うー…...何焦ってんだよ……」
もぞもぞと布団の中に潜り込む。
目を閉じれば、観覧車の中で見た薫の顔が浮かぶ。
照れて、でもちゃんと返してくれた、あの真剣な表情。
あれ、嘘じゃない。絶対。
じゃあ、やっぱり――
文化祭の片付けのあと、がいいかも。
みんなが騒ぎ終わって、片づけ終わって、クラスも静かになって。
「じゃあ、また明日な」って、薫が言おうとするその前に――
「……言えたらいいな、ううん……言うんだよ、莉々華」
自分に言い聞かせるように呟いて、ふうっと大きく息を吐いた。
布団の中、ちょっとだけあったかく感じるのは、気のせいかな。
まだ“恋人”じゃないけど――この関係、進めたい。
だって、今日の「好きになりそう」は、ほんとの気持ちだったから。
玄関のドアを閉めたとき、胸の奥に残っていた温度が、すこし名残惜しく感じた。
足元にはさっき脱いだスニーカー、手にはお土産の袋。
部屋の明かりをつけて、荷物を机に置いて、ベッドに倒れ込む――いつも通りの帰宅ルートのはずなのに、今日は何かが違う。
天井をぼんやり見つめながら、ゆっくり深呼吸する。
今日は楽しかった。ありきたりな言葉しか思い浮かばないけど、ほんとにそうだった。
「……好きになりそう、って……」
あの一言。
観覧車の中で、莉々華が口にしたあの何気ないようで重たいセリフが、頭から離れない。
まさかあいつからあんなこと言われるなんて、思ってもみなかった。
冗談かと思ったけど、目、真剣だった。頬も少し赤かった。
あれは――本気だ。間違いなく。
「……あー……もう、俺まで意識しちゃってんじゃん」
苦笑まじりに手で顔を覆った。
今までずっと、"幼なじみ"って距離感を保ってた。
ちょっと言い合いしたり、笑い合ったり、気付けば隣にいるのが普通で、空気みたいな存在だと思ってた。
だけど――今日、あの空間で二人きりになったとき、気付いた。
莉々華の横顔が、こんなにドキッとするものだなんて。
「……両想い、なのかな」
ぽつりと口にした言葉が、思ったよりもリアルで、妙にくすぐったい。
たぶん、莉々華も気付いてる。俺があいつを意識してるってこと。
じゃあ……ここから、どうするんだろう。
すぐにでも気持ちを伝えたい、ってわけじゃない。
だけど、確かにこのまま"幼なじみ"のままでいるのは、ちょっとだけ物足りなく感じてる自分がいる。
今日、遊園地で笑ってた莉々華を見て、素直に「かわいい」って思った。
それを、自分の中で否定しなかった。
「文化祭……か」
タイミング的には、ちょうどいいのかもしれない。
みんなが浮かれて、イベントムードに包まれてるなかで、俺たちはちょっとだけ静かな空間に逃げ込んで――その中で、ちゃんと向き合ってみる。
きっと、あいつも何か考えてるはずだ。
あいつなら、逃げない。ちゃんと正面から来る。
「……負けんなよ、俺」
そう言い聞かせて、ようやく起き上がった。
机の上、今日買ったキーホルダーが袋の中から顔を出していた。
ペアで買ったものじゃないけど、俺は莉々華が選んだものと同じシリーズを選んだ。それだけで十分だと思った。
静かな部屋の中、スマホを手に取り、しばらく画面を見つめた。
「楽しかったな」って、送ろうか、迷ってやめた。
次は、文化祭でちゃんと伝えよう。
そのとき、俺の気持ちも、もうちょっとだけ整理できてるはずだから。
部屋の天井をぼーっと見上げながら、静かな夜に身を沈める。
テーマパークから帰ってきたばかりのはずなのに、身体のどこかがまだ熱を持っている気がした。
スマホを置いて、ベッドに仰向けになったまま目を閉じる。
頭の中には、やっぱり莉々華の顔が浮かぶ。観覧車の中での、あの言葉。
「好きになりそう、って……」
あれが本気だったのか冗談だったのか、俺にはまだわからない。
でも、あいつの言い方は――たぶん本音だった。
鼓動が早くなる。胸がざわつく。
俺の中の感情が、もう“友達”って枠に収まらないのは自分が一番よくわかってる。
そもそも、今日みたいなテーマパークに二人で行くなんて、普通じゃない。
しかも、あんなに楽しくて、あんなにドキドキして、最後にはあんな爆弾みたいなセリフまで。
……本当に、ずるいよな。
あいつは、俺の心を軽く超えていく。
思い出すだけで、顔が熱くなる。
あの時、もし何か言えてたら。もし、俺が勇気を出してたら。
けど――その“もし”を繰り返してても、何も変わらない。
何かを言わなきゃ、このまま変わらず笑い合って、でも心だけどこかで取り残される気がする。
――じゃあ、いつ言う?
明日は文化祭の片付けだ。
またあいつと顔を合わせる。
クラスでの作業だから、二人きりにはならないかもしれないけど……何か、きっかけはあるかもしれない。
「伝えるって、そんなに簡単なことじゃないよな……」
つぶやいた言葉が、天井に吸い込まれる。
でも、それでも――伝えなきゃって気持ちは消えない。
今日が終わっても、この気持ちは続いていくから。
莉々華は、俺にとって特別な存在なんだ。
あいつの横で笑っていたいし、隣にいたいと思う。
……そう思える誰かに出会えたこと自体、奇跡みたいなことなんだよな。
ぐっと手を握りしめた。
明日、もしチャンスがあるなら――今度こそ、ちゃんと向き合おう。
それが今の“俺の答え”なんだ。