幼馴染はもう幼馴染じゃない。   作:ただの片栗粉

21 / 23
伝えたいことは

 文化祭の翌日。

 教室にはまだ、祭りの余韻がほんのりと残っていた。色とりどりのポスター、半端に外された飾りつけ、床に散らばる紙テープ。

 

 俺は、いつもより少し早く教室に着いた。

 けれど既に、見慣れた姿が窓際に立っていた。

 

「おはよ、莉々華」

 

 声をかけると、彼女はくるりと振り向いた。

 長い黒髪が、朝の光にきらりと揺れる。

 

「……おはよ、薫」

 

 その表情は、どこか気まずそうで。

 でも、微かに笑ってくれたのがわかった。

 

 あれからずっと、俺は昨日のことを考えていた。

 観覧車の中で聞いた、莉々華の「好きになりそう」って言葉。

 冗談っぽく笑っていたけど、俺の心には深く刺さって、まだ抜けきれてない。

 

 そして今日。

 文化祭の後片付けが始まる。

 

 時間になるとクラスメイトたちがぞろぞろと集まり始め、担任が大まかな作業分担を発表した。

 体育館へ椅子を返す組、装飾を片付ける組、掃除をする組――

 

「宮近と一条、ちょっと職員室に備品返却してきてくれ」

 

「えっ……」

 

 莉々華が一瞬、目を見開いた。

 俺はちょっとだけ笑った。

 

「行こっか、社長さん」

 

「……はいはい、秘書見習い君」

 

 ――まだ、からかい合える距離でよかった。

 

 二人で並んで廊下を歩く。俺は軽く机上に置かれていた段ボールを持ち上げた。中には使い終わった事務用品が入っている。

 

「重くない?」

 

「余裕。莉々華こそ、昨日の疲れ残ってないか?」

 

「平気ー。昨日より心臓がうるさいくらいかな」

 

「え?」

 

「なんでもないし」

 

 そっぽを向く彼女の横顔が、少しだけ赤く見えた。

 俺は何も言わず、その横顔の意味を考えるだけにした。

 

 職員室へ向かう廊下は静かだった。

 普段の登校中や、帰り道とは違って、今日のこの時間はなぜか特別に思える。

 何かを言おうか。でも、何を言えばいいのか。

 

「ねぇ、薫」

 

「ん?」

 

 莉々華がふいに立ち止まる。

 俺も足を止めた。

 

「昨日の……あれ。やっぱ、冗談だと思った?」

 

「……正直、わからなかった。でも――本気っぽく聞こえた」

 

 莉々華は、目をそらしたまま頷いた。

 

「そっか」

 

「莉々華は?」

 

「え?」

 

「俺のこと、好きになりそうって言ったけど――それって、“なりそう”じゃなくて、“もう好き”だったりする?」

 

「……なによ、その言い方」

 

 莉々華が、ぷいと横を向く。でも――返事をしないということは、つまり、そういうことなんだろう。

 

 俺の心が、不思議と軽くなった。

 

「……そっか。なんか、安心した」

 

「……え?」

 

「俺も、同じような感じだったから」

 

 莉々華が目を見開いた。

 

「え、え? うそ、なにそれ……! じゃあさっきの、からかってたの!?」

 

「半分は。残りの半分は――照れ隠し」

 

「……もー!」

 

 莉々華が頬をふくらませる。その仕草が、なんだか無性に可愛く見えて、思わず笑ってしまった。

 

「何笑ってんのよ!」

 

「いや、ごめん。やっぱ、莉々華が一番楽しい」

 

「……へんなの」

 

 そう言いながらも、莉々華の口元には微かな笑みが浮かんでいた。

 

 職員室の前に着いて、俺たちはまた元の“距離”に戻った。

 まだ、はっきりと“付き合っている”わけじゃない。でも、お互いの気持ちはきっと、もう気づいている。

 

 後片付けが終わったら、少しだけ、前に進もう。

 

 俺は段ボールを軽く持ち直し、扉をノックした。

 莉々華の足音が、すぐ隣に並んでいた。

 

◇◇◇

 

 午後の陽射しが傾き始めた頃、文化祭の片付け作業はようやく一段落した。

 

「ふぅ、終わったぁ……」

 

 教室に戻ってきた莉々華が、椅子にどさっと腰を下ろす。

 普段は社長として凛とした佇まいなのに、今の姿はただの“ちょっと疲れた女子高生”だった。

 

「おつかれ」

 

 俺も隣の席に座る。肩に溜まっていた力がふっと抜けて、体が一気に重く感じた。

 でも、不思議と嫌な疲れじゃない。むしろ心地いい。

 

「ねぇ薫。今日、このまま帰る?」

 

「いや、ちょっと教室片付けてから帰る。プリントも配られてたし」

 

「ふぅん……」

 

 莉々華がぼんやりと窓の外を見つめている。

 オレンジ色の光が差し込み、教室の中が少しだけ映画みたいな雰囲気になる。

 

 さっきのやりとりから、もうお互いの気持ちはある程度、伝わってる。

 けど“付き合おう”って言葉はまだ出してない。タイミングを探してるようで、探してないような。そんな微妙な空気が漂っている。

 

 その時。

 

「ねぇ、ちょっとだけ寄り道しない?」

 

「……どこに?」

 

「うーん、秘密」

 

「……えー、怖」

 

「怖くないって。別に変なとこ行こうってわけじゃないし」

 

 莉々華が小さく笑った。その顔がなんだか楽しそうで、俺は断る理由を見つけられなかった。

 

「じゃ、ちょっとだけなら」

 

「よし決定。じゃあ、帰りはそっちの方向ね」

 

「……ま、社長命令なら従いますよ」

 

「うん、いい部下でよろしい」

 

 そんなふうに言い合いながら、俺たちは鞄を持って教室を出た。

 下校中の廊下、そして階段。文化祭の余韻がまだ残る校舎の空気は、どこか懐かしさすら感じる。

 

(この日々が、ずっと続けばいいのに)

 

 そんな考えがふと、胸に浮かんだ。

 でも続くだけじゃきっと物足りない。俺はたぶん、今、変わりたいと思っている。

 

 正確には――莉々華と一緒に、変わっていきたいと思っている。

 

 校門を出て、莉々華が振り返る。

 

「ね、今日はさ、ちょっとだけわがまま聞いて」

 

「……なんだよ、それ」

 

「いや、だから……ちょっとだけ。莉々華の隣、ちゃんと歩いて」

 

 莉々華が言う。何気ない言葉。

 でも――それは、今の彼女にとって、すごく大事な“告白”みたいに聞こえた。

 

 俺は一歩、彼女の隣に並ぶ。

 

「……うん。隣、いいよ」

 

「じゃあ決定ね」

 

 莉々華の笑顔が、少しだけ大人びて見えた。

 

 秋の風が吹いた。

 夕日が校舎を照らして、長い影が二人の足元に伸びていく。

 

 もうすぐ冬が来る。

 それでも、この一歩一歩が、少しずつ何かを温めていく気がした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。