「ねぇ〜秘書見習い君!」
莉々華がそう呼ぶと、薫は少しうんざりしたような顔をした。
「だから、その呼び方やめろって」
「やーだ♪ 薫は莉々華の秘書見習いなんだから!」
「俺はお前の友達だ」
「友達でもあるし、秘書見習いでもあるの!」
莉々華はそう言いながら、薫の横にピタッと寄る。
薫のちょっと拗ねた顔を見るのが好きだった。
だって、それって莉々華にだけ見せる表情だから。
「それで? 何の用だよ」
「ん〜、別に? ただ呼んでみたかっただけ!」
「お前な……」
薫がため息をつく。でも、どこかんまり本気で怒ってはいないのがわかる。
莉々華はそのまま、薫の腕にちょっとだけ指先を触れさせた。
「ねぇ、薫」
「……なんだよ」
「今日、どっか寄り道して帰らない?」
「またかよ。昨日もコンビニ行ったろ」
「いいじゃん、楽しかったんだもん」
「お前、社長のくせに暇なのか?」
「社長だからこそ、息抜きが必要なの!」
「へいへい」
薫は肩をすくめながら、それでも歩調を莉々華に合わせてくれる。
こういうとこ、ほんとに優しい。
——だから好き。
莉々華は自分の気持ちを誤魔化しながら、薫の隣を歩く。
この距離が、ずっと続けばいいのに。
でも、この距離はいつか変わってしまうのかな?
そんなことを考えたら、少しだけ胸がチクリと痛んだ。
……ダメダメ! 莉々華らしくない!
気を取り直して、薫の顔を覗き込む。
「ねぇ、どこ行く?」
「急に振るなよ……」
「だって、薫の行きたいとこに付き合ってあげるつもりだったのに!」
「え、俺の付き合いなのか?」
「うん! だから、薫がどこに行きたいか決めていいよ!」
莉々華がにっこり笑って言うと、薫は少し考え込んだ。
「そうだな……」
しばらく考えたあと、薫はぽつりと呟く。
「……たまには、ゲームセンターとかどうだ?」
「え? 薫ってゲーセン行くの?」
「いや、普段はあんまり行かないけど、お前と行ったら面白そうだし」
「ふ〜ん?」
莉々華はじっと薫を見つめる。
なにそれ? もしかしてデートのお誘い?
……なんて、そんなこと言ったら薫は絶対に「違う」って否定するだろうな。
「じゃあ決まり! 薫が莉々華を楽しませてくれるんだよね?」
「いや、俺が楽しませるって話じゃ……」
「莉々華が勝手にそう決めました♪」
「おい……」
困ったように頭をかく薫。
でも、その口元がちょっとだけ緩んでるのを、莉々華は見逃さなかった。
もしかして、ちょっとは楽しみにしてくれてる?
そんなことを思うと、莉々華の心が少し弾んだ。
莉々華と薫はコンビニを出て、ゲームセンターへ向かうことになった。
道すがら、莉々華はルンルン気分で歩く。
「ねぇねぇ、薫はゲーセンで何するの?」
「うーん、特に決めてないけど、莉々華がやりたいのやればいいんじゃね?」
「え〜、そう言われると迷うなぁ」
正直、莉々華はあまりゲームセンターに行く機会がなかった。仕事が忙しいのもあるし、行く相手もいなかったから。
でも、今日は違う。薫と一緒なら、何をやっても楽しい気がする。
「よし、じゃあ莉々華、UFOキャッチャーに挑戦する!」
「おっ、いいじゃん。何狙うんだ?」
「うーん……あっ! あのぬいぐるみ可愛い!」
莉々華が指差したのは、大きな猫のぬいぐるみ。
もふもふで、抱きしめたら気持ちよさそう。
「よし、やってみる!」
意気込んでコインを入れ、レバーを操作する。慎重に狙いを定めて……
「えいっ!」
アームがぬいぐるみを掴み——そのまま虚しく落ちた。
「あぁ〜っ!? なんで!?」
「はは、そんな簡単には取れないだろ」
「もう一回!」
再挑戦するも、またもや失敗。
「くっ……! これはもう意地でも取る!」
「おいおい、熱くなりすぎだろ……」
そんな莉々華の様子を見て、薫がふっと笑った。
「貸してみろ、俺がやってみる」
「えっ、薫ってこういうの得意なの?」
「まぁ、ちょっとだけな」
自信満々に言う薫。
何それ、ちょっとカッコいいんだけど。
そう思いながら、莉々華はじっと見つめる。
薫はコインを入れ、スムーズにレバーを操作した。無駄のない動きでアームを調整し——
ガシッ。
しっかりと猫のぬいぐるみを掴み、そのまま景品口へ。
「……え? 取れた?」
「ほら、莉々華」
薫はぬいぐるみを莉々華の腕にぽんっと乗せる。
「うわぁぁ! すごい! ありがと薫!」
思わず飛び跳ねて喜ぶ莉々華。
ぬいぐるみも嬉しいけど、それ以上に、薫が取ってくれたことが何だか特別に思えた。
「えへへ、大事にするね」
「おう。まぁ、たかがゲーセンの景品だけどな」
「たかが、じゃないもん! 薫が取ってくれたんだから、特別だよ!」
そう言って、莉々華はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめた。
その瞬間——
薫の耳が、ほんのり赤くなった気がした。
(……あれ? もしかして、照れてる?)
ぬいぐるみを抱きしめながら、莉々華は薫の顔をじっと見つめた。
やっぱり気のせいじゃない。少しだけ耳が赤い。
普段はどんなことを言っても軽く流すくせに、こういうときは照れるんだ。
「ねえ、薫?」
「ん?」
「もしかして、今ちょっと照れてる?」
「……は? 何言ってんだ?」
薫はそっけなく答えたけど、明らかに視線をそらしている。
これは怪しい。
「え〜、絶対照れてるでしょ? ねぇねぇ、薫、顔こっち向けて?」
「うるさい、別に照れてねぇって」
そう言いながら、薫はそっぽを向く。
でも、その態度が余計に怪しい。
莉々華はぬいぐるみを抱えたまま、にやりと笑った。
「ふーん、そうなんだ〜? じゃあ、試してみよっかな?」
「……試す?」
薫が警戒するように莉々華を見る。
その反応が面白くて、つい意地悪したくなる。
「薫ってさ、こういうの弱いでしょ?」
そう言って、莉々華はぬいぐるみを抱えたまま、ふわっと薫の腕に寄りかかった。
「なっ!?」
案の定、薫がビクッと肩を震わせる。
「ふふっ、やっぱり〜! 照れてるじゃん!」
「……お前なぁ……」
呆れたようにため息をつきながらも、薫は莉々華を軽く押し返そうとはしなかった。
むしろ、ほんの少しだけ、心なしか動きがぎこちない気がする。
(やっぱり薫も、ちょっと意識してるのかな?)
そんなことを思うと、莉々華の胸がくすぐったくなった。
「まぁまぁ、薫が可愛いところ見せてくれたお礼に、クレーンゲームの代金は奢ってあげる!」
「俺が取ったんだけどな……」
「そういう細かいことは気にしなーい!」
莉々華は楽しげに笑いながら、薫の腕にぬいぐるみをぽんぽんと押し付けた。
薫は苦笑しながらそれを受け取り、「ったく、好き勝手言いやがって」と小さく呟いた。
でも、その声はどこか優しくて——
莉々華は、自分の頬がほんのり熱くなるのを感じた。