授業中、莉々華は退屈だった。
いや、正確には先生の話はちゃんと聞いている。ノートだって取ってる。でも、どうにも集中できないのだ。
理由は簡単。
——薫の横顔が視界に入る。
莉々華と薫は隣の席だ。さっきから、ちらちらと彼を横目で見てしまう。
(薫、ちゃんと授業聞いてる……?)
こっそり視線を向けると、薫は真剣な表情で教科書を読んでいた。
(真面目じゃん)
いつも通りの宮近薫。そんな彼の横顔を見ていると、なんだか胸が落ち着かなくなる。
(どうしよう。なんか最近、薫のこと気になりすぎてる気がする……)
そう思って、そっと目をそらそうとしたその瞬間——
「……おい、莉々華」
小声で呼ばれた。
莉々華はびくっと肩を揺らす。
(え、なに!? バレた!?)
恐る恐る薫の方を見ると、彼はノートの端っこにペンで小さく文字を書いていた。
《退屈?》
——ドキッ。
(な、なんで分かるの!?)
図星を突かれ、莉々華は慌てて教科書をめくる。でも、なんとなく悔しい。
(負けるもんか!)
莉々華は自分のノートの隅に《全然?》と書いて、そっと薫の方へ見せる。
すると薫は小さく笑って、またペンを走らせた。
《ほんとかよ。さっきからこっち見てたじゃん》
——え、見られてた!?
思わず顔が熱くなる。
(薫のくせに……!)
莉々華は負けじと《見てないし?》と書く。
薫は少し肩を揺らして、クスッと笑うと《嘘つけ。耳、赤いぞ》と追い打ちをかける。
(くっ……!)
悔しいけど、これ以上やり取りを続けると、先生にバレそうだ。
仕方なくノートを閉じると、薫は満足そうに前を向いた。
(……なんか、ムカつく!)
でも、こうやってふざけ合えるのが楽しくて、莉々華は思わず笑ってしまう。
休み時間。
授業が終わると同時に、莉々華はすぐに薫の方を見た。
「ねぇ、さっきのノートのやつ、どういうこと?」
問い詰めるように言うと、薫は少し驚いた顔をしてから、面白そうに笑う。
「どういうことって?」
「なんで莉々華が退屈してるって分かったの?」
「そりゃあ……分かるだろ」
さらっと言われて、莉々華は眉をひそめた。
(なんでそんな自信満々なの!?)
「ていうか、お前、俺のことずっと見てただろ」
「み、見てないし!」
「また嘘ついてる」
「つ、ついてないし!」
バレバレな反応をしてしまい、ますます薫がニヤニヤしてくる。
(な、なんか悔しい……!)
「じゃあ、もし莉々華が見てたとして、それに気づける薫の方がすごくない?」
思わず反撃すると、薫は一瞬「お?」という顔をした。
(よし、ちょっとは動揺した?)
けれど、次の瞬間。
「そりゃあ、俺もお前のこと見てたからな」
普通に言われて、莉々華は固まる。
「……え?」
「俺も暇だったし。お前が退屈そうなの、すぐ分かった」
さらっと言いながら、薫は水を飲む。
(な、なんでそんなこと平然と言えるの!?)
莉々華は自分の頬が熱くなっていくのを感じた。
(やばい、薫に全部見抜かれてるのかもしれない……!)
「……ふーん。じゃあ、もし莉々華が薫のこと好きだったら、それも気づくの?」
試しに、冗談めかして言ってみる。
すると、薫はピタッと動きを止めた。
(……え?)
「……さぁな」
そう言って、薫は視線を逸らした。
なんだか、ちょっとだけ気まずそうに。
(え、今の反応……なに?)
莉々華の胸が、トクンと高鳴る。
薫の「さぁな」という返事が気になりすぎて、莉々華はしばらく彼の顔をじっと見つめてしまった。
(なに、今の微妙な反応……)
すると、薫が急にニヤッと笑って莉々華の方へ顔を近づける。
「……なんだよ、莉々華。そんなに俺のこと見つめて。好きアピール?」
「はぁっ!?」
思わず大きな声が出てしまい、教室中が一瞬静まる。
(や、やばい……!)
クラスメイトたちの視線が一斉にこちらへ向く。数人はヒソヒソ話し始め、なぜかニヤニヤしている人までいる。
「おいおい、そんなに動揺するなよ」
薫が余裕の表情で言うから、莉々華はますます混乱する。
(こ、こいつ……!)
「ち、違うし! そっちが変なこと言うからでしょ!」
「え? だって『もし莉々華が俺のこと好きだったら』って自分で言ったじゃん?」
「そ、それはっ……!」
まさかこんな形で言葉を拾われるとは思っていなかった。しかも、それを言い返されると、なんだか本当にそうみたいに思えてくる。
(いや、実際そうなんだけど! でもそういうことじゃなくて!)
そんな莉々華の混乱をよそに、薫はどこまでも調子に乗る。
「でもさ、俺たちって周りから見たらもう付き合ってるみたいに見えたりして?」
「っ……!?」
またもや変なことを言い出した薫に、莉々華は言葉を失った。
(ちょ、そんなこと言うなーー!!)
案の定、クラスメイトたちが面白そうにこちらを見てくる。
「え、マジで付き合ってるの?」
「いやいや、でもあの雰囲気……」
「どっちかが告白するの時間の問題じゃね?」
「てか、もうしてんじゃね?」
「いやいやいやいや!」
莉々華は勢いよく立ち上がる。
「ち、違うから! 莉々華と薫はそういうんじゃないし!」
「へぇ?」
薫がまたニヤニヤしながら莉々華を見てくる。
(こ、こいつ……絶対楽しんでる!!)
莉々華はバツが悪くなって、頬を膨らませながら席に座り直した。
「……もう知らない」
ぷいっと顔をそらすと、薫は肩を揺らして笑っていた。
そしてクラスの視線はまだまだ莉々華たちに集中していた——。
(薫視点)
授業中、俺は集中している——つもりだった。
でも、ちらちらと視線を感じる。
(……また、こっち見てる)
隣の席にいる莉々華は、一見ちゃんと授業を聞いているようで、明らかに俺のことを意識している。
(何か言いたいことでもあるのか?)
こっそり視線を向けてみると、莉々華はノートを開いたまま固まっていた。
——これは、完全に別のこと考えてる顔だな。
俺はペンを手に取ると、ノートの端に《退屈?》と書いて、そっと彼女に見せた。
すると、莉々華はびくっと肩を揺らし、慌てたように教科書をめくる。
(バレバレだぞ)
予想通り《全然?》と書かれた文字が返ってきた。
——へぇ、強がるじゃん。
俺はニヤッとして、もう一度ペンを走らせる。
《ほんとかよ。さっきからこっち見てたじゃん》
莉々華が一瞬、息をのむのがわかった。
(……やっぱり、気にしてる)
それに気づいた瞬間、俺の中に妙な満足感が湧く。
(お前、そんな顔するんだな)
莉々華は《見てないし?》と反論するけど、その時点で耳が赤い。
(いや、バレバレだから)
《嘘つけ。耳、赤いぞ》
そう書いた瞬間、莉々華はノートを閉じてしまった。
(勝ったな)
俺は思わずクスッと笑って、授業に戻った。——とはいえ、全然内容が頭に入ってこなかったけど。
---
休み時間になり、莉々華は不満げに俺を睨んできた。
「……なに?」
「なにじゃない!」
「いや、授業中に俺を見てたの莉々華じゃん?」
「み、見てないし!」
この必死な否定が、もう見てましたって言ってるようなもんだ。
(かわいいな)
そう思った瞬間、心臓がドクンと鳴る。
(……いやいやいや、俺は何考えてんだ?)
でも、莉々華が俺を気にしてるのは明らかで、それがなんか、嬉しくて——つい調子に乗った。
「……なんだよ、莉々華。そんなに俺のこと見つめて。好きアピール?」
「はぁっ!?」
莉々華が叫んだ瞬間、教室が静まり返る。
(あ、やば)
思ったよりも大声で、クラス全員に聞かれたらしい。視線が集まり、すでに「付き合ってるの?」みたいな空気が漂っている。
でも、莉々華が慌てふためくのが面白くて、俺はさらに煽った。
「だって『もし莉々華が俺のこと好きだったら』って自分で言ったじゃん?」
「そ、それはっ……!」
(あー、真っ赤だ)
俺は莉々華が焦る様子を見るのが、なんか楽しくなってきた。
(いや、俺は別にそういうつもりじゃ……)
心のどこかで言い訳する。でも、こうやってからかうことで、莉々華の反応が見れるのが嬉しくて。
「でもさ、俺たちって周りから見たらもう付き合ってるみたいに見えたりして?」
その言葉を口にした瞬間、莉々華が固まる。
(あ、これ結構効いた?)
「え、マジで付き合ってるの?」
「いやいや、でもあの雰囲気……」
クラスメイトたちがざわつき出す。
莉々華は「いやいやいやいや!」と慌てて否定するけど、その顔は完全に赤い。
俺はそんな彼女を見ながら、またクスッと笑う。
「へぇ?」
(……さて、俺はいつまでこの気持ちを誤魔化せるんだろうな)
そんなことを思いながら、俺はまた莉々華をからかう準備をするのだった。