昼休み、教室へ戻る途中で、ふと薫の姿が目に入った。
いつもなら特に気にしない。けど、今日は違った。
——薫が、別の女の子と話している。
相手は音乃瀬 奏。同じクラスの女の子だ。
長めの金髪で、ゆるふわで元気のある子。大人しそうに見えるけど、時折鋭いツッコミを入れたりして、意外と話しやすいタイプだと聞いたことがある。
奏は何かを話しながら、微かに微笑んでいた。薫もそれに応じるように軽く笑っていて——
(……なんか、気に入らない)
自分でも驚いた。
別に薫が誰と話しててもおかしくないのに。
別に薫は莉々華のものじゃないのに。
それなのに、どうしようもなく視線がそこに釘付けになってしまう。
(……なんで、モヤモヤするの?)
そのまま近づくのも何か違う気がして、莉々華は思わず足を止めた。
壁の影から、無意識に様子を窺う。
「薫って、意外と面倒見いいよね〜」
「そうか? 普通だろ」
「いやいや、さっきもプリント持ってきてたし」
「あれは先生に頼まれたからだって」
他愛のない会話。
けど、奏はどこか楽しそうで、薫もまんざらでもなさそうに見える。
——どうして、そんな顔するの?
別に莉々華の前でだけ見せる表情じゃないことは分かってる。
けど、もし自分が知らない顔を、奏の前でしていたら?
(……嫌だな)
胸の奥がざわつく。
「——莉々華?」
不意に名前を呼ばれて、心臓が跳ねた。
顔を上げると、奏が莉々華に気づいていた。
(しまった!)
焦って誤魔化そうとするけど、薫も振り返る。
「……お前、何してんだ?」
薫が少し不思議そうに言う。
莉々華はどうにか平静を装い、軽く笑った。
「んー? 別にー?」
「いや、今すごい壁際に張り付いてたけど」
「気のせいじゃない?」
「いや、気のせいじゃねぇよ」
薫がじっと見てくる。その視線に耐えられなくなって、莉々華は慌てて話を逸らす。
「そ、それより、お昼食べよ! お腹すいた!」
「あ? お、おう……」
「じゃあね、音乃瀬さん」
そう言って、莉々華は薫の腕を引きながら、その場を離れた。
心臓がバクバクしているのを悟られないようにしながら——。
(……私、今、なにしてんの?)
自分の気持ちが分からなくなって、余計にモヤモヤが募るばかりだった。
◇◇◇
「おい、莉々華」
教室に戻る途中、薫が不思議そうな声を出した。
「なんか急に引っ張るから驚いたんだけど」
「……そう?」
そっけなく返しながら、莉々華は歩く速度を緩める。
(なんでこんなことしたんだろ)
考えなしに薫の腕を掴んで、その場から連れ出した。
理由なんて……わからない。
「なんか焦ってなかったか?」
「焦ってない」
「いや、めっちゃ壁に張り付いてたよな?」
「そ、それはちょっと寄りかかってただけ」
「ほんとに?」
薫がじっと覗き込んでくる。
その距離の近さに思わず顔を背けた。
「……とにかく、お昼食べよ!」
「お前、話逸らすの下手すぎない?」
「うるさいなー!」
なんだかペースを崩されそうで、莉々華はそっぽを向く。
薫はしばらく莉々華の横顔を見つめていたが、やがてふっと笑った。
「まぁ、いいけど」
その一言に、なぜか妙にイラッとする。
「なに、その余裕そうな態度」
「いや、なんかお前、ちょっと変だなって」
「変じゃない!」
強く言い返したのに、薫はどこか余裕そうに口元を緩めている。
(なんなの……!)
むしろ莉々華の方が落ち着かなくなって、そわそわしてしまう。
さっきのモヤモヤは、今度は薫に対するイライラへと変わっていく気がした。
だけど——
(……なんで、こんなに気になるんだろ)
考えないようにしても、薫と奏が話していた姿が頭の中でちらついてしまう。
「ほら、早く席つけよ。昼飯食うんだろ?」
「……うん」
わざとらしく明るく返事をして、莉々華は自分の気持ちをごまかすように弁当を取り出した。
でも、ほんの少しだけ薫のことが気になって、気づかれないように横目で彼を見てしまう。
その視線に薫が気づいていないことを願いながら——。
◇◇◇
昼休みが過ぎ、午後の授業が始まった。
けれど、莉々華はどうにも集中できなかった。
理由は単純。
(薫、さっき奏と何を話してたんだろう……)
気にしないようにしようと思えば思うほど、さっきの光景が頭の中をぐるぐる回る。
音乃瀬奏。
同じクラスの女の子で、入学してからちょくちょく薫と話しているのは知っていた。
でも、今までは特に気にしたことはなかった。
(なのに、なんで今日はこんなに気になるの……?)
ちらっと隣を見ると、薫は真面目な顔でノートを取っている。
(……聞きたい、けど……)
授業が終わってすぐ、莉々華は意を決して薫に声をかけた。
「ねぇ、さっきの話、何だったの?」
「ん?」
薫はきょとんとした顔をして——すぐに、あぁ、と納得したような顔になる。
「さっきの話って、音乃瀬さんとの?」
「そう」
莉々華は頷く。
「別に、大した話じゃないよ」
「……ふーん」
「そんなに気になる?」
「気にならないって言ったら嘘になるけど?」
正直にそう言ったのに、薫はなぜか少し笑って、
「まぁ、秘密ってことで」
さらりと誤魔化してくる。
「は? なんで秘密なの?」
「なんとなく?」
「なんとなくって何!?」
「だから、そんな気にするような話じゃないって」
そう言って、薫は軽く肩をすくめる。
(……もう!)
莉々華はムッとして、思わずじっと薫を睨んだ。
「ほんとに変な話じゃない?」
「変な話だったら、もっと動揺してると思うけど」
「……まぁ、それはそうか」
薫の表情を見る限り、本当に大したことはなさそうだった。
(でも、何を話してたかは教えてくれないんだ……)
なんだかモヤモヤする。
でも、それ以上突っ込んでも教えてくれなさそうな雰囲気に、莉々華は渋々引き下がることにした。
「……まぁ、いいけど」
「お、珍しく素直」
「別に素直じゃないし!」
プイっとそっぽを向く。
でも、内心はまだちょっと気になっていて——
(次、奏と話してるところを見かけたら、直接聞いてみようかな)
そんなことを考えてしまう自分がいて、莉々華は小さくため息をついた。