放課後、帰り支度をしながら俺は小さく息をついた。
(……莉々華、めっちゃ気にしてたな)
昼休みに奏と話してたのを見られたのは想定外だったけど、あんなに詮索されるとは思わなかった。
「さっきの話、何だったの?」
あの時の莉々華の問いかけを思い出して、思わず口元が緩む。
(絶対、嫉妬してただろ……)
いや、本人はそんなつもりなかったのかもしれないけど、あのムスッとした顔は分かりやすかった。
でも、正直に言うのもなんか悔しくて、つい誤魔化してしまった。
(誕生日のことだったんだけどな……)
莉々華の誕生日は5月12日......もうすぐ。
でも、俺は正直、何をプレゼントすればいいのか分からなくて、ちょっと迷ってた。
だから、女子の意見を聞こうと、たまたま話しやすい奏に相談しただけだったんだけど——
『しゃちょーの誕生日プレゼント?』
『そう。ぶっちゃけ、何あげたらいいのか分かんなくてさ』
『ふーん……なるほどねぇ』
奏はなぜかニヤニヤしながら、考え込んでた。
『しゃちょーって、ブランド物とか持ってそうな気がするけで、普通のプレゼントだと意外性がないかもね』
『だよな……』
『でも、薫が選ぶものなら、なんでも喜ぶんじゃない?』
『いや、それが一番困るんだけど』
『悩んでるの珍しいねぇ〜......しゃちょーのこと、すっごく考えてるんだ?』
『……まぁ、そりゃ』
誕生日なんだから、当たり前だろ、とは言わなかった。
俺の中で、それ以上の意味があるのは分かっていたから。
(……でも、認めるのもなんか違うんだよな)
まだ、俺と莉々華はそういう関係じゃない。
からかい合うことはあっても、正式に「好き」とか「付き合う」とか、そういう話になったことはない。
(なのに、なんでこんなに考えてんだろ、俺)
自分で自分が面倒くさくなって、軽く頭をかく。
(ま、プレゼントはちゃんと考えないとな)
悩みながら教室を出ると、少し前を歩く莉々華の姿が目に入った。
なんとなく視線を向けると——彼女はまだ、ちょっと不機嫌そうな顔をしている。
(……もしかして、まだ気にしてんのか?)
そう思うと、少しだけからかいたくなって——
「おーい、莉々華」
「……なに?」
ちょっと拗ねた声が返ってくるのが、なんだか可笑しい。
「そんなに俺と音乃瀬さんが話してたの、気になった?」
「……っ! べ、別に!」
即答したわりに、耳が赤くなってるのが分かる。
やっぱり、莉々華は分かりやすい。
(さて……プレゼント、何にするか、もうちょい考えるか)
俺は、内心少し楽しみになりながら、莉々華の後をついて歩いた。
◇◇◇
次の日、朝から莉々華の視線を感じる。
いつもなら堂々としてるくせに、今日に限ってやけにチラチラとこっちを見てくる。
(まだ気にしてんのか……)
机に教科書を広げながら、ちらっと横目で見ると、莉々華は不機嫌そうな顔をしていた。
「……何?」
俺が声をかけると、彼女は少しむくれた表情のまま答える。
「別に」
「おいおい、そんなんで通ると思ってんの?」
「……ちょっと思い出してただけ」
「昨日のこと?」
「っ……」
図星らしく、莉々華はピクリと肩を揺らした。
そんな反応をされたら、余計にからかいたくなる。
「結局、俺と奏が何の話をしてたのか気になるんだろ?」
「気になんか——」
言いかけたところで、莉々華はぐっと言葉を飲み込んだ。
それが妙に可愛くて、つい笑ってしまう。
「だったら、正直に聞けばいいのに」
「……別に、そこまで知りたいわけじゃないし」
「ふーん」
俺が適当に流すと、莉々華はジトッと睨んできた。
(いや、その顔してる時点でめっちゃ気になってるじゃん)
だけど、俺だって簡単に教えてやるつもりはない。
「まあ、そのうち分かるんじゃね?」
「……なにそれ、気になる言い方」
「そんなに気になるなら、ちゃんと頼めば教えてやるけど?」
「誰が頼むか!」
莉々華はぷいっとそっぽを向く。
——なんか、こういうやり取りが楽しくなってきた。
もしかしたら、莉々華が奏との会話を気にしてるのが、ちょっと嬉しいのかもしれない。
(……なんか、俺も面倒くさいな)
自分の考えに苦笑しつつ、そろそろチャイムが鳴るころだったので、会話を終わらせた。
「ま、焦らず待てって」
「……覚えておく」
未練がましく睨みながらも、それ以上は追及してこない莉々華を見て、俺は密かに笑う。
(さて……プレゼント、どうするかな)
授業が始まる中、俺はまた新たな悩みを抱えていた。
◇◇◇
放課後、俺は一人で帰るふりをして、駅前のショッピングモールへ向かった。
目的はただひとつ——莉々華の誕生日プレゼントを選ぶこと。
「待たせた?」
エスカレーター前で待っていると、音乃瀬さんが小走りでやってきた。
「いや、今来たところ」
そう答えると、音乃瀬さんはふっと微笑んだ。
「なんか、こうして一緒に買い物するの、初めてだねぇ?」
「そうか?」
「うん。薫って、いつもしゃちょーといるイメージあるし」
「……ま、そうだな」
自分で言うのもなんだけど、莉々華といる時間は圧倒的に長い。
そのせいか、音乃瀬さんと二人でいるとなんとなく落ち着かない。
そんな俺の様子を察したのか、奏はくすっと笑った。
「安心して、変な誤解はさせないからね〜」
「別に誤解されても困らねぇけど」
「ほんとに〜?」
からかうように言う奏を軽く流しながら、俺たちは雑貨店に入った。
「それで、しゃちょーへのプレゼント、何にするか決まってるの?」
「いや、まだ。だから音乃瀬さんにも相談しようと思って」
「うん、いいよ。薫が選ぶなら、どんなものでも喜ぶと思うけどな〜?」
そう言われると、余計にちゃんと選ばなきゃという気持ちになる。
店内を歩きながら、アクセサリーや小物を見ていく。
(莉々華が普段持ってるもの……)
あいつは経営者ってこともあって、身の回りのものにはこだわりがある。
適当に選んでも、すでに持ってるものと被る可能性が高い。
(じゃあ、逆に……)
考えながら歩いていると、ふと目に留まるものがあった。
「……これ、どう思う?」
俺が手に取ったのは、シンプルなデザインのペンだった。
高級すぎず、でもしっかりした作りのもの。
「おぉ、いいじゃん!仕事で使えるし、実用的だし」
音乃瀬さんが頷く。
「そうだよな。莉々華、会議とかメモ取ることも多いし」
「うん、それに……薫が選んだって分かったら、きっとすごく大事にすると思う」
その言葉に、なんとなく照れくさくなる。
「ま、これにするか」
そう言ってレジに向かおうとした時——
「ねえ、薫」
奏がふいに俺を呼び止めた。
「ん?」
「最後に、ちゃんと名前で呼んで?」
「……は?」
「さっきから“音乃瀬”ばっかり。なんか他人行儀な気がして」
言われてみれば、確かにそうだ。
でも、改めて名前で呼ぶのは少し気恥ずかしい。
「……奏」
ぎこちなく口にすると、奏は嬉しそうに微笑んだ。
「うん、それでよし!」
なんか、完全にペースを握られてる気がする。
でもまあ、今日は世話になったし、これくらいはいいか。
そんなことを考えながら、俺はプレゼントの会計を済ませた。