いらっしゃいませ
毎日のお茶うけにでもなれれば
個室で格安、築六十年
――カタコユリ荘 春の選抜大カレー大会――
「大がふたつも入っている……」
寮の掲示板の前で、果々子(かかこ)は一人ボソリと呟いた。
「今年もそんな時期かぁ」
上級生が通りすがりに言い合っているから、毎年の行事なんだろう。
日付は来週末、ゴールデンウィーク初日の前夜。
今年は異例の十連休。皆、帰省やら遊びの準備やらで忙しい時期だ。最後の講義が終わり次第出掛けてしまう人だっているだろう。
それに紛れて、自分も外出届けを出して不在にする算段を考え始めている。
カレー大会だか何だかしらないが、もう行事はごめんだ。もっと静かな隠れ家みたいな寮だと思っていたのに。
遠山 果々子(とおやま かかこ)は自身の性分の悪さを分かっている。
我が儘で頑固、拘(こだわ)りが強い癖に、思った事も言えない臆病な小心者。厄介を自覚しているから なるたけ人と関わらずに済むよう、寮選びには慎重を期した。
広大な学校敷地東側に固まって建つ、ニュータウンのように立派な寮群。
対して西側にポツンと一つ寂れた女子寮。自分が住むにはこちらだと思った。
しかし来て三日で後悔する。建物が昭和でボロいのは覚悟していたが、中身の空気までもが昭和だったのだ。
平成三十一年度、カタコユリ荘の新入寮生は四名。
寮生四十二名中 たったの四名、逃れられない新寮生歓迎会。
大勢の前に引き出され挨拶させられ拍手され、それだけでも青息吐息だったのに、もっともっとと喋らされ、過呼吸でひっくり返った。
それ以来、放っておいてくれるかと思いきや、逆に気を使いまくられるようになった。まるで拾われて来たばかりの保護猫。
「おはよう、早起きだね」
「雨だね」
「晴れたね」
「曇りだね」
「行ってらっしゃい」
「お帰りなさい」
「寒かったでしょ」
「おやすみなさい」
「暖かくしてね」
やたらと声掛けされる、しんどい。
上級生が必ずいる食堂を通らないと外へ行けない、しんどい。
二昔前の青春ドラマみたいな圧が寮全体にずっと流れている、しんどいしんどいしんどい。
いや、善い人たちなのは分かります。『慣れない土地に来て心細くて神経が高ぶっている子』に、早く馴染めるようにと善意で声掛けしてくれている、昭和の星からやって来た善い人星人。
でも挨拶されても咄嗟に返せない、心臓バクバクなんです、頼むから本当のホントに放っておいて欲しい、それだけなんです……
『個室で低価格、食堂有り』に飛び付いてしまった築六十年の昭和が満載の寮。こんな事なら東側の大勢の中に紛れ込んだ方がマシだった……
入寮一ヶ月にして、果々子はなるべく動かず目立たず、忍者のように生活する習慣が身に付いてしまっていた。
そして新年度の講義が始まって他の新入生が寮生活に馴染んで来ると、果々子にとっては別の苦悩が生じ始める。
上級生の挨拶の悩みなんか霞んでしまう程の。