カタコユリ荘 春の選抜カレー大会   作:西風 そら

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こんな手に握って貰って

  

 

 二階のベッドでうつ伏せる果々子。

 うつ伏せたって一階のカレーの匂いは容赦なく上って来る。

 古い木造だ、しようがない、耐えよう。お腹はすいたけれど、今カレーだけは食べたくない。

 そもそも罰が当たったんだ。声掛けしてくれる先輩がたをうっとおしがって、今さら行事に参加しようなんて、図々しいにも程がある。これは罰、お前は何も享受してはいけないという、罰なんだ……

 

 コンコンコンとノックがされた。

「遠山ちゃん?」

 タマ先輩だ。

 顔を上げて時計を見ると十八時、カレー大会開始の時刻だ。

 心配させたくない、先輩たちには滞りなく楽しく行事を始めて欲しい。

 

 鍵は開けずにドア越しに対応する。

「すみません、風邪をひいたみたいで、伝染(うつ)したらいけないんで」

「……そう」

「黄色い鍋の、私のじゃないんで。藤田さんの名前で出して下さい、お願いします、私は棄権させて下さい」

「それは……承知したわ。具合、大丈夫?」

「はい、寝たら治ります」

「そう……あっ」

 

「遠山ぁ!」

 多分、今駆け上がって来たらしい瀨戸先輩の声。

「遠山が引っ込まんならん理由なんか無いやろ。察した一部がお通夜になってしもうとるがな」

 

 ああ、ああ、皆さん私なんか無視して下さい……

 

「ナッツが責任感じてヘコンでんねん。あいつの為にだけでも顔出したってくれへんか」

 

 果々子は扉の前で絞るような声で答えた。

「先輩に責任なんか何にも無いです。準備している最中とても楽しかったから感謝しています。

 でも私、今すごい酷い顔をしているんです。こんな顔、皆にも先輩にも見られたくない。お願いだから、私はいない物として行事を始めて下さい」

 

「……分かった」

 タマ先輩の声。

「遠山さんは風邪をこじらせたって皆に言っておくね」

 

「すみません……」

 

「行くよ、ほら、れもん」

「遠山、そしたらいつでもええから、私ら三人に遠山のカレー食べさせてな、いつでもええから」

 

「はい……」

 

 扉の向こうに去る音。

 果々子は泣き出しそうな口を両手で覆っていた。

 でも今食堂に行って皆の気の毒そうな視線を浴びるなんて、とても出来ない。

 

 またベッドに倒れ込む。

 一階の喧騒が床越しに聞こえる。

 寝よう、寝てしまおう。寝たら明日の静かな朝だ。

 

 コンコンコン

 

 またノック? 頼むからもう見捨てて欲しい……

 コンコンコン

 音の方向が扉じゃない?

 ――え!!?

 

 果々子はガバリと身を起こした。

 窓! 窓の外、外灯に照らされた人影!

 一瞬戦慄した果々子だったが、すぐに肩を下ろした。

「風輪(ふわ)さん……」

 

 

「木登りは得意やねん。あっちのいい具合に枝の張り出したブナから自転車置き場の屋根に移って軒伝いに来た」

 

 開けられた窓から身軽く侵入したみかんは、のほほんと言った。

 

「頼むからそんな危ない事しないで。踏み抜いたらどうするの」

「だってドアからは入れてくれんでしょ」

「…………」

 

 下の階の賑わいが聞こえる。

「風輪さん、楽しみにしていたのに」

「楽しみやったけど、いま遠山さんを独りにしとくん、嫌やってん」

 

 床に座って向かい合って、みかんは果々子の両手を握って来た。

 暖かい手だ。新しい擦り傷……木登りで作ったのか。

 こんな手に握って貰って、自分のやる事は挫けて部屋で突っ伏しているだけでいいのだろうか……

 

 

   ***

 

 

 

 

 カレー大会の食堂。

 普段しまっている丸椅子まで出され、カタコユリ荘、ポプラ寮、合わせて六十人近くが試食者として集まった。両寮の比率は半々くらい、GW前日としては盛況だ。

 出品のカレー鍋六つが配膳台の保温プレートに並べられ、バイキング形式で各自が全種のカレーを味わって投票する。

 

 運営の橘 七都(たちばな なつ)、瀨戸 れもん、柚ノ木 珠(ゆのき たま)の三人は、玄関側の受け付け机でカチカチとスプーンで皿をつついていた。

 

「ナッツ、元気出しいな。あんたのせいと違う。あんなもん誰も予想出来ひん」

「そうよぉ、遠山ちゃんも一番にナッちゃんを気遣っていたし。今はそっとしといてあげよ」

「うん……でももう、カレー大会をやる自信がなくなっちゃった。毎年似たようなトラブルを起こして」

「それも目的の一つでしょ。ナッちゃんはよくやっているよ」

「うん……」

 

 と、バタバタバタと階段を駆け下りる音がして、居住側の扉が開き、この寮に二人きりの一回生が食堂に飛び込んで来た。

 一同が注目する視線を振り払い、一人は材料保管用の冷蔵庫に突進する。

 もう一人は厨房に行きかけて……

 

「ダメだ、遠山さん」

 

 厨房では何故かまだポプラ寮の学生たちがゴタゴタやっている。麻美子の姿も見える。

 調理台は相変わらず色々広げられたままで、コンロは大きな寸胴鍋が塞ぐ(八人前のカレーに何故?)。

 

「談話室も物が一杯、場所が無い!」

「外行こう! 玄関前のベンチ! フライパン一つお願い!」

 果々子は素早く言って、食材の袋と自前のナイフ、端に積まれていたカセットコンロを一つ抱えて玄関を目指した。

 

「オッケー」

 みかんも食堂流しに干されていたフライパンとターナーを確保して後に続く。

 

 入り口横、受け付けの三人が目を丸くしている。

「みかん、まさか今から作るんか?」

 

「遠山さんが余った材料で何とかなるって」

「マジか」

「遠山ちゃん……」

 

「すみませんでした」

 前に来た果々子は、三人に頭を下げて、それからタチバナ先輩に近付いて耳元で何かをささやいた。

 

「え? 今、それが要るの?」

「はい、お願いします」

「分かったわ」

 

 タチバナ先輩はスクっと立って、大股で食堂を横切って居住区の扉へ消えて行った。

 

「十五分で作ります!」

 宣言して果々子は外へ飛び出した。

 

 呆然と見送る一同に向かい、タマ先輩が立ち上がって、「彼女の出来上がりを楽しみにしましょう、今はこちらの試食をどんどん続けて下さいね」と明るく仕切った。

 

 

 外に一つある、椅子とテーブルが一体になったピクニックベンチで、果々子は食材の袋を広げる。鶏の皮と玉ねぎ半分、セロリや蕪の葉、人参の尻尾、そして缶のカレー粉。余った食材で自分用のフリカケを作ろうと取ってあったのだ。

 

「いけるの? それだけで」

「カレー味の料理はカレーと言い張ればみんなカレーよ!」

「そうなんっ?」

 

 外灯の下、みかんもナイフを持って手伝う。

 鶏皮を細く引いて強火で熱して油を出し……

「あ、ああ~~」

「どうしたの?」

「ボンベが冷えて……」

 

 並みのカセットコンロでは、この季節の外気温ではまともに使えない。全開にしても超トロ火。

 

「私が暖める!」

 みかんが予備のカセットボンベを服の下に抱き込んで暖めようとする。が、冷えきったボンベはそんなのでは回復しない。

「うえ~~冷た~~」

「風輪さん、無理しないで」

「い、いやそれより、今から室内のどこかへ移動する?」

「うん……」

 

 勢いがしぼみかけた所に

 

「これ使って!」

 

 横から頼もしい声がして、金属トレーに乗った見た事もないコンロがドンと置かれた。武骨な棒だけのゴトク、繋がったホースの先に煤けた金属の瓶。

 ビックリして横を見ると、前髪がクルンと可愛い……あっ、二つ隣の部屋の前髪クリップ先輩だ。

 

「なな何ですかこれ!?」

 

「MSRのドラゴンフライ。ガソリンストーブだからちょっとよけて!」

「え、は? どら・・?」

「だからドラゴンフライ。点火するからどいて――!」

 

 ボワッ!!

 着火用ライターを近付けるや、いきなり火柱が上がった。

 

「ひゃあっ」

「マイナス20度でも負けない雪山仕様。さっきまで使ってたから、プレヒート無しで済んで良かった。毎年コンロが不足気味って聞いて、出動させてたんだ」

「あ、ありがとうございます……」

 この人もエントリーしていたのか。果々子は感謝しつつ、中華料理でも出来ちゃいそうな火力を呆然と眺めた。

 

「よし、いいよ」

 先輩が調整すると、炎は外気温など物ともしない白熱した青に変わった。

 フライパンをかざすと鶏皮がみるみるパリパリになって行く。

 凄いドラゴンフライ、ドラゴンフライカッコいい! 

 ボゴゴゴゴという音も凄い、会話出来ない、手も止められない。

 

「生姜、チューブでよかったら」

「ニンニク使う?」

「とりま、塩コショウと醤油、使うんなら」

 昼間調理場で話した先輩たちが、パラパラと声を掛けに来てくれる。

 タチバナ先輩も来て、果々子のポケットに何か入れ、ついでに肩をギュッと握ってくれた。

(感謝を示したいのはこちらだ……)

 果々子はフライパンを振りながら鼻がツンとした。

 

「出来た!!」

 

 フライパンを掲げて、果々子とみかんは城に凱旋した兵士のように食堂の扉を開けて飛び込んだ。

 宣言してからジャスト十五分。定められた時刻より遅いし八人前には足りないしで、審査対象にはならないだろう。

 けど、そんなのはどうでもよかった。

 テーブルの端にタオルを敷いてフライパンを置き、エントリーNo.6のプレートを添える。

 途端、腰が砕けてみかんに支えらながらヘタリ込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

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