とにもかくにも、果々子のカレーは並んだ。
やり遂げた脱力感で、みかんと一緒に隅のテーブルでノビる果々子。
ビタミンカステラ先輩が、何種類かのルウをかけたカレーを二皿持って来てくれた。
それから三人の先輩や上級生たちが果々子のカレーを取りに行こうとする……
……が、ここでまた驚く事が起こった。
湯気の立った新しい料理が来るやいなや、真ん中に陣取っていたポプラ寮の十数人の集団が、他を押し退けて群がったのだ。
彼らにとってこれは、『三百円でカレーを腹一杯喰い放題のイベント』。
いや別にそういう動機で来ても構わないのだが、皆で審査するのも兼ねているという事を、彼らは完全に無視している。
「無くなっちゃうよ、遠山さんのカレー」
「どうだろ……?」
果々子はまだ力の抜けた顔のまま、ぽぅっと眺める。
「なんだこりゃ、葉っぱ!?」
「信じられねぇ、カレーに葉っぱ入っとる」
「肉ないのか、肉!」
「……セロリと蕪の葉のカレーが、ああいう人たちに受け入れられるとは思えない」
「はは、なるほど」
男子学生たちの後ろから皿を持ったビタミンカステラ先輩やドラゴンフライ先輩(旧 前髪クリップ先輩)たちが、
「お口に合わないようでしたら、そこをどいて下さらない?」
と悪役令嬢のように言った。
両脇と後ろにも調理組の女子がズラリと並び、本当に悪役令嬢とその取り巻きのような圧がある。
「だって人を集めといてこんなに早く料理が無くなるなんて詐欺じゃん」
ブツブツ言う男子。彼らは、審査の為に少しずつよそう者の横で、何も考えず肉だけ選り分けてガバガバよそっていたのだが。
「カレーなら、今厨房で作っている物があります」
タチバナ先輩の朗とした声。
「もうそろそろ出来上がりましたでしょうか? エントリーNo.8番、群野 武則(むらの たけのり)さんのグループの方々」
言われて、厨房占拠組が青い顔でこちらを見た。そういえばそもそも何をやっていたのだろう? 昼の三時から占拠していたっていうけれど……
「あの寸胴鍋では運べないでしょうから、欲しい方は配膳口まで行って下さい。群野武則さんのグループの方々、よそってあげて下さい」
「なんだあっちにあるんじゃん」
と、イナゴ男子たちは食堂と厨房の間の配膳カウンターに殺到した。
その間に、果々子のカレーは希望者に一口分ずつ分けられた。
配給を受けた先輩がたはそれぞれの席に戻り、三人の運営委員は果々子たちのテーブルに座った。
「えっ? 目の前でレビューする感じですか?」
「ええやん」
「良い香り、健康的な匂いがする」
「薬膳カレー的なカテゴリーですか」
「みかんはええのん?」
「私はさっき味見したし」
「じゃ、いただきま――す」
三人はそれぞれの仕草でスプーンをパクっと口に入れる。
「・・・・」
「うん、……うん」
「何というか、独特の……」
「だから言ったじゃないですか、私にしか美味しくないカレーだって」
「いやそこは、皆で『おいし~~い!!』って叫ぶオチを求めるやろ!」
瀬戸先輩の突っ込みに、両脇の二人も笑いをこらえて水を飲んだ。
味見した周囲もザワザワしている。
「け、健康には良さそうね」
「薬膳料理としてはアリなんじゃない?」
「っていうか、ほぼカレーパウダーしか無かったのに、この香辛料の風味は何?」
「あ、それ思った。カレー店のレジ前の匂いがする」
「範囲狭いな」
「へへ、内緒です」
言って果々子はタチバナ先輩に会釈をした。
先輩もアーモンドみたいな目を細めてうなずく。
さっき果々子が耳打ちで譲って欲しいと頼んだ物は、『漢方の胃薬』。
料理に使う香辛料と同じ成分が含まれていて、少量ふると『何だか本格的っぽい』風味を付けられる。
前に先輩の部屋を訪れた時に匂いでそれの存在に気付いていたと言うと、先輩は目を丸くして驚いていた。
***
「何だよ、このカレー」
声がする方を見ると、こちらではなく、厨房の№8のカレーを貰った面々だった。
そもそも厨房の麻美子たちは、市販のルウを使っていた。カレーというのは市販ルウを使えばどう作ってもそこそこ美味しく出来上がる筈では?
遠目に、米飯の上にお玉から、もったりしたかたまりがボトッと落とされるのが見えた。
冷製……? いやいや、湯気も上がっているし、温かいカレー……だよね?
先輩三人が受け付け机に戻ったタイミングで、果々子の前に、厨房から出て来た麻美子が幽鬼のような形相で立った。
「交代してよ」
「は?」
「はあ!?」
果々子より大きな声でみかんが遮った。
「だって遠山さんのカレーよ、あれ。放棄して押し付けて、卑怯だわ」
「・・・・」
「どの辺が果々子のカレーよ」
あ、風輪(ふわ)さんが名前で呼んでくれた嬉しいな、と果々子は現実逃避した。
「遠山さんが保温ボックスを占領して放ったらかしてたから私たちが続きをやってあげたんでしょ。だからアナタに責任があ・る・の! 言ってること分かる!?」
声をわざと大きくして、事情を知らない奥の方の者にアピールしている。いつか思い直して恥ずかしくなる日は来るんだろうかと、果々子は疲れた頭でぼぉっと考えた。
「小さいポット鍋のカレーが何で寸胴一杯のスライムになるん? あんた何処の異世界から来たんや」
闘ってくれるみかんちゃんありがとう、私も何か言わなくちゃ……
と思っている間に、タチバナ先輩が間に立ってくれた。
「遠山果々子さんのカレーは、
相変わらず簡潔な文章、美しく響く声。憧れるわぁ……ってか頭の中だけじゃなく、私も何か言わなくちゃ。
「じ、十八㎝鍋のカレーを寸胴一杯まで増やせるなんて、凄い、錬金術、ですね」
麻美子の顔が般若のように歪む。
「こ、ここじゃない別の、違うコトワリの異世界、とかなら、喜ばれるんじゃ、ないかな・・」
周囲が一瞬しぃんとなる。
あれ、和やかになる事を言ったつもりだったんだけど……
「遠山、お前捻り過ぎてて元(もと)分からんなってるんや」
瀬戸先輩が言って、力の抜けた笑いがおこった。
麻美子は「早く来てよね!」と捨て台詞を吐いて大股で厨房へ戻って行った。
勿論行かない。
一応審査しなければなので、果々子たち他の参加者も寸胴カレーを貰って来て分けあった。
(うわ)
スプーンでつつくだけでプルプル感が凄い。しかも均一でなくダマになっている。
そしてカレーの味はするがボヤけていて、でもたまに中途半端にピリピリする箇所があって、香辛料がまばらに鼻に付いて、口の中でネチャネチャといつまでも溶けない。果々子の所にはニンジンが入っていたが、噛むとゴリゴリと音がした。
「ほんまパターンやな」
という瀬戸先輩の呟きが背後の受け付けから聞こえる。
果々子たちのテーブルに、今度はビタミンカステラ先輩とその友人らしきポニーテールの女子、ドラゴンフライを貸してくれた前髪クルリンの先輩、あと二人ばかりの上級生が椅子を持って来て座り、食べながら小声で解説してくれた。
「ポプラ寮に毎年一組は現れるのよ、大量の糊カレーを生産しちゃうグループ」
「毎年……ですか? 同じ人じゃなくて?」
「そう。縁もゆかりもない違う人間なのに、毎回同じパターンを踏襲して同じような糊カレーを作る」
「カレーってそんな頻繁に糊になっちゃう物なん?」
あまり料理をしないと言っていたみかんが素直な疑問を口にしたが、果々子だって聞きたい。
料理の真似事を始めた子供の頃ですら、カレーを糊にした事なんか無い。
「あの人たち、片栗粉を使うのよ」
「はあ」
そりゃとろみをつけるのに便利な食材だけれど……どんだけ入れたらこうなるの?
「カタクリコって、この寮と名前が似てる」
呑気に言うみかんは、本当に料理に縁がないようだ。
「あは、確かに片栗粉って昔はカタコユリの根から採っていたから当たらずとも遠からずだけれど、今スーパーで売っているのは、大体馬鈴薯のデンプンよ」
「へえ――」
先輩は等しく親切に解説。
「片栗粉……」
果々子は渋い顔をした。自分ではカレーに絶対使わない。シャバシャバが好きだから。
「ムラノさんの所、市販の固形ルウを使っていましたよね。片栗粉なんて必要ないのでは?」
「そうなのよねえ、まったくその通りなのよ。今年こそ大丈夫でありますようにと祈っていても、毎年見事に鍋一杯の糊カレーがそこにあるの。今年は寸胴にパワーアップしていたけれど」
「ちょっと、そんな適当な説明じゃ分からないでしょ。言い掛けたのなら最後まで解説してあげなさいよ、遠山さんは真面目に聞いているのに」
ポニテ女子に叱られて、ビタミンカステラ先輩は姿勢をただしてコホンと改まった。