時刻は十九時半になり、『カタコユリ荘 春の選抜カレー大会』も終盤。
投票が済み、結果集計中。最後にプリンが配られると予告があり、帰る者はほぼいない。
「それでは結果発表を始めます」
タチバナ先輩がよく通る声で宣言した。
開始直後に(果々子が二階で不貞ている間に)投票方法の説明と調理者たちの紹介などが行われたらしい。
用紙には一位と二位を書く欄があって、一位は二ポイント、二位は一ポイントで集計される。
果々子は全部の味見は出来なかったが、食べた中で美味しいと思った物に投票した。
「発表します。一位、四十六ポイント、エントリーNo.7、蜂矢 涼介(はちや りょうすけ)さんのグループ」
「えっ、ポプラ寮?」
奥の方で理系っぽい眼鏡男子と女子二名のグループがガッツポーズをしている。あちらの自炊室で作っていたというグループか。女子二名はカタコユリ寮生ではなく、蜂矢の助っ人という立ち位置らしい。
果々子はびっくりして周囲を見回したが、先輩たちはすました顔で拍手している。
「美味しかったよ。半日かけてじっくり玉ねぎをカラメル化したんだって。遠山さんが来た時には無くなっていたから、残念だったね」
「そうなんですか……」
なんだ、男子の料理も正当に評価するんだ。ちょっと誤解した目で先輩を見ていた果々子は反省した。
「二位、四十五ポイント、エントリーNo.4、日向 桜子(ひゅうが さくらこ)さん」
やったあ! とドラゴンフライ先輩が腕を振り上げた。
彼女のカレーも果々子は食べられなかったが、きっと美味しかったのだろう。
「三位、四十三ポイント、エントリーNo.1、カタコユリ カレー五人衆の皆さん」
おお? あの気になっていた変な名前のグループ?
果々子がキョロキョロすると、ビタミンカステラ先輩とポニテ先輩が、繋いだ手を掲げて立ち上がった。なんと、この人たちが五人衆のメンバーだったのか。でも二人?
それは置いておいて、知っている人たちが入賞して、果々子は嬉しかった。
「入賞者にいま一度の拍手を」
大きな拍手と共にアルミケースのプリンが配られて茶話会になった。
「厨房のおかあさんのプリン美味しい!」
「毎年これも楽しみだねぇ」
果々子が隣を見ると、みかんがプリンを見つめてプルプルしている。こんな小さいプリン一つも駄目なんだろうか。
「みかん、朝にしな」
受付から身体をひねって瀬戸先輩が言い、みかんは泣きそうな顔で、先輩の分と一緒に共同冷蔵庫へ持って行った。他にも何人か名前を書いて入れている。アスリートの人たち大変だなあ。
「僅差で、惜しかったですね」
果々子は二位のドラゴンフライ先輩に賛辞を述べた。
「いや、奴らがいなかったら、もっと水を開けられていたっス」
視線で指し示すのは、文句ばかりを言っていたポプラ寮男子の一団。
「あいつら、美味しい物だけを後先考えず食い尽くして行ったから、食べられない投票者が多かったのよ。本当なら蜂矢くん、もっと票を取れたのに。馬鹿みたい、同じ寮の者の首しめてさ」
彼らは自らの子供じみた行いの弊害にまったく気付かず、プリンが小さいケチ臭いと文句を言っている。
眼鏡男子は自分の優勝がギリギリだった原因が分かっているようで、そんな連中を冷ややかに睨んでいる。
(なんかスッキリしないイベントだな……)
果々子はモヤッと思った。
麻美子たちのグループは悲惨だし(しかも失敗する事は予め予測されていた)、優勝した蜂矢涼介だって遺恨を残し、会場の中心ではイナゴ集団がヤイヤイくだを巻いている。
(いや、一所懸命主催してくれた人たちに失礼だ。私は楽しかった。風輪(ふわ)さんと沢山喋れたし、カレーも美味しかった)
思い直そうとしている所、優勝の三人にザワ付きがあった。
「ねぇ、発表だけ? 優勝者に何かないの?」
「商品とか賞金とか出ないの? 参加費集めているんでしょ、運営ボロ儲け?」
言っているのは蜂矢を手伝った女子二人、カノジョとその友人という感じだ。
いや、材料費の還付があるんだし米や償却費……それにこのプリン結構いい卵使っていそうだし…… ボロ儲けどころかマイナスなんじゃ? と果々子は思う。
素人の自分でも素直にそう考える所、あの人たちはまた違った観点があるのだろうか?
彼女たちに応えるように、タチバナ先輩が立ち上がった。
「収支報告を求める方は、材料代還付が終わった段階で集計を出し玄関の掲示板に張り出しますので、閲覧しに来て下さい」
ぐっと詰まる蜂矢グループの女子。多分この場で言ってみたかっただけで、いちいち見に来たりはしなさそう。
***
続けてタチバナ先輩は、質問に対する答えを訥々と述べ始める。
「優勝者の得るモノは、『カタコユリ荘食堂の一年間の日曜カレーの味になる権利』です。エントリー時にお渡しした応募要項を今一度ご確認下さい」
あ、そうそう、『皆で決めた味だから一年間文句は言わせない』って主旨があったんだ。最初にタマ先輩に教えて貰ったっけ。
あれ……それって…………?
「じゃあ今年の日曜はあの美味いカレーが食べられるわけ?」
「やった!!」
騒ぐポプラ寮のイナゴ軍団とは離れた場所で、眼鏡男子が疑問100%の顔で、
「それ、俺が作り方を教えるんですか?」
と聞いた。
もっともな質問だ。
タチバナ先輩はゆっくり静かな、でもよく通る声で
「誰に?」
と聞いた。
――もっともな質問だ……
「えっ、あ? 厨房のおばさんに?」
「日曜は寮母さんもパートさんもお休みですよ」
……そこからかっ?
「じゃあ、今作っている人に……」
「先週までの一年間日曜カレーを作っていたのは、去年の優勝者、『カタコユリ カレー五人衆』の皆さんです。勿論無償で。選んでくれた皆さんに応えて、一年間毎日曜、約五十食のカレーを作り続けてくれました」
果々子は目を丸くして向かいに座るビタミンカステラ先輩たちを見た。そんな大変な事をやってくれていた人なのか。
先輩は鼻の下をスンとこすって、照れ臭そうな素振りをした。
「そちらに教えれば……」
「彼女たちは、去年選ばれた優勝メンバーだからやっていたのです。カレー大会を区切りにお役ご免です」
「…………」
眼鏡男子は一旦黙って考え込む。
代わりにカノジョの友人らしき横の女性が声をあげた。
「あの、それって、毎週日曜を潰してカレーを作りに来いって事ですか? 他所の寮の為に? 無理です、だいいち私、手伝いを頼まれただけだし」
「わ、私だって今日でもう懲り懲りよ!」
カノジョの方も被せて来た。びっくりしてそちらを見る眼鏡男子。
「何時間フライパンを振ったと思ってんのよ。もう腕が上がらない。一回こっきりだから手伝えた事だわ。ねえ、涼介、私たちに隠していたの?」
「いや、俺だって今はじめて聞いたし……」
眼鏡男子、頑張って抗議の口を開く。
「そんな事、応募要項に書いていなかったじゃないですか」
「六十年前のカタコユリ荘創設当時、便利なフードコートもコンビニもありませんでした。日曜に寮で暖かい夕食を食べたい人たちが集まって、厨房を借りてカレーを作ったのが日曜カレーの始まりです。
そこまでの歴史は知らなくても、現在の日曜カレーも無償労働で成り立っている事をご存じない方がポプラ寮にいらしたとは、こちらも考えが及びませんでした。その点は申し訳ありません」
(わ、私もご存じありませんでしたぁ~~!)
額に縦線を入れて小さくなる果々子。
「仰るように、忙しい学生生活に毎週日曜を潰してカレーを作れと言うのは酷な話です。蜂矢涼介さんのカレーレシピを伝授して、他者に作って貰う事も可能ですよ」
少しの希望に眼鏡男子は顔を上げた。
「メンバーは自ら集めて頂く必要がありますが」
ガックリ来る眼鏡男子。両脇の女性は首を高速で横に振ってバッテン印を作っている。