「遠山さん、そっちのゴミ袋まだ入る?」
「はい、でもそろそろ限界かも」
「コンロ磨き終わったよ――」
「流しは?」
「もうちょっと――」
「それにしても何でここまでデロデロに出来るかなぁ」
カレー選抜大会が終わった後。
果々子はエントリー組の先輩方と、厨房の掃除をしていた。
糊カレー軍団の占拠していた跡は予測を越えたカオスだった。その状態でバックレたのは麻美子と群野たちだが、厨房は運営の責任において綺麗にしておかあさんがたにお返ししなくてはならない。
それでなくとも明日からゴールデンウィークで、厨房は十日間、メンテを兼ねたお休みに入るのだ。
「あの子の名前があった時点で悪い予感はしたんだけれど……よくこれだけ毎度毎度災厄をもたらしてくれるもんだわ」
「『失敗例』も必要だからしようがないとはいえ……」
先輩たちのおおむねは、このイベントの裏側の意味を承知していたようだ。
「ああそうだ、選抜おめでとうございます」
果々子はゴミ袋を結わえながら、押さえてくれているビタミンカステラ先輩に話し掛けた。
「ほとんどの人に二位で支持されるなんて凄いですね。カタコユリ カレー五人衆の、今日お休みだった皆様にもお祝いを伝えておいて下さい」
先輩はしゃっくりしたみたいな顔をして黙ってしまった。
それまで軽快に話してくれていたのに? 言ってはいけなかったのかと果々子は不安になった。大学生だし、他に外せない用事があって欠席したんだろうぐらいに思っていたのだ。
と、周囲で作業していた面々がさざ波のように笑い出した。
「南原先輩、教えていなかったの?」
「ココナ、そりゃ気の毒だよ」
「ごめんごめん、遠山さん、知ってるつもりで喋ってた」
「はい……?」
ビタミンカステラ先輩は皆を見渡してから申し訳なさそうに言った。
「えっとね、遠山さん、カタコユリ カレー五人衆って
「え? は? あの、じゃあ、いつも誰が日曜カレーを作っているんですか?」
「ここにいる皆」
「……??」
個人でエントリーしていた他の先輩がた?
「うん、いちいち全員が集うんじゃなくて、日曜に寮に居る子がバラバラに下りて来て、適当に声掛け合って作ってる。誰もいない時は無理して開催しなくていい事にはなっているんだけれど、いつも不思議に誰かしら居るのよね。学校の長い休暇の時は予め告知して休むけれどね、さすがに」
「料理が得意でない方も、買い出しや配膳などを手伝って下さいます」
と、ヒジャブの佐和出(さわで)先輩。
「『五人衆』って、創設当時に日曜カレーを始めた仲良し五人組がそう呼ばれていて、その名残らしいっス」
ドラゴンフライ先輩も一回生の夏から手伝っているらしい。
「は、はあ……」
脱力する果々子。自分は思ったより大掛かりな舞台の中にいたようだ。
「まあ楽しいよ、皆でワイワイ料理するの」
「そうですね」
今も楽しい。
でも選別大会の手前、同じ味を皆で共有しなきゃならないのが大変そう。
一緒にゴミを運びながらビタミンカステラ先輩に言うと、
「あはは、『五人衆カレー』は誰にでも出来るよ」
と返された。
「市販のルウの
「ええっ!?」
「日本のカレールウメーカーは優秀だよ。四十三人の二位票が証明してる」
「はあ……」
そういえばそうだ。
果々子は他のカレーも食べたけれど、五人衆カレーが普通にホッとする味だったので、深く考えず二位に投票した。普通って大事。日本のカレーメーカーさん凄い。
「創設時からそうみたいね。変にアレンジしようとすると争いが生まれるから……ああこの辺は、男でも女でも、いつの時代でも同じね。カレーって仲良くもなれるけれど争いの元にもなるんよ。
メーカーの公式レシピに阿(おもね)ていれば平和で、しかも気軽に人員交代出来るでしょ」
「……はい……」
その長年培った平和な水面に、ポプラ寮が石をドカドカ投げ込んだのか。そりゃ『分からせイベント』のひとつも立ち上げたくなるだろう。
***
普段の日曜カレーを作る側にも関わらず個人でエントリーした面々は、
「私たちは『賑やかし』よ。選抜大会にするなら頭数が要るし、たまには思いっきりハジケたカレーも作ってみたかったしね。
出来レースって言われても否定しないけれど、投票だけは公正にって運営からお達しされているの。ポプラ寮生は割と毎回入賞して来るわよ」
と、にこやかに教えてくれた。
……賑やかし要員と、ポプラ寮参加者と、イナゴガヤ……それらすべて想定内の舞台の中。
「わ、私も賑やかし要員として誘われたのでしょうか」
果々子は複雑な気持ちで聞いた。
先輩がたは顔を見合わせて含みのある笑顔を浮かべた後、明るく答えた。
「単純に食べてみたかったんじゃない? ナツ先輩が」
「今度ちゃんと作った奴を、私たちにも食べさせてね」
「私も、先輩がたのカレー食べたいです!」
「じゃあやろうか、裏カレー大会」
「あはは、やろうやろう」
「ゴールデンウィーク期間中は日曜カレーお休みだから、紛らわしくない日がいいわね。前半の内で考えとく」
「オッケー!」
「聞き捨てなりません」
いつものクリアファイルを抱えてタチバナ先輩が入って来た。
後から運営の二人。
「なにうちらのおらん所で楽しそうな計画しとるんや、まぜろ」
「食堂の方も片付け終わったわ。お風呂の順番ジャンケンしましょ」
***
糊カレーはイナゴ男子たちのお陰でだいぶん減ったが、まだ寸胴に半分ある。現在は小分けにして冷凍中。
今、風呂につかりながら、その処理法を皆で検討している。
「アレンジする手段ある?」
「片栗粉は、一旦冷やして再加熱するとゆるくなるらしいっス」
「ほお」
「麺類なら合うかもしれません。カレーうどんなど如何でしょうか」
「あ、いいですね」
「ちょっと味を足して」
「鰹出汁?」
「いけそう」
料理好きな調理組の皆さんとは話が弾む。果々子は出るタイミングを逸してのぼせそうになった。
「飯テロ……」
後から入って来たみかんが、隣でぐったりと鼻の下まで水没している。夜は夜でノルマがあるらしく、さっきまでストレッチをしていたそうだ。
「プリン、プリン、明日の朝にはプリン……プリンが夢に出て来そう……」
皆と別れて部屋の前、お向かいのビタミンカステラ先輩が、
「日曜カレー、よかったらたまに手伝ってくれないかな? 気が向いた時だけでいいから」
と誘ってくれた。
「私でよければ。ヘッポコで野菜の皮剥きぐらいしか役に立てませんが」
「なんくるないさ、ありがとう」
おやすみなさいを言って部屋に戻り、ベッドに倒れ込みながら嵐のような一日を反芻する果々子。
ビタミンカステラ先輩が『勧誘成功』メールを一斉送信し、画面を見た調理組がそれぞれの部屋でガッツポーズをしたり、運営三人がハイタッチを交わした事など、知る由も無かった。