カタコユリ荘 春の選抜カレー大会   作:西風 そら

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飛び入りの二人

   

 

 引き続き、うららかな春の日差しの、裏カレー大会。

 ゴールデンウィーク三日目、果々子が昭和に対して深く反省した 昭和の日。

 

 れもん、みかんコンビは午後のトレーニングへと出掛けて行った。三日後の記録会に向けて、今からまた節制生活に入るとの事。

 

 二人が駆け去るのと入れ違いに、体育倉庫の方からリヤカーを引いた男子学生二人が歩いて来た。

 

「あ、橘(たちばな)さん、おひさ」

「これ何の集まり? めっちゃカレーの匂いする」

 

 彼らは春楡(ハルニレ)会(生徒会みたいな物)の役員で、学生課でバイトするタチバナ先輩や何人かの先輩と顔見知り。

 今日の夕方から東寮広場で開催されるバーベキュー大会の準備中との事で、リヤカーには半分に切ったドラム缶などの大掛かりな道具が積まれている。

 

 女性ばかりの中で居心地が悪そうだった蜂矢涼介は少し安堵の顔。

 

「うわ、君、ハーレムじゃん」

「そんなんじゃありません」

「俺らにも何か食べさせてよ、腹ペコなんだ、朝から休む間もなくコキ使われてさ」

 切実そうな懇願に、先輩の一人が残っていたカレーをナンに挟んで渡してやると、嬉しそうにパクついた。

 

 知らない男性がまだ苦手な果々子は、離れたシートのポニテ先輩が手招きしてくれたので、席を譲りがてらそちらへ移動した。

 

「春楡会主催のバーベキュー? そんな届けありましたっけ?」

「いや、主催は幾つかのサークルの合同なんだけれど、急に、会の備品の貸し出しを申し込んで来てさ。こっちも人がいないから居残ってた俺らがてんやわんや。

 ホント、誰が主催なのか分かんないよ、このくらい自分らで運べっての」

「ご、ご苦労様です……」

 佐原出先輩が、追加のナンとお茶を前に置いてあげた。

 

「あ、飛び入り参加歓迎って言ってたよ。お姉さんがた、食べに行けば?」

 

「お誘いありがとう、私は残念ながら予定があって」

「うちも。残念」

「残念ですわ」

 

 先輩たちはやんわりとシャット。確かに、開催前から香ばしさ漂うバーベキュー大会なようだ。

 

「えっと、蜂矢君だっけ、君はどう?」

「行けないです」

「うん?」

「参加サークルの名前を聞いて、あ、これ行ったらカノジョに怒られる奴だ、って思いました」

 

 苦笑いの男子上級生二人。

 首を捻る果々子に、隣のポニテ先輩が、「いわゆるウェイウェイ系の合コンサークル」と小さい声で教えてくれた。

 なるほろ……

 

「ちぇ――っ、賢いなぁ、みんな」

 男子学生二人は悪びれもせず、諦めた顔で伸びをした。

「本当は俺らも関わりたくないんだけどさ。やってやんないとあいつら、備品をトンでもない使い方するから。

 そんでこっちはヘロヘロになって働いてんのに、いい思いすんのは真ん中で目立つ奴ばっかりだぜ。貧乏クジもいい所だ」

 普段からの本音がホロホロ。

 

「女性が最終的にパートナーとして求めるのは、貴方がたのような御仁ですよ」

「橘さん、それ慰めになってない、ちっとも嬉しくない」

「そうですか?」

「そんな将来なんか見据えなくたっていいから、今この時を楽しみたいの。気楽にピーチクパーチク青春を謳歌していたいのっ」

 

 あまりに正直そのまんまで、いっそ清々しくもあり。

 先輩がたも苦笑いながらウンウンと同意してあげている。彼らは彼らで大変なのだ。

 

 と、男子学生一人のスマホが鳴った。

「おっと、早くコンロ持って来いの催促かな? いいじゃないか、俺ら昼抜きで設営してんだぞ。お前らが買い出し行ったまま全然帰って来ないから」

 

 輪から離れてスマホ通話に出た彼、しばらく話して、怒りと呆れの混じった顔で戻って来た。

 

「信じらんねえ! 俺らに今から買い出し行けって!」

 

「サークル側の人たちが買い出しに行ったんじゃないんですか?」

「酒と肉しか買って来なかったんだと」

「はあ」

 

 聞けば、実際に買い物に行かされたのは、主催サークルの一回生(上級生は街で遊んでいたらしい)。

 で、買い出しの内容が、炭と缶ビール、焼き肉セットと書かれたでっかいパック肉。あと、予算が余ったからと日本酒一本。だけ。

 

「…………」

「ふ、、、ふ――ん……」

 

 隣のポニテ先輩が、「ね」という感じで果々子を見て、肩を上げた。

 糊カレーの買い出しもそんな流れだったのかな。

 

「遠山ちゃん、どう思う?」

「ヒュッ」

 いきなりタマ先輩に投げて来られて、果々子は変な音を出した。

 心臓に悪いから、投げるよと言ってから投げて欲しい。

 

「さ、参加するのは上級生ばかりなんですか?」

「いや、新年度だし、(何も知らない)一回生の女の子に広く声掛けをしているんじゃないかな」

「でも、未成年は飲み物無し……なんですよね?」

「だよな、成人だって飲まない奴は飲まないし。ビール飲み以外は干からびてろってか」

 ホンっとに、ウーロン茶すら買って来なかったらしい。

 

「飲み物無しで焼き肉はキツいから、その辺の自販機で各々買って来るようになるでしょうね」

 とポニテ先輩。

「それでまさかの参加費同じ?」

 

「だと思うよ。今風に習ってビョードーにサベツ無し、全員一律って言っていたから」

 あははは――と、乾いた笑いが場に流れた。

 

「わ、私がその場にいたら、自分は来ちゃいけなかったんだと、凄く寂しく感じます。黙って早々に帰って、主催側に居た人たちには二度と近寄らないと思います。

 あと、買い出しに行かせたのが()()()()()()だったとしたら、そんな判断力さえ削ぐ程に圧を掛けているのかと、その集団に恐怖を覚えます」

 

 はは、と笑いに乗ろうとしていた男子学生は、口端をひきつらせて止まった。

「大袈裟だろ……」

 

 ああ、また口走り過ぎたと、果々子は耳まで熱くなる。

 でも、さっきから凄く気になっているのだ。それを言うといつも周囲を白けさせて、『空気読めないマジメチャン』になってしまうので、言う事が出来なかった。

 

「まぁでもこれが、我が寮の新入生の素直な感想だよン」

 タマ先輩が微笑みを浮かべながら言ってくれた。

「遠くから来て心細い子もいるのに、人間関係を築く初っぱなに、飲み物が無いなんて惨めな思いをさせていいのか? ってお話」

 

 男子学生二人は、別の意味で真顔になった。

 

 

   ***

 

 

「あの――」

 聞き役に徹していた蜂矢涼介が、ソロリと手を挙げた。

「俺も一応一回生なんで、意見を言ってもいいですか?」

 

「お、おぅ」

 

「買い出しの内容に怒ってダメ出ししたのって、女性の上級生じゃないですか?」

「ああ、そうそう。何かサークルの女子幹部たちが、買い出しの袋開いて激怒してるって。だからって、こっちに押し付けられても困るんだが」

 

「彼女たちが自分で行けばいいのにねぇ」

 カタコユリ荘の女子たちは、そうねそうねと同意した。

 

 コホンと咳払いひとつして、蜂矢は続ける。

「俺、先日、カノジョとジンギスカンホールへ行ったんです」

 

「何だって!?」

「何ですって!?」

 男子女子両方から驚愕の声が上がる。

 この場で一番年下の彼が、先輩を差し置いて、『異性と焼き肉デート』なんて高難易なイベントをサックリ履修済みだとは。

 

「席に着いて、メニューを開いて」

「うんうん」

「カノジョは『任せる』って言うから、ラム肉と飲み物頼んで」

「うん」

「で、注文終えたら、カノジョ、いきなり黙りこくっちゃって」

「何でっ??」

「ハッと気付いて、慌てて野菜の盛り合わせも追加注文しました。そしたらニッコニコに戻ってくれました」

「そ、そう……」

 

「女性って、野菜好きですよね」

「そうね。好き嫌いの『性差』ってあると思うよ」

 栄養学を学んでいる先輩が言った。

 

「男性の方が好き嫌いが激しいとかですか?」

「う~~ん、男の子の方が苦味酸味を感知しやすいって説もある。だから食育が大変だって。女の子と同じ感覚でやってたら失敗するとか」

「ほおお」

 果々子も皆と一緒に感嘆の声を出した。自分は弟妹を離乳食から世話したが、確かに難易度が全然違ったのだ。妹は小麦アレルギーを持っていたからそれなりに大変だったが、弟は別の次元で遥かに手こずった。

 

「女の子は身体の機能的に、土台をしっかり作らなきゃいけないからね。本能が、必要な栄養素を欲しがるようになっているらしい」

「男性が肉ばっかりに気が行くのは?」

「本能で言うと、筋肉つけて闘えるようになる必要があったんじゃない? 今の時代に要るかどうか分からないけれど」

「ふ~~ん」

 

 男子上級生二人も感心の返事をして締めくくった所で、脇道の栄養学講座終了、

 蜂矢が改まって、続きを話し出した。

 

「それでですね、メニューを開き直して、『このソーセージ美味しそうだね』『あっアイスクリームもあるよ、食後に注文しようか』などと話し掛けると、カノジョ、ますます上機嫌になって」

 

「よ、よかったね……」

「はい、胸を撫で下ろしました」

「結局何を言いたかったの」

「女性の『任せる』はそのまま受け取っちゃダメって事です」

「分かる訳ねーだろ、そんなの!」

 

「試し行動って奴ね」

 児童心理を学んでいるタマ先輩が言った。

「言わなくても分かってくれる事で、相手の愛情を感じて安心したいの」

 

「それを大人になってから同年代の者にやられても困るぞ」

 

「だからですね、先輩がた」

 蜂矢は畏(かしこ)まって、春楡(ハルニレ)会の男子二人に向き直った。

「僭越ながら助言します。今頼まれている買い出し、断固引き受けてはなりません」

 

「ええ? それはむしろそうしたいけれど……」

「いいの? その女子幹部たちって、『タメシコウドウ』って奴ををしているんだろ? 俺らが何を買って来るかを手ぐすね引いて」

 

「いいえ」

 きっぱりと言い切る蜂矢。

「試し行動は、自分たちのサークルの男性幹部に対してやっていると思われます。試されているのに、部外者に買い出しを押し付けるなんて、一番の悪手です」

 

「お、おう?」

 目を白黒させる先輩たち。

 

「さっきこの人が言ったように」

 また引き合いにされて、果々子はビクッとした。だからいきなり視線が集まるような言動はやめて欲しいっ。

「買い物の指示もまともに出来ず、平気で未成年に酒の買い出しをさせるような幹部たちでしょ。それってヤバいですよ、未成年と知らなくても、売った店が責任を問われる」

 

 あっ! さっき言えなかった事、この人が言ってくれた!

 そう、実家が飲食業の果々子には他人事ではなかったのだ。これまでそういう事を口にしても陰口の材料にしかならなかったので、言えなくなっていた。言ってくれてありがとうありがとう。

 

「もしかしたら既に女性幹部たちにとっては、彼らは結構な崖っぷちに居るのかもしれませんよ。知らぬは本人たちばかりで」

「……」

「その彼らがどうなってもいいのなら、買い出しを引き受けてあげるのも一つの道かもしれません」

 

 自信たっぷりに語る蜂矢に、男子学生は元よりカタコユリ荘の女性陣も唾を飲み込んだ。

 

 

 その後、春楡(ハルニレ)会の二人は電話を折り返し、こっちの体力も無限じゃないんだから買い出しはそちらでやってくれと、結構強い目に断りを入れた。

 カタコユリ荘は関わりたくなかったが、無邪気に参加する新入生たちを慮(おもんぱか)って、手持ちの野菜……イモやカボチャや玉ねぎを、バーベキュー用に処理して二人に持たせた。

 連休中は食堂が休みなのもあって、皆さん結構、野菜のストックを持っていた。

 

「大根は喜ばれないよなぁ、タレかけて焼くと存外に美味いんだが」

 と、ビタミンカステラ先輩が悩んでいた。

 

 

 あとで聞いた話では、男性幹部さんたちは学生生協で、紙コップとウーロン茶と果汁10%ジュースを買い込んで、波風は一応、収まったようだ(とりあえず今回は)。

 そして春楡会の二人の持ち込んだ野菜は大層喜ばれたが、彼らは、女性幹部に声を掛けられる前に全力で見えない所へ逃げたらしい。

 

 

 

 

 

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