カタコユリ荘 春の選抜カレー大会   作:西風 そら

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年号の狭間で
ゲームヒロインみたいな子


 

 一般教養の教室で一緒になる他の寮の一回生たちは、せっかくこの土地へ来たのだからと連れ立って旅行に出掛けたりしていた。

 何の予定も組んでいない果々子は、暇なゴールデンウィークになると思っていたが、いざ始まってみるとそうでもない。

 

 まず学校の講義の内容が思ったよりみっちりだったので、要領の悪い果々子は復讐予習をしておかないと気が気じゃない。

 その他にもマナスルの練習をしたり、一人で裏山登りを計画したり、みかんたちの陸上競技記録会の応援を約束したりと、自分でもびっくりする程の予定や、やりたい事で埋まっている。

 こんなゴールデンウィーク、本当に生まれて初めてなんだ……

 

 

 ***

 

 

 五月一日、水曜日、即位の日。

 本日から新年号。令和元年。

 と言っても、果々子に特別な変化はなく、目下の関心事は生物学の宿題。

 この日は学校図書館が午前だけ開いたので、宿題の参考になりそうな本を借りた。

 重い本を抱えてホールを出た所で…… 後ろから名前を呼ばれた。

 

「……えっと?」

 

「同じ一回生の白鳥よ。白鳥 玲奈(しらとり れいな)。選択の生物学で一緒でしょ」

 

 ゴージャスな名前の通り、びっくりする程色白で、お人形みたいに可愛いらしい。服装も明るい暖色の、お手本みたいに綺麗なセットアップ。まるでスマホゲーから抜け出て来たような子だ。

 

「そうですか、すみません、人を覚えるのが下手で」

「ふうん、まあいいわ。それより貴女、西のカタコユリ寮でしょ。案内して欲しいの」

 

 案内? と言っても迷うような場所でもない筈……

 

「この道をまっすぐ行ってT字路を左へ……」

「違う違う、連れて行ってって事よ」

「え」

 果々子はこの後、生物学の講師に課題についての質問をしに行く予定だ。ゴールデンウィーク中だが、今日の昼からの数時間は在室しているから質問があるならその時に来いと告知されている。

 

「えっと、私、これからA棟の生物準備室へ質問に行くんだけれど、その後なら……っていうか、一緒に行きます?」

 どうせ生物学を採っている子だ、一緒に解説を聞いて損はないだろう。

 

「マジメか」

「はい?」

「何を聞きに行くの?」

「生物の発生についてレポートを書けって宿題があったじゃないですか。そもそも『発生』って言葉の定義が……」

「ああ――、いい、そういうのはいい」

「…………」

 

「案内はしてくれないって事ね」

「……うん、今は出来ない」

「じゃあもういい」

 

 玲奈は踵を返して大股で去って行った。

 

 ・・・・・・

(こんなのだから私、友達出来ないんだろうな……)

 

 

 

 質問に思いの外時間がかかってしまい(講師が何だか乗りに乗って、ハイハイと素直に聞いている内に余分な事まで話が逸れて)、ついでに東側のセイコマで買い物をしたら、寮に戻れたのは夕方近くだった。

 

 扉を開いて入ると、食堂の西陽の入る場所で数人の上級生がお茶を飲んでお喋りをしている。和やかな笑い声。タマ先輩も見えた。

 

「ただいま戻りました」

 最近は自分から帰寮の挨拶が出来るようになった。

 

「おかえり」

「おかえり、良い日よりだね」

「はい、過ごしやすくなりました」

 天気の挨拶もつっかえずきちんと返せている。うん、自分、成長した。

 

「うわあ、本当に挨拶するんですね!」

 

 甲高い不協和音に心臓をひっくり返されて振り向くと、先輩たちの中に、先程の白鳥玲奈がチョコンと座っている。

「アットホームで憧れますぅ」

 

 立ち止まり掛けた足が硬直する、早く、早く前に出さなきゃ、……久々の感覚だった。

 だって限りなく嫌な予感がする。逃げろ逃げろ……!

 

「遠山ちゃん」

 推進力をつける前にタマ先輩に声を掛けられ、あえなく停止。

「おいで。あのね、」

「はい……」

 仕方なく近寄る。

 

 玲奈の他に座っているのは、ビタミンカステラ先輩や、普段ことさら良くしてくれる先輩たちだ。

 

「こちらの白鳥玲奈さん、知っているよね」

「はい……」

 さっき知ったんだけれど。

 

「カタコユリ荘に入寮を希望しているの」

「・・!」

 

 縦線を顔に出さないよう必死に堪(こら)えた。

 嫌な予感って、どうして当たってしまうのだろう。

 

 

   ***

 

 

   

 遠くへ行ってしまいそうな意識を必死に繋ぎ止める果々子の前で、タマ先輩はいつもの調子でのんびりと続けた。

「部屋も空いているし、こちらとしてはいつでもOKなんだけれど、祝日で寮母さんも学生課もお休みだし、今日の所は下見で、って」

「はい……」

 頭の中で警報が鳴るが、果々子にはどうする事も出来ない。

 

「早く移って来たいです。こんなに優しい先輩ばかりで夢みたい、本当に素敵な寮だわ。ねえ、遠山さん」

「…………」

 困った、『言葉が出て来ない病』がぶり返している。

 

「案内を断られて気後れしてしまったけれど、頑張って勇気を出して一人で訪ねて来て良かったわ。他の寮生の方々()()とても親切にして頂いて」

 

 ……なるほど、そう来るか。

 麻美子を経てちょっとは図太くなった果々子だが、まだまだ対応能力は低い。とりあえず黙っている。

 

「さて、私たちはそろそろ出なきゃいけないんだけれど」

 ビタミンカステラ先輩が腰を上げた。

 

「遠山ちゃん、いろいろ教えてあげてくれる?」

 タマ先輩が投げて来た。逃げたい、でもタマ先輩の言う事は断れない。

「はぃ……」

 

「ええ? 皆さん何処へ行くんですかぁ?」

 果々子が返事をする前に玲奈が被せて来た。

 

「私ら、これから街へ飲みに行くの」

 そうだ、今日は先輩がたが仲の良い顔ぶれで、街の居酒屋へ繰り出す日。最高学年は就活等で忙しくなるし今の内にと、前々から予定を合わせていた。未成年の果々子は勿論行かない。

 

「ええ~~私も行っていいですかぁ」

 

 びっくりして果々子は玲奈を二度見した。さすがに先輩たちも驚いたようだ。

 

「白鳥さん、えっと、現役生なら十八か九よね? 私たち、居酒屋を予約しているので……」

「この辺りの居酒屋なんて、田舎ルールで子供連れも来てるじゃないですか。私、サークルの先輩がたに誘われて行った事あるし。勿論お酒は飲みませんよ」

「はあ、まあ、そうなんだけれど」

「先輩がたともっと親陸を深めたいんですぅ、お願いしまぁす」

 

 ここまで押しが強いのもある意味羨ましい。

 先輩たちは顔を見合わせ、まあ特に断る理由もないしねぇ、という流れで承諾してしまった。

 タマ先輩が一応果々子の顔を見たが、慌てて笑顔を作って首を横に振った。

 頭が固いと自分でも思うが、本当に、未成年の内は飲みの席に行きたくないのだ。そも、先輩たちには先輩たちの付き合いがあるし、そこにいつでも自分が入って行っていいとは思わない。

 

 じゃあ準備して来るから、と先輩たちが上階へ行き、果々子も部屋へ逃げようとした所で玲奈に腕を引っ張られた。

「ねえ、皆が降りて来るまで、お部屋とか見せてよ」

 

「おへや……」

「遠山さんの隣が空いてるって言ってた」

「鍵が掛かってるよ」

「だったら遠山さんの部屋を見せて。同じ間取りなら雰囲気分かるでしょ」

 ぇぇ……嫌だ……

 

「その食堂出口の扉からあっちは、寮生以外は立ち入り禁止なので」

「もう入寮が決まったような物だからいいでしょ。さっきのチビの先輩がいろいろ案内してあげてって言ったじゃない。聞いていなかったの?」

 聞いてない、多分言っていないし。それにいいか悪いかは私が判断する事じゃない。

 

「ああ、もお、融通のきかない人ね、そんなだからこの寮でお山の大将をしているしかないのよ」

 

 ……??

 

 食堂には丁度誰もいない。

 玲奈は、誰かが扉を開けて入って来てもすぐには聞こえない奥まで果々子を引っ張って行って、声を潜めた。

「貴女うまくやっているものね。上級生たちの弱味に付け込んでお姫様状態。そりゃ居心地いいでしょう。でも独り占めなんてズルいわよ」

 

 え……? え……?

 いろいろ分からない。上級生たちの弱味って?

 

「四十人がボーダーだっけ? これ以上寮生が減ると来期には何処かの寮と統合になるんでしょ? 建物もボロくて限界だし、食堂なんて予算食いのお荷物はあるし。

 そもそもなんで人気が無いかって、『上級生が封建的で厳しい』なんて噂が出回っているからなのよね。今年は辛うじて新入生が入ってくれたのに、追い出すなんて馬鹿な真似をしているし」

 

「…………」

 

 果々子は、吉岡久恵に残って貰いたがったタマ先輩の言葉を思い出した。

 性分の悪い自分に我慢強く声を掛け続けてくれたのも、そういう事情だった…………

 胸にシンと冷たい滲みが広がる。

 

「でも逆に、上手く懐に入り込めば、物凄く大事にして貰えるって事よね。何せ貴重な一回生。コミュ性の貴女なんかより、私の方が断然友達を引っ張って来られそうだものね、ふふ」

 

「…………」

 そうかもしれない……

 

「私、これから先輩にレポート貰い放題、試験対策教えて貰い放題の、勝ち組学生生活を送るから。邪魔をしないでね。大人しくしていてくれたらおこぼれ位はあげるから」

 

 

 

 

 

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