カタコユリ荘 春の選抜カレー大会   作:西風 そら

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陸上競技記録会
知らなかった自分に慄く


    

 学校隣接のグラウンド。

 あまり来なかった場所だがめっちゃ広い。さすが学生スポーツにおいても歴史深い学校だけある。

 

 他校の選手も来ているみたいで、ベンチには同色のスポーツバックがまとまって置いてある。

 果々子は後ろの方に空いているベンチを見付けて座った。

 

(応援ったって何をすればいいんだろう)

 

 テレビのスポーツ中継と違い、解説の宛もなく本当に淡々と競技が進むだけだ。

 取りあえず両手を組んで心でガンバレガンバレと祈ってみた。

 

「なにやってるん」

 

 飛び上がって顔を上げると、正面のグラウンドに競技スタイルのみかんが立っていた。相変わらず人間離れしたプロポーション。

 

「お、応援を」

「ありがたいけど、見てなあかんやん。れもん先輩、跳ぶで」

「あっ」

 

 指差された先、

 走り高跳びのゾーン、助走ラインを綺麗なふくらはぎが駆け抜け、逆光の大空に舞った。

「うああっ」

 贔屓目でなくても、他の選手よりズバ抜けて力強いジャンプ。

「きれいきれい、白鳥みたい!」

 

「当たり前や。うちが誰を追い掛けてこのガッコ来た思てんねん」

 

 うちは二つ後の班やから、目ぇかっぽじって見ときや! とみかんは元気に走って行った。走り方もレイヨウみたい、本当に同じ人間かしら。

 

 

「風輪みかん、やっぱり光ってるなあ」

 

 またもやいきなりの声に、果々子は思わずそちらを見た。

 果々子に言ったのではなく、前の方の他校の荷物が置いてあるベンチで、二人の男性が会話している。

 学校名の入ったスポーツウェアは着ているが学生っぽくなく、コーチとかマネージャーって感じだ。

 片方の男性は、また違う学校名の上着だ。

 

「素材からして違いますよねぇ、走る方だけじゃなく跳ぶ方でも魅せてくれるんだから、贅沢というか奔放というか。あの体幹、生まれ持った物なんでしょうか」

「うちの神奈川の本校なんか、中学生時代から目を付けていたんですよ。散々ラブコールを送ったのに見事に振られてしまった」

「こんな遠方に進学でもOKって分かっていたら、うちだって全力で話を持って行きましたよ」

「ここ、一般入試で入ったらしいですよ」

「まさか!」

 

 果々子は唾を飲み込んだ。

 自分はトンでもない逸材を自転車置き場の屋根に登らせてしまったらしい。

 

「さっきここのスポーツ栄養士に……あ、私の同期なんですが……聞いたんですが、一般入試合格者に名前があって、大騒ぎになったとか」

「真面目にですか」

「慌てて受け入れ環境を整えようとしたけれど、本人は一般学生寮の入寮を頑なに希望して、またすったもんだあったとか」

「いやいや、何だかんだ言ってまだ子供だし、合宿所に入れて生活を管理してやらなきゃイカンでしょ。周囲がお洒落だグルメだ言ってる環境に放り込むなんてトンでもない、百害あって一利なしだ」

 

 四月中はなかなか寮で暮らせなかったみかん。陰で色んな苦労をしていたんだ。それなのに肝の小さい私は拗ねて引き込もって心配かけて、最低……

 

「さっきの瀬戸れもんとは従姉妹同士らしいですよ」

「ああ、似てますよね、フォーム。あの子は遅咲きなのが惜しかった。大学でこんなに伸びるなんて予測不能だよ。インハイで数字を残せていたらうちだって枠に入れたのに」

「女子選手は難しいですねえ」

「苦労しますね、最近はメンタル弱い子も多いし…… お?」

 

 みかんの跳ぶ順番が来たようだ。

 高跳びエリアが緊張に包まれる。

 それどころかグラウンド全体がシィンとしているのは、気のせい?

 

 

   ***

 

 

   

 

 みかんの長い足がリズミカルに走り出す。

 こんな空気の中で跳ぶのっ!?

 

「うおおっ」

 前のベンチの男性二人が歓声を上げた。

 

 ひとはしの無駄もなく全身をバネにして跳躍するみかん。

 きれい、この上なくきれい。

 人間じゃない、動物? 鳥? あ、妖精だ! 妖精のみかんさん!

 

 他の選手だって凄いんだけれど、みかんの妖精な動きには本当に目を奪われる。リクジョウカイの人たちの気持ち、分かる!

 

(きっ、気安く話し掛けてごめんなさい! 廃棄置き場で拾った発泡スチロール箱なんか持たせてごめんなさいっ!)

 

 そのみかんが、着地マットからポンと起き上がってそのまま走って来た。真っ直ぐ、果々子に向かって。

 

 ――!!?

 

「カカコ――! 見ててくれた? 名付けて南紀白浜ドルフィンジャンプや!」

 

 まるで運動会で親元に駆け寄る子供。

 そして……ナニジャンプって??

 

 目を丸くして振り返る男性二人。

 果々子はビックリして声が出ないながら、大きな身振りで一所懸命絶賛を伝えた。

 

 追い掛けて来た瀬戸先輩が、「勝手な行動すな!」とみかんを叱って連行した。

 

「ああ、遠山、今日は遅なっても寮に帰るさかい、玄関灯よろしくってタマに伝えとって」

「はい」

「応援ありがとな」

 

 二人は去ったが、振り返っている男性二人は元に戻ってくれない。

 

「きみ、風輪みかんの友達?」

「…………」

「同じ寮の子?」

 

 果々子は立って場所を移ろうとした。みかんも瀬戸先輩もまだ他の競技に出るし、最後まで応援していたい。

 

「ごめんごめん、座ってよ。変な事を聞き出そうってんじゃない。風輪選手は陸上界の宝だからさ、動向が気になるだけ。たとえば彼女が瀬戸選手を慕ってこの学校へ来たんじゃないかと憶測されているんだけれど……」

 

 憶測もなにも、さっきみかんが大っぴらに言っていたではないか。

 

「じゃあ、瀬戸選手が卒業したらここにいる理由がなくなるよねって。瀬戸選手は大阪のスポーツメーカーに就職が内定しているし」

「…………」

「したら、関西の学校に移りたいとか、既にどこかから誘われているとか、そんな話、していない?」

「…………」

「酷い噂になると、廃寮になりそうな寮の頭数合わせの為に住まわされてるなんて言う者もいて、まさかそれは無いだろうけれど。……実際彼女、ちゃんと生活出来ているの?」

 

 あっ……

 みかんは他を向いているけれど、瀬戸先輩がこちらを見て眉をしかめている。

 ダメだダメだ、競技中の選手の心を乱すような原因になっちゃダメだ!

 

「いい加減にしてくださいっ!!」

 自分の声じゃないみたいな声が出た。

「お洒落だのグルメだのの話をされても私は分かりませんっ!!」

 

 競技場全体に響くような声ではないけれど、周囲の学校関係者や、瀬戸先輩にも聞こえたようだ。先輩は安心したように競技の輪に戻って行った。

 

 男性二人と同じ色の服装の上役っぽい人が走って来て、「記録会で他所の女子大生をナンパするな!」と叱っていた。

 濡れ衣ごめんなさいだけど、実際に喋った事をバラされても困るだろう。

 

 

 

 

 

 

 

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