カタコユリ荘 春の選抜カレー大会   作:西風 そら

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ライラックのベンチ

   

 昼休憩の時間、またさっきの人たちに話し掛けられるのを避けて、果々子は一旦寮に帰った。

 

 食堂で、タマ先輩と数人の上級生が、頭を突き合わせて話をしている。白鳥玲奈の件だろうか。

 

「おかえり、果々ちゃん」

 おお、空耳じゃなかった。

 

「ただいま。瀬戸先輩カッコ良かったです」

「午後も応援行くんでしょ、私たちも終わり次第行くから」

 タマ先輩は休んだお蔭か、少し顔色が戻っていた。

 

「果々子ちゃん、お昼は?」

「セイコマで豆パン買って来ました」

 ――ん?

 

「気を付けて行ってらっしゃい、果々子ちゃん」

「はい、行って来ます」

 ――んんん!!

 

 食堂を出て、玄関を出て、グラウンドへの道をのしのし歩き……

 また朝みたいに立ち止まった。

 

(タマ先輩だけじゃなく、他の先輩がたも、果々子ちゃん呼びに、なってるぅう!)

 

 

「なにやってるん?」

 

 身悶えている所をみかんに見られた。

 っていうか、何で居るの? 大事な記録会の最中に何で度々私の所へ構いに来るの?

 

「どこ行ってたん? 私、午後から一番得意な短距離走を走るのに」

「お昼食べに寮に戻ってたの。大丈夫、開始時間調べてから行ったから。ちゃんと応援するよ」

「そう?」

「うん、楽しみにしてるね。……ね、こっちに居ていいの?」

「今、自由時間だから」

 

 見れば、他の選手も、ベンチに座って三々五々寛いでいる。

 二人は、ライラックの木陰の目立たないベンチに並んで座った。

 

「……C学園大のマネとかに絡まれてたんだって?」

「え、ああ、何にもないよ、すぐ離れたし」

「ホントに?」

「寮にね……一般寮に入ったら、お洒落とかグルメとか言う女子が一杯いるから風輪さんが心配だって。馬鹿みたい、失礼しちゃうよね」

 

「ホンマ失礼やな……そんだけ?」

「うん、そんな大した事……向こうが勝手に喋ってただけだし」

「どんな?」

「あ、あっとね…………ねぇ、話すの、夜にしようよ。終わってからならゆっくり何でも話すから」

 

 みかんの瞳がいきなり熱を帯びた。

 

「果々子までそんな腫れ物に触るようにしやんとって!」

 

「もういい」と立とうとするのを、果々子は咄嗟に腕を握って引き留めた。

「ごめん、隠し事なしにする」

「うん」とみかんは座り直してくれた。

 

「え――と、まずね、風輪さんが一般入試でここへ来た事がセンセーショナルだったとか、うちは振られて悔しいとか、瀬戸先輩を追い掛けて来たんだろとか、そんな感じかな。

 後は、ちゃんと生活出来てるの? ってまた失礼な事言うから、いい加減にしろって怒った」

 

「うん、うん、ごめんな、うちが声掛けたばっかりに、不快な思いさせて」

「私は何も。風輪さんはプリンも我慢して頑張ってるのに、何も知らない癖に! ってムカ付いた」

「あは、ありがと」

 

 一所懸命話すと、みかんは落ち着いてくれた、よかった。

 

 

   ***

 

 

   

 

 みかんは先程の態度を恥じ入るように、改まって座り直した。

 

「ああいう連中ってな……数字が一番やねん。それはまぁしゃあないんやけど、眼中に無いモンに対して無神経なんや」

「……うん……」

 

「お陰で、うちが数字を出せば出すほど周りから友達がおらんようになって」

「・・!!」

「気が付いた時は、れもん先輩までおらんくなって。家族ぐるみで仲良くしてたのに」

「…………」

「うちが県内の中学生記録更新しまくってたん……ほとんどがれもん先輩の記録やってん。最初は喜んでくれてたんやけど……」

「…………」

 

「うちが無神経やってん。もっと周りに気ィ使わなあかんかったのに」

「そ、そんなこと……」

 ないって言いたいけれど、果々子は門外漢過ぎて何て言ったらいいのか分からない。

 

「名前だけ一人歩きして、詐欺みたいなんが寄って来て。中学生が速(は)よ走れるからって大金持ちになれる訳やあらへんのにな」

「うん……」

「ほんで結局れもん先輩の実家に大迷惑かけたみたいで。もう顔合わされへんって、あん時は絶望した」

「・・・・」

 

「高校は陸上強いトコ行ったけど、何かもう何の為に走るんか分からんくなってて。したら、北の大学に行ったれもん先輩が帰省した時、連絡くれたん。久し振りに会おうって。

 髪、紫ンなっててビビったけど、憑き物が落ちたようなスッキリした顔して、『陸上に関係ない友達が出来て、毎日のびのび走ってたら記録が伸びた』言(ゆ)うんよ。

 それから連絡取り合って、れもん先輩の活躍を遠くに聞けるようになって、あと、帰省の度に話してくれる寮の話が面白かった」

「うん」

 

「やからさ、進路で悩んで親と喧嘩した時、『うちのガッコおいで』言(ゆ)ってくれて、嬉しかった。本当に嬉しかった。やから死ぬ気で勉強した」

「うんうん!」

 

「後で聞いたら、今にも闇落ちしそうなオーラをまとっとったらしいよ、うち」

「えっ!!」

「黒みかんやったて言われたわ。黒みかん! 笑ってまうやろ」

「いや笑えないよ」

 

「ここ来て分かった。「おいで」言うてくれた意味。ややこしい奴ら周りにおらんで、胸いっぱいに息を吸い込めるん。

 闇落ちしとる暇なんか無いわ、自分の事は自分で決めなあかんし、毎日忙しぅて楽しい。

 そりゃここにかて数字の勝ち負けはある。けど、なんやもっと大きい広いモンが包んでくれて、それがれもん先輩を元気にしてくれたんやなって。うちも早くそうなろうと思った」

 

 さやさやとライラックが香る。

 後に果々子はここのベンチに座ってグラウンドのみかんを眺めている事が多くなったが、この日のみかんとの一時(ひととき)はずっと胸にある。

 

 

「みかん!」

 

 グラウンドで瀬戸先輩が呼ぶ。

「午後の集合すぐだぞ。五分前行動!」

 

「はぁい」

 みかんはポンと立ち上がる。

「じゃ果々子、応援宜しくね」

 

「うん。瀬戸先輩、頑張って下さい。それと、みみ、み、みかん、も、頑張れっ!」

 

 みかんは目を丸くして、ピョンピョン跳び跳ねながら瀬戸先輩に手をひかれて去って行った。

 

 

 名前呼び効果のお陰でもないのだろうが、風輪みかんは本当に風の妖精のように二つの短距離を圧倒した。(今度は駆け寄って来なかった)

 

 瀬戸先輩も中距離と、果々子の知らない何か複雑な競技でいい所に付けた。

 先輩が第一走者を走った四人制リレーで、アンカーのみかんが他をごぼう抜いてグングン引き離すのを見て、胸が踊った。

 立ち上がって誰かを応援するなんて生まれて初めてだった。

 

 

 ***

 

 

「果々子――!!」

 

 競技が全部終わって、みかんがまた走り寄って来た。あれだけ走ってまだ走るか。

 

「見てた見てた!?」

「見てた、カッコ良かったよ」

「えっへん!」

 

 それだけやり取りすると、瀬戸先輩が連れに来る前に自分で帰って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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