カタコユリ荘 春の選抜カレー大会   作:西風 そら

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喫茶ウペペサンケ
雪焼けマスター


    

 

 陸上競技の記録会は二日に渡って行われるが、二日目はみかんの出番は無く、設営係&連絡係をやるとの事。

「下っ端の仕事をちゃんとやらせてくれるここの総監、好きや」

 みかんはニコニコしながら裏方進行表を眺めている。

 

 五月三日 金曜日 憲法記念日。

 じゃあ今日は応援いいのねと、果々子は見送りはしようと玄関へ向かった。と、みかんの見ていない所で瀬戸先輩に呼ばれた。

 

「今日の晩はお疲れ様ご褒美で、おやつ解禁なんだ。そんでお願いやけど、みかんに内緒でシュークリーム買うて来てくれへんかな。あいつの大好物なんや」

「はい、引き受けました。生クリーム系ですか、カスタードクリーム系ですか?」

「ああ、あいつカスタードオンリー派やったな」

「パリパリ系ですか、しっとり系ですか?」

「なんや細かいな。パイみたいなんが好き言うてたな。いやそんな深く考えんでもええよ」

()()()の用事があるので、バスに乗って市街へ行って思いっきり美味しそうなのを買って来ます。」

 

 そう? ついでがあるのならお願いなと、先輩はお金を渡して、グラウンドの方へ走って行った。

 それで果々子は支度をしてディパックを背負い、バス停へ向かった。

 先輩に頼まれた『みかんの大好きなカスタードの美味しいパリパリシュークリーム』と、みかんに頼まれた『れもん先輩の大好きなクインシーピーナッツというパン』を買う為に。

 

 

 ***

 

 

 クインシーピーナッツはすぐ見付かったが(店指定だったので)、パリパリ系のシュークリームは中々見付けられない。「クリームが美味しいのは断然『きのとや』だね!」と言うパン屋のお姉さんの推薦に従って行ってみたが、パリパリ系は売り切れで、いい加減疲れていたのでしっとり系で妥協した。

 

 買い物が済んで、果々子は寄り道する為に途中下車。

 マナスルを譲って貰った珈琲屋に行って、雪焼けマスターに裏カレー大会の写真などを見せて、お礼を言おうと思ったのだ。

 二日までは休むけれど、今日 三日から、ゴールデンウィーク一杯は開けていると言っていた。

 ほら、営業札。ついでにお昼だし、ナポリタンでも食べよっかな。

 

 ――カランカラン

「こんにちは」

 

 しかし、渋い内装の店内に人の姿が無かった。

(あれ、マスター、二階かしら、不用心だなあ)

 と、カウンター椅子に座ろうとして……

 

 カウンター内に白いシャツの背中が見えた。

 マスターがうずくまっている!

「雪焼けマスター! 雪焼けマスター、大丈夫ですか、聞こえますか!?」

 

 背中は少し動いた。

「……雪焼けマスターって……きみ、僕をそんな風に呼んでいたの……?」

 

 しまった心のあだ名が。

 でも受け答えしてくれた、よかった。

「大丈夫です? 救急車呼びます?」

 

「いやいや大丈夫」

 マスターは上半身を起こした。

「足の怪我が痛んで息が止まってただけ」

 

「あ、足ですか」

 脳とか血管じゃなくて取りあえずホッとして、果々子は椅子を持って来て失礼しますとカウンターに入り、マスターを助けて座らせた。

 

「昨日まで山に詰めてて、下りでしくじってね。枝に引っ掛けて、麓の病院で縫って貰ったんだが……」

 マスターはズボンをまくって靴下を脱いだ。果々子は懐中電灯を見付けて来て照らす。足の甲がパックリ行っている。

 

「う――ん、やっぱりヤブだったなぁ、あそこ。早い目に縫い直した方がいいな」

「レントゲンも撮り直した方がいいですよ、腫れています」

「レントゲンなんか撮っていないよ」

「絶対に撮って下さい」

「骨は多分大丈夫だよ」

「おばあちゃんがそう言って放っておいて、歳とってから歩けなくなったんです」

 

 マスターは目を丸くして、頬を膨らませる、娘よりも遥かに幼いであろう女の子を見た。

 

「……うん、そうだな、今から行くか」

「祝日ですが、何処かありますか」

「知り合いのヤブ爺さんなら診てくれるだろ。きみ、悪いんだけどタクシー呼んどいてくれない?」

 

 え、更にヤブの所へ行くんですか? と心で突っ込みながら、果々子はマスターの指示に従ってタクシー会社に電話を掛ける。その間にマスターは片足ケンケンしながら外出準備をした。

 

「はい、配車一台お願いします。こちら○○交差点南の、喫茶店……うけけ・・?」

「『ウペペサンケ』!」

「う、けけ、さんぺい?」

「きみ、うちの店名も覚えてなかったの? 僕には変なあだ名を付けておいて」

 

 うう……

 

 とりま、タクシー会社には通じて、十分後に来るとの事。

 

「ちょっとの時間でも冷やしましょう。氷どこですか?」

「そこの製氷機」

 果々子はまた失礼しますと言ってカウンターに入り、ビニール袋を見付けて氷のうを作った。

「慣れてるな」

「おばあちゃんの介護してたので。はいどうぞ」

 

 マスターは「サンキュ」と言って受け取って、足を冷やしながらちょっとの時間考え込んだ。

 

「……ごめんだけど、留守番していてくれないかな」

「ええっ、閉めて行かないんですか!?」

「そうしたい所なんだけれど、山仲間が来るかもしれないんだ。そんなに何時間も掛からないから」

「でも、私、何も出来ませんよ」

「居てくれるだけでいいから」

「私が店先のマナスル持って逃げたらどうするんですか」

 

 あっははは、とのけぞって笑ってから、マスターは痛みに顔をしかめた。

 

「それならそれでいいよ。いやマナスルね、あははは、マナスル……」

 何だかツボに入ったみたいで、笑っている内にタクシーが来て、マスターは本当に果々子にエプロンを渡して行ってしまった。

 

 

   ***

 

 

   

 渋い内装の喫茶店、『うけけ・・ナントカ』で、果々子は所在なく待った。

 山仲間が来るって言っていたけれど、それ以外のお客さんも来るかもしれないよね、事情を話してお帰り頂くしかないけれど……

 

 と、幸いにして最初に入って来たのは、いかにも山仲間という雰囲気の四人組だった。

「あれ、ヒィさんは?」

 ヒィさんっていうのか、雪焼けマスター。

 四人の男性もマスター程ではないけれど、よく雪焼けしていた。果々子は事情を話す。

 

「ああ、やっぱり昨日の怪我、深かったんだ」

「あまり悪化していなければいいけれど」

「それできみは? マスターの娘さん……じゃないよな? 若すぎる」

 

「通りすがりの女子大生です」

「はあ?」

 

 何て説明すれば納得して貰えるだろう。果々子にだって何でこうなっているのか分からない。

 それで、マスターとのやり取りを出来るだけ正確に伝えてみた。

 四人は神妙に聞いていたが、「マナスル持って逃げる」のくだりで、

 

「ギャハハハハ!! マナスル! よりによってマナスル!!」

 と、こちらも大笑いされてしまった。

 

「そんなに笑える事なんですか?」

 大真面目に聞くと、男性の一人が親切に「あのね」と教えてくれようとした。

 しかしそのタイミングでまた三人の山仲間さんが入って来てしまう。

「あれ、ヒィさんは?」

 

 そこで先の四人組が最初から説明し、マナスルのくだりで、

「何でマナスル~~!!」

 と、また笑い出してしまった。後から来た三人には女性も交じっていたのに、やっぱり身悶えして笑っている。

 

「お、お、俺だったら、オプティマス8R持って逃げるわ!」

「じゃ、じゃあ俺は、大ブス小ブスと、あそこの軍用ラジウス!」

「欲張り!」

「ふふん、俺は二階にあるICIスタードーム!」

「ずるい、二階もアリだったら、えっと、あれだ、モンベルの折り畳みシーカヤック!」

「体力あるな!」

「ねえ――、それよりヒィさん、レジ開けっぱなしだよ」

「ギャハハハ無用心にも程があるぞ」

 

 え――と、要するに、ここは、分かっている人には垂涎のお宝だらけのインテリアらしく、そこで私がイッチ番どうでもいい物(この人たちにとって)を持って逃げるなんて脅しに使ったのが滑稽だったと……

 

 いつの間にか、男性の一人がカウンターに入り込んで勝手にサイフォンでコーヒーを淹れている。果々子と目が合うと、

「あ、俺、マスターの一番弟子だから。お客の珈琲は入れられないけど、身内のなら許されてる。美味しいの入れるからどうぞ座って」

 と、カウンター椅子を勧めてくれた。

 

「ごめんね、笑い過ぎだよな。妙にツボってしまって」

「はい、私って悪事の才能すらも無いのかとヘコみました。でも無い方がいいですよね」

 

 ぐぶっ・・と後ろで、皆が必死に笑いを堪える気配がする。

 

 マスターは山仲間のネットワークの要みたいな位置にいて、ここには色んなグループが集うらしい。

『ウペペサンケ』って山の名前だって。そんな聞いても五秒で忘れる名前を採用しなくてもいいのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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