おかえりなさい ・・それから・・
ゴールデンウィークも終わろうとしている最終日の午睡時。
田島さんが校内を十分に堪能し、一行がカタコユリ荘に戻ると、懐かしい香りが鼻をくすぐった。
玄関に田島さんのお孫さんが出て来て、先程と同じように簡易スロープで建物内へ誘(いざな)う。
扉を開くと
押し寄せるカレーの匂い。
「おかえりなさい!」
三角巾に前掛けをした果々子とみかんが、お玉を持って出迎えた。
玲奈と別れたあと、二人、生協でカレーの材料を揃えて急いで寮へ帰った。最初マナスルとコッヘルで外で作ろうとしたのだが、寮で留守番をしていた田島さんのお孫さんが便宜をはかってくれて、厨房を使わせて貰えた。
小さいルウ一箱分だから少しずつだし、ご飯はパックご飯だけれど、雰囲気は満たせただろうか?
「さすが十五分カレーの果々子やな」
「もうちょっと掛かりましたよ、箱裏のレシピ通り作りましたから」
「由緒正しい五人衆カレー!」
「みかんも手伝ってくれました」
「なんやと!?」
「えへん」
「玉ねぎの皮を剥いてくれました」
「えへん!」
「…………」
「おばあちゃん……」
お孫さんの声に振り向くと、田島さんは食堂の入り口から厨房の方を向いて、心一杯な表情で目を煌めかせている。
「おかえりなさい、田島さん」
タマ先輩が言った。
「ただいま・・」
「おかえりなさい」
「おかえりなさい」
その日皆でカレーを囲んだ風景も、果々子の胸の奥にしまった大切な宝石の一つだ。
本当に、こんなに目一杯、最後までぎっしり詰めこまれたゴールデンウィークなんて、果々子の人生で初めてで、そして一生の宝物だ。
ずっと思っている。この年にカタコユリ荘の寮生をやれて、本当に幸運だったと。
前にずれても後ろにずれても駄目だった。本当に、一番素敵な時期に、ここで過ごせたのだと。
***
そのあと
ウペペサンケのご縁で、一番弟子さんの実家の菓子店でのバイトが決まった。
バイトのない時は日曜カレーを手伝った。
生物の宿題は秀を貰った。
玲奈は街の半民間の寮へ移ったらしい。
彼氏が出来て楽しくやっているとの噂を聞いた。
夏休みは菓子店とタジマファームのバイト(干し草作業)に明け暮れた。
力こぶが出来た。
秋は寮の前で紅葉狩りをした。
クリスマスに雪だるまを作った。
もっと降ったらかまくらを作ろうと皆で約束をした。
年末年始も帰省せず、一番弟子さんちでバイトをしながら調理師免許を取る準備を始めた。
寮で令和最初のカウントダウンをした。
それから
毎日の検温が義務付けられた。
講義が止まって寮待機になった。
日曜カレーはなくなった。
食堂は稼働していたが談話禁止になった。
テーブルに仕切りが立った。
山口の実家からは、今はとにかく帰って来るな、との連絡があった。
タマ先輩と瀬戸先輩たちの卒業式を祝えなかった。
リモート講義が始まった。
最初ちょっと難儀したけど何とかなった。
ウペペサンケが心配でマスターに連絡を取ったら、うちは大丈夫だから勉学に専念していなさいと言われた。
タジマファームが、学校給食が止まった影響で牛乳を廃棄していると聞いた。
知っている限りの人に、牛乳飲もうキャンペーンを張った。
校内の公園に立ち入り禁止のロープが張られた。
裏山の登山口にまで張られた。
去年とは比べ物にもならないゴールデンウィークが呆気なく過ぎて行った。
カタコユリの花だけが何も変わらず土手をピンクに彩っていた。
オリンピックも競技会もなくなったグラウンドで、みかんは黙々と走っていた。
果々子はライラックの木の下のベンチで、毎日許される限りの時間、彼女を見ていた。
みかんを独りにしていたくなかった。
***
カタコユリの花は変わらずそこにあって季節を教えてくれていた。
あれから二回咲いて散って咲いて散って、果々子は最終学年になった。