カタコユリ荘 春の選抜カレー大会   作:西風 そら

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卵焼きとアイナメの味噌汁

 

 タマ先輩と二人、ずっしり重いビニール袋を下げて廊下を歩く。階段の所で先輩は止まった。

 

「お手伝いありがとうね、ここまででいいよ、部屋にお戻り」

「でも重いし、食堂まで持って行きますよ」

「ダイジョブ、ダイジョブ」

 

 今度は譲ってくれないので、果々子は素直にゴミ袋を置いて階段を登った。

 まさかあのまま厨房裏のゴミ捨て場へ直行したりしないよね? 何となくのろのろしていると、食堂の開いた扉から麻美子のヒステリーな声が響いた。

 

「何それ、勝手に出して来た? シンジラレナ――イ!」

 

 あ、今、理解。

 タマ先輩は私が麻美子の逆恨みターゲットにならないように気を配ってくれたんだ。

 学部は違うけれど同じ一回生の果々子は、一般教養の教室など取りまく人間関係が麻美子と被る。敵と見なされたら何を言いふらされるか分からない。だから無視も出来なかった。

(最初から私を逃がすつもりで引っ張ってくれたんだ)

 それに比べて自分は頭が回らずボケッと突っ立っていただけ。情けない。

 

 

 部屋に戻ると緊張が一気に溶けてベッドにうつ伏せた。

 今日やってしまおうと思っていたレポート、それにお風呂……いいや、あとで……ちょっと休もう……

 

 

 ――バン!! 

 

 隣の麻美子の部屋だ。次いでガタガタドカンと乱暴な音。

 引っ越し指令に従う事にしたのか、まぁ入寮一ヶ月足らずだ、そんなに荷物もないだろう。

 しかし音は途切れず止まず地響きまでし始めた。荷物をまとめるのにこんなにガンガン壁にぶつかる物なの?

 

(早く終わって欲しい……)

 この騒音にもエネルギーを吸い取られる気がして、ベッドに突っ伏したままぼぉっと動けずにいる果々子。

 

 次には扉がノックされたが反応出来ず、苛立った連打にやっと起きて鍵を開いた。

 

 こちらから扉を開く前にグイっとノブを引っ張られて般若のような麻美子が顔を突き出す。

 さすがに『こんなに大変そうな私に何で「手伝おうか」って言いに来ないの?』とは口に出さないが、

「台車どこっ!?」って怒気を孕んだ声に含ませている。

 

「ダイシャ……?」

 ぼぉっとした頭で復唱した。入寮間もないのにそんなに荷物があるのか。そして何故隣室を叩いて聞きに来る?

「掃除用具入れにあるってさっき……」

「だから掃除用具入れってどこよっ!」

「…………」

 

「なんで掃除用具入れを知らないん?」

 麻美子の後ろから紫メッシュ先輩が突然現れた。麻美子は勿論、果々子も飛び上がって一気に目が覚めた。

 

「掃除当番の時どうしてたん?」

 

 この寮には掃除当番があるのだが(他の寮は知らない)一人一ヶ所ずつの分担になっている。

 自分の住む階の廊下、窓、トイレ①②、一階共用部分の食堂①②③④という風に、見事に分割されて人数分に振り分けられている。部屋の並び順に一週間ローテ、毎日やらなくてもいいが、『自分の担当場所を一週間美しく清潔に保ちましょう』と入寮のしおりに書いてある。

 

 しかして、号令をかけ一斉にやる訳でもなくサボろうと思えば幾らでもサボれるので、果々子はいつも麻美子が一週間放ったらかした場所をうんざりしながら掃除していた。

 

「まぁ、あんた掃除って概念無さそうやもんな」

 

 紫メッシュ先輩の言葉に、果々子はまた気付いた。

 何で掃除場所がこんなに細分化されているのかって、()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 麻美子のような者はいつの時代にも出現するのだろう。紆余曲折の歴史の末こんな形になったのか。

 麻美子が寮を出される原因は洗濯ばかりではなく、きっと他にも諸々のモラル違反が積み重なったのだ。

 

(そんなに見られているなんて。真面目に掃除やってて良かった……)

 

「ああ、遠山果々子、あんたにも通達があるんや。ちょっと来ぃ」

 

(うええっ)

 なに? ひんしゅく買った? 挨拶をちゃんと出来ない事?

 

「門限までに済ませぇや、最後に床拭いとけよ」

 麻美子に言って、先輩は果々子の腕を引いてそこを離れた。

 

 

 

   ***

 

 

 

 

 紫メッシュ先輩に連行されるように四階までの階段を登る果々子。怖いよぉ怖いよぉ……

 促されて入ったのは、生活感の無いベッドとローテーブルだけの部屋だった。

 

「相変わらず殺風景な部屋やな」

「ミニマリストと言って」

 

 出迎えたのはショートボブのタチバナ先輩。

「今、培地の目が離せなくて寮は風呂入りに帰るぐらいだし。あ、どうぞ座って」

 勧められた座布団の前をみて、果々子はあっと声を上げた。

 ローテーブルに生協の買い物袋が乗っている。果々子の物だ。

 えっと、洗濯室で手伝った時、台に置いて…… 置き忘れた事すら忘れていた。

 

 ありがとうごさいますの声が出る前に、「ここでおあがり」と言われた。そんなぁ……

 

 上級生の部屋で知らない二人に囲まれて食事? 嫌だそんなの喉を通らない助けて……

 

 と、「開けて~~」の声がして、メッシュ先輩が扉を押すと、大きな盆を持ったタマ先輩が入って来た。

 ふわっと甘い香り。ローテーブルにデンと置かれたのはおにぎりと卵焼きの大皿、蓋付き椀の味噌汁。

 

「厨房使わせて貰った。はい座って、食べよ食べよ」

 先輩がたは勢いで果々子を座らせ、いそいそと箸を回す。味噌汁は四つあって当たり前みたいに果々子の前にも置かれた。

 あれよあれよという間に、皆での食事が始まる。

 

「風呂、すいてるかな」

「さっきの騒ぎで皆足が止まったからね。今が一番ラッシュじゃない?」

「じゃあもう、すべて終了後でいいか」

「おかあさんが、今日は零時までボイラー消さないでくれるって」

「ありがたい」

 

 おにぎりを元気にパクパクする先輩がたと差し向かいで生協の惣菜パンをかじる果々子。やっぱりまだ居心地が悪い。

「温(ぬく)い内に飲みぃや」

 勧められてやっと味噌汁の蓋を開けた。

 ――あっ!

 海の香りとアイナメの頭。

 

「お、当たりやな」

「アブラコ、美味しいよね」

「おかあさんが、遠山ちゃんはお魚きれいに食べる名人だって誉めてたよ」

「卵焼きも、ほら」

 

 メッシュ先輩が椀の蓋にふっくらした卵焼きを置いてくれる。

 椀に口を付ける。

 寮母さんの優しい味。

 染み渡る。ずっと、強ばっていた、腹を立てていた、不安だった……

 

「えっ」

「れもん、何やった?」

「やってない、うち何も泣かすようなことやってないっ」

「遠山ちゃん……」

 

 涙がほろっと落ちていた事に気が付いて、果々子は慌てて袖で顔を覆った。

「ちがっ、これっ、すみま……」

 三人の上級生はさすがに戸惑った様子でおにぎりからおかかが落ちそうになっている。

 な、何か喋らなきゃ、食事を明るく再開できる何か、言葉っ。

 

「おいしすぎて」

 

 三人は糊付けが剥がれるように肩を下ろして笑った。

「そらそうや」

「卵焼きも食べてぇ。わりと上手く出来たんよ」

「こっちのおにぎりもお食べ」

 

 

 ショートボブ先輩の名は橘 七都(たちばな なつ)、理系の院生で普段は研究棟の方に詰めている。学生課でアルバイトのような事もやっていて、たまにああいう雑事(面倒事)を言いつかる。

 紫メッシュ先輩の名は瀬戸 れもん、タマ先輩は柚ノ木 珠(ゆのきたま)。二人とも四回生だが、タチバナ先輩とは上下を感じさせない友達口調だ。

 三人は口々に、寮母さんズの料理がいかに素晴らしいかで盛り上がる。果々子は聞いているだけだったが、独りで抱えていた苦いかたまりが溶けて行く気がした。

 

 盆が空になると、タマ先輩が持って部屋を出ようとする。厨房で洗うのだろうかと、果々子も立とうとした。

「別の時なら手伝って貰うけれど、今はこのままここに居て、ね」

 言ってタマ先輩は出て行った。

 

 そういえば、何でここへ連れられたのだろう。通達って忘れ物の事? それとも、これから何か言われるのかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

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