――ポポン
着信音だ。タチバナ先輩がスマホを取り出してメッセージを確認した。
「ああ――、ポプラ寮から。藤田麻美子さんならびに吉岡久恵さんが入寮を済ませたそうです」
「了解」
今度は瀬戸先輩が立った。
「袋いる?」
「多分いるんじゃないかな、大きい奴」
タチバナ先輩が大きめのレジ袋を二つ三つ出した。
「遠山果々子さん、一緒に来て下さい」
「は、はい」
果々子は分からないながらも返事をして立ち上がった。また何かを袋に詰める作業?
三人で階段を下りて二階の廊下へ曲がる……
「ひっ」
果々子の部屋の前が異様な光景になっている。
「ほんっと、パターンやな」
立ち尽くしている果々子を置いて、瀬戸先輩がノシノシと近寄ってしゃがんだ。
「ほい」
メモの切れ端を渡された。
『あげます』
雑に書かれた、おそらく麻美子の文字。
ドア前の床に直置きで、使いかけの化粧水やら飲みかけペットボトル、丸めた衣類、よく分からない百均グッズ……
「こんな置き方して、ドア開けたらどうなる思てんねん」
果々子の頭の中を瀬戸先輩が代弁してくれた。
もし部屋にいたら、袋に纏められてすらいないこれらを「はいあげる」とバラバラと押し付けられた事だろう。
と、タチバナ先輩が後ろから来て、デジカメでドア前の様子をカシャリと撮った。
「では遠山果々子さん」
食堂の時と同じ事務口調。
「あげると書かれていますがどうしますか」
「えっ」
一つでも貰ってしまうと、これら全部中身を捨てて濯(すす)いでのゴミ分別作業を果々子がやる羽目になるのだろう。麻美子は「あげる」という言葉で仕事を押し付けて行ったのだ。
「受け取りますか」
「う、受け取らない、いらないです」
「はい、分かりました」
先輩たちはあっさり言って、持参したビニール袋にドア前のガラクタを詰め込み始めた。果々子も慌てて手伝った。
果々子への確認は丁寧だったのに、詰め込み方は雑で、瓶も衣類もいっしょくた。マニュキュアの蓋が閉まっていなかったらしく、袋の中で衣類がピンクに染まった。
次に瀬戸先輩は隣の元麻美子の部屋を開けた。
「うひゃ」
「そんなに?」
「歴代上位に入るかも」
「見たくないなぁ」
瀬戸先輩と話す時は柔らかい言葉になるタチバナ先輩が、後から入って写真を撮る。
果々子も後ろから怖々覗いてみた。
(どひゃ)
入寮一月も経っていないのに何故これだけペットボトルと瓶缶がたまるのか(多分一度もゴミ出ししていない)。そして古雑誌、何に使うのかよく分からない中途半端な小物群。当然のごとく床掃除もやっていない。
「ほんっと、パターンやな」
瀬戸先輩がまた同じ事を言った。こういう人種の出て行き方って、皆同じって事だろうか。
「袋足りないかも」
「わ、私いくらかあります」
果々子は隣の自分の部屋の鍵を開けてレジ袋をありったけ出して来た。取っておいてよかった。
雑誌も果々子が部屋から持って来た紐とハサミで束ねた。これだけ物があって、なぜ役に立つ袋とか紐が無いのだろう。
床に散乱した物を片っ端から袋に詰め込む。「分別しないんですか」と聞くと、『ゴミ』じゃなくて『忘れ物』としてポプラ寮へ届けるらしい。徹底している。
後であれが無いこれが無いと騒ぎ出すのもパターンなので、片付け作業は複数人数で、写真を撮った上で行うとの事。
大変だなあ……
「ありがとう、遠山さん、もういいよ。疲れたでしょう」
タチバナ先輩は初めてフルネームじゃない呼び方をしてくれた。
「手伝わせてください」
隣でこんな大変な作業をしているのに、部屋でくつろぐなんて出来ない。
と、反対隣の部屋主が風呂から戻って来た。前髪を大量のクリップで可愛く巻いた上級生。
「自分も手伝いまっス。……うわ、あんだけ騒いでこのありさま?」
彼女は二回生で、自分が綺麗に掃除した後を一週間完全放置で、注意しても聞かない麻美子を苦々しく思っていたとの事。「大変だったよね」と果々子を労(いたわ)ってくれた。
お向かいの先輩がたも外出から戻ると手伝ってくれ(どうやら周囲の部屋の者は騒音避難で軒並み留守にしていた模様)、程なく詰め込み作業は終わった。
いつの間にかタマ先輩も横にいて、やっと初期状態になった部屋を眺める。
「一ヶ月前に掃除した時は楽しかったのにねぇ」
「そうなんですか」
「うん、どんな新入生が入ってくれるかしら、ってドキワクしながら」
「…………」
袋八個と雑誌二束の荷物は皆で玄関前へ運び、台車に乗せた所で解散となった。
ポプラ寮へは三人の先輩が持って行くとの事で、果々子は手伝いたかったが、前髪クリップ先輩に促されて一緒に二階へ戻った。
部屋に入る前に、お向かいの先輩がビタミンカステラの大袋を破ってその場の皆に配った。果々子には二つくれた。
果々子がレポートに掛かっていると、窓のカーテンの間から、ポプラ寮から戻る三人が見えた。
向こうの寮監と話す事があったのか、随分と時間が掛かったようだ。
(遥か雲の上の凄い人たち……)
物事をピシリと簡潔に伝えられて、嫌な事を言われても物ともせずに耕運機のようにバリバリと正義を実行出来る人たち。
ああいう人種が社会を回して行くんだろう。自分のような気の回らない小者は、陰から賛同して尻尾にぶら下がっているしか出来ない。
――と、三人の真ん中のタチバナ先輩が、突然頭を抱えてしゃがみ込んだ。
えっ? 貧血? 大変、行った方がいいかしら?
果々子が焦っていると、両脇の瀬戸先輩とタマ先輩は特に慌てた様子もなく、ゆったりと彼女の背中を撫でて肩を抱いている。
少しの間そうしてから、タチバナ先輩はスッと立ち、三人何事も無かったように歩き始めた。
・・・・
凄い人種なんか居ない。
誰だってああいう仕事は苦しいし辛いし、酷い事を言われたら心を削られるんだ。