フタリではなくニニンとお読み下さい。
土井先生が――天鬼が、きり丸を、斬った。
その場に居た全員、八方斎を除く全ての者がひゅっと息を呑む。
「え……」
きり丸の体に走る赤い線が一筋。傷は浅いが――確かに、斬られている。
「え、あ……」
きり丸のまんまるな瞳に映るのは、呆然ときり丸を見下ろす土井半助の顔。
そして刀を取り落とすと、両手で顔を掻きむしる。
「あ゛あ゛ッ!!」
土井半助はそう濁った叫び声を上げるや窓際に立つ六年生らを弾き飛ばして――外へ、身を投げた。
◯✕△□◯✕△□
今日も今日とて漫画を描いて、ご飯作って、寝る。そんな半ばヒッキーみたいな生活でも外の噂は届くもので、ドクタケとチャミダレアミタケとが戦をするとかなんとかいう話が聞こえてきた。
たしか二ヶ月ほど前にはスッポンタケと戦うという話を聞いた気がするけれど、私の覚え違いだったんだろうか。
「はあ、戦かぁ」
戦が起きるのはもうほぼ確実らしく、城も忍者隊の屋敷も上を下への大騒ぎという状態だとか。――ということはだ。忍者隊も私の監視どころじゃなくなるかもしれない。なくなるはず。なくなれ。
監視の目が緩んだらタソガレドキに行きたいんだよね。尊奈門くんが前に「うち来いよ!」って誘ってくれたし、尊奈門くんの上司さんたちも歓迎ムードっぽかったし。
尊奈門くんの家がタソガレドキのどこにあるのか知らないという問題はあるけれど、そんなものはあっちに着いてから悩めばいい問題。ドクタケを出られる隙ができる……かもしれないと分かったからには早速荷造りしなければ。
必要な荷物だけまとめ、チャンスが来たらそれを抱えて逃げるのだ。
いそいそと柳行李――尊奈門くんが紙を入れて持ってきてくれた――を開け、中に詰めているものを整理する。これは捨てる、これは持って行く、これは……これは、どうしよう。
「貰ったラブレター、持っていきたいけど荷物になるよなぁ……でも数枚だし……紙数枚でも邪魔に……ならないね、これはならない。問題ない」
文字を教えた子どものうちの数人が「ゴンベ先生大好き」って書いてるラブレターをくれたのだ。その思い出の手紙を置いていくなんて、私には、できない……!
そうだよね、平三くん、富太郎くん、よしちゃん、いくえちゃん、きり丸くん。たった五枚だけなんだから全部持っていこうね! ウン、ソウダヨ(裏声)!
「みんな元気にしてるといいなぁ」
子どもはどの子もまあまあ可愛いと思うけれど、やはり、懐いてくる子は特別に可愛い。折り畳んでいた手紙を一枚ずつ開いては文字を撫でる。
「平三くんはちょっと大雑把すぎるところがあるけど、読める字を書けてるだけで満点って感じさせるおおらかさに救われたよ」
「よしちゃんの字は何度見てもきれいだなあ……私もこんな字を書けたら良かった。良く気の利く子だったし、商家でも目をかけられてるはず」
「きり丸くんは本当に覚えるのが早くて凄かったなぁ。生きる力っていうのかな、生きていくために貪欲なところ、凄く尊敬するよ」
一通一通に話しかけて、行李に仕舞っていく。
「……みんな、先生に力を貸してね」
数日後、混乱に乗じて長屋を経ち――数時間で同行者が出来た。
◯✕△□◯✕△□
この一月ほど観察した彼女、習志野権兵衛を名乗る絵師は悪い意味で浮いている。
孤児に飯を与え、読み書きを教え、身ぎれいにさせて独立させる。――彼女の下にいた子どもたちは祠堂銭で下働きをしていたり、商家で小間使をしたりと、何かしらの仕事にありついている者が多い。
彼らを就労させることで物盗りが減り、町全体の治安は良くなっているようだが……彼女が孤児に学を与えているからだと気づく者はわずか。
そのため周囲の者からの評価は「長屋に浮浪児を呼び寄せる悪人」というものだ。
――人の出入りが多いということは、部屋に気配がいくつあっても誰も気にしないということ。私が屋根裏で寝ていようが、鍋から粥を一杯頂こうが、家主含め誰も気づく様子はない。
一人になりたい私にとってこれは何より有り難かった。
しかし、することがないと、家主の為人や孤児を支援する理由は何なのかが気になってくる。
職業病だなと自分に呆れつつ生活を観察し……習志野殿のおかしなところをいくつも見つけてしまった。
ひとつめ、習志野殿は
草鞋を諦めて何を履いているかと言えば手作りの下駄で、半分に割った竹に鼻緒を付けたものを使っている。それでもまだ歩きにくそうにヨタヨタしているから、見ている私もハラハラしてしまう。
彼女がすっかり寝入った夜に彼女の足を確認すれば、土踏まずがほとんどない平たい足裏だ。歩くことの少ない生活を送ってきたらしい。
ふたつめ、部屋に転がっている絵草紙の内容が高度だ。
ということはだ。彼女は内容をすっかり覚えるほどに聴き込んだのだ――琵琶法師を家に呼びつけ、繰り返し繰り返し平家物語を謳わせたに違いない。そういう家で育てられたのか。
おかしな点はまだまだある。挙げようと思えばいくらでも挙げられる。そういう違和が積み上がっていくほどに……確信が深まる。
この子は爆薬だ。
そうして過ごすこと約一月。ドクタケとチャミダレアミタケの戦争がじわじわと足元まで迫り、町は忙しない雰囲気が漂い始めた。
戦を嫌い、どこぞ逃れようと考えたのだろう。習志野殿は気忙しく荷物の整理を始めた。生徒からの手紙をラブレターと呼ぶ感性につい笑顔が浮かんだ……が。
「きり丸くんは本当に覚えるのが早くて凄かったなぁ。生きる力っていうのかな、生きていくために貪欲なところ、凄く尊敬するよ」
まさかきり丸の名前が出るとは思わなかったため忍びとしてありえないほど動揺した。しかし彼女は全く私に気づく様子がない。
こんなにも気配を読めないなど危なくはないか? 忍術学園の生徒であれば一年生でももっと気配に聡いぞ?
彼女の就寝を待って行李を確認すれば同名の別人……ではなく、やはり、私の知るきり丸の字。
「ゴンベ先生、大好き、か……」
――行李を背負いのたのたと歩く彼女に声を掛ける。そこな方、私たちはどうやら同じ道をいくようですね。よければご一緒しませんか。
ニニンがシ、なんちゃって()