漫画で歴史に残る女   作:充椎十四

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愛と正義を描く女3

 「鼠でも羆を殺せる力を」と開発された、回数券を模した麻薬『地獄の回数券(ヘルズ・クーポン)』。これは複数の麻薬と漢方の混合液を染み込ませて作られるもので、極道らが資金源とする麻薬『天国の回数券(ヘブンズ・クーポン)』の改悪版である。

 生み出したのは男羽會傘下竹本組――東京の極道は男羽會(おとわかい)と講談會二つの派閥に分かれている――幹部の繰田(くりた)孔富(あなとみ)。だが。

 地獄の回数券に配合される漢方についてのみ、組外部の男が関わっている。

 

 ――某月某日。竹本組裏組長こと輝村極道(きわみ)が訪れたのは、漢方の外注先である薬師の住所兼作業場だ。周囲は寂れて見えるが東京二十三区内であり、墓地の隣に立つ古いビルにある。

 踏み板がギシギシと悲鳴を上げる階段を三階まで上ると、表札のないドアが一つだけある。ボタンチャイムを繰り返し押して音が鳴らないことを確かめ、「ふう」とため息一つ吐いてドアを開けた。

 

「やあ、イサクさん」

 

 室内にいたのは明るい長髪を一つ括りにした男。こちらに半身を向けて座り、薬研についた生薬をハケで(こそ)いでいる。見たところ二十から三十歳ほどだが、もう少し上かもしれない。二十代にしては含蓄のある言動なのだ。

 すっきりとした大きな目で極道を見ると、イサクは柔和に微笑む。

 

「やあ、輝村さん。ご注文の品はご用意できてますよ」

「そう。どの棚かな」

「三番です」

 

 棚があるのはドアの近くで、室内に二歩入ればすぐ目的のそれ(ブツ)を取り出せた。ジッパーバッグに詰められた漢方は真砂土より少し濃い斑の色をしている。

 品物の代わりに札束(ゲンナマ)の入った封筒を棚に置き、極道は「お代、同じ棚に入れておいたから」とイサクに声を掛ける。

 

 普通に受け取って支払えばいいものを、こんな変な手続きになっているのにはもちろん理由がある。

 

 このイサクという男、そそっかしくドジで不運なのだ。慌てると――慌てなくても――必ずと言ってよいほどの確率で道具や薬をぶちまけながら転ける。

 室内にもうもうと舞う薬で生理的に泣かされること三度を数えたとき、極道は「袋詰めを終えたと連絡を受けてから薬を受け取る」方式に変えた。お代の支払いの際にもイサクが転ける・滑る・ぶつかる・飛ぶ等々の悲惨な姿を晒したので、現金入り封筒を棚に置いておくだけになった。

 

 この残念な鈍くささもあり極道はイサクに背中を預けるような信頼こそ持っていないが、外部の協力者としては破格と言えるほど信用している。極道はイサクの過去も経歴も本名も知らない――イサクというのは洗礼名だとか――とはいえ、極道の周囲には名前やら過去やらを持たない連中がゴロゴロいる。その程度は全く問題にならないのだ。この界隈は世間の普通(・・)とは掛け離れているので。

 また、イサクは有能で使える男だ。漢方の知識量はもちろん処方の経験も豊富。加えて極道たちに近い倫理観の希薄さときている――イサクは彼の薬(コレ)世の人々へ(パンピーを)害をなす(カモにする)薬の材料になると理解っていながら調薬している。自分と身内以外はどうでも良いという考え方は極道(スジモン)との親和性が高い。

 

 用件は済んだからと出ようとした極道の背に「あっ」というイサクの声がかかる。

 

「そうだ輝村さん。まだ時間ありますか? 注文聞いたときにすっかり聞き逃しちゃったんですけど、この注文があったってことは実験が成功したんですよね? どれくらいの威力があるのか教えてもらえたり……」

「ああ。時間は問題ないし、イサクさんなら大丈夫か……。C-4を七本用意して一メートルの距離で爆発させたんだが、この通り、無傷」

「ほうほう、ああホントだ全然傷がない! あの、これって皮膚が強靭になったことで全く傷つかなかったという理由の無傷なんですか? それとも実際には傷ついたけれども超速で再生したことで実質的に無傷だったとか」

「前者だよ」

「ふむふむ! ではその強靭さというのは――」

 

 にじり寄ってきたイサクにシャツを剥がされ、ベタベタとあちこち触られ揉まれつつ地獄の回数券(ヘルズ・クーポン)の薬効について話す。これは長話になりそうだと気づいてお茶を出そうとするイサクを押し留め、極道が茶の用意をすることになった。

 水屋を探せばありふれた市販の粉末茶があった。一杯分ずつのスティックタイプなのはぶちまけ防止だろう。

 お盆にスティックを二本と湯呑みを二口、粉末茶の袋を載せて作業スペースのすぐ横、脚の短い作業用長机に運ぶ。簡易キッチンに引き返して湯沸かしポッドも机へ。

 

 長机に片肘をつけば、どこぞの定点カメラのライブ映像を流し続けているスマートテレビが正面に見える。テレビ台は窓の前――壁という壁は全て薬箪笥で埋まっている。なんとも精密機械の寿命を短くしそうな所業だ。

 

「この映像はどこだい」

「え、どこだろ……」

 

 映像を流している本人のくせして、どこのライブカメラなのか分からないという。落ち着いた環境音が欲しいから適当に流しているだけだ、と。

 さわさわという木々のざわめきの中に鳥の声も聴こえている。長閑そうなものを適当に選んだのだろう。

 

「――じゃあ、またそのうち注文するよ」

「はいはい、どうぞご贔屓に」

 

 引き留められるまま一時間程滞在し、店を出た。ひどく軋む階段を下りて建物を振り返る。

 三階はイサクの作業場、二階は空き事務所。一階には達磨を彫る職人が工房を構えており、毛筆で『桂馬製作所』と書かれた木の表札を掲げている。

 

 ――何もおかしなものはない。危険はない、不都合もない。なのにどうしてかもやもやとした違和感が残る。

 

 極道は頭を横に振り歩き出した。

 

◯✕△□

 

 そろそろ就職について考えるべき学年――中学二年になってすぐ、伊作ら記憶持ちは学園長室に集められた。

 やはり記憶持ちである担任と学園長の硬い表情に六人は顔を見合わせる。「学園長の思いつき」のため呼ばれたのではないようだ。

 

 学園長曰く。お主らが現代日本に溶け込むのは難しい。

 

「我々が溶け込めないとはどういうことですか、学園長先生!」

「これでも一度はプロの忍者として一生を終えた身です。世間に溶け込む程度、難しいこととは思えません」

 

 優秀ない組が即その言葉に反発し、ろ組は組も一拍置いて頷く。しかし。

 

「落ち着いて聞けというに。お主らと同じ身の上の先輩たちはみんな苦労しているのじゃ――卒業までの間に卒業生らと話す機会を設ける。先輩方の話をよく聞いて、しっかり考えるのじゃ」

「……分かりました」

「はい……」

 

 それから話をしに学園を訪れた先輩連中はといえば「我々と現代人はどこか感覚が違っていて、彼らに合わせるのが大変だ」と繰り返すばかりで、全く要領を得なかった。何がどう異なるのかを彼らも言語化しかねているのだろうが、そのあやふやな印象をあやふやな言葉で伝えられたところで納得できるわけもない。

 そんな中に現れたのが説明力の高い習志野権兵衛良時。「学園長がこんな風に仰っているんですけど、納得できなくて」と六人が相談に行けば、腕組みして少し考えた末、「これだろうというのは、あるよ」と答えた。

 

「その話、我々にも聞かせてもらいたい!」

 

 どこから聞きつけたのか煙幕とともに現れた学園長により、全員仲良く空き教室に移動。

 

「まず、現代人とかつての大日本(やまと)の人たちはほぼ別物と思った方がいいね」

「……多少は違うとは思いますが、別物ですか?」

「全然違うよ! これは学園長先生みたいに現代社会と関わることが多い人なら実感としてよく分かることだと思うけど……現代人は、生産、生み出すことに重きを置いているんだよね」

 

 その理由はおよそ三百年前、江戸に徳川政権が立ち数十年が過ぎた頃まで遡る。

 

 戦国時代までの日本は「なければ奪う」が可能な世の中で、戦その他様々な原因で人が死ぬことも多かった。しかし徳川政権が安定すると戦はなくなり、人口が増える。人口が増えると食料が更に必要になる。とはいえ山の多い大日本では農地が限られており、開墾は数十年もすれば頭を打つ。

 ちなみに江戸前期で人口は戦国時代の倍に増えた。

 

 さて、この食料不足をどう解決したものか? 前提条件として、戦はできないし農地も増えません。はい文次郎くん。

 

「えっ……海賊行為、ですかね」

「持つ者から奪う考えですね〜。違います。では次、留三郎くん」

「……獣や魚などをもっと食べるようにします?」

「狩猟採集もいいよね。それもしただろうけど、それだと主食が足りないっていう問題は解決しないよ」

 

 文次郎と留三郎の二人とも不正解。仙蔵は顎に手を添え目を細める。

 

「日本史の授業では、江戸時代中期から金肥(かねごえ)なるものが使われるようになった、と聞きましたが……」

 

 金肥は栄養効率が高く、コメその他の農作物の生産量の増加に貢献したという。

 

「そうそう、そうなの! その金肥というのは『金を払って手に入れる肥料』だから金肥と呼ぶだけで、別に金粉が入っているとか黄金色に輝いていたとかそういうのじゃないからね。ちなみに同じ金色の肥料と書いてキンピとも呼ぶよ。

 で、江戸時代中期から、農家は金を出して肥料を買うようになった――つまり、自分の田畑に掛ける費用が増えたの」

 

 習志野は「肥料だけに」と下らない洒落もどきを口にして、誰も笑わないのを見ると態とらしく咳をした。

 

 江戸時代になって増えたのは費用だけではない。土地に掛ける労力も増えた。

 それまで使われていた牛馬(すき)(長床犁とも)は五寸ちょっと(15センチほど)の深さを掘り返せていたのだが、肥料を鋤き込むには浅かった。痩せた土地や開墾したばかりの土地の場合は特に、肥料をもっと地中深くに鋤き込まなければならない。

 ならばどうするか?――牛馬に代わり人が畑を掘るようになったのだ。深く掘るにはその方が手っ取り早く効率も良い。なお鋤では浅くて五寸、深くて十寸ほどを掘り返せる。

 

 つまりだ。江戸時代になると、以前よりも田畑の管理に人員が必要となるように変わっていった……というわけだ。

 

「手をかけ金をかければ収穫量が増えるということを大日本に生きるたくさんの人が知ったんだよ。このやり方にしたおかげで、江戸時代初期と比べて明治初期には米の生産量が1.5倍に増えてるからね」

「1.5倍ですか」

「……すごい」

 

 江戸時代の初めに定められた税率が五公五民としよう。江戸時代の間に検地はほぼ行われなかったため、税はその初期の生産量を基準としている。1600年の時点で1反の田から1石の米が穫れたなら、0.5石が税だ。

 1反の田から1.5石の米が穫れるようになれば――単純計算だが、収入が倍になったに等しい。

 

「労力をかければ生活が楽になる。いっぱい働けばいっぱいおまんまを食べられる。この考えが江戸時代からじわじわと人々に広まって、今では現代日本人の基礎になってる」

 

 「足りないものは他所から奪え」という考え方で生まれ育った者からすれば現代人の考え方は生ぬるく見えるが、こうして源流を知れば納得しやすいものだ。

 

「これ以外にも生産に重きを置くようになる理由はあるんだけど、情報量で頭がショートしちゃうだろうからまた今度にしようか」

 

 パンと手を叩いて話を終わらせる習志野に「いやぁ、有難うございます。なるほどねとしか言えませんよ」と教員らが眉をハの字にしながら礼を口にする。

 百年単位で遡って考えるなどは全くの予想外だった。専門外でもある。

 

 習志野の説明を信じるなら、思考回路の基本となる部分が室町の人と現代人とでは全く異なるのだ。だから同じ事象を見ても意見や判断がズレる。室町を生きた彼らが現代に溶け込むのに苦労しているのはこのためなのだろう。

 ゆえに、伊作たちは溶け込み方をきちんと考えねばならない。彼らが溶け込みやすい場はどこなのか。

 

 ――ライブ映像から流れる鳥の声に耳を傾けていた伊作はおもむろに立ち上がる。

 次に流すのは「森林 オススメ 上から三番目」。

 

「便利な世の中になったものだなぁ」

 

 ため息のように感想が漏れた。




 本文中の「牛馬を減らして人力でがんばるぞい」という流れのことを「勤勉革命」といいます(速水融、1976年)。この勤勉革命は日本でしか起きてません……というか産業革命と対比する概念として歴史人口学者が提唱したのが始まり。ウィキペディアのページは文献からの引用もしっかりとされていて読み応えあり、オススメ。引用されている参考文献も読むと面白い。
 ただしウィキにある参考(引用)文献のうち「仕事と日本人」(武田晴人著、ちくま新書)に関しては著者に対し「テメーは何様だ、うるせぇ黙ってろ!(※T大名誉教授)」と苛つかされることがままあったので、資料集としては勧めても読み物としてお勧めはしない。


2025/11/17追記
長床犁は平均15センチ(5寸)耕すことができた、という資料(河野道明『近世農業と長床犁―「中世名主=犂,近世小農=鍬」説の再検討─(下-2)』、商経論叢第46巻第1号、2010.10)を確認。引き攣れるような悲鳴が口からほとばしり頭痛腹痛腰痛さまざまな心身の痛みに襲われたので泣く泣く該当部を修正。
三寸ちょっと(10センチ)→五寸ちょっと(15センチ)。加筆修正。
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