》みえるさま、タクサンさま
習志野権兵衛がタソガレドキに連れて行かれることは防げたが、あちらも忍術学園が抵抗することは分かっていたのだろう。学園が断ることのできない次の一手を持ち込んでいた。
「そうだ、こんなに良くして頂いたわけだし黄昏様へ御礼状書かないと……。あー、でも私、御礼状なんて書いたことないんだった。見せてもらっても『へーすごーい』で済ませてたし。ね、尊奈門くん、御礼状の書き方教えてくれる?」
「それについてだが、実は殿からお前への文を預かっていてな。まずはそれに返事を書いて……殿と文のやりとりをしたらどうだ? そうすれば殿のお人柄についてお前にも分かるようになるし、お前の人柄も殿に伝わる。御礼状の書き方はもちろん私が教えてやるとも、この私が!」
などという会話があり、黄昏甚兵衛と習志野権兵衛の文通が決まってしまったのだ。
怒りで手近な梁を握り潰しそうになるのをどうにか耐え、習志野殿の移動に合わせて学園長室から習志野殿の仕事部屋へ天井裏を移った。
黄昏甚兵衛への御礼状を書く二人の会話に耳をそばだてる。
「ねーねー尊奈門くん、この御礼状の文面なんか偉そうだよ。これでいいの?」
「問題ない」
「してもらってる立場なのになんか『感謝してやる』って感じの雰囲気が漂ってるけど……」
「問題ない」
「うーん、尊奈門くんが言うならそうなのか」
「そうだとも! やはりお前は良く分かってるなぁ!」
習志野殿の素直なところは本当に一年は組そっくりだ。土井先生の胃痛が俺にも移ったのか、胃の腑が少ししくしくとする。そいつは戦好きなタソガレドキの手先だ、バカタレ!
さて。諸泉尊奈門の書いた手本通りの御礼状はいいとして、別個に書いていた黄昏甚兵衛への返事がどのような内容なのか。諸泉尊奈門ら二人がタソガレドキに戻る道中での奪取を狙ったが、やはりプロの忍者二人……に加えて雑渡昆奈門の妨害に遭い、見ることは叶わなかった。
留三郎と互いの不出来を罵り合いながら学園に戻れば、伊作が「どんな文を貰ったんですかって聞いたら『いいよいいよごらん』って貸してくれたよ」と、黄昏甚兵衛から習志野殿への文を手に死んだ魚の目をしていた。
習志野殿が就寝している間に検めるつもりだったのが、伊作のたった一言で
「十一年は組も良い子だとは、良い子だとは知っていたが……!」
「この世には悪人がいくらでも
「習志野殿を学園から出すな、あの子に世間は危なすぎる!」
頭を抱える俺たちと違い、小平太は何か深く考え込む様子を見せた。
「私は、習志野殿が世間知らずで物知らずなのだと思えない。少なくとも二年はドクタケで一人暮らししていたのだし。悪意に鈍感ならとっくの昔に死んでるはずだろ?」
「まあ……それもそう、か」
「ならば何故そう簡単に伊作へ黄昏からの文を見せたと?」
「それは――分からん!」
「分からんのかーい!!」
「もそ……」
――どうしてあんなに甘いのか。どうして疑わないのか。どうして。
その答えなのだろうものが、いま、眼下に広がっている。
次の春が来れば卒業という正月休み、プロとしての自立を控えた我々に学園長から下された任務は「習志野殿の護衛」。二名一組の三交代制で彼女の護衛についている。
組分けはいつもの如くイロハで別れたため、隣には仙蔵が俺と同じ光景を見下ろす。
「図書委員になったのは『知識は力』ってことを分かっているからだね。将来のことをちゃんと考えていて偉い!」
「乱太郎くんたちから聞いたよ、アルバイトで貯めた小銭で入学金や学費を払っているんだってね。目的のために努力していること、とっても凄いよ!」
きり丸の頭を撫でながら、きり丸の長所を挙げていく声は優しく、温かい。
『……子供扱いされていたのか、俺たちは』
『らしいな。だから甘かった、と』
仙蔵とそう矢羽音を交わす。
夜目が効かず、どこぞに蹴り飛ばした枕を見つけられないまま諦めてうつ伏せに寝る。殺気どころか気配すら読めないうえ、わざわざ立てた足音すら聞き逃して「いつの間に来たの!?」と驚く。水を張った
ずっと屋内で過ごし、手と頭を働かせることしかしてこなかったのだろう。この世の常識や普通というものを知らん女だ。
そんな奴に
なのにどうしてか怒りは湧かず、呆れと恐れが口をついて出る。
『……どう育てばああなる』
『天性の質かもしれんぞ』
『生まれつきの人誑しか。習志野殿は沛公になる、と?』
『あれに誑されたなら
『三族処刑は御免被る。俺はな』
『私もだとも』
長屋の入口に土井先生が近づいてくる気配を読み、仙蔵を留めて俺が向かう。屋根の上から土井先生に声をかけた。
「先生、家に入るのはお待ち下さい」
「どうしたのかな? 習志野殿が何か……」
「聞いていただくのが手っ取り早いので、上へ」
「ああ」
流石は土井先生、俺たちよりよほど滑らかかつ無駄のない動きで屋根裏に潜ると、よしよしと頭を撫でられながら褒め殺されているきり丸を見て目を丸くした。
『これは……』
『きり丸曰く「可愛い可愛い」すること、だそうです』
確かにこの光景は「可愛い可愛いする」という言い回しそのものと言える。端から見ているだけの俺たちにすら、習志野殿がきり丸を大事で可愛く思っていることがビシビシと伝わってくるのだ。
『……うん。しばらく見ていようか』
家主の許可を得て、きり丸が「可愛い可愛い」されている様子を眺める。
この場にいたのが長次でなくて良かった。――怒っているのか喜んでいるのかが真逆過ぎるあのしかめっ面で滂沱の涙を流したに違いないし、そしてじっとしていられずに屋根板を剥がして下に降りていたに違いない。
これが長次のいる時でなくて本当に良かった。
『そろそろ私は下に降りるよ。さっきから習志野殿が戸の方をチラ見しているんだ……そろそろ褒め殺しもネタ切れのようだね』
こんなにたくさん褒め続けられるのには感心するよ、習志野殿は褒めて伸ばすタイプの教師に向いているかもしれない、なんて笑う土井先生に「全くですね」と笑って返した、そんな時だ。
「丸いほっぺがとっても可愛い! 食べちゃいたいくらい!」
ほのぼのとした気持ちで頷いた俺たちが見たのは――今にも涙をこぼしそうな目で笑うきり丸の顔。
「……うん。そうでしょ。おれのほっぺ、丸くて可愛くて、食べちゃいたいくらいでしょ?」
長次がこの場にいなくて良かった。
長次はこの場にいなかったから、後でこの話を聞いて大暴れした。
◯✕△□◯✕△□
尊奈門くんの殿様、黄昏甚兵衛さんと手紙をやりとりするようになった。源氏物語や平家物語といった文学作品の話をする以外には、これまでの有名な戦い――平将門の乱とか――について楽しく話させてもらっている。
ただし私は薄く広く派の歴史オタク。有名な研究者や教授たちの成果を「どなたから聞いたかは明かせませんが、私はこう聞きました」と披露するのはいつものこと――というか、研究者や著者の名前をいちいち覚えていないから「◯◯先生の説では」という前置きができない。
乱読してきた歴史漫画や小説の描写がどこまで正しいのか分からないまま「あの戦いにはこういった事情が……」なんて話してるんだから罪深いことこの上ない。
でも知ってることを人に話すのは楽しいんだもん……仕方ないじゃん……?
で。昨日届いた甚兵衛さんからの手紙には京の連中への苦言と相談が書かれていた。曰く、「京の公家連中はいちいち言い回しが面倒くさいし、知識やら伝統やらをひけらかしてきて頭にくる。三代目もそれに染まりきっていていけすかん。しかしここは京に近いから無視しようにもできない。あの口を閉じさせる良い策があれば教えて欲しい」とのこと。
あー、京都はイケズだって言うもんね。「ぶぶ漬けいかが」は「さっさと去れ」で「元気どすなぁ」は「うるさい黙れ」という意味だ、という話を都道府県擬人化漫画で読んだ覚えがある。
イケズに対抗する手段は何があるか……ううむ困った。教養や知識の面で勝つのは無理だ、なんせあちらが本場なのだから。
公家に知識以外で勝つ方法、知識以外なら――うん? 公家?
征夷大将軍は武家の棟梁じゃないか。そこから突っ込もう。
お手紙かきかき、サラサラサッサー!
◯✕△□◯✕△□
タソガレドキ城城主・黄昏甚兵衛と学園に寄留する絵師・習志野権兵衛とが文通を始めて早くも二ヶ月が過ぎた。
文が決して誰にも盗まれぬよう、城主直々の命令によりその運び手は黒鷲隊又は隼隊から選ばれている。脚に自信のある連中というだけあってやり取りは自然と密で、彼らは毎日タソガレドキ城と学園とを繋いでいる。
忍者隊を馬借として使うほどだ、黄昏甚兵衛がすっかり習志野権兵衛に惚れ込んでいることは側近らの目にも明らか。始めこそどこの誰とも知れぬ者――それも女――などをと疑う声、危ぶむ声もあったが、黄昏甚兵衛が気まぐれのように見せてやる文を読むや皆黙り込んだ。
当然だろうね、と雑渡昆奈門は目を細める。
今黄昏甚兵衛と雑渡の二人がいるこの場、黄昏甚兵衛の私室。この部屋を飾る掛け軸には、雑渡が「いつもお世話になっているため」と諸泉尊奈門から贈られたものと同じ絵――畿内のみならず西は大宰府、東は鎌倉まで飛び回った雑渡をして見たことも聞いたこともない城の絵が描かれている。
雑渡が習志野権兵衛に依頼して作らせたものだ。
立てば真正面に、座れば見上げるそれに描かれた城は壮大だ。まず、城に使うためだけに切り出したのだろう石材で組まれた石垣には傾斜がついている。見る者が見れば「高さを作るため」の傾斜だとすぐに分かる。
母屋以外は省略したらしく、石垣で出来た高台の上に建つ建物は一つのみ。望楼を兼ねているのか母屋は高くそびえており、屋根の数からして四階建てのようだ。出窓だろう部分には別個の屋根がついて見た目も華やか。最上階の屋根に二つ乗った物体は習志野曰く「しゃちほこ」というもので、虎の頭に魚の体という姿を持つ水神らしい。
城の周囲には深く広い堀が巡らされ、その更に外には腰の曲がった松の木が数本植わっている。
坊主共の城が三重だか五重だかの塔であるなら武家の城とはこうあるべきではないかと思わせる、理想の、夢の城の絵だ。
手を伸ばせば届くのではと期待してしまうのがなんとも歯がゆい。
――習志野権兵衛は城の絵一つで黄昏甚兵衛の興味を引き、手紙一通で黄昏甚兵衛を虜にした。
そして、二ヶ月過ぎた今も虜にし続けている。
「ワシは三条の坊主への喧嘩の売り方を聞いたのであって、南北の連中もまとめて扱き下ろせとは言っておらんのだが……。これでは檄文だ。見よ」
愉快だがなとこらえきれぬ笑みを浮かべる黄昏甚兵衛の手から習志野権兵衛の文を恭しく受け取り、雑渡はその文面に目を走らせる。
曰く。
元来「征夷大将軍」とは
鎌倉殿が東国に政所を構えていたのは、将軍自らが鎌倉に座すことによって夷狄を威圧し、都の安寧を図ろうとしたものである。
翻って今代の「征夷大将軍」はどうか。夷狄を
「征夷」大将軍の名が泣いている。身の丈に合わぬ官位は返上し、代わりに畿内惣官の位でも願ってはいかがか。
征夷大将軍を名乗り続けるのであれば、今すぐ鎌倉の残党、そして南朝の王とその郎党を討ち滅ぼし、征夷を成した偉大なる先達・大将軍坂上田村麿にあやかり一宮にて彼らの首を晒すべきであろう。
――と伝えたら足利の三代目は絶対に怒るよ。本人が怒らなくても周囲が「こんなことを言われたままにしておけるか!」って大騒ぎするだろうから結果は同じかな。
だ、そうな。
足利のみならずあちこちに喧嘩を売っている内容に流石の雑渡も頭痛を覚える。
ただ、官位についての知識や教養が問われていることは分かるのだが……一介の忍びという身の雑渡にこれら全ては理解しきれない。
「夷狄というのは……」
「朝廷に従わぬ勢力のことだ。公家どもは東国の武士らのことを『あづまえびす』と呼び虚仮にしているが、そのあづまえびすは『東夷』と書く」
「征夷大将軍の『夷』の字ですか」
「うむ」
足利高氏は鎌倉殿に攻め入り、その後に征夷大将軍の宣下を受けている。
「――なるほど、だから鎌倉の残党を討てと」
「そういうことだ」
雑渡は目を閉じ考える。もしこの文の内容が世に出たならば。
「世が乱れますねぇ……」
薄く目を開いて笑めば、黄昏甚兵衛もにんまりと笑んでいるのが見えた。
◯✕△□◯✕△□
尊奈門くん学園とタソガレドキを頻繁に往復してくれるようになってから、紙の束以外のものも持ってくるようになった。「これは殿から!」「これは組、雑渡様から!」「これは山本様から!」「こっちは殿!」「そっちは殿!」「あっちは殿!」と、どれが誰の何なのか分からなくなるほど次々と物が届く……のだけれど。
どうすれば良いのか困るものばかり送られてくるのだ。凄く高そうなものとか、どういう気持ちで送ってきたのか分からないものとか。
そのうちの一つ――高価ではないけど訳が分からないもの――をどうしたものか、うーんと唸りながら見下ろす。
高さ三十センチくらい、厚み最大二十センチくらいのそれは山本さんからのプレゼントで――明らかに身内の悪ノリで作ったと思われるパペットだ。忍者装束を着た雑渡さんの見た目をしている。
なんで忍者装束なんだろうという疑問は横においておくとして、デフォルメ具合がなかなか絶妙で可愛い。山本さんは私が思っていたより愉快な人のようだけど……コレ、どうすれば良いんだろう。
なんせ実在の人物のコスプレパペット。取り扱いに困るよなぁと思いつつ、なんとなしにパペットを手にはめて驚いた。
縫製が良い。例を挙げるならパペットの内側が手にチクチクくることがなく、両腕部分の可動域が広くて動かしやすい。なんだこれ。どれだけリキ入れて作ったの? 身内の悪ノリに全力投球し過ぎでは?
ああそうか、だからか。この出来のものなら人に渡したくなるだろうし、
社員募集の「アットホームな職場です」よりよほど信用できる。
タソガレドキの屋敷に帰るのが楽しみになってきた。雑渡さんパペット――ザペットさんと呼ぼう――に向かって話しかける。
「夏休みになったら他の衣装も作ってもらえるよう頼むからね、ザペットさん」
数日後。仕事部屋にザペットさんを連れて行ったところ、六年生の伊作くんがザペットさんを「曲者ギニョール」と呼んでびっくりした。曲者ってソレ本人に向かって言ってたり……あ、みんな言ってるの。それを許している雑渡さんの懐、広すぎでは?
確かに雑渡さんは見た目が不審だから「曲者」って呼びたくなる気持ちも分かるし、伊作くんはまだ十五歳の少年だ。うっかり口が過ぎることもあるだろう。でも、その呼び方はヤバいんじゃないかな……。
「伊作くん、雑渡さんのことは名前で呼んでさしあげた方が喜ぶと思うよ」
「え、そうですか?」
「そうだよ。次に会う時には名前で呼んでみて」
「はあ……分かりました。そうしてみます!」
後日、雑渡さんから菊の意匠の帯を貰った。
これって高いやつではないだろうか。
◯✕△□◯✕△□
不定期開催の「習志野権兵衛から黄昏甚兵衛へ宛てた文の奪取」任務はまさに命がけだ。なんせ相手は忍軍の中でもエリートばかりが所属するタソガレドキ忍軍の者。あちらに殺意はないが――当たりどころや運が少しでも悪ければ俺たちの誰かが死ぬだろう、という戦いがいつも繰り広げられる。
今回戦場となったのは川沿いに延びる林のため、宝烙火矢を使うと周囲の耳目を引いてしまう。内心相手を散々に罵りながら短刀を振るう。
切り結んで押し合う。年齢と体格の差だ、じわじわ押されていく。
「エリート集団と名高いタソガレドキ忍軍でありながら馬借の真似事などさせられて……さぞ苦痛だろう」
そう煽るも無視。
「そちらの組頭もすっかり習志野殿に骨抜きだ。止める者がないとは不幸なことだな」
やはり無言。
そして突如立木を蹴って林を抜けたと思えば、こちら側の淵まで近づいていた舟――タソガレドキの手の者らしき船頭らがいる――に飛び降りていった。あちらは船頭含め人数が六、こちらは三。これ以上の深追いは無謀というものだろう。
さっと手で指示し長次と留三郎を止める。
「今回はここまでだ」
「もそ……」
「また逃げられたか――だが、やはりプロとの実戦は何にも勝るな。前より強くなっていっている自覚がある」
留三郎が開いた拳をぐっと握り込む。「殺しても構わない」という意識で攻撃してくる連中の刃には始めこそ肌が粟立ってならなかったが、最近は受け流すのにも慣れた。
私たち仲間内で行う鍛錬には「相手がそれを避けられると分かっているから狙える安心感」という欠点があるが、タソガレドキが相手ならそれはない。
留三郎の言う通り、実戦は何にも勝る。
「……私はこれまでに四度出動しているが、その四度とも全て違う相手だった。お前たちはどうだ?」
「俺は三度だな、仙蔵とはそのうちの二度が被っていたよな? 攻撃のクセからして三度とも別の忍びだったと思う」
「……三度で、別の忍びだった」
「そうか。タソガレドキ忍軍の厚みを感じるものだな――百余名所属しているというのは誇張ではない、と」
タソガレドキが園田村を襲撃した際にも大人数だったことを確認しているが、あれは乱戦向きの人材が主だったため伝令やら撹乱やらはまた別。
タソガレドキは忍び
「帰ろう――文の内容は文次郎たちが既に聞き出しているはずだ」
「……もそ」
「そうだな……はあ。習志野殿が俺たちを子供扱いしたがるのは自由だが、程があるだろ、程というものが」
習志野殿ほど五車の術を使い甲斐がない相手はいない。「教えて♡」と強請れば「うん♡」と教えてくれるし、「そういうのは辞めてほしいです」と頼めば「そっか、嫌だった? すぐ辞めるね」とホイホイ従う。彼女を持ち上げたり怒らせたり同情を引いたりせずとも「うんうんいいよ」で私たちの頼み事を叶えてしまうのだ。
そんな態度で大丈夫なのか? 子どもがみんな一年生らのように根が善良とは限らないというのにぬるいと言おうか甘いと言おうか……。子どもに「ちょうだい」と強請られるまま全財産を譲ってしまいそうに見える。
もう少し大人げを、大人として持つべき危機感を持って頂きたいものだ。
学園に戻れば、習志野殿が曲者ギニョールを手に嵌めて遊んでいた。「
悪い子じゃないんだがな……どうして
学園長先生に報告する場に、六人揃って胡座をかく。
「――それで、今日はどんなやりとりを?」
「はっ。黄昏甚兵衛は三通前から公儀への愚痴ととれるものを漏らしていましたが、今回ついに明確な『苦言』を書いていました。それに対して習志野殿が送った返事は……」
文次郎の報告を隣で聞けば頭痛がしてきた。たった一通の文のくせして私の宝烙よりもよほど影響力が大きい。本人はあんなにぽやぽやしているというのに。
――待て。本人がぽやぽやしているのに、何故あんな文面が書ける?
「まことに……そのような内容だった、と」
「はっ」
「いかん。また世が荒れる!……まさか、習志野殿を育てた連中はこれが狙いじゃったか!」
学園長先生が珍しくも切迫した声を上げる。
「うんうんいいよ」で知識や策を垂れ流す危険人物になるよう育てられたのではないか、と仰る学園長先生に、私たちの顔からもサーッと血の気が引いていく。
それは例えるなら兵太夫に火薬を括り付けて戦場に放り込むような所業だ。それでこの世が荒れるなら習志野殿が死んでも構わぬ、という意図が透けて見える。
なんせ
「つまり、習志野殿をドクタケに放り出した者の目的は」
「この世の動乱じゃ。乱世が今しばし続くことを望む連中が、幼い習志野殿が示した才能に目をつけ、世間から隠して育てたのじゃろう」
あれだけの知識を溜め込み、消化し、絵草紙に書きおこせるのだ。その才能は片手の年齢でも明らかだったろう。
「うんうんいいよ」とニコニコ頷く習志野殿の顔が目の裏に浮かぶ。
次の護衛のときはもう少し親切にしてやろう。
・サラサラサッサー
アラホラサッサーとどこかで聞いたが、どこで聞いたかは覚えていないので適当に使っている。(※タイムボカン)
・三条の坊主(成人してからまだ数年の十代。新成人枠)
三代将軍は室町に居を移す前、三条に住んでいた。
・征夷大将軍の官位返上して畿内惣官に〜
「警視庁長官に任命されたくせに警視庁(≒東京)に移らないの? 京都から離れたくないんだったら京都府警本部長に変えてもらえば? まあ、京都の治安ですら守れてないけどね。ハハッ」の意味。
・南朝の王とその郎党を討ち滅ぼし〜
朝廷を軍事的に守る征夷大将軍の官位を三代目が「正当な天皇から貰った」ということは、「南朝は天皇を僭称する(≒勝手に名乗る)逆賊だと認識してる……ってことだよな? オイ、そういうことだろ。なんか言えよ、言えねーのかよ」という意味。
・坂上田村麿にあやかって〜
阿弖流為は一宮(大阪府枚方市牧野阪にある神社。今は片埜神社と呼ばれている)の傍で処刑されている。お墓は清水寺にあるよ。
つまりゴンベの手紙に書かれていたのは「おいお前、ボクサー名乗ってるくせにピアノ習ってるのはなんでだよ。おかしいだろ」を上品な言い回しに変えただけのもの。
歴史に浅く広く、そして時々すごく深く触れてきたオタクによる「俺の考えた最高にクールな罵倒」である――この時、歴史が動いた()
・書いておいたほうがいいと思った拙作のスタンス↓
「信頼できない語り手」という表現技法があります。語り手(視点主)の語る内容の信頼度(正確性)を下げることで読者の混乱やミスリードを狙うという、いわば叙述トリックですね。
拙作はその「信頼できない語り手」とまでは言いませんが、「本人がそう思い込んでいる」ことを地の文で訂正しないようにしています。
たとえば、ゴンベが「孤児にご飯をあげると決めたのは自分の意志」という前提でアレコレと行動したり悩んだりするところについて。
ゴンベは「可哀想な子みんなおいで、ご飯食べさせてあげるよ、うちは私設の悲田院(※孤児院)してるよ〜!」なんてことを一度として触れ回っていません。ただ、自分が十分に食事を取れるようになってから(=生活に余裕ができたので周囲を見れるようになってから)飢えきった子どもを見かけ、「あんまりに可哀想」だからと食事を与えてしまった。
それが噂を呼んで周辺の孤児がポツポツとやってきてしまい、半ば孤児院の体をなしてゆきました。助けを求めて現れるガリガリの子どもを「そういう時代だから仕方ない」と見捨てられず、ずるずるとその場の雰囲気や孤児らの要求に流されて食事を与え続けていたわけです。長屋の他の人達からは責められたことでしょう。
きり丸と出会ったシーンは、「ただその場の勢いに流されるだけ」を止めたシーンでした。
自分の確たる意志で孤児に食事を与えるようになった、ということです。
ですが、こういった事情や流れについて視点主たちはわざわざ蒸し返しません。今更だからとか、蒸し返したところでどうにもならないとか、「最終的にそうすると決めたのは自分(彼女)だから」とか。
それぞれに、それぞれの理由があります。
なお、きり丸のシーンで「孤児を自立させる」「自立するまでご飯を食べさせる」と決心したからこそ、ゴンベはドクタケ忍者隊の漫画を描く仕事に飛びつきました。なんせ報酬が良いので。
城の大量購入での割引があろうがなんだろうが、紙は高い。上質な紙は今の時代だって高額です。なのに「支出の半分が紙代」というほどに支出があった。孤児らの食費がかさんでいたんですよね。
となると、諸泉尊奈門ときり丸が長屋で顔を合わせなかった理由も尊奈門が「大事な友人の優しさにつけこむガキどもの顔なんぞ見たくなかった」から、という事情が透けて見えてきます。
そしてまたこの「面倒なことをしている友人を見捨てなかった」情の厚い尊奈門が相手だからこそ、ゴンベの「尊奈門くんは間違いなく友達が多い」とか「私たちの友情は額面にできないもの」という言葉が出てくるわけです。
ちなみに尊奈門による「原稿泥棒みたい」な行為は、ゴンベの原稿が金になると知った連中による強盗を防ぐためのもの。
本当の身分を明かさなかった(≒身分ある者の格好を続けた)のは、「実は忍者です〜」だなんて言えるわけがないという事情もありますが、長屋の他の面々に対する威圧です。こいつに何か変なことをしてみるがいい、斬り殺されたくばな。という。
ヨッ! 流石尊奈門、三年間恩人の世話を焼いた男!