鎌倉幕府が滅亡した理由として教科書で学ぶのは「元寇で戦った者たちへの報酬を用意できなかったから」というものだけ。それは確かにそうなんだけど――原因は一つじゃあない。
教科書ってそういうところ一面的よね、ということで。
「どうして鎌倉は滅ぼされたのか、今日はそのお話をします」
「習志野殿はこのところ文のやりとりやら絵草紙やらで引きこもっておられる。体を動かさんのは体に悪いが……外に出て頂くわけにもいかん。というわけで、これじゃ!――『習志野先生のウキウキワクワク教師体験』!」という学園長の思いつきで、私と関わりのある面々を生徒として授業が行われることになった。
一年は組は自習するか私の授業を受けるかの二択でみんな私の授業に参加。六年生は希望者のみ……なんだけれど全員参加。教室の後方には学園長先生、土井先生、山田先生、安藤先生ほか教師陣の姿もあり、半ば参観日の様相を呈している。
授業のためにまとめた紙を教卓に置いてぐるりと教室内を見回せば、早速手を挙げる子がいた。
「はい!」
「はい、黒木庄左ヱ門くん」
「話題が物騒ですが、その話題を選んだ理由はなんですか!」
「いい質問ですね。もちろん鎌倉の滅亡が『わりと最近に起きた大きな出来事』だからです。学園長先生なら当時のことをご存じだろうし、詳しく知りたいと思ったら聞きに行ける身近な人がいる……というのも理由の一つですね!」
「分かりました。有難うございます!」
「うんうん、分からないこと、不思議に思ったことがあったらどんどん質問してね!」
で。黒板に一本真っ直ぐな矢印を引いて、矢印の根元の方に短い縦線を入れる。百年前、と書く。西暦1270年ごろなんて書いても通じないしね。で、先端に近い方の縦線に四十年前、鎌倉襲撃。
「鎌倉にあった政権は、四十年くらい前、当時家臣の身分だった足利高氏によって攻め込まれて滅びました。この鎌倉政権の滅亡の原因はいくつもありますが、そのうちの二つに『京から恨みを買っていた』『武士たちに報酬を用意できなかった』というものがあります。今日はこれについて話します」
まず「京からの恨み」。これは南朝北朝問題に繋がるなかなか面倒な問題だ。
ざっくり言うと、今からおよそ百年前。後継者を指名せずに死んだ天皇が「後継者をどうするか困ったら鎌倉に訊け」と遺言をしたせいで鎌倉幕府は天皇家の後継者問題に巻き込まれた。
何故皇位継承問題とは無関係に見える鎌倉に聞いてきたのか不思議だろうけれど、実を言うと都と鎌倉とは切っても切り離せない関係があった。
三代目の実朝までは源氏の将軍で、四代目からは摂関家の九条家から将軍を引っ張ってきた――ということまで知っている人は多いだろう。でも実は六代目将軍からは摂関家の出ではなく、皇族が征夷大将軍になっているのだ。これを宮将軍や皇族将軍と言う。
なんでこんな事をしたのかと言うと、皇族を将軍として迎えるのには皇族側にも鎌倉側にも利益があったからだ。皇族側にとっては良い感じのポストが増えてハッピー、鎌倉側は事務手続き上の都合が良くなってハッピー。
鎌倉で重要な決定をする度にいちいち京に行って施策を奏上して決議を経て承認を得る……なんて面倒なことはしていられないからね。ぶっちゃけると現場責任者が欲しかったわけ。
話は戻って。その「困ったら鎌倉に」というのは宮の外にいる年上の皇族を頼れということなんだな……と思うかもしれないけれど、それは違う。当時の七代目鎌倉殿・惟康親王はまだ一桁年齢の子どもだったのだから。
皇室は「後継者問題を自分たちで解決できないから」と判断を鎌倉に押し付けてきたわけだけど、小学校低学年の子どもにその判断を任せられるわけもない。
当時の鎌倉の皆さんは悲鳴をあげながらあちこちに話を聞いて回ったりなんだりし、「じゃあこの人で」と天皇を指名した。が。もう一人の後継者とその仲間たちが「なんでお前らに天皇が誰になるか決められなきゃいけないんだ」「こちらこそが正統なんだ」と暴れたので、鎌倉はまた頭を悩ませることになり――結局「交代交代で天皇になってもらおう」と決めた。
しかしそれで後継者候補たちが納得したかといえばするわけもなく。彼ら――大覚寺統と持明院統の二家はどちらもこの決定に不満を持ち、鎌倉殿に恨みを持ったのだ。それぞれの皇統を支持する公家も鎌倉を恨んだから……公家全体から恨まれたと言っていい。
つまり鎌倉は散々振り回された挙句恨まれたというわけ。これぞ骨折り損のくたびれ儲けというものだろう。
「どちらにも配慮したつもりだったけど、結局はどちらからも恨まれたんだよ。あちらを立てればこちらが立たずなんてことはよくあることだからみんなも気をつけようね」
そう話して生徒一人ひとりの顔を確認したところ、土井先生の顔色がなんかちょっと悪い気がする。
あと、しんべヱくんの目が顔の左右から落ちそうになってるのは気のせいだろうか。
「土井先生、顔色が悪いです。体調が優れないようなら保健室に行ってくださいね。しんべヱくんは……あの、目が……大丈夫?」
「いえ、ええ……大丈夫ですので、どうぞ続きを」
「あのー、権兵衛先生、このお話はしんべヱには難しすぎるみたいです。このままだと目が飛んでいっちゃうかもしれません」
「そりゃ大変! うん、しんべヱくんはちょっと休憩した方が良さそうだね……」
保健委員だから、と乱太郎くんがしんべヱくんを保健室に連れていくことになった。あの目は元に戻るんだろうか。
「さて。鎌倉は京から恨まれてしまいました……これだけでも面倒極まりないのに、同じ頃、鎌倉にとって不幸な出来事が重なります」
そう、蒙古襲来だ。
「それはなんとも、泣き面に蜂と言おうか、弱り目に祟り目と言おうか……」
「保健委員のような目に遭ったわけですか」
山田先生や留三郎くんの漏らす感想に大きく頷く。でも保健委員のような目って何のことだろう。
「蒙古襲来時に戦った人たちは報奨を求めました。つまり土地をくれというわけです……が、外からやって来た敵を押し返しただけなので、皆に与えられる新しい土地なんてものはありません」
金銀宝石を持って襲撃してきたわけでもないから、彼らが持ち込んだ金目のものなど武器や防具くらいだろう。
「こうして鎌倉から人心が離れていきました。金の切れ目が縁の切れ目ってことですね」
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東国の――それも鎌倉殿と関わりが深い連中に育てられたであろう女のぶっちゃけ話に、教室内はさっきからずっと矢羽音が飛び交っている。
「――だから、鎌倉殿が弱体化し滅ぼされるに至った遠因として挙げられるのはこの二つ。『京から恨みを買っていた』のと、『武士たちに報酬を用意できなかった』から、というわけです。みんな分かったかな?」
『止めないんですか、学園長先生』
『あちら方の者から話を聞けることなどそうない。良い機会じゃろ』
『しかし』
『近い過去を学ぶことは大事なことじゃ。あの者はかつてこういう目に遭ったから、この場ではそう動くだろう……という判断ができる。じゃろう?』
『それはそうですが……』
「はい、ゴンベ先生!」
「何かな、きり丸くん」
「そのモーコって奴らがスゲーお宝持ってきてた、なんて話はないんすか?」
「お宝……うーん、お宝ではないけど、それまで我が国になかったものは持ち込まれたよ。てつはうと言ってね、バレーボールより少し小さいくらいの宝烙火矢を想像したらいいかも」
教師陣、六年生、一年生――つまり習志野以外の全員の頭に浮かんだのは、小平太が「いけいけどんどーん!」と言いながら巨大な宝烙をサーブ、体育委員会の面々がそれを落とさないよう必死にトス&レシーブして小平太のアタックが決まるという映像。
巨大な爆発を背に親指で鼻の下を拭う満足げな小平太と脂汗をかいてしゃがみ込む滝夜叉丸たちの姿が容易に思い浮かび、その場のほぼ全員が遠い目をする。
「バレーボールほどの大きさとなると……火薬を大量に使うことになりそうですねぇ。どれだけ硝石を使うのやら、元の豊かさが羨ましいですよ、全く」
土井たちの不在時に習志野と交流を持った――職員室に隣接する仕事部屋で「甘味が欲しいよーいっぱい考えるから甘いもの食べたいよー」と愚痴っていた習志野へ黙りなさいと叱りつけた――安藤が皮肉っぽい声音で感想を漏らす。
習志野は腕組みしてうんうん頷き、軽い調子で言った。
「雨の多い我が国で硝石は取れませんからね。海の向こうの渇いた土地では採掘できますが。我が国で硝石を作ろうとしたら囲炉裏に穴を――あっやべっ」
授業はそこで終わった。
教師役が学園長室に連れ去られたからだ。
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保健委員の伊作くんは雑渡さんの命の恩人らしい。尊奈門くんの話によれば、戦場で怪我して困ってた雑渡さんを伊作くんが助けたとかなんとか。
顎を撫でながらうんうん悩む。雑渡さんには大変お世話になっている――最近は色々と物も貰っている。尊奈門くんの上司でもある。
目を閉じてしばらく考える。
するか、すまいか。すれば伊作くんにとって良い学びになるだろうし、伊作くんはコーちゃんを可愛がってるから内臓ネタも好きそう。でもなぁ、どこからそういう知識を得たのか聞かれたら困るからな……。
それに日本で公にコレが行われるのは本来なら江戸時代後期だから――四百年くらい前倒しにしてしまうことになる。
うーんと唸りながら天井を見上げ、決めた。
しよう。
大丈夫だ――きっと。でもやっぱり怖いからカエルと似たようなものでありますように。
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いま保健室にいるのは、忍術学園からは山田に新野と伊作、仙蔵、文次郎の五人。タソガレドキからは諸泉尊奈門および、天井裏と床下に数人。
学園での開催にも関わらず参加人数が少なく偏っているのは、今回の企画に参加できる生徒は「肝が太く理性的な六年生以上の者」という縛りがあったがゆえだ。
そんな縛りがあることもあって、数日前に開催された「ドキドキワクワク一日教師体験」の時とは全く異なる雰囲気が保健室を満たしている。
みなが緊張した面持ちで見る先、部屋の中央。そこには幅が細く脚の高い長机があり、その上に――布に包まれた大きな何かが乗っている。
そんな中ゴソゴソとキャスター付きの黒板に大判の紙を貼り付けていた習志野は、参加者らを振り返ると――ためらいがちに唾を飲み込み、口を開いた。
「……参加してくださったみなさん、有難うございます。今日は、諸泉殿のご厚意に甘える形で……こちら、罪人の方の遺体を頂きました」
そう話す習志野の手には、人差し指ほどの刃渡りしかない小刀がある。ぎゅっとそれを握りしめて話す顔は青白い。
「なるべく傷のないものをとお願いしたので、頭がないこと以外の欠損はありません。……新野先生、お願いします」
新野が長机の上にあるソレから薄手の布をテキパキと剥がしてゆく。布の中から出てきたのは、首のない男の死体。
「……先にも言いましたが、今回このような場を設けたのは『人のケガや病気を治すこと』に対して真剣な善法寺くんの役に立ちたいという思いによるものです。なので……体内の観察や質問などは善法寺くんが最優先、次に新野先生、それから皆さんの順になります」
では腑分けを――解剖をしましょう。という言葉に従って、皆、長机に近づく。
まだ寒い時期だからだろう、死体は腐敗が進んでおらずきれいに見える。長机を囲む全員が手を合わせて目を閉じ、しばらく沈黙が部屋を満たした。
習志野は新野が配るゴム手袋とエプロンを身につけて遺体に触れ……胴体を左右に切り分けるように小刀を滑らせる。
「う……」
「習志野殿、代わりましょうか」
「……いえ、すると決めたのは私なので、有難うございます」
習志野は血の気が引いた真っ白な顔でもったもったと前面の皮を剥がし、新野と山田の手を借りて肋骨を露出させた。が、そこでダウン。
教員二人は習志野を休ませ、「骨の内側にあるものを見る」と聞いていたためてきぱきと骨を砕いて内臓を見やすくしてゆく。
「バカ、お前にはこういうの向かんと分かってただろうが」
「でもぉ……知ったら絶対伊作くんのこれからの役に立つよ……。それに将来タソガレドキでも講習するだろうし……慣れておきたいっていうか……」
「ば、ばーか! アホ、まぬけ、考えなし!」
部屋の端でくり広げられた習志野と尊奈門のほのぼのとした会話に、天井裏の面々はにっこりした。
「あ、もう肋骨取れたんですか。はやい。……で、こっちの黒板の図は私が自分の記憶を頼りに描いたものなので……細かいところが実際と違っていると思います。が、臓器の形やだいたいの位置は合ってるはずですから、これを使って説明します……」
「はい」
生徒の中で返事できたのは伊作だけだった。
「両胸にあるこれは肺。私たちが息を吸って吐いてってできるのは、この肺が膨らんだりしぼんだりしているからですね」
「肺の間にある握りこぶしほどの大きさの臓器は心の臓。これが体全体に血を巡らせています」
体内を描いた絵を指示棒で指しながら説明する習志野の声はよどみない。どこでそんなことを知ったのか、人道を顧みぬ医師が傍にいたのだとしても、あまりにも詳し過ぎる。
どの臓器がどこにあるかまでは見ればなんとなく覚えるだろうが、その機能については……どのようにして知ったのだろう。
伊作は「これからを生きる人のため、治療の発展のため――ごめんなさい! 有難うございます!」と目を伏せたり輝かせたりと忙しく表情を変えながら内臓に触れたり横にずらしたり引っ張り出したりしている。
目の前の未知が既知に変わるのが楽しいらしい。習志野へ次から次に質問を飛ばす。
「習志野先生、労咳の人が血を吐くのは肺が傷ついているからでしょうか?」
「腸のここに飛び出ているものがありますが、これは何ですか?」
「血が濁るというのはどういうことですか? もう少し分かりやすく教えてください」
「高熱は体内の悪いものを殺すためのもの、とは?」
「それぞれの内臓が作る体液にはそれぞれ別の効果がある……という話の意味が分かりません。詳しく教えてください」
伊作の質問は始めこそ「見れば分かる」「大抵の人が気づく」点に関するものだったが、どんどん内容が専門的なものになっていく。
「確かそのはずです。ちなみに、固まった血が気の道をふさいでしまうので息をしづらくなるそうです」
「盲腸ですね。なんのためにある部分なのか私も知りませんが、ここを悪くすると激しい腹痛に転がり回り高熱が出て……確か死にます」
「血が濁るというのは、たとえるなら……えーっと、毒を飲むと内臓からその毒が体に取り込まれて全身へ回るんですが、その時に毒を体中に巡らせるのは血なんですね。体の中を流れる川が血なんです。血が毒に侵されることを『血が濁る』と言ってるわけです」
「えーっと、伊作くんは魚を捌いたことは? ある。じゃあブリ線虫とか魚の中にいる虫も……分かる。よかった。あんなふうに体の中に入ってきた風邪の虫を体の熱で茹で殺す感じですね」
「涙はしょっぱいけど唾はしょっぱくないでしょ? 胃の中のものを吐くと酸っぱい。そんなふうに、味とか目的とかが違う液体をいくつも作ってるんです。体の中は」
――腑分けをしたいと話を回すときに「門前の小僧だから答えられないこともあるけど、知ってる限りは応えたい」だのと言っていたらしいが、どこの門前で学んだのか。本人は「はたらく
なんにせよ、門前でこれだけ覚えられるのであれば既に日ノ本の全ての医者がそこに殺到しているはずだ。
この場の誰もがそれを聞きたい、知りたいと思っている。だが……藪をつついて蛇を出すのが怖いのだ。
「イヒ、イヒヒ……!」
おかしな笑い声を上げ始めた伊作を止めるもことできず、忍術学園初めての腑分けは一人大興奮のまま終了した。
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時間は少し遡り、正月休みでのこと。年始に向けてきり丸くん、土井先生、私の三人みんなで長屋の掃除をした。土井先生は衣類をてんこ盛りにしがちだとかで、井戸の隣の洗い場で「はーどっこいしょ、あー冷たい」と愚痴りながら服を足もみ洗いし、軽く絞ってから板に貼り付けて晴天に晒す。
ここの長屋に住む人たちは全体的に、ドクタケ城下町の人たちよりも生活に余裕があるように見える。
この長屋に来る道中も、きり丸くんと買い物に行った市でも、道端に四肢のどれかを喪った人が……とか親なし子が塀の短い軒下に……ということがなかった。
こっちは平和で豊かなんだなぁと感心していたのだ、が。
「こっちでも餅はつかないのか……」
源氏物語には
ただし餅鏡は観賞用だから食べない。
食べる食べないは横においておくとして、それだけ昔からあるのだし、豊かな地域や家庭では鏡餅を作っているとばかり思っていた。ドクタケの人たちには余裕が無いからしないんだろう、と。
だけどあと三日もすれば年越しだというのに誰も餅つきをする様子がないし、そういう話も聞かない。長屋で囲まれたいい感じの町内行事用スペースがあるのに誰も餅の話をしない。おかしい。ありえない。みなさんそろそろ正月ですよ、あと三日で今年が終わるんですよ! 何をもたもたしてるんです!?
こんなの、つまり、市井には鏡餅の習慣自体がまだ広まっていないってことじゃないか。残念過ぎる……つきたてのお餅を食べられるかもと期待していたのに。
「――餅!? 餅あるんすか!? どこどこぉ!?」
「ごめんねきり丸くん。餅つきはしないのかなーって言っただけだよ」
「なぁんだ。もー、ゴンベ先生ってば紛らわしいこと言わないでよぉ」
雑巾を握りしめたまま家から飛び出して来たきり丸くんに向かって手を横に振って謝れば、しょんぼりと肩を落として屋内に戻っていく。期待させてしまって申し訳ない。
でもね……餅つきなんて準備も後片付けも面倒くさそう〜という以前に餅つき用の道具があるのかすら分からないし、餅つき機に頼って生きてきた身の上の私だからもち米の適切な蒸し方や時間も知らない。そして餅つきをできる筋肉もない。私がお餅を用意することは……できないのだ……。
だけどお餅を食べたい。どうしてもお餅を食べたい。この時代にトリップしてから既に三年近いということは、私は去年も一昨年もお餅を食べられなかったということだ。もはやこの身はお餅に飢えていると言っても過言ではない。ああ、お餅を食べたい。
年末年始は餅太りするくらいお餅を食べる期間、という幼少期からの刷り込みがあるんだぞ! お餅を食わせろ!
待てよ――そうだ! 黄昏甚兵衛さんに分けてもらえないか頼んでみるのはどうだろう。黄昏さんは懐が広いお金持ちだから「いいよいいよ」って分けてくれるかもしれない。前に尊奈門くんが「殿から頂いた餅」がどうのと話していた気もするしワンチャン貰えるのではと期待が膨らむ。餅だけに。
いや、でも、待て。最近の私は黄昏さんを良いように使い過ぎている気がする。お手紙も当日本人配達で忍びの方に送り届けてもらってるし、尊奈門くん経由で罪人のご遺体も依頼したし、それ以外にもゲホンゴホン。
とんだわがままガールだ。もしかしなくてもタソガレドキの皆さんから嫌われていないだろうか? なんせこちらは無位無官、どこぞの馬の骨、そして女なんだぞ。そんなのが殿に目をかけられてアレコレしてもらっていてみろ、普通の人なら腹を立てる。
どうしよう。ええ……うーん、官位を買った方がいいかも。
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習志野は陶器の
今は授業時間のため、よほどのことがなければ生徒がここ職員室まで来ることはない。障子を開けたり縁側に出たりを許された習志野は筆を置くや、いそいそと縁側に出た。暖房を兼ねた焜炉をヒーヒー言いながら外に持ってゆき、寒空のした板張りの床に腰掛けて餅を
ちなみに平鍋は土井家から彼女がパク……拝借したもの。
「かきーもちーねぇ、心までしーろく、染められたならーああーああー」
などと誰も知らない聞いたこともない歌を口ずさみながら、親指の先ほどの大きさに砕いて油をまぶした餅をコロコロと炒っている。
「しおーあじーよりも、醤油ほしいが
歌は途中から愚痴に変わった。
「味噌を絞ったら良いのかな……いやでも、味噌の配合を間違えた末の上澄み液って話だったよね」
独り言を聞かれているとも知らず、習志野はのんびりと餅をころころ煎り続ける。中身が弾けて鍋から飛び出るたび慌てて拾って食う姿は平和そのものだ。
「うましうまし」
平鍋の餅が残らずきつね色になったことにウンウンと頷いて塩を二摘みパッパと上から掛け、木べらで混ぜると鍋敷きに鍋を移動させる。
「せんせーせんせー、土井先生か山田先生か安藤先生ぇ。どなたか一緒におやつ食べませんかー」
縁側から職員室に向かって声を掛ける習志野に胃のあたりを抑え、土井は筆を置いて縁側に出る。彼女の監視――護衛の意図もある――をしていた教員とはここから交代だ。
「はいはい――えーっと、習志野殿。それはなんなんです?」
「あられですよ。玉あられって言う方が分かりやすいかな。一年生の子たちが来たときにでも一緒に作りたいなと思ってて、今回は試作でーす」
「玉あられですか」
来客用の上菓子だ。山城国のあたりには店もあったはず。土井の頭に生徒――きり丸の顔がポンと浮かぶ。
「みんなきっと喜びますよ。自分たちで玉あられを作れるなんて機会はなかなかありませんからね」
玉あられについて土井が知っていることは、冬の間しばらく干した餅を使って作られる
「そうですか? なら良かった。――ささ、土井先生、これは試食ですから遠慮せず。ずいと!」
「では有り難く、いただきます!」
出来立ての玉あられは焼いた餅の香ばしい匂いが食欲をそそり、さくさくとした食感とほのかな塩味につい手が止まらなくなる。
平鍋はすぐに空になった。
「これはいけませんね。あまりに美味しくて食べすぎてしまう」
「私も出来立ての美味しさを舐めてました。どうしよう、もう誰にもあげたくない。独り占めしたい……!」
罪人たちは見つめ合い、しばらくして男の方が口を開いた。
「諦めましょう」
「そんな――」
「一年は組の良い子たちに、私たちの姿が捕捉されました。今」
校庭の方から「土井せんせー! ゴンベせんせー!」という呼び声が聞こえて振り返った習志野が見たのは。
盛大によだれを垂らしながら走って来るしんべヱとそれを追う子どもたちの姿だった。
8/14一部修正
床下の土→囲炉裏に穴