誤字報告有難うございます
》モロ星人さま、およしさま
年が明けてしばらくすれば卒業という時期は、ついこの数年前までであれば就職先探しの盛りだったのだが――は組の十一人は皆のほほんとしていた。
理由は単純明快、すでに皆どこに就職するか――家を継ぐことも含む――決まっているからだ。乱太郎は就職、きり丸は弟子入り、ついぞ痩せることのなかったしんべヱは家に戻る予定だ。
は組の他の面々もしんべヱ同様で、実家や村に戻るなど進路が決まっている。各々これから進むべき道が既にある。
「……うちに帰りたくないなぁ」
「どうしたの、しんべヱ。帰りたくないなんて」
ぼんやりとした顔で忍たまの友をめくっていたしんべヱの言葉に、治療道具の手入れをしていた乱太郎はぎょっと目を剥いた。きり丸も忍具を磨く手が止まる――内職より忍務の方が稼げるようになってから、隙間時間はもっぱら道具の手入れ時間になったのだ。
しんべヱはつぶらな目をうるりと潤ませると「だって……」と口を開く。
「乱太郎は公立保健委員会でしょ」
「そうだねぇ」
公立保健委員会とは忍術学園保健委員会のOBが中心となる組織で、「公儀」により「設立」された保健委員会だから公立保健委員会という。全国各地の戦場に医師らを派遣し、
公立保健委員会に勤める医療忍者の主な仕事は戦場から保健委員会の天幕まで怪我人を運び、医師らと共に治療――または研究を行うというもの。
暴れる怪我人の運搬も治療も両方できなければならない激務であるが、乱太郎は忍術学園保健委員会に六年所属した男。不運を愛し不運に愛された男の呼び名は伊達ではない。先日も五学年上の伊作から「前線で待ってるね」という文が届いている。
ちなみに乱太郎は絵の上手さも評価されており、解剖図の作成なども任される予定だ。
「きり丸はゴンベ先生に養子に入るし……」
「まあ、養子入りっつーか、弟子入り? ゆくゆくは養子になるけど先ずは弟子入りっつーか」
実際がどうかは別として、対外的に習志野の家は一代で成り上がった新興だ。どこの家とも血縁がなく、柵がない代わりに伝もない。
とはいえ源氏物語を絵草紙にするため二条良基との繋がりは深く、政所など役職に就いてはいないが鎮西殿の執権・黄昏甚兵衛の側近としてタソガレドキと京を往復している。――その習志野に、言われたのだ。
「きり丸くんは実戦経験豊富なは組らしく度胸があって、愛嬌は商売上手なところから見ても十分以上ある。それに加えて頭の回転が速くて人の気持ちや考えを読むのが上手だよね」
三年生の終わり、習志野がタソガレドキの屋敷に移る間際のある日のことだ。仕事部屋に二人きりのときそう褒められた。
もうそろそろ四年生になるのに子供扱いしないでよときり丸は渋面を浮かべ習志野を見あげたが、習志野はいつもの笑顔ではなく、真面目な顔をしていた。
姿勢を正し向き合えば、そのときやっとニコリと笑んだ。
「うちの家には伝統も何もないからさ、少なくとも度胸と愛嬌の両方を合わせ持ってる人でないと次の代を任せられないんだよね。世渡り上手な人じゃないと悪意やら何やらで潰されちゃう」
ねえきり丸くん、うちの子にならない? 習志野って名乗ってくれないかな。
きり丸は「くれ」と言われたら断り、「あげる」と言われたら飛びつくのが常だ。が、この時は返答に詰まった。
もごもごと吃るきり丸に習志野は「卒業までに返事を教えてよ」と言って、きり丸の背中を押して部屋に戻るよう促した。
「――きり丸くんの人生だからね、嫌なら嫌で断ってもらって構わない。私は、仕事多いしたくさんの人と会うのは面倒くさいし嫌味もあちこちから聞こえてくる立場だからさ。そういうの嫌だなぁ継ぎたくはないなぁって思うのは当たり前なんだから」
断って良いよとしつこく念押しされて部屋に戻ったきり丸は、縁側に腰掛け、ぼんやりと夕焼けの空を眺めた。
習志野が任されているのは面倒な仕事なのだという。面倒な相手と会わないといけないのだという。嫌みを言われたり妬まれたりする面倒さもあるという。
断ってもいいという。
だけれど、断ったら……
それは、とても、嫌だった。
――しんべヱは乱太郎ときり丸の進路を再確認したと思えば、わっと顔を覆い悲痛な声で叫んだ。
「ってことはさ、二人とも同じところに就職するってことでしょ!? ぼく一人だけ堺だなんてぇ……! みんなと離れたくない、帰りたくない卒業したくないよー!」
「あらまあ……しんべヱったら」
「そういうことね」
公立保健委員会も習志野家も、大きな枠組みで考えれば「鎮西殿」の管轄下だ。連絡を取りやすいのはもちろん、会いやすいのも間違いない。
ただ「会いやすい」とは言ってもお互い職場が違う身で、仕事内容が被るわけでもない。しんべヱとよりは会いやすい……という程度なのだが。
「そりゃあ会いづらくなるけどさ……私たち、とってもラッキーなんだよ? 敵対する城に就職するわけじゃないんだから。――私たちは卒業しても、この三人で集まったときに『何か裏があるんじゃないか』とか『自分に損をさせるつもりかも』とか疑わなくていいんだ。それってとっても有り難いことだよね」
学園の卒業生たちの中には、本人らは友人の間柄ながら、敵対する城に勤めた者たちもいる。それを思えば「予定を合わせづらいから会いづらい」なんてのは気楽な悩みだろう。
「けどさ、しんべヱもこう言ってるし、年に一度は会おうってことにしねえ? 戦の状況とかで稲刈のあたりが暇になるとは限らないから、実際に年一の頻度で会えるかは分からないけどさ」
「ああ、『会おう』って思う気持ちが大事ってことね?」
「それいい! そうしたい、そうしようよ!」
「……うん! そうだね。一年に一度、この三人で必ず会おう!」
そう約束して卒業し、翌年。周囲の理解あって堺に集まった三人は福富屋の一室でそれぞれの近況や仕事の大変さ面白さを語り合い――きり丸の番になった。
「で、きりちゃん、ゴンベ先生の子になったんだよね?」
「ん……まあ、うん」
もじもじと体を揺らすきり丸に、乱太郎としんべヱは目を合わせる。二人揃ってにこっと笑むときり丸ににじり寄る。
「元服名貰ったんでしょ、教えてよ」
「うんうん、美味しそうな名前とかだと良いよね!」
「え……とっくに誰かから聞いてんじゃねーの?」
きょとんと目を瞬かせるきり丸に二人は首をブンブン横に振る。
「本人から聞くのをお楽しみにって、みんな教えてくれなかったよ」
「ね、ね、教えてよきり丸。なんて名前になったの? 聞きたぁい!」
きり丸の頬と耳にさっと赤みが差した。もにょもにょ口ごもり、視線を左右に揺らす姿は恥ずかしがっているそれだ。
「な」
「「な?」」
「習志野、良時……」
「あれ? 同じ名前?」
「それ、ゴンベ先生の名前じゃない!」
「あの……うん。ゴンベ先生、おれに、継がせられる物は全部継がせてくれるって」
名前も名誉も財産も、譲れる物は全て譲るって。きり丸はそう言って目を伏せる。
「ゴンベ先生からの期待、凄いねぇ」
「うん」
「でも、きり丸はその期待に応えたいんでしょ?」
「うん」
きり丸の手に乱太郎がそっと触れる。そこにしんべヱもふくふくとした手を乗せた。
「頼ってよ、きりちゃん。わたしたち友達なんだから」
「そうだよ。ぼくたち三人、何にでも力を合わせて立ち向かってきたじゃない。ぼくたちが力を合わせればなんだってできる――そうでしょ?」
「乱太郎、しんべヱ……! うん……!」
新しく熱い茶を淹れて差し入れに来たかめ子は、聞こえてきた三人の会話に廊下を引き返した。
盆に乗っているのは熱い茶だが――水を差すことになりそうだ、と。
・死にそうな人にはご協力いただく
恐ろしく(時期が)早いトリアージ、俺でなきゃ見逃しちゃうね。
以下、本編のおまけに載せなかった話
・雑渡昆奈門の「東は鎌倉、西は大宰府まで行ったがこんな城を見たことがない」という感想。
雑渡くんは36歳。1373年で36歳とすると1352年の武蔵野合戦(尊氏が鎌倉を奪還)の際には15歳。狼隊の一員であり斥候ではないとはいえ、後学のためにと派遣されていてもおかしくない。他にも10〜20代の間に南朝の征夷大将軍・
・作文に関する描写
明治政府は「国語」を定め国民全体に教育を施すことにより、国力の増強を図った。
明治は1868年からの45年間を言い、その間に学者有識者をかき集めて作り上げられたのが当時の「国語」である。この国語という共通言語を(強制的にでも)身に付けさせたことにより、北は北海道から南は沖縄まで「言葉が通じる」ようになる。これにより領地・領海・領空とはまた別の「無意識的な」国境線が国民の中に形成されるに至る。この人は言葉が通じるから日本人、という認識が大衆に広まった……と考えて良い。
また、国語力を読解力・作文能力と言い換えれば、「Aの出した指示をBもCもDも適切に理解できる」土壌が出来たとも言える。つまり、技術や情報の伝達・保存が格段に楽になった。
明治政府のした国語教育は国民意識・国への帰属意識を醸成し、国力を高めたわけである。
――さて、ゴンベは「作文」の授業を1373年から忍術学園で行い、1379年には書籍の形にして発表している。
それでどうなるか? 日本史が滅茶苦茶に変わる。
・朔月記というタイトルの理由
藤原道長の「この世をば 我が世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも 無しと思へば」から、「望月(満月)」を人生・家の絶頂期と読み、「まだまだ黄昏家は盛り上がっていく。これからを黄昏の世にしていく」という願い・覚悟をもって「朔月(一日目の月)」を題した。
つまりどういうことかと言うと「藤原氏なんて食いつぶしてやるぜ。新たな摂関家になるのはウチだ」という意気軒昂な主張。