ななつのく   作:パンざわ

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 チタン(Ti)は原子番号22の元素。第4族元素で遷移元素のひとつ。英語名はtitanium、日本語名の「チタン」はドイツ語名「Titan」から来ている。中国語の漢字表記は「鈦」。

 

 タイタンといえばギリシャ神話に出てくる巨人の神々である。ゼウス率いるオリンポス十二神との十年にわたる戦争にやぶれ、タルタロスの深淵に閉じ込められてしまう。バルカン半島では自然神として崇められており、地底に封じ込められた神は、時々暴れてはその土地で地震を起こしたという。なんとも迷惑な神である。

 もしかすると俺の身近にいるチタンもタイタンに由来するのではないか? あいつも迷惑さではタイタンに負けていない。豪農千反田家のご令嬢にして古典部部長を務める千反田(ちたんだ)える神である。抑えきれない好奇心で様々な厄介ごとを持ち込んでは平穏を願う庶民の暮らしをかき乱す。まったく、オリンポス十二神はいつになったら現れるのだ。

 そういえば出会った時の千反田も特別棟四階の地学講義室に閉じ込められていた。その扉を俺が開き、さらにちょっと思いついたことを口走ったせいで神の好奇心を刺激してしまった。きっとあそこがタルタロスだったのだろう。そうとも知らずに巨神を解放したのが運の尽きだったのだ。もしかすると千反田家はタイタンの末裔で……。

 

 梅雨前線も過ぎ去った六月三十日の月曜日。化学の授業中、化学図録に記載された金属の由来から神山市の旧家とギリシャ神話との歴史的紐づきを考察するぐらいに暇を持て余していた。

 黒板の前ではカネダとかいうガタイのいい化学講師が小さなチョークを片手に化学反応式の板書している。このカネダ講師は、六月から前任の産休代理として赴任してきた。蒸し暑い教室にも関わらずスーツ姿で授業に臨んでいる。もちろん汗だくだ。代理講師はスーツでなければいけない暗黙の了解でもあるのだろうか。理髪室で刈り上げたであろう短髪にスーツを着込んだ姿は記者会見にのぞむラグビー選手にも見えた。まてよ、カナダだったか?

 まあ、どっちでもいい。カネダでもカナダでもアメリカでも化学反応式は変わらない。それにしても、眠い。

 睡魔との残りの対戦時間を確認するために、時計を見上げた時にうっかりあくびが漏れた。さらに間の悪いことにその瞬間にカネダ講師(仮)と目が合った。

「眠いのか」

 はい、眠いです。

「いえ、眠くありません」

「よし、眠気覚ましにこの問題やってみるか。えーっと、オリキ君?」

 オレキ、です。

 

「カナダ、だよ」

 放課後。古典部部室、地学講義室。里志に金田講師の読み方を聞くとすぐに答えが返って来た。

福部里志(ふくべさとし)。わが旧友にして好敵手。こいつは代理講師の名前から神山市の旧家名家の俗称まで幅広いジャンルの知識を網羅しており、データベースを自称している。

「でもこの名字は間違いやすいだろうね。うちのクラスの女子なんて分かりづらいからってキンタローって呼んでいたよ」

 名字よりも見た目でつけられている気がする。

「でも金田先生の名前間違いはちょっと有名だよ。なにせ自分の名前を間違えられるだけじゃなく、生徒の名前も間違えるからね」

「そうなのか」

「摩耶花もイハラだと思われていたと言ってなかったかい?」

 里志が少し離れて千反田と話していた伊原に声をかける。

「ああ、金田先生ね。なに折木、あんたも間違えられたの?」

 伊原摩耶花(いばらまやか)。小学校以来の付き合いで、特段仲が良いわけではなく、むしろ一方的に冷ややかな態度をとられていたが、二年になってから心境の変化があったのか、その態度も和らぎつつある。

「オリキ君だとさ」

「ふうん、確かに折木って名字は結構珍しいから読み慣れないのかもね」

 と自説に納得した様子。

「珍しいっていえば千反田って名字も珍しいけど、ちーちゃんは間違えられてないの?」

 ちーちゃんこと隣の千反田に訊くと、

「わたしもちょうど今日、センタンダと呼ばれた所です。同じクラスの(かん)さんをスガさんと呼び間違えた直後だったので先生も焦っていましたね」

 と上品に笑う。

「でもさ、あの先生の授業ってちょっと退屈じゃない? 名前は間違えていいからもう少し面白い授業をしてほしいのよね」

 愚痴る伊原に里志が続いた。

「同感だね。なんていうか指導要領をなぞっているだけみたいで遊びが無いんだよね」

 どうやら退屈していたのは俺だけじゃなかったようだ。今後は眠くなってもその責任の一端は講師にもあると開き直ることにしよう。

「そうなのよね。やっぱりあだっちの授業が面白かった分、余計に退屈しちゃうのかな」

 伊原は産休中の化学教諭を懐かしんだ。

 足立(あだち)教諭は快活な女性教諭だった。生まれは大阪らしく、やはりというべきか話好きで男女問わず生徒とは授業以外のことも気さくに話していた。その性格もあって生徒からの支持も厚く、一部の生徒からは親しみを込めて「あだっち」と呼ばれていた。

 伊原の言うように確かに足立の授業は面白く、他の授業に比べると退屈しなかった。教科書からよく脱線しては、美味しいコーヒーの淹れ方や化学者の逸話などを話していた。三十分もの時間をかけてキュリー夫人のスキャンダルを絡めながら自身の大恋愛を面白おかしく語った授業は今でも語り草となっている。

「足立先生といえば、いよいよ明日ですね」

 金田の不満を静かに聞いていた千反田が声をあげた。

 明日何かあっただろうか? 首を傾げていると里志が気付いた。

「ああ、川柳コンテストだね」

 ああ、あったな、そういえば。

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