壁新聞部の部室は地学講義室の真下、生物講義室にある。千反田が「失礼します」と礼儀正しく入室するとちょうど小暮が一人でパソコンと向かい合っていた。俺達に気付くと小暮は嬉しそうに言った。
「ちょうど僕もご挨拶に行こうと思っていました。千反田さん、川柳コンテスト大賞おめでとうございます」
「実はそのことで教えてほしいことがあります」
首を傾げる小暮に千反田は偽千反田のことを語った。
「あの句は千反田さんじゃなかったのですね。僕はてっきり千反田さんの句かと」
まさかなりすましが現れるとは小暮も思っていなかったようで、驚いた様子だった。
「あの日、古典部以外にも当たってみると仰っていましたが、どちらの部へ行かれたのですか?」
千反田が訊くと小暮は思い返すように言った。
「古典部にお願いした後は、百人一首部と写真部に行きました」
百人一首部、そういえばあったな。さすが多彩な部活動の殿堂、神山高校だ。逆に川柳部がないのがおかしいぐらいだ。
「百人一首部は和歌に造詣が深いでしょうし、川柳にも興味を持ってくれると思ったのですが、みなさんあまり興味がなさそうでしたね。ですが、一人だけ引き受けてくれる方がいました」
「その方のお名前は分かりますか?」
「名前はちょっと分からないですが、一年生の女子でした。そういえば、その子は古典部が参加するならと言って短冊を一枚貰ってくれました」
どういうことだろう。古典部に対抗意識でも持っているのだろうか。それとも部員の誰かと親交のある一年なのだろうか。そう思い千反田に訊いてみる。
「百人一首部の一年に知り合いはいないのか?」
「二年生でしたら去年同じクラスだった
本人に訊いてみるしかないか。
小暮がさらに続ける。
「写真部は部長の
写真部から誰が参加したかは佐藤なにがしに聞かないと分からないということか。百人一首部だけでなく、写真部にも出向くことを予感し、ひそかに気を落とす。
小暮はさらに一人名前をあげた。
「あと囲碁部の谷君も参加したはずです」
誰だ?
「千反田、知っているか?」
「E組の
「福部君のお知り合いのようでしたよ」
里志の知り合いか。千反田と面識のない谷が千反田になりすますことはさすがにない気がするが。
小暮は谷が参加した経緯を語る。
「写真部から戻って部室で原稿を書いていたのですが、その時に谷君が来たんです。今度囲碁部を取材するのでその話だったのですが、その時に谷君にもコンテストに参加しないか訊いてみました。最初は興味ないと言われたのですが、しばらくして川柳を持って来てくれた福部君と伊原さんに気付くと、福部君もやるなら自分もと一句書いてくれました。福部君にどっちが大賞をとるか勝負しようと言っていましたね」
なんとなく里志の面倒くさがる顔が浮かんだ。
「お前は伊原や里志と一緒じゃなかったのか?」
「わたしはその日の内に思いつかなかったので次の日に持って行きました」
宿題でもないのにしっかりと持ち帰って考える所が千反田らしい。
百人一首部の一年、写真部の誰か、囲碁部の谷、そして古典部の三人。容疑者はもうそれぐらいにしてほしい。
「他に短冊を渡した奴はいないか?」
「締め切り後に短冊を渡したのはそれだけだと思います」
とりあえず容疑者は絞られたか。いや、そういえば。
「締め切り前は応募が無かったと言ったが、応募しようと思ったら短冊はどこで手に入れるんだ?」
「部室のドアの前です。机の上に投句箱と一緒に束にした短冊を置いていました」
「てことは誰でも短冊を手に入れることができたってことか」
そうなると容疑者は神高生全員ということになる。約千人の全校生徒から偽千反田を探すなどできるわけがない。お手上げだ。と思っていると小暮が助け舟を出してくれた。
「でも、今回応募してくれたのは全員締め切り後に短冊を渡した人だと思います。回収した短冊の締切日は僕が入れた取り消し線が入っていましたので」
小暮の几帳面な性格のおかげで千人の取り調べは回避できた。
机の端に目をやるとはボックスティッシュのような木箱があった。中は空洞で上面には細く切り口が開いていた。
「投句箱っていうのはそれか?」
「はい、百円ショップで見つけました。本来はお札用の貯金箱らしいのですが、短冊を入れるのにちょうどいいと思いまして」
木箱の側面には「百万円貯まる!」と書かれてあった。一万円札が百枚入るということだろうか。川柳の書かれた短冊もそれだけ入れば小暮も大喜びだっただろうに。
「結局、川柳は全部で何句集まったんだ?」
「七句です。どれも個性的で面白い句でしたよ。見ますか?」
自分から訊いていながら、むしろ紹介したそうな小暮は窓際の棚に仕舞ってあったファイルから短冊の束を取り出して見せてくれた。その七句はこんな内容だった。
寒村も卵つつめばオムライス 大盛ライス
蓋あけてまたお前かと法蓮草 楽々ラクダ
忍んでも髪色に出るそれが恋 かねもり
KnifeのK王は飾りと覚えけり 憂桔梗
もういっそ追い抜いてくれ追試験 辛い川柳
身長よ伸びろと念じ伸びる首 花鶴
永遠にメロンソーダを飲んでたい チタンダ
「……大盛ライスはお前か?」
句を眺める千反田に尋ねると
「どうして分かったんですか?」
と面食らっていた。豪農千反田家のえる、つまりⅬ、つまり大盛。単純な連想ゲームだった。
「それが千反田さんだったんですね。投句箱から取り出してちょうど一番上にあったのでよく覚えています。良い句ですよね。なんだか沈んだ気持ちを明るい気持ちに変えてくれる、幸せな句に感じました。さびれた村を卵でつつんでオムライスにしてしまう大胆な発想も面白いし、それに、確かにオムライスの中には“ムラ”があるのも可笑しかったです」
「ありがとうございます。小暮さんにそう言っていただけると嬉しいです」
小暮の講評に素直に喜ぶ大盛ライス。
「他の句も読みながら、僕が大賞を選ぶならオムライスの句かなと思っていましたが、最後に出てきたメロンソーダの句を見て、なんとなく足立先生ならこの句を選ぶだろうなと思ったんですよね」
「どうしてですか?」
「こればっかりは感覚でしかないのですが、足立先生の作る川柳に似ていると思ったんです。先生の講評にも書かれていましたが、この句は、メロンソーダが好きだという無邪気で可愛げのある句と見ることもできるし、この瞬間が永遠には続かないことを悟っている寂しい句とも見ることが出来ます。足立先生もそういった二面性をもたせた句をよく詠まれるので、この句だろうなと思いました」
そう語る小暮は少し寂しそうに見えた。同世代に川柳を広めたいと思う一方で、尊敬する柳人と似た感性を持つ同世代への嫉妬も感じているのかもしれない。
「伊原や里志がどんな川柳を詠んだのかは知らないのか?」
「川柳の内容は分かりませんが、
身長よ伸びろ、か。保健室で首を伸ばす伊原が想像できた。
「福部さんにも聞いたのですが教えてくれませんでした。ただ、何か秘策があるようでした」
「秘策?」
「はい、確か“虎の威を借る”と仰っていました」
あの似非粋人め、何を企んでいる。
偽千反田探しは思ったより厄介なことになった。小暮に話を聞けばなんとかなると思っていたが他にも話を聞く必要がありそうだ。俺は七枚の短冊を持って小暮に訊いた。
「これちょっと借りていいか。今日中には返す」
「いいですよ。僕も誰があの句を詠んだのかは興味があります。なので、もし作者が分かったら教えて下さい。今度の同好会に誘ってみようと思うので」
小暮は小さく笑った