百人一首部の一年女子の話を聞くために一般棟二階の第二予備教室まで行かなければならかった。遠すぎる、先に写真部に行けばよかった。千反田がノックをして入室すると、数名の女子がボードゲームをしながら談笑していた。なんだ、百人一首をやってないじゃないか。古典部が言えたことではないが。
「あれ、えるじゃん。どうしたの?」
去年千反田と同じクラスだった宮内が声をかけてくれた。
「こんにちは、宮内さん。ちょっと今よろしいでしょうか?」
「いいよ。ちょっとわたし抜きでやっといて」
他の部員にそう告げて宮内はドアまでやってくる。
「以前、壁新聞部の小暮さんが川柳コンテストに参加しないか聞きに来られたことがあったと思うのですが、覚えていらっしゃいますか?」
「あの川柳青年ね、来た来た。覚えているよ」
「そのコンテストに、一年生の方が参加されたと聞いたのですが、どなたか分かりますでしょうか?」
宮内は少し考えてピンと来た。
「ああ、
「今日はいらっしゃいますか?」
ボードゲームをする女子に視線を向ける。
「今日はまだ来てないわよ。補習で遅れるって言っていたからそのうち来るんじゃない?」
なんと、せっかく遠路はるばる来たのに不在とは……。
「その絵梨花さんという方は、古典部が参加するならと参加を決めたそうなのですが、なにか理由などをご存知ないでしょうか?」
宮内は少し首を傾げた。
「古典部がというより、えるが参加するからじゃない? あの子、えるのファンだから」
ファン?
「ファン?」
俺の思考とシンクロするように千反田が聞き返す。
「そう。わたしが去年同じクラスだって言ったら、えるの事よく聞かれたのよ。えるの趣味とか、よく行くとことか、彼氏はいるのかとか」
「……なんだか恥ずかしいです」
千反田は照れくさそうに目を伏せた。
「ていうか、えるも会ったことあると思うよ。彼女、
宮内に言われ千反田に思い当たる後輩がいた。
「印字中の絵梨花さん……。もしかして、
「そうそう、黒髪ロングでスタイル抜群の超美人、わが部の小野小町よ」
世界三大美女の女流歌人をファンにするとは、
「わたしの記憶では平井さんの髪は短くて、スタイルはその……どちらかと言えばふくよかな方だったと思うのですが」
「らしいわね。彼女、入学前に死ぬ気でダイエットしたって言っていたわ」
千反田の口ぶりから察するに中学時代の平田はそれなりに太っていたのだろう。スタイル抜群と評される陰には涙ぐましい努力が想像された。
もし中学からの後輩が偽千反田なら、その動機は中学時代にあるのかもしれない。そう思い平田との関係性を探ってみる。
「その後輩とは、中学時代はつきあいがあったのか?」
「いえ、話したことはないはずです。確か夏休みの読書感想文で表彰されていたのでお名前は覚えています」
恐るべき記憶力。俺なら話したことのある後輩の名前すら怪しい。
後輩部員について訊かれた宮内が不思議そうに質問する。
「絵梨花ちゃんがどうかしたの?」
「いえ、平井さんか分からないのですが……」
千反田は偽千反田について話した。
「なるほどね。じゃあそのなりすましが絵梨花ちゃんじゃないかってことか」
「はい、もし彼女だとしたらどうしてそんなことをしたのか気になって」
すると宮内は満足そうに頷いて、
「ファン心理ね」
と断言した。
「歌手やアイドルのファンはその人に似るって言うじゃない? ファンっていうのはね、憧れの人の服装とか髪型とかマネをしたがるものなのよ」
経験に基づく持論のように語る。宮内も何かのファンなのだろうか。
「きっと絵梨花ちゃんもそうね。神高に来たのも、髪を伸ばしたのも、死ぬ気でダイエットしたのも、そして同じ名前で川柳コンテストに参加したのも、憧れのえるみたいになりたかったからよ」
ファンと呼べるほど熱中したものがない俺にはよく分からない。それに千反田は有名人だが芸能人ではない。同じ学校の先輩だ。そんなに好きなら人づてに千反田のことを聞いたりせず直接話しかけたりすればいいだろうに。そのことを言うと、
「分かってないわね。本人を前にすると緊張しちゃうのがファンっていうものなのよ」
さいですか。
「お、噂をすれば」
と宮内が廊下を向くと、噂の小野小町らしい女子がこちらに向かって歩いてきている所だった。
「絵梨花ちゃーん、二人が川柳コンテストのことを聞きたいって」
宮内の叫び声でこちらに気付くと彼女は焦ったように、
「す、すいません! 失礼します!」
と呼び止める間もなく引き返していった。
何なんだ。
「ファンだねぇ」
宮内が走り去る後輩を見て呟く。
ファンなのか。