小野小町の背中を見送った俺達は再び特別棟に戻り、写真部部室がある化学準備室に向かわなければならなかった。今日の可処分エネルギーはほとんど残っていない。
準備室に入ると天然パーマの男がいたので部長の佐藤がいるか尋ねたところ本人だった。よかった、こいつにはいてもらわないと。千反田がパーマ男に訊く。
「壁新聞部の小暮さんから川柳コンテストの話を受けたと思うのですが覚えていますか?」
「ああ、吉春か。そういえば頼まれたな」
「その時に短冊を授かったと思うのですが、誰にお渡ししたか教えてくれませんか?」
佐藤は髪をいじりならが思い出す。
「篠田がやるとか言って一枚持って帰っていたな」
「もしかして、二年F組の
「あ、知り合い?」
「いえ、知り合いと呼べるほどでは。定期試験で成績上位者としてよくお名前を拝見します」
自分の名前を見るついでに覚えたのか。どうりで俺が知らないはずだ。
篠田と聞いた千反田は俺に向き直る。
「そういえば、わたしが川柳を持って行く時、壁新聞部の部室前の廊下で篠田さんとすれ違いました」
篠田も川柳を持って来た時だろうか。
「その時の篠田さん、わたしを見て、なにか少し怖い顔をしていた気がします」
「篠田に何かしたのか?」
「いえ、何も……。ですので、篠田さん体調でもよくないのかと心配しました」
千反田が気付いていないだけで篠田に何か恨まれることをしたのだろうか。それとも本当に体調がよくなかったのだろうか。
すると佐藤が千反田に視線を向ける。
「君、もしかして古典部の部長?」
「はい。申し遅れました、古典部部長の千反田です」
と平部員の折木です。
「多分だけど、それ、怒っているとかじゃなくてあいつなりの宣戦布告だと思うよ」
佐藤は微笑みながら篠田が短冊を受け取った時の事を語る。
「吉春と入れ違いで篠田が来たから、ちょうど川柳のこと話したんだよ。古典部も参加するって言ったらさ、あいつ目の色変えて一枚下さいって言うんだよ」
こいつもか。古典部は人気だな。
「どうしたって聞いたら、“古典部部長はライバルなんで”とか言ってさ。だからさ、千反田さんとすれ違った時は“負けねーぞ!“って意味で睨んだんじゃないかな」
ファンの次はライバルか。
「ちなみにだが、この間の中間テストはお前と篠田、どっちが成績良かったんだ?」
「えっと、わたしが四番で篠田さんが六番でした」
俺は一七五番でした、とは言わなくていいだろう。
ライバル視している千反田に試験で負けた篠田が川柳では負けないと意気込み参加を決めたのだろうか。仮に篠田が偽千反田の場合はその目的は何だろう。ライバルの名前で下手な川柳を応募して千反田の評価を下げようとしたのか? しかし、結果的にはその川柳で大賞をとっている。下げるどころか上げている。
「篠田以外には誰に渡したんですか?」
すると佐藤は少し困ったような顔をした。
「いや、実は篠田に渡した後、俺すぐに帰ったんだよ。篠田がやるみたいだしもういいかなと思って」
となると写真部からは篠田だけか?
「でも、一応この後誰か来た時のために、 “暇だったら川柳コンテストに参加してやってくれ”って書置きを短冊と一緒に残して帰ったんだ。そしたら翌日来たら短冊が一枚減っていたから誰かは参加してくれたんだと思う」
「誰か思い当たる人はいないのでしょうか?」
「うーん、分からないな。うちの部って、基本的に外で写真撮っているから部室に集まるっていう習慣がなくてさ。みんな現像する時ぐらいしか来ないんだよな」
その自由な活動方針は古典部に近いものを感じる。しかし、困った。そうなると、その一枚を持って行った奴が誰なのかを写真部部員に聞いて回る必要がある。そんなエネルギーは当然ない。
すると佐藤は壁に貼られたカレンダーを見て気付く。
「吉春が来たのって六月の二週目じゃなかったか?」
「はい、確かそうだったと思います」
「だったら
「写真部の方ですか?」
「いや、写真部じゃないんだけど、趣味でカメラやっている、三年の尾崎かおりって奴」
「え、かおりさんですか?」
千反田はその名に驚いていた。
「知っているのか?」
「はい、ご近所さんです。尾崎酒店のご息女で、小さい頃はよく遊んでもらいました。そういえば、かおりさんはカメラマンを目指していると聞いたことがあります」
近所の幼馴染か。他の容疑者と比べると千反田との関係性は一番深そうだが。
しかし、写真部でない尾崎がなぜ写真部に…‥と思っていると佐藤がその理由を話した。
「尾崎はその週の金曜日が締め切りの写真コンクールに参加してたんだが、被写体が決まらないって焦っててな。それでいつも使っている写真屋だと間に合いそうにないから写真部の現像室を貸してほしいって頼まれたんだ。本当はダメなんだけど、尾崎はよく知ってるし、それに貸すのは初めてでもないから、いつでも使っていいぞと言っておいた。そしたら金曜に来た時、コンクール用の写真が現像されてたから尾崎が来てたんだと思ったんだ」
そう言って尾崎がコンクールに提出した写真を見せてくれた。
それは、夕焼けに染まった喫茶店の写真だった。
「良く撮れているだろ。コンクールでも優秀賞とまではいかなかったが、佳作に選ばれたらしいぞ。本人も出来栄えに満足していたよ」
赤みがかったレンガ作りの外観や、食品サンプルが並ぶショーケース、丸みをおびたフォントで書かれた看板からは、昔ながらの純喫茶という雰囲気が伝わる。また、紅く染まる夕日も相まってどこか感傷的な気分にさせられる。
写真を見た千反田は気付いたように呟く。
「あ、『喫茶アリス』ですね」
千反田が新聞部で特集されたと言っていた近所の店か。
「とても素敵な写真ですね。子供の頃は町内会の集まりなどでよく行っていたのですが、最近はめっきり行かなくなってしましました」
写真の影響か、千反田は少し寂しそうに当時を追想する。
永遠にメロンソーダを飲んでたい、か。
偽千反田の句を思い返し、千反田に告げた。
「部室に戻ろう」
「囲碁部の谷さんはいいんですか?」
「ああ」
もう歩き回るは疲れたからな。