古典部部室に帰ってくると里志と伊原が揃っていた。千反田が二人に留守にしていたわけを説明した。
「ふうん、ってことは僕も容疑者ってことかい?」
里志が笑みを浮かべるものだから期待せずに聞いてやると、
「そうなるな。どうなんだ、お前が犯人か?」
「無粋だねぇ、ホータロー。探偵なら論理的に犯人を見つけなきゃね」
と受け流された。探偵になった覚えはない。
しかし千反田を納得させるにはそうするよりないだろう。
「一人ずつ考えていこう」
「まず、大前提として今回の容疑者は短冊を一人一枚しか貰っていない。つまり、自分の川柳と偽千反田の川柳の二句は詠めない。ということはこの七句の内、偽千反田以外の句の作者が分かれば、そいつは容疑者から外れることになる」
そう言って小暮から拝借した七枚の短冊を机に並べた。
寒村も卵つつめばオムライス 大盛ライス
蓋あけてまたお前かと法蓮草 楽々ラクダ
忍んでも髪色に出るそれが恋 かねもり
KnifeのK王は飾りと覚えけり 憂桔梗
もういっそ追い抜いてくれ追試験 辛い川柳
身長よ伸びろと念じ伸びる首 花鶴
永遠にメロンソーダを飲んでたい チタンダ
「まずは千反田。お前は大盛ライスの句だな。よってお前は偽千反田にはなりえない」
俺は大盛ライスの句を指さした。
「わたしも容疑者だったんですか?」
「形式上だ。お前の狂言の可能性はあるがそんなもんは知らん」
「もちろん嘘はついていませんよ。容疑が晴れてよかったです」
千反田は胸に手を当てた。まあ、当然疑ってはいないがな。
「次に伊原。お前も花鶴であることが千反田の証言で分かっているから除外」
と花鶴の句を指さすと、
「当り前じゃない。わたしがちーちゃんの名前を使うはずないでしょ」
睨まれた。容疑を晴らしたのだから怒らないでほしい。
「次に里志。お前の柳号は分からんが、何か秘策があると言ったらしいな」
「ああ、虎の威を借りたんだけどね」
がっかりしたふりをする里志に辛い川柳の句を指して言う。
「虎ってのは
「ありゃ、バレたか」
里志はすぐに自供した。最初から言え。伊原が聞き覚えの無い名を問う。
「誰それ?」
「川柳という名の由来になった人物だ。選句眼に優れた選者だったらしい」
小暮の書いた壁新聞の記事を思い出しながら語る。柄井川柳をもじって辛い川柳、里志のやりそうなことだ。
「甘い川柳とどっちにしようか悩んだんだけど、追試はどう考えてつらいからね」
里志は得意げに語った。追試を受けそうな奴と考えても里志に辿り着きそうだ。
「次は囲碁部の谷。あいつの話は聞いてないが偽千反田ではないことは確かだ」
すると谷の知り合いでもある里志が訊く。
「僕も谷君が大賞をとる川柳を詠めるとは思わないけど、一応理由を聞こうかな」
「あいつはお前に勝負を挑んだらしいな。ならもし大賞をとった時にこれは自分の句だと証明する必要がある。そんな奴が他の参加者でもあるチタンダなんて名前を使うはずがない」
それを聞いた里志は納得したように頷く。
「それもそうだね。彼なら本名で応募してよさそうだ」
「だろうな。そう考えれば谷はこいつだと思う」
俺は憂桔梗の句を指さした。千反田はその名を見て首を傾げる。
「これは“ユウキキョウ”と読むのでしょうか? 一体どういう意味でしょう?」
「おそらくこれは“ウレキキョウ”と読むのだろう」
そう言うと里志は少ししてその意味に気付いた。
「なるほど、アナグラムだね」
「アナグラムってなんですか?」
「文字を並び替えて別の言葉を作ることさ。ペルーとルーペとか、マロンとロマンとかね」
「ですがウレキキョウでは谷さんの名前にはならないと思いますが」
「ローマ字さ。谷君の下の名前はコレユキって言うだろ?」
そう言いながら里志はノートに書き千反田に向けた。
KOREYUKI→UREKIKYO
「なるほど! それでウレキキョウですね」
「憂いをおびた桔梗ねぇ。悪くないけどちょっと凝り過ぎな気がするね」
辛い川柳がよく言えたものだ。
「次には百人一首部一年の平田。こいつはおそらくかねもりだ」
かねもりの句を指し、千反田に視線を向ける。
「千反田、百人一首でかねもりと聞いて、何か思いつく事はないか?」
問われた千反田は少考ののち顔を上げた。
「あ!
「ああ、おそらくこの川柳は平兼盛の和歌にかけて詠んだんだろう」
『忍ぶれど 色に出でにけり わが恋は ものや思ふと 人の問ふまで』
黙っていても顔色に出てしまう恋心を詠んだ平兼盛の歌。平田はこの歌に密かに想いを寄せる千反田と同じ髪型にする自分を重ねたのだろう。
「次は写真部の篠田だ。残っているのは楽々ラクダと偽千反田の二つだが、篠田も偽千反田にはなりえない」
涼しい顔で里志が訊く。
「ライバルの名前で大賞をとる句を詠むはずないからかい?」
「それもあるが、篠田が川柳を応募した時を考えれば除外できる」
「わたしが廊下ですれ違って怖い顔をされていた時ですか?」
「怖い顔の理由は佐藤が言っていた通り宣戦布告だったんだろう。重要なのは篠田が千反田の直前に川柳を応募したことだ」
戸惑う千反田に俺は説明を続ける。
「小暮が投句箱を開封した時、最初に見つけたのが大盛ライスの句だと言っていただろ。そして最後に偽千反田の句を見つけたとも言っていた。それに加えてあの貯金箱みたいな投句箱。あれは普通に短冊を入れれば、入れた順番通りに重なっていくはずだ。もし篠田が偽千反田なら大盛ライスの句のすぐ下に偽千反田の句がないとおかしい。よって篠田は偽千反田ではなく、こいつだ」
俺は楽々ラクダの句を指さした。
千反田が容疑者を思い返し、残る人物の名に気付く。
「ということは……かおりさん? どうしてかおりさんが?」
「いや、尾崎はそもそも参加していないだろう」
きょとんとする千反田が異を唱える。
「確かにかおりさんが短冊を受け取る所は誰も見ていませんが、金曜日に化学準備室でかおりさんが現像した写真が見つかっています。短冊を持って行った可能性は十分にあるのではないでしょうか?」
「あの喫茶店の写真を見ただろ? あの写真は雨が降っていなかった。金曜に現像した写真があったのなら、写真は木曜までに撮られたのだろう。そしてあの週で雨が降っていなかったのは、木曜だけだ。つまり、尾崎は木曜に写真を撮りに行っていた。化学準備室には行っていない」
写真の喫茶アリスは千反田の近所にある。ということは尾崎の近所でもある。近所の喫茶店を撮ってからわざわざ学校に戻りはしないだろう。金曜に短冊を入手して応募することは可能だがそうなると篠田と同じ理由で偽千反田にはなりえない。
「待ってください折木さん、そうなると容疑者が誰もいなくなってしまいます!」
詰め寄る千反田を制し、俺は指を三本立てた。
「偽千反田の条件は三つだ。一つ、短冊を入手する機会があること。二つ、木曜に投句できること。三つ、チタンダなんて名前をつける奴」
胸を弾ませる千反田に俺はその名を告げた。
「化学講師の金田だ」
突然の化学講師の登場に怪訝な顔をする一同。伊原が鋭い目つきで訊く。
「化学講師だから最初の二つの条件は当てはまるかもしれないけど、三つ目はどうして当てはまるのよ?」
「そもそも、千反田えるという生徒がいるにもかかわらず、チタンダなんて名乗って結果大賞までとる川柳を作る理由が分からない。だが、そいつが千反田の存在を知らずにつけたのなら、それは偶然一致したに過ぎない」
「ですが、わたしは金田先生の授業も受けていますので、知られていると思うのですが」
「センタンダと間違えられたと言っていただろ? 金田はチタンダという生徒がいるなんて知らなかったんだ」
金田は昨日まで千反田をセンタンダだと思っていた。その名を知ってさぞ驚いただろう。伊原は釈然としない様子でさらに反論する。
「金田先生がつけた名前がたまたまチタンダだったっていうわけ? さすがにそれはないんじゃない?」
俺もチタンダの由来に見当がつからなければそう思う。
「里志、金田の下の名前には太いという漢字が入るんじゃいないのか?」
「ああ、
やはりか。キンタローは下の名前込みでのあだ名だったんだ。
「チタンダは一種のアナグラムだ。金属のチタンは漢字表記だと金偏に太いと書く。それに余った田をつけてチタンダとしたのだろう」
金田太。金と太で鈦、それに田をつけて
その後、千反田は短冊を返しに壁新聞部へ行った。金田のことを小暮にも伝えたいと楽しそうに言っていた。部室では里志と伊原が金田について話していた。
「金田先生に川柳を詠む感性があったとは意外だね」
「でも金田先生、どうして川柳コンテストに参加したのかしら?」
そればっかりは本人に聞かんと分からんだろう。
それにしても、みんなつくづくエネルギー効率の悪い生き方をしていると思う。川柳コンテストを企画する小暮にしろ、死ぬ気でダイエットをする平田や、古典部部長をライバル視する篠田に、写真撮影に奔走する尾崎。疲れないのだろうか。
だが、金田のいうメロンソーダとはそんな日々のことなのかもしれない。もしかすると、金田はうまそうにメロンソーダを飲む生徒たちを見て、自分も飲みたくなったのではないだろうか。どうやら大人になるとメロンソーダは飲まなくなるらしいからな。
読みかけの文庫本を開くと、短冊が出てきた。そこには見慣れた字で川柳が書かれていた。
雨宿りしている灰という漢字
俺は短冊をそっとポケットにしまった。
窓の外には青い夏空が広がっていた。