試しにあえてなるべくファンタジック要素減らしてますが、その上でトゲトゲした要素とか用いて読者の皆様方を少しでも楽しませられたらいいですねー。
「ん……そうかもね」
僕には、口を開く前に一考を挟む癖がある。是であろうが否であろうとも、僕は必ず一度思うのだ。
ああ、これは本当に正しいのか言っていいのか伝えきれるのか。
そんな弱さを持って吐き出す言葉はきっと、酷く小さい。
「良かった」
でも、そんな頼りないものですら、眼の前の人は確かに受け取って微笑む。
足りているからこそ、僅かを受けても綻ぶように溢れるその心根。
なるほど、何とも花のように上等な人だなと僕は思うのだった。
「悟君、優しいから、そう言ってくれるだけかもしれないけど」
「……それは、違うよ」
「ふふ。言い淀んでるー。ま、迷って当然だよね」
細身を厚く覆わせ寒空の下をおどけて歩く彼女には、笑窪があった。
僕は、それを見るのが好きだから、今日も彼女の横顔にそれを見つけて少しほっとする。
「ん……でも、間違いないよ」
「そっかー。うんうん……」
綺麗は、人によるものだろう。美観というファインダー越しに、全ては平らに映るものではないのだから。
だが、実は酷く壊れたものからは何もかもが綺麗にキラキラして見えてしまうものだったりもするのだ。
だから、そんな僕の目はむしろ、皺や疵などに惹かれてしまう。素敵な、ヒビ。
そんなものを沢山まとったこの相澤リエさんはだからとても僕の瞳によく映る花であり。
見難くない数少ない、一つ。故に。
「悟君は、そんなに私が好きじゃないんだね」
「うん」
それだけは、考える余地なく断言できるのだった。
相澤リエは、優等ではない。
目立つ容姿であっても美人には足りず、可愛いの中に入って、強いて言うなら愛嬌があるなと評される程度。
勉強も、運動にだって隔意を持ってしまうくらいに得意を感じられなければ、好みだって在り来り。
リエってアタシと担当被らせすぎ、と一番の友だちに指摘されたことにどきりとしてしまうくらいには、自分がない子供だ。
でも、そんなだから男(持ち物)には彼女なりに拘るところがあった。
出来るだけ希少な感じで、でも当たり障りもキモくもなく。ちょっと劣っているところをむしろチャーミングと誤魔化して。
「わーん、みんながいじめるよ、悟君ー!」
「ん……それは良くないね」
「でしょー! なしよりのなしだよねー」
「……うん。つまりなしだね」
「あっは! 翻訳ありがとー」
矢板悟。
彼は、直線でも二つほど県境を跨がなければならないくらいに遠いところからわざわざ、このバカ高にやって来た変わり者。
正直なところ、どもりがちなこの男子は鈍臭くもあって、手先の器用さなど多少の得意があろうとも転校生にしては人気に欠ける。
しかし、故にこそ先手必勝と手を付けたのが、リエだった。
どんなのでも男なんて一緒っしょ、といったはじめの内心の考えを次々と裏切る悟に、今の彼女は先手こそ最強と確信すらしている。
「よしよしー」
「……ん」
「あはは、悟可愛い!」
優しい、男友達。もうちょっと先に行っても大丈夫じゃないかな、と深く考えずにそう思えるくらいに彼女は彼に馴染んでいた。
ましてや噛みつく牙のない生き物を撫でるのなんて気楽なもの。
この性を視線の行先に参考しない特徴を持つ悟という生き物を愛玩するのは、リエの最近の楽しみ。
「止めろ」
「んー?」
だが、そんなよく分からない男の子足らずを過剰に庇う男子がクラスには居た。
先生が後は自習と投げ捨てた後の教室で湧く周囲を大柄がどすどすと横断する。
普通を着込んでいるばかりと誰が見ても分かるような厳しい男子、飯野ナオシはリエの気安さに眉をひそめて言う。
「おい、相澤。悟の優しさに付け込むな……お前のバカが伝染る」
「はー? ナオシって私以外の胡々高の皆バカじゃないって思ってんの? 皆揃っててーへんじゃん」
「いや、その頂点の悟はまた別だろ……それにリエ。お前のダチ、ササコまで辞めたからほぼ学校に居ないってヤバいだろ……」
「んー? あいつら時々来て空いてる椅子に座って駄弁ってくんじゃん。全然居なくなってないよ?」
「それが一番ヤバいんだっての……悟もよくこんな動物園で勉強できてるな」
「ん……慣れてるから」
「そうか……」
邪魔すんなと拳を振り上げて目標から大きく逸れてあれーと何処かに向かった阿呆を放って、ナオシはどこか空虚に返事をする悟を静かに見つめる。
ガリ勉野郎。そんな第一印象からまた随分と気にするようになったもんだと自嘲を潜めながら、彼は思う。
飯野ナオシというどうしようもないところからどうにかなるところに向かおうとしている子供から見て、矢板悟という人間は立派にしか思えなかった。
頑張るを、続ける。それは不良にとっては果てしない苦行である。だが、気づけば横で悟という人間はそれを続けていた。
底辺を自称するナオシですらためらうくらいに騒々しい教室内で真っ先に教科書をひろげて勉強するのは当たり前。
運動だって手を抜かずに負け続ければ、遊びだろうと一度筆を持ったら幾ら威されようとしばらく離さない根性すらあったのだ。
自分を持つ。ツッパリすら死語の世の中で、明らかに曲がらない彼はナオシには特別な存在に思えてならなかった。
「ま、嫌だったら俺に言えよな」
「……嫌、じゃないかな」
「へぇ。なら好きか?」
「ん……そうでもない」
「あー! 悟君ったらめっちゃ酷いこと言ってる! もう、悟君はあいらぶゆーだけ言ってればいいの!」
「……きるゆー」
「んー……どういう意味? ナオシ分かる?」
「俺も分からん……」
「ん……冗談」
「なーんだ!」
中等英語すら覚束ない二人が顔を見合わせる中、しかし悟はにこりともせず冗句を述べる。
その合わなさが、リエには愉快でナオシには恐るべきものだ。
毎日毎日つまらないことをひたすら熟し、特に面白くなくとも不良に怖じずに対応する。
そんな人間他に居るだろうか。これは、相当ヤバい人間になるだろう、というのが悟に対するナオシの見立て。
「ったく。バカ晒してよお……相澤、お前なんて直ぐに飽きられんぜ?」
「バカなのはナオシも一緒でしょ!」
「ふん。バカでもマシとクズがあんだよ」
「なにー!」
故に彼は、尊敬する男が相澤リエなんていう中身のない育つ余地もない存在なんかのためにしかなっていない今が嫌だったのだが。
「ん。大丈夫。僕がリエに飽きることは多分ないよ」
「きゃー! 悟君、格好いいー!」
少し迷いなく憧れの頂点にまで接続した上向く直線がそう言うから、顔を上げることすら出来ない底辺は。
「あんだかなあ……」
なんとなくタバコが吸いたくなり、この高校の生徒にしてはお利口にも職員室前の喫煙スペースに向かうため嫌な光景に背を向けるのだった。
矢板悟、という青年はバカである。
そういう認識を上野ミカは持ち合わせていた。
親の方針かどうか知らないが、子供向け学習塾に何故か高校生にして通い出した悟。どこから来たとも知れぬ男子が小学生達につつかれながらも頑張る姿には驚愕があった。
だが、面倒だから近くの慣れた塾から離れず勉学を遊びのように楽しんでいたミカから見て、ただ努めているだけの青年はあまりに非効率な生き物でしかない。
今も、暇だからと教えた中学生でも知っている文章たぐりのイロハに悩む彼を前に彼女はため息を飲み込む。
しばらくして、冴えない彼はこう、音を上げた。
「……難しい」
「だからあ……作者の考えなんて、大体線が引かれた辺りを探ればあるでしょお?」
「ん……でも断言は出来るのかな」
「もお……ダメな子はよく言うわよねえ……他人が作者を理解できるなんて、って……理解なんてどうでも良いのよ。ただこれは妥当性を高めるだけの作業」
「……つまり?」
「はー……悟君って本当におバカ。結局現代文に限らず勉強なんて子供が大人になるための訓練よお」
余分をどれだけ削れば、成るか。そんな自成形の得意さが学生の価値であると察している少女は、教えるのが下手だ。
それは、相手を諦めているから。
彼女が幾ら長じていようとも、しかし自らを特別と思えないのはその無駄な賢さによる。
結局、得意や広い自由を努力で得るなどして働く環境に文句を言わなくなることが社会での肝要だとまで解していれば、勉強なんて少女にとってまことに遊び。
よく分からないのが分からないミカは、だから塾で唯一の同級生が県下随一のバカ高に通っていることなんてどうでも良かった。
「ん。ミカは賢いね」
「そりゃ、あんたよりはねえ……」
賢い。そんな褒め言葉には慣れていれば、むしろバリエーションの乏しい悟のそれなんて極めて下らないもの。
頬を赤くするにはあまりにありきたりで、高感度足らず。ミカはむしろうざったいという表情をしてから、こう断言した。
「でも、そんなの無意味よ。どおでもいいの」
ミカは厨二病だ。
等価交換が通例で、この世が蓋された世界でしかなければ、本当の自由など生き物にはありえない。
そんなことを幼さが実験にて誤解してしまえば、偏差値が幾ら向上しようとも己にすら興味を持てなかった。
「あたしなんて、どおでもね」
当たり前に天辺に近い学力に準じて高校選びはしたが、そこに熱意もなければ急ぐ他人に遅れうる。
必死になっちゃって、としている間に差はついた。だが、ミカにとっては見慣れぬ他人の背中を見ることすら面白ければ、最早どうしようもない。
彼女はつまり、唯一気にしている少し厚ぼったい唇でどおでもいいとうそぶきながら、ただ独りに震える少女。確かに、十把一絡げの愚かではあるのだ。
「ん。そんなことはないよ」
「あら。なんでかバカな悟君は答えられる?」
「……ん」
ミカにはそれが愚問愚答の類であるとは分かっていた。己に届く他人の言葉なんて本当はなく、結局咀嚼できない顎の弱さこそがあたしの残念。
そんな小利口な理解から、他人たる悟にミカはこれっぽっちも期待を寄せていなかったが。
「綺麗だから。ずっといて」
「……へえ」
向けられた悟の黒い瞳の奥にきらきらと、トゥインクルスターは瞬いていて。
それが己と気付いたのは、自認した理由は、比較して青年があまりに闇であるからかもしれないが。
「ならあ、あなたもずっとあたしの近くに居られるように、頑張りなさあい」
「ん……分かった」
恋が闇とだって識っているから、賢しくも少女は青年に期待をはじめるのだった。
「お兄ちゃん」
「ん……翼」
「今日も、無駄にから回ったね」
「……そうかもね」
「お疲れさま」
「……ありがとう」
矢板翼は、中学生三年生の女の子。
花の喩えを知らないでも、彼女の美しさを口にするのに困ることはないだろうという、そんなある種極まった少女である。
でもそんな翼も普通になりたい、と思っていたのだ。なれなくてもそう感じたいな、と信じて。
「お兄ちゃんは相変わらず格好悪いね」
「ん……そうなんだね」
「そう。とても人には思えない気持ち悪さで……」
だから、見つけた誰より審美眼が劣っている男の子をそのために得たのだった。
方法としては、親を使った強引ではあったが、実際普通の範疇に収まるレベル。
とはいえ、養子に貰った平凡以下を兄と仰ぐのはとても心地よく、その生き物が悲鳴代わりにきいきい動く様は刺激的で。
「だから、好きだよ?」
故に、壊れきって全てが等価にしか想えない青年を、深く思えるのだった。
キモいから、抱かない。そんなの他人の道理と翼は兄として得た悟に抱擁を行って。
「ん……良かった。でも……」
「でも?」
青年は笑わず、ただ何もかもと同じく良しとして。
でもと首を振ってこう続ける。
「きっと、僕も何時か人になるから」
「そう」
壊れた思いのレコーダーから伝えられる、毎度の文句。
しかし翼にはこの時だけ、悟の瞳には光が宿っているような、そんな気がした。
なるほど青年に生きる意味がこれだけしかないならば、それを大切にするのは妹の役目かもしれないが。
「わたしはその日が来ないように、願ってるよ……ん」
そんなこと知ったことかよと、壊れた玩具の傷こそを大切に、身動ぎ一つしない唐変木の首元に噛みつくのだった。