フル一人称で、厨二病さんのターン……こんな感じはどうなのでしょう?
言葉は、どうしても使いにくさがあると思う。
放てば戻ってこない、後になれば訂正だって難しいそれを伝達に用いるというのは僕には少しそら恐ろしくすら思える。
「つー」
「……かー」
だから、何時だって符丁合わせですら難儀するのが、僕だ。ツーカーとは、古いがそういうものが存在すると識ってはいたというのに。
今日もタイミングは滅法外れて、だからか心は何時だって涼しい。
それを知っているのか、どうでもいいと考えているのか。とても眠そうな何時もの顔を上野ミカは僕に向け、表情を上手に嘲りに一度変えてからこう言った。
「はいー、打っても中々響かない、悟君は相変あらず楽器としての出来が良くない男の子だねえ」
「ん……そうかもね」
「ならカラカラじゃなくっておつむの方は詰まってるのかな? ……うりうり」
「……つつかないでくれ」
少女はコゲラの如くに、細すぎる指を僕の額につんと立たせる。
突く、というには柔らかなそれを楽しそうに行う彼女の原理が愉快によるならそれは僕には嬉しいものではあった。
だが、この子は少し異性に触れるに容易過ぎはしないかとも思う。
捻れば折れる華奢な指先を、僕の頭なんて重く硬い部位に当てるのが、彼女の無知によるものだと僕はあまり考えたくはない。
けれども、ミカが僕を好んでいるというのはありえないのだ。何しろ。
「うは。あたしの半分も点数取れない子が、偉そうに文句言ってるねえ」
「……だったら、勉強させてくれよ」
「やー」
「……だー」
「くはっ。例に習わずただ繋げて遊ぼうっての? 悟君はおんもしろいねえ、単純で」
「……はぁ」
彼女はバカな僕をバカにしている。
勿論、吐く言葉足らずな僕が、言葉で息を継いでいるこの子に勝てるとは思っていない。
そして、そもそも僕は実際バカであり足りないことばかりで嫌になってしまうが、だからこそ縮こまっている暇はないのだ。
そのため、写して学んで、それを忘れるたびに補填をし直しているというのに。
「うりゃ」
「はぁ……」
僕が書くノートに落書き一つ。
邪魔にならない距離に赤ペンで描かれた、少し首が長すぎるクマのような生き物の姿が、僕には少し愛らしく見えた。
宿題を授業中に片付けるという離れ業を当たり前のように熟すミカは、父親の迎えを前によっぽど暇を持て余しているらしい。
次第に筆の早い彼女が空白に次々と作り出す冒涜的な姿の動物達に圧されて、僕も音を上げる。
ああ、これでは努められずに、無理を続けられない。
僕はしてやったりといった表情をした世の中を舐めきった才媛に改めて向かう。ミカの無自覚な優しさは、僕が特に好きなところではあるから。
またこれも僕らが教室に残っているとずっと捌けてくれる何か勘違いしている先生方の話題提供くらいにはなるかと、諦めながら僕は口を開いた。
「で……何をしたいの?」
「息をしたい?」
「……今もしてるよ」
「そうだねえ。ま、このままそんな感じで無自覚で非暴力的でいたいねえ」
「……無理だよ」
「知ってる!」
そろそろ僕の書いた数式とミカの落書きとの領土戦争が勃発しそうな頃合いにようやく、彼女はがばりと面を上げる。
気だるげな瞳は、開かれて爛々とした光輝を帯びていた。存外構ってちゃんな女の子は、ひたすらに面白がりながらこう続ける。
「そもそも呼気ってどこまでも暴力的! 肺胞を通過して一部を奪われた空気はどう思ってるんだろうね? ぱくぱくと求める行為を延々と続けて命ってどうにも喜劇だよねえ」
「ん……でも、非生物に思考はない」
「それはむしろあたしたちに理解がないだけじゃない? ミクロもマクロの声も意味にならないなら、質を意にした相手の意味を問うなんてナンセンスだよお」
「……よく分からなくなってきた」
「うんうん。よくこのあたしの厨二世界に付いてきたね。あたし検定三級の認定をあげよう……ほらさらさらとな」
「……鼻が付いた花丸とか、初めて見た」
僕なんかと比べなくてもミカは間違いなく頭が良い。
だがそれは、地金ばかりであり、三千世界に輝かん程ではないのかもしれない。
くすんだそれが泣いているというのに、しかし少女は文に学ばず言葉に遊ぶことばかりを楽しみとする。
それがバカな僕には本当によく分からなくて、数式の間に代入された鼻高な花丸を指で躙ってから、こう続けた。
「……怖いの?」
「……なにがあ?」
「ん。負けるのが」
「ふぅん……おバカさんだけどお目々は節穴じゃなかったかあ」
だらしなくミカが続けていた笑みは、僕の下手な挑発によって、止む。
一度も本気に成ることさえなければ、誰だって勝負にならない無敵だ。
だからこそ、この子はふざけ続けているし、そんなだから僕を過剰に気にしているのだろう。
上野ミカは頭でっかちの、臆病者だ。そんなの、しばらく隣で勉強していた僕はとっくに理解していたことで。
「ん……だから、そんなに僕を心配しなくていいよ」
「っ!」
また、彼女のお父さんから僕を気にしてくれているという話を聞かなくてもその優しさだって重々感じていた。
思いなんて、我慢しなければそれなりに分かりやすいものだと言うのに。
そんなことすら知らない天才児は、途端に恥に慌てて顔を赤くして俯き騒ぐ。
「違う! あたしは、ミカわあっ、あんたなんてバカにしていて、それだけでえ!」
一つの尻尾。綺麗に梳かれた彼女の茶色の長髪は否定に左右にぶれて。
「悟君なんて、キライ!」
そんな結論とともに一度跳ねた。
一連の末端の動きばかりを気にして、僕は。
ミカは、天邪鬼だと分かっているのに。
「……なら、良かった」
そう言って笑顔になってしまったのだった。
言葉は、どうしても使いにくさがあると思う。
放てば戻ってこない、後になれば訂正だって難しいそれを伝達に用いるというのは僕には少しそら恐ろしくすら思える。
「わあ。お兄ちゃんほっぺに大きな紅葉」
「……自業自得だよ」
「そうだねー。習い事で愛する妹を待たせる兄には当然の天誅かなー」
「ん……」
そんなことを思っていたのに、バッドコミュニケーション。言葉が足りないのではなく、思い足らずで失敗するなんてバカ以上に僕は阿呆だ。
でも地をかける動物より空を飛ぶ生き物のほうが好みである僕はそれでもいいかもしれないとすら考えてしまうから救いようもない。
しかし、アホウドリにすら届かない情けない僕を見て、翼は。
「でも、好きだよ。お兄ちゃんが嫌われることで安心したがっていても、そんなのわたしにはどうでもいいし……何より」
「……何より?」
きっとこの世でも極めて天上に近いその尖った容姿を愛に歪めて。
「お兄ちゃんなんて、苦しめば良いんだよ」
わたしの心を奪ったんだから。彼女はそう続けながら僕の熱を持つ方の頬を優しく撫でるのだった。