きっと人になるから   作:茶蕎麦

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 こそこそ三話目です!

 ヤンデレ妹さんのターンです!
 彼女のヤンは病みであり……こんな感じになりました。
 ちょびっとふぁんたじーですー。


第三話 お兄ちゃんと

 この世にファンタジーが残っているならば、その残滓は僕の妹に宿っているのだと思う。

 魔貌。それはルッキズムに支配されたこの世の中ではまことに特異で厄介な病らしい。

 発症確率は万に一つどころか、これまで存在した全人類のうちでも10名程しか確認されている極少数。

 

 大体が好き勝手して城やら国やらを傾けたり壊したりした逸話持ちであるからには、矢板翼という名の僕の義妹だって本来ならばとても危なっかしい存在なのかもしれない。

 その見目にはこの世の全てに勝る価値がある。昔のどこかのお偉いさんが断言したそれが虚事でないことは、僕の隣の少女が実例として証明していた。

 義父義母もとうに自意識欠けてしまうくらいに翼に骨抜き。故に枷などなければ教育も足らず、ただ外に出たら大変になるとは学んでいる妹は引きこもりの割には自由で。

 

「んー……ねえ、お兄ちゃん。わたしの声って、綺麗?」

「ん……まあまあかな」

「あー……鈍感極まりないお兄ちゃんでも良さを感じるってことはこれだってヤバいかな……どーしよ」

 

 嫌に僕に執心している翼は、しかし今音楽に興味を持っているようでギター片手に僕からの意見をすら欲している。

 正直ソファからはみ出た足をバタバタと時折奏でる全体がうるさいが、時折漏れ出る鼻歌は悪くない。

 というか、実際多分彼女の過剰な程の整いに則り、きっと呪われているのだろう。

 それが分からない僕だからこそ、良しとしていられるだけで。

 

「……翼は、バズりたいの?」

「うわ。お兄ちゃんからバズるって単語が出たよ……初めてかも。まあ、そうかもねー、わたしはちょっとくらいは外に影響したいなとは思うよ? でも人気になりすぎんのはやだ」

「ん。なるほど」

 

 ぐるり、と僕に通常色でありながら異常な光輝を返す彼女の瞳が向けられる。

 血の繋がらぬ、気のおけない仲の男女。実際普通ならば心躍る可能性があるのだろうが、僕にはどんなシチュエーションもベース音に満たない。

 むしろ、妹相手なんだから可愛いと思うべきなのだろうなと考えながら、絶対の整いを前にして家族愛について悩むのだった。

 

 聞くに矢板翼は、ここ数年間一度も矢板の家から出ていないらしい。

 偶然に他所の県で僕を見つけた時が最後の外出であり、つまり僕がここに居着いたこの一年翼はずっと広い家の中でネットの海に彷徨うことばかりを得意としていたようだった。

 過剰に求めてくる他人が嫌だから出ない、という理由は彼女も公言している。けれども、そんな自分の病の悪影響の中でも何かよい影響を外に及ぼしたいと健気に思う彼女の性根は。

 僕は努めずとも笑顔になって、断言した。

 

「……翼は、優しいからね」

 

 そう。思わず殆ど重なることなかろうとも関係として彼女に近しいというばかりで、僕の鼻も高くなる。

 好きに生きたいけれども、それで悪くなりたくない。自分のための周囲の狂乱よりも、祭り遠くの静寂を望む。そんなのが優しさでなくて、なんだろう。

 僕はそう思ってしまうのだけれど、どこか己の属性を勘違いしている翼には、納得がいかなかったようだ。

 

 聖女的な我が魔女は、きっとそうしても世界を沸かせるに十分なのだろう、柳眉を逆立てて怒りを顕にした。

 

「はぁ? 何? 頓馬な勘違いしちゃって……ムカつく。今日はそんなに鞭がほしいの、お兄ちゃん?」

「……いや。あれは痛いから、止めてほしい」

 

 鞭。それも革製の馬を急かすに足るほどの立派なもの。

 一時馬を競争させるゲームにハマっていた翼が、本物鞭が見てみたいと義父に強請ったがために家に配備されているのが、それだ。

 何回か逆鱗に触れてそれを持って叩かれたことがあるが、流石にあれを味わってもう一度と思えるほど僕はマゾではなかった。

 というか、多分僕はどちらといえば加虐的なような気がするし、それも当然だろう。

 

 まあ、兎に角かわいいよりも怖いと言われたがる謎の妹の前にひれ伏す僕。

 それに気を良くしたのか、彼女はぼんと弦を弾いて音を立ててからこう言った。

 

「どーしようかなー……せっかく買って貰ったこれ、無駄になるかも」

「……ちなみにそのギター、幾らくらいした?」

「んー? 百万はいかないくらい? 具体的には、忘れた」

「……うわあ」

 

 翼が雑に扱う真っ赤なそれは、どうやら僕の貯金の十倍以上の代物だったようである。これには流石に、愛の偏りに呆れを覚えざるを得なかった。

 義子である僕には金銭面で特に厳しさを見せる義父ではあるが、当然のように病気の実子にはとても優しい、というか甘い。

 僕が塾に通うにも翼が間に入るまで嫌がり続けたあの人は、しかしぽんとこうして札束を投じる甲斐性だってあるのだ。

 まあ、大手企業の役員となれば金はあって当然なのかもしれないが、しかし元孤児である僕には慣れがたいところでもある。

 

 義父母が僕に対しての投資を絞るのはむしろありがたいくらいだよなあ、と思いながらそっと彼女に呟く。

 

「……なら、僕が使おうか?」

「はぁ? ……ん。まあ、お兄ちゃんなら無駄にしそうにないからそれも悪くはないけど……あ」

「ん……どうかした?」

「そうだ!」

 

 気怠さばかりが乗っていた面に急に喜色が湧く。

 勢い付けて、怠けても劣らない身体を持ち上げた。そしてその際に盛大に下着を捲れ上げさせ、僕にはしたなさと黒色を覚えさせてから、翼はこう叫んだ。

 

「わたしが弾いてお兄ちゃんが、歌えばいいじゃん!」

「ん。え?」

「あはは。結構ありありのありだよー。お兄ちゃん、無駄に声良さげだし、何より……」

「……何より?」

 

 唐突な義妹の提案に困惑する、僕。

 いや、声はまだしもテンポのズレた僕が音合わせなんて難度高過ぎじゃないかとも思うし、そもそも翼が後ろに控えるなんて太陽の前に立つみたいで僕嫉妬と不相応に焦げちゃうんじゃないかとまで考える。

 でも、そんなのはあまりに愚考だった。なにせ、矢板翼は僕の前でこれまでなく楽しそうに笑っていて。

 

「わたし、一度くらいお兄ちゃんと何かしてみたかったし!」

 

 そう、とても嬉しい言葉を放ってくれたのだから。

 

 

 

「……らー」

「ダメだよ、お兄ちゃん! もうちょっと高く!」

「ん。らー」

「今度はちっちゃい!」

 

「ふむ……」

 

 矢板の家はとても広くはあるが設計時点で必要と考えなかったため、防音性は低い。

 それを知っていて、だから遠くに大人は子供らの声を聞けた。

 帰ってくれば、愛娘の元気な声。それを奏でさせたのが、結構忌々しい息子であるのはまあ、物珍しい少女の喜色の前に許せた。

 男は、鞄をおろしてから彼彼女らの邪魔にならないようにと妻に小さく云う。

 

「ただいま」

「おかえりなさい」

 

 顔を上げてみれば、この世で二番目に大事な相手が久方ぶりに頬を緩めており、それもまた嬉しい。

 これはまあ、調子外れな愚息の歌未満だって許せるというものだ。

 

 だから、彼は自らの()()()()()()()()()()()()()()()()()妻の手を取り。

 

「さ、部屋に戻ろうか」

「ええ」

 

 支えとなって、家中に。

 やがて彼らは今宵も家族の間に歪な愛を示すのだろう。

 

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