Fate/Reprise 〜円環迷宮聖杯戦争〜   作:シン・丸

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剣の英霊

現実から落ちて、微睡に覚醒する。

それは彼女からすれば酷く当たり前の感覚だった。

目前に広がるのは漠々たる霞の平原。

跳ねるように、泳ぐように、その景色を揺らめきながら渡っていく。

 

『素に銀と鉄。礎に石と契約の大公』

 

 脳髄に響くそのワードが自分自身の呟きであることを彼女は熟知していた。

もっとも、それは世間一般でいうところの『寝言』というものなのであるが──夢と眠りに神秘を見出す彼女の家系からすれば、寝言とはそれそのものが立派な呪文である。

 

『降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ』

 

 『外』は深夜。午前二時を少し過ぎた時間帯──

別の国の魔術体系の言葉で言えば、丑三つ時という時刻だ。

もっとも彼女の扱う魔術基盤は陰陽道とはまるで別物だが、しかしおおよそ人が深く眠りにつく時間という意味では彼女の魔術体系からしても重要な意味を持つと言っていい。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)繰り返すつどに五度、ただ満たされる刻を破却する』

 

 ゆっくりと。

彼女の視界が晴れてゆく。

夜の帳が下りるにつれ、この世界は色彩を増していく。

 

『──告げる。汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ』

 

 パツン。

泡沫を指先で突ついて破裂させる。

それが彼女のトリガーイメージ。

魔術回路に大気のマナが取り込まれ、奔る。

瞳が裏返るような感覚。

指の数が増えるような錯覚。

髪に火が灯るような感覚。

背中に霜が降りるような錯覚。

 

『誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者』

 

 やがて意識と景色に日が射すように、全てが瞬き、明瞭となっていく。

現実と幻想が反転する。

彼女の魔術、その真髄が現れようとしている。

 

『汝三大の言霊を纏う七天。抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ──』

 

 彼方、人の身では届かない遥か彼方の境界記録帯(ゴーストライナー)──英霊の座からの接触。

夢の中でより立体化した自身の魂の輪郭でそれを感知した彼女は、感動と興奮、そしてさらなる探究心にかられ、手を伸ばす。

人智を越えた、魔術の域さえ越えたその存在感に触れ、そして彼女は──

 

 

──気づけば知らない光景の中にいた。

 

 それが英霊の過去の記憶、否、記録であることが夢を渡る魔術師である彼女には手に取るようにわかり、そしてだからこそ戦慄する。

未だ自身と契約した英霊の情報は把握していない。夢を通してその繋がりは通常の魔力経路よりもずっと強く正確なものとして伝わってはいるものの、いかんせん伝わりすぎていた。

魔術師一人と比べればあまりにも巨大な情報量の奔流に、細やかな解析など及びもつかない。外付けの情報処理機構でもある魔術刻印があればまだマシだったのかもしれないが、あいにく私は刻印を持っていない。

 

 とどのつまり。

 

 今の彼女はただ意識を呑まれないように夢にしがみつくことで精一杯なのだが──だからこそ、今自身の夢として周囲に存在する光景に戦慄せざるを得なかった。

 

 魔術師として直感する。

 

 この光景は、我ら魔術師が追い求めた神秘の坩堝、根源が直ぐ側に横たわっていた世界。

 

 ──神代の記憶だ。

 

「■■■■■■」

 

 その場に言葉が響く──だが彼女にその言葉の意味は理解出来ない。言語が違うということではない。言語に宿る神秘の桁が違う。

 

 この言葉は、あろうことか。

 

 (カミ)の言葉だ。

 

 言うまでもなく、神の言葉を聞き届けられるのはそれに相応しい霊位に至った巫女のみに許された特権である。

彼女の魔術体系はシャーマニズムにも近しいものではあるものの、一切の混じり気のない神の言葉など聞いただけで脳髄が熟れて耳から零れ落ちかねない。

ただ彼女はその場に満ちる神威に──魔術師が追い求めてならない根源の気配を前にして必死に正気を保っていた。

 

「■■■■■■■、■■■■──!」

 

 何処かの神の、何かしらの言葉。

彼女にはそれが酷く嘆きの感情が込もったものだということしかわからない。

そして気づけば。

 

「オギャア、オギャア、オギャア、オギャア」

 

 赤子の泣き声が、その場に響き渡っていた。

 

「■■■■、■■■■■…………」

 

 冷たい金属音。

剣を引き抜いた音だと、何故か理解できる。

 

「オギャア、オギャア、オギャア、オギャア──」

 

 どんどんと大きくなる赤子の泣き声。

鼓膜を、脳を揺らし、気づけば五体全てが共鳴するように震えている。

 

「■■■■■■──!!」

「オギャア、オギャア、オギャア、オギャア、オギャア、オギャア──」

 

 一際大きな泣き声が轟き。

一拍おいてから、嫌に重く耳に残る、鈍い音がした。

柔い血肉を斬り抉り潰した音だと、確信できた。

 

 ポチャリ、ポチャリ、ポチャリ、ポチャリ。

 

 血潮が滴り落ちていく。

その剣には、産まれたばかりの(あかご)の血がベッタリと染み付いていた。

 

 

 ポチャリ、ポチャリ、ポチャリ、ポチャリ。

 

 その血の雫が一滴落ちていくごとに、彼女の意識は遠ざかっていく──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぁ〜…………起きました」

 

 そうして独白とともにモルフィメア・ルゲイエスは眠りから目を覚ました。

朝の兆し、夜の途切、飽きるような夢の終わり。

惜しむものではないとわかってはいるが、それでも心は眠りの名残を求めてしまう。

 

 視界に映る神秘を目にすれば、それは尚更だった。

 

「──サーヴァント・セイバー、召喚に応じ参上しました。これよりわたしはあなたの剣となり、あなたの運命はわたしが斬り拓きましょう。ここに契約は締結されました」

 

「………………」

 

 その輝きが、窓から差し込む陽射しだけのものでは無いことは不思議と確信できた。

 

 雪のような白さを湛えるその髪は、羽を思わせる形をして光を反射させている。こちらを見据える黄金色に揺らめく瞳は、一目見るだけで人間離れした印象をこちらに与える、どこか無機質なものだった。

その瞳が、一片の揺らぎもなく自身を見下ろしている…………見下ろしている?

と、そこでようやく、自分の頭が目前の女性の膝の上に乗っかっていることを悟った。

 

 俗に言う、膝枕の姿勢である。

 

「主よ、どうか指示を」

「…………指示。指示かぁ」

 

 ふぁ〜、とだらしなくあくびを一つ。

少しばかり逡巡するも、結局モルフィメアの中でもっともベターな選択が口をついて出てくるのだった。

 

「…………もっかい寝直すから、そのままの姿勢でお願い」

「承知しました」

 

 五秒後、そこには寝息をたてる主と、それを無言で見つめる従者の姿があったという。

 

 

「さて。朝になったし、流石にそろそろ起きないとだね」

「じきに正午になりますが」

 

 自らのサーヴァントのツッコミはスルーしつつ、普段着に着替えたモルフィメアは寝室から出た。

今いる場所は魔術協会のツテで用意してもらった拠点である。

後腐れのないホテルでも借りるという手も無いではなかったかもしれないが、こと睡眠環境への追求には一家言のある彼女からすれば第三者が常に側にいる事になるホテルは好みではなかった。モーニングコール一つで彼女は心底うんざりした気分になるのだ。

 

 

 

「しかし、サーヴァント──本当に境界記録帯(ゴーストライナー)をこの目で見る、どころか契約することが叶うとは思わなかったな。

降霊科(ユリフィス)に属するものとしては、仰天というか感動というか」

 

「………………」

 

 左手に宿った令呪を眺めながらに呟くモルフィメアと、それに黙って追従するセイバー。

 

「あ、今のは独り言だから気にしないでね」

 

そう言いながらリビングに移動し、適当な朝食の用意をする。

 

「貴女はどうする? サーヴァントには食事は必要ないと思うけれど」

「魔力供給は問題なく行われています。不要ですが、ご命令とあれば摂取します」

「そっか。じゃあ取り敢えずミルクだけでもどうぞ」

 

 熱したミルクをマグカップ二つに注ぎ、テーブルに置いた。

ちなみにこの館にはコーヒー、紅茶などのカフェイン飲料は存在していない。

完成したフレンチトーストと共に、モルフィメアは朝食を摂り始めた。

 

「………………」

「………………」

 

 互いの間に沈黙が降りる。

だが気まずい、という思いは不思議と湧いてこなかった。

セイバーは言われた通り静かにホットミルクを口に運んでいる。

その何気ない所作にさえどこか神聖なものを感じてしまうのは、自分が魔術師だからなのだろうか──

と、メープルシロップをたっぷりかけたフレンチトーストを齧りつつ思い耽った。

 

 結局無言のままに朝食は終わる。

 

「…………ま。ひとまずは自己紹介からかな。私はモルフィメア・ルゲイエス。時計塔所属の魔術師で、今回の聖杯戦争の参加者、マスターの一人として貴女を召喚した。これからよろしく、セイバー」

「こちらこそよろしくお願いいたします、主よ。モルフィメア様でございますね」

「んー、いや、そんなにかしこまられてもなんというか肩が凝るし、もっと気軽に呼んでくれていいよ。愛称とかで」

「承知しました。では、メアと」

「…………おー。うん。まあ、じゃあそれで」

 

 距離の詰め方エグいな、と思いはしたが口にはしないことにする。

 

「先程も名乗りましたが、改めて。サーヴァント・セイバー、召喚に応じ参上しました。真名は天之尾羽張。どうぞあなたの剣として、存分に振るって下さい」

 

「………………はい? アメノ、オハバリ?」

 

「いかにも。…………メアは異国人のようですし、知らずとも無理はないかと」

 

「あぁ……うん知らない。

けど、こいつを使えば一発で調べられるから大丈夫」

 

 そう言って取り出したのはスマートフォン。

彼女が画面をタプタプと指でなぞるたび、その画面に数々の情報が表示されていく。

──天之尾羽張。別名を『伊都伎志摩』。日本神話に登場する神剣。

 

創造神イザナギに振るわれ火の神カグツチを殺め、その際にカグツチの血と交わることにより八柱の神を産んだ。

 

神が振るい、神を殺し、そして神を産んだ神剣。

 

「えーと…魔術世界でいうと、神造兵装って事になるのかなぁ………それが英霊に?」

「はい。もとよりわたしは剣でありながら神を産み、自我を宿した過去がありますので。場合によっては自我の無い器物が信仰により英霊化し自我を得る事もある事を考えると、さして不可思議ではないかと思いますが」

 

「むう。それを言われると確かに否定する要素はないか…………つまり、意志を持った宝具ってことなのかな」

「その認識で間違いありません」

 

「ほぇー…………触媒もなしの召喚だったからどんな英霊が喚ばれるのかと思っていたけど、最優のクラスとされるセイバー、それもこんな大物が召喚されるだなんて思っても見なかったな。しかし日本神話の英霊が出てくるとは…………聖杯、まさか日本産だったりする? ……まさか例の冬木の……」

「わたしには、聖杯から与えられた知識しか有りませんが、冬木の聖杯では日の本の英霊は呼び出す事はできません。」

「む。……そうなの? …なんにせよ──これからよろしく、セイバー」

「…………ええ。我が刃、存分にお使いください、メア」

 

 こうして揃った主従二人は、握手をもって名実共に契約を交わしたのだった。

 

 

 

 

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