赤い光。電灯。温かい水。サイレン。煙。
綺麗な星の瞬き。
瞬きをするほどにそれは遠くに感じて。
あぁ、私は何になるんだろう。
何になりたかったんだろう。
ひとりでに夜空に手が伸びそうになる。
あの煌めきがひどく輝いて見えて。
でも、その手は地面にくっついたまま。
…………ケホッ…………。
一呼吸。そして、
「うわぁぁぁ!!!」
温かい布団から飛び起きる少女。
ぼやけた眼は、桃色の壁から始まり、漫画本も少々に参考書や教科書が並ぶ勉強机、ぬいぐるみが乱雑に置かれた整理のなされてない棚、そして、自分の枕元に置いてある時計を過ぎて窓を見る。
「……今の。何の……夢だっけ?」
呆然とし目を擦る少女は、ぼんやりとしたまま先程の目線から何かの違和感を感じる。いや、感じざるを得なかった。
視線を戻す。窓、12月のカレンダー、時計、棚、ぬいぐるみ、いや時計!
「やばい……やばいやばいやばい遅刻だぁぁぁ!!!」
「だから冬なのに汗だらだらだったんだ春美ぃ?」
「笑い事じゃなかったんだって明里ぃ。」
教室隅の窓際、2人の少女はそう言いながら朝8:30を迎える。
1番後ろの窓側の席で机に突っ伏す茶髪の少女……桐島春美は、その前で椅子を窓側に倒して遊ぶ金髪の少女……倉持明里のケラケラ笑う姿にムスッとした顔。
「分かった分かった悪い悪い。許してくんなまし。」
「全く、幼馴染じゃなきゃ許してやんないよ。」
へーへーと平伏するふりをする明里。
「まぁ日曜のお祭り遅れたらそれはそれで許さないけど。
で、朝見た夢って結局なんなのさ。」
姿勢を直し春美の机に面と向く。
「なんていうかほんのりあったかい感じもあったりしたし、嫌な感じだったりなんていうか」
「漠然としてて分からんってそろそろホームルーム始まっぞ。」
「え、早!」
「春美が遅かったんだって、んじゃ教室戻るわ。」
立ち上がり隣の教室にスタスタ歩いてく明里。
途中で男子に挨拶されてる辺りがモテるなぁと思いながら仕方なく1限目の教科書を取り出していくと、空いた前の席に座る女生徒が1人。
「あ、おはよう巴さん。」
「……おはよう。」
「き、今日はいい天気だね。」
「……。」
前に座る黒髪の少女とギクシャクとした会話の切り口と淡白な返答に渋い表情を滲ませていると、扉がガラガラと開く。
「おーし、ホームルーム始めるぞ。日直。」
「で、なんで下校時間に呼び出されたぁ…か分かってるか?桐島。」
目の前でボサボサとした頭を掻きながら椅子に座る担任…佐伯の欠伸混じりの一言にぎこちない笑顔を見せる春美。
「いやー、小テストの点数ですかねぇ。」
「それもあるけどなぁ、進路希望まだ提出してないだろ。
提出は昨日だぞ。」
「いやいやいや分かってますって、ちゃんと考えてますから!」
突然あたふたする春美に「はぁ…。」とため息をつく佐伯。
「いやまぁ分かるよ?
たかが2年間で自分の人生決めなきゃならないんだとか先生も高校時代思ってたしな?
でもそろそろ受験も始まるし、大学に行くか就職するかってところ位は決めとかないとだな?って、そこまで落ち込むなよぉ。」
もうぎこちない笑顔を保てなくなる位の広角の下がり具合の春美に今度は佐伯があたふたし始める。
「わかったわかった!
とりあえずあと1週間!1週間待ってやるから!
また1週間したら提出しに来いな?
流石に冬休みに入ってから渡されるのもあれだし、な?」
夕方、騒々しく生徒達が帰路に向かう通学路には、1人帰路を辿る春美。
「進路かぁ。」
あと少しで1年で高校生活が終わる。そんな事を考えながら寒空の下でため息が空に混じる。
「でもなぁ、なんだったのかなぁ。」
今朝の夢の事を考えつつ、白い息が口から漏れ出す。
マフラーや手袋もこの寒さの中ではあまり役に立っていないがしょうがない。
ともすればそんな事よりも期末テストが迫っている方が問題だと気づく。
「帰ったら勉強しないとなぁ。」
背伸びをして空を見上げる。
空は真っ暗で綺麗な星が瞬きを向けている。
辺りは静かで心地よく、まるでこの世界では自分しかいないと思えるほどの静寂さ。
「……え?」
辺りを見回すと先程まで帰路についていた学生達はおらず、すっかり真っ暗な真夜中で月明かりと街灯だけが彼女と道を照らす。
「いやいやなんで……!」
自分が進もうとしていた道の先、米粒ほどにしか見えなかった暗闇の中から何か見えた。
気がしたでは済まされない悪寒を感じ、立ち止まる。
その何かはゆっくりとこちらに歩きだし、街灯に照らされる。
「……っ」
無意識に手で口を押さえる。
青黒い肌に手足は揺らいでハッキリとした輪郭がない。
口も鼻も耳も髪も目も無いのに、しっかりとコチラを見ている感覚を覚える。
それが大小様々、10や20で収まらないほどにあの暗闇の中に
絶対気付かれてる絶対気付かれてる、と脳内で駆け回る頭とは別に足は後ろへと伸びる。
『唖々アアアァァァァァアアアアア!!!!!』
駆け出す
街灯がパリン、パリンと割れる音に混じり叫び声が聞こえる。
走る。疾る。奔る。
体感で何匹も何体も何人も追いかけてきているのが分かる。
だからこそ、後ろなんて振り向く暇すらない。
歩いた事のない路地に曲がる。理由なんて無く、ただ逃げ切れると一瞬でも思えた方に舵を切る。
肺が痛いと明確に分かる。乳酸菌が溜まる感覚を知る。白い息が目の前を覆う。
生きたい、死にたくない。
そんな願いとは裏腹に、現実は違う事を思い知らされる。
「ハァ……ハァ……ウソ……。」
行き止まりが無慈悲にも彼女の足を止めさせる。
後ろには今なお雄叫びを上げながら迫り来る何か。
せめて何も見たくないと振り向かず目を閉じ耳を塞ぐ。力無き足はその場にへたり込む。
「お母さんお父さん明里ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい死にたくないごめんなさいごめんなさい」
手で塞いでも分かる叫び声。
そんな中で、薄らと小さく、しかし意思のこもった声が聞こえた気がした。
「やりなさい、
瞬間、銃弾の音が耳をつん裂く。
恐る恐る目を開ける。
後ろにいた感覚は無く、目の前には特徴的なハットにスーツ、ぱっと見でウエスタン風な、さりとて特徴的なハットを被った男と今朝出会ったはずである少女……巴の姿があった。
「あっ、と……巴さん……?」
「御託はいいわ。さっさとうちに帰りなさい。
あとは私とル……アーチャーでやるわ。」
化け物がいるんだよと声が出そうになるが、ウエスタン風な男の声が先に出る。
「おいおい嬢ちゃん、この娘が帰るにしたって行き止まりだぜ。
おまけに入り口塞いでんのはあの訳わかんねぇ奴らと来た。」
指された先を見て確かに。と呟くと巴は春美の方に向き直る。
「春美さん、ここから動かないで。」
「で……でも危ないよ……!」
「これが最初って訳じゃないの。
アーチャー、良い?」
気の抜けた返事がアーチャーから返ってくる。
次の瞬間、化け物の頭が吹き飛ぶ。
「そのお嬢ちゃんは任せるぜ、マスター。」
「任せて。」
化け物共がアーチャー目掛けて急接近する。
弾丸の射出音が聴こえる前に破裂する頭。
それとは別に春美の元に駆け寄る巴。
「春美さん、立てる?」
「う、うんッ痛……!」
ふと見ると、右足のくるぶしに感じる違和感。
いつの間にか捻っていたのか、動かすと思い出したかのように痛み出す。
「ちょっと待って、今なんとかしてくれてるから。」
「は、はい……。」
(でもあの人、銃って違法じゃ……?)
疑問をよそに最後の数体をまとめて片付けるアーチャー。
「ヒュー、これで終了!」
「アーチャー、ごくろうさん。」
アーチャーの方に駆け寄る巴。
「しっかし、今日はやけに多かったな。」
「えぇ、それに大分凶暴な雰囲気に感じたわ。
何かいままでと今回で違う……?」
考え込む巴にアーチャーはまぁまぁ考えるのは後だ。と言いながら春美の方を見やる。
「おーい、お嬢ちゃん。いつまでへたってんだ。そろそろ立った方がいいぜ。」
「あの娘、足挫いてるみたいなの。
アーチャー、ちょっと運んでもら……ッ!」
その刹那、巴が叫ぶ。
「アーチャー!」
最後まで聴こえるまでもなくアーチャーは春美を、正確には春美の後方にいるであろう者に対し銃口を向ける。
「アーチャー!後ろ!」
「……っ!」
3体の化け物がアーチャーに襲いかかるが、もう片方のピストルがそれを許さない。
が、もう一方からしたらその数秒で十分。
「春美さん逃げて!」
先ほどまで死ぬかもしれないと怯えていた春美だが、その恐怖すら脳には届かない。
死ぬという2文字しか浮かばず、呼吸することさえ忘れ、目の前の鉤爪が迫ってくるのをただ受け入れるだけ。
しかし、その鉤爪は届かない。
右手の熱さと共に、目の前が真っ白に染まる。
夜だったのに朝に変わったかのよう。
化け物はその輝きに耐え切れずに蒸発する。
巴は咄嗟に目を瞑り、アーチャーは腕で目線を隠すがその目は人型の輪郭を捉えていた。
最前列で座り込んでいる彼女には光は目を瞑る要素になり得ていない。
しっかりと
黄金の独特な仮面を被り、腰には布を巻き、手には杖のような何かを持つ褐色の男。
仮面で隠れているはずなのに、しっかりと春美の目を見ているのが分かる。
呆然とする春美に構わず、その仮面の男は語りかける。
「此方はランサー、ここに幻出した。
問おう、汝が此方の
依り代か?」