初めて家族で旅行に行ったのを覚えている。
子供にしては長い時間をかけて、アメリカ大陸のほんの少しを体験した。
煌びやかな街、広大な大地、砂埃舞う荒野。
長いアスファルトや砂利道に揺られながら眠ってしまった事、夕陽が沈むのを窓越しに鮮明に見えた事。
多分、その時に彼に会う事が決まったのかもしれない。
キーンコーンカーンコーン……。
「いいかー?ここ重要だから覚えとけよぉ。
ここの一文が後々の主人公の―――」
カッ、カッ、と白いチョークが小気味よく黒板に滑っていく様を見ながら、教科書を広げて勉強をした振りをする。
あくびをしながら窓側に座る『彼』は外を眺める。
今日もいい天気だ。と、胸の内に思う彼。
(お勉強はいいのかい?)
そんな時、頭の中に妙に艶がかった声が投げかけられる。
(いつまで経っても慣れないよ。この念話ってやつ。)
彼は、口を動かさずに先ほどのように胸の内に言葉を留めておく。
(あっちの授業早く終わったかぁ。
で、どう?始まった?)
(いいやぁ、さっきアーチャーが姿を見せたくらいでまだ始まってないみたいだねぇ。)
今度はあくびでは無く、ため息が溢れる。
(いざという時は頼める?)
(まぁ『
なんならあいつ、こっちのこと気づいてやがるよ。
どんだけ目が良いんだい、全く。)
(今どこいるの?)
向こうの声からもため息が聞こえる。
(そこの教室から見える山あるだろ?)
(……ま、まさか。)
教室の窓からの眺めはよく、この街を見渡せる位には少し小高い所にある。
街……この
バス通学は当たり前、特に南側にいる生徒たちが北側にある学校まで来るには必須となる。
そして、そんな彼の席の窓からは、右には海、左の山は街を越えた正反対の所にしかない。
(帰りに新作のクレープ奢るから許してくれぇ。)
(チッ、しょうがないねぇ。
……少し動きがありそうだから切るよ。)
再び脳内に訪れる静寂。
「……であるからしてぇ。おっもうこんな時間か、日直。」
ようやく終わると、背伸びをする生徒に紛れて彼も身体を伸ばす。
きりーつ、きおつけー。と、やる気のない合図と共に授業が終わる。
彼は、教室の引き戸を見ながらそっと呟く。
「……悲しむよなぁ。死んだりしたら。」
「殺さなきゃなんねぇや。」
その一言に、春美の指先が震え出す。
昨日の事がゆっくりと思い出されるのを春美自身感じていた。
あの冷たい風、心と言われる部分がある心臓がメシメシと冷え切る音。
そして、後悔の念。
「アーチャー。」
その空気は、巴の一言で打ち切られる。
「冗談はそこまでよ。」
「いやー、本当はそうしたいんだがな。
いかんせん敵が敵だってんだから参ったな。」
困惑する表情の春美に巴は告げる。
「彼の事は気にしないで。
冗談が時々冗談に聞こえなくなるのよ。
とりあえず、今は現状を話したいの。」
「じょ、冗談?」
たはは。と、さっきまでと打って変わるアーチャー。
「アーチャー、頼める?」
「あぁ、良いぜ。
って、言っても俺も参加は初めてなんだが。
今度は冗談は無いぜ?」
右目でウィンクすると、彼は語り出す。
「お嬢ちゃんは、聖杯戦争ってやつに巻き込まれたんだ。」
「聖杯と……戦争……?」
「あぁ。何でも願いが叶う聖杯を奪うべく、7人の魔術師であるマスターと、そのマスターに呼び出された7人の英雄たちが命を賭ける殺し合いにね。」
聞いたことのあるような言葉が単に並べられてるように聞こえる春美。
「魔術師からよく分かんないんだけど……?
それに……。」
殺し合いという単語。
普段生活をしていて聞き慣れない言葉に動揺する春美。
「まぁとりあえず、魔法使いみてぇなもんが英雄たちと手を組んで競い合うって事だよ。」
春美の背中をバシバシ叩きながら簡略化するアーチャー。
「いたた!?……ん?って事は巴さんもしかして!」
首を振って返答する巴。
「私は魔術師じゃないわよ。」
「あぁ、巴は魔術師じゃない。
本来ならあり得ないと思うんだがな。
それにお嬢ちゃんももうこの戦争に参加しちまってる。
知ってる限りじゃ6人目。」
「えぇっ!て事は私魔法少女みたいになっちゃったってコト?!」
「んな訳ないだろぉ、お嬢ちゃんだってまるっきりど素人だよ。」
えぇ……。と肩を落とす春美にアーチャーはガハハと笑う。
「兎に角、お嬢ちゃんはど素人だが呼び出した英雄……サーヴァントって奴なんだが、大当たりだったんだよ。」
今はまだ出て来れないがな。と、続けるアーチャー。
「大当たりって?」
「滅茶苦茶強いって事だよ。
俺なんかよりね。そこで提案なんだが―――
「私たちと協力してほしいの。」
―――良いとこを取るなよぉ。」
アーチャーを無視する巴がスタスタと春美の前に出る。
「私達の敵は他の5人のサーヴァント以外にも、暗闇から出てくる
正直な話、私と彼だけでは心許ないし、何より貴女も狙われる。」
「そっか……私を狙う理由があるんだよね。」
「そう。
サーヴァントを倒すだけでも良いらしいけど、強い敵を倒すより弱い人間……マスターっていうらしいけど、そっちを狙うのが必然になる。」
「……でも、それだと私は足手纏いになるんじゃ。」
「そこじゃないんだよ、お嬢ちゃん。」
右手をふりふりとしながら間に割って入るアーチャー。
「さっきも言っただろ?
お嬢ちゃんのサーヴァントは、正直トップレベルのもんだってな。
今後何があるか分からないしこの聖杯戦争において、切り札は取っておきたいってわけだ。」
ただ……。とアーチャーは付け加える。
「正直な話、お嬢ちゃんに扱える奴じゃないのも事実だ。
元より戦力としちゃ期待してねぇけど、他の奴らに唆されて敵になられるよりかはマシって話だ。
なんならもう他の連中にも気づかれてるだろうしな。」
なるほど。と頷くと同時に頭を抱える春美。
「……期末テストもあるのに、なんでこんな……。」
「今日から勉強はしなくて良いわよ。」
巴の発言に「え……?」とつい口に出る。
「……すぐに分かるわ。
それより、こっちから協力をお願いする以上、それなりの対価は支払わないと。良いわね?アーチャー。」
「あぁ。」
ずいっと春美に近づくアーチャー。
「対価って、……お金とかですか?」
「いやいや違うって。
さっきも言った通り、サーヴァントってのは基本的に伝説の英雄だったり歴史上の偉人だ。
だからこそ、自分の名前を知られちゃなんねぇんだ。」
また首を傾げる春美。
「えっ、何でですか?」
「あぁ〜例えばな?
アキレウスって奴は足の踵を撃ち抜かれて死んだって話がある。
それが元になって、アキレス腱っていう言葉が出来たように、アキレウスにとっては踵が弱点になったんだ。
つまり、名前がバレるとそいつの弱点が分かるんだ。
ここまでは分かるな?」
「ってことは、アーチャーさんって名前じゃないんですか!?」
違う違うと手を横に振るカウボーイ。
「サーヴァントにも種類があってな?
剣を使うセイバー、槍を使うランサー。」
そう言いながら、右手の指を一つずつ立たせていく。
「魔術を使うキャスター、騎乗が得意なライダー、
暗殺者のアサシン、狂乱状態のバーサーカー。」
右手では足りず左手の人差し指をピンと立て、その指を自分の顔に向ける。
「んで、俺は射手が得意なアーチャー。
ま、俺の場合は弓じゃなくて銃なんだが。」
腰のホルスターをチラッと見せる。
「そういう事で、改めて自己紹介だ。
実際、俺は特にそういう逸話は無いから弱点とか関係ないし、正直なんで呼ばれたかこれっぽっちも分からんがね。
協力して貰う以上、取引材料としては十分だ―――」
左手で帽子を被り直しながら、太陽を背にその男は笑う。
その右手はゆっくりと春美の前に差し出される。
一陣の風が校庭の砂を巻き上げながら吹き荒び、屋上へとひた疾る。
―――ふと、家族で旅行に行ったことを思い出す。
過ぎ去った過去は変えられない。
でも、僅かでもあの遠い日の記憶に手が届くのであれば。
私は勝たなければならない。
「俺の真名は、
しがないギャンブラー兼ディーラーで、
荒野を駆け巡ったカウボーイだ。
よろしくな?」