FGO世界に転生した。端的に言うと、それで全ての説明がつく。自分の名前が藤丸立香だということに絶望し、それでも足掻いて足掻いて人理の修復のために必死に特異点を駆け抜けてきた本当の藤丸立香ではない凡人。それが俺だった。
本来、藤丸立香という底抜けの善性が故に様々な縁を結び、1歩間違えれば詰む状況ですら踏破してきた
運命力がたとえ本来の藤丸立香と同じように己にあったとして、それでも絶対に無理だという確信。それはフォウくんビースト化のハナシなどが分かりやすいだろう。俺の醜い心は恐らく確実にフォウくんをビーストへと変えてしまう。あの、心優しき美しい獣を。だから距離を取った。フォウくんも、そっとしておいてくれる。優しい子だ。
だが残酷なもので、そんな泣きごとを並べても俺は藤丸立香がマスターへとなるきっかけであろう献血を無視する事は出来なかった。当然だ、俺が行かなくても誰かがやってくれる……そんな甘い希望で全人類が滅ぶかもしれない。俺にはそんな度胸は無かった。何も起こらなければ良いと願いつつ、しかし俺はやはり、カルデアへと来てしまった。
この時点で俺は既に壊れかけていたと言っていい。だって、既に詰んでいるのだ。俺は未来の事を知ってしまっている。それはつまり、
「先輩……とは、呼ばないでくれますか。俺は、貴女の先輩であれるほど、立派じゃないのです」
マシュは、こんな俺でも変わらず先輩と呼ぶようだった。
彼女の言う先輩……人を傷つけず、自分をゆるめず、真っ直ぐに立っていられる善性の人。俺はとてもじゃないがそんな人間にはなれない。だから、純粋な彼女の目に耐えきれずにそう言ってしまった。マシュはキョトンとして、それでも変わらず貴方はやはり先輩だと笑って言っていた。本当に優しい子だと、そう思う。
そして、俺は……Aチームを見殺しにしようかと迷い、しかし既に俺という異分子がいる以上変わらないと助けようと決意し……しかし、助けられずに彼らは爆破され、殺された。当然だった。マスター候補生とはいえただの一般人。それが爆弾があると訴えようと誰も信じるわけが無い。それに無闇にそう言う訳にも行かなかった……監視者たるレフの存在だ。俺は、自分の命が惜しかった。物語の主人公ならばそれこそ、こんなチャンスがあれば華麗に何かを思いついて助けられるのかもしれないと思いつつ俺は燃え盛るコフィンの前で懺悔するようにマシュの手を握りながら泣いていた。済まない、済まない、と。
それから俺は、取りこぼさないように必死に特異点を駆け抜けた。だが、失ったものも多く、代わりに得られたものは極わずかだった。取りこぼす度に罪悪感が胸を締め付ける。
冬木では結局オルガマリーも助けられなかった。
オルレアンではジャンヌ・オルタの事を救えず、人理に彼女は刻まれなかった。
セプテムでは数多の兵士が目の前で事切れていくのを見た。オルレアンに引き続き、より多くの死を産んでしまった。
オケアノスではアステリオスの献身に何も出来なかった。女神を裏切ってしまった。双子の女神はカルデアに召喚されることは無かった。
ロンドンは多少なりとも上手くやれたと思う。今までと比べれば、かなり
北米では俺は完全にお荷物だった。一般人が北米大陸を歩き回るのには、色々と犠牲にするしかなかった。この時に俺は片足を失った。義眼義足だ。ナイチンゲールには感謝しなければ。
そしてキャメロット。なんとか死ぬ人々を少なくしたかったが、結局無理だった。だが、だからこそ死に物狂いで戦い、勝利した。何故か獅子王は俺を憐れむように見ていた。まさか、バレたのだろうか?いいや、彼女にはそういったスキルは無いはず……
そして鬼門、バビロニア。俺はここで決定的に間違えた。英雄王と会うのを拒絶したこと?いいや、彼は賢王だった。今の俺と会う事は利にならないとよく理解してくれていた。翁の問いかけに何も答えられなかったこと?いいや、彼はそれでも偉大だった。力になることを約束してくれた。俺は結局、偉大な英雄達に何とか生かされている。ならば、何を?それは、彼女についてだった。
俺が会う最初のビースト、原初の母ティアマト。
俺は彼女に堕ちた。
───────
「先輩!?どうしたんですか、先輩!」
黒い泥の中に浮かぶファム・ファタールを見た時に藤丸立香は膝から崩れ落ちた。或いは、彼が
自縄自縛。愛したい、愛されたい……そして愛さないでと叫び歌うファム・ファタールを目の前に藤丸立香は壊れた。
マシュが止めるのも聞かずに泥の中への歩みを進める。不思議と侵食されることは無かった。随分と長く歩いたように思う。
「La──」
いつしかティアマトは歌を歌ってはいなかった。泥の拡大も止まっていた。ただ静かに目の前の矮小な人間を見つめていた。
「……ずっと、貴女に会えたら言おうと思っていた」
藤丸立香はぽろぽろと涙が止まらなかった。ティアマトは悲しげに目を伏せていた。泥の中に足を踏み入れているからだろうか、
「……愛してくれて、ありがとう。貴女がどれだけ俺たちを憎み、堕ちても……それでも、貴女は自らを縛るんだね」
藤丸立香には親がいない。それは前世を含めの事だった。彼にとっての親とは幸せの象徴であり存在しない架空の理想。そして、醜悪な現実の敵だった。そう、これは単純な話……彼が唯一母と呼べるであろう存在、その愛を感じ、母へと縋ってしまった。それだけの話だった。そしてこれが、凡人の限界点であった。
「Lah──嗚呼──」
そしてティアマトもまた、ここが終わりであった。原初の巨神、母なる海の終わりは翁によってもたらされるものでは無かった。母に返り咲く……目の前の、己を慕う子を殺して?己と同じように
「ごめんなさい、母よ。愛さないでと、言われたが……俺は、存外に母の愛というものに……飢えていたらしい。あなたを愛してしまう、不出来な子で……ごめんなさい」
泣きながら笑い、謝る藤丸立香。彼は致命的に間違えてしまったことを理解していた。もう、人類も己も終わりであると理解していた。当然だ、敵の目の前に無防備に姿を晒し、泣き、謝っている。これ以上無いほど無様な姿であった。
だがビーストは、ビーストであるが故に彼を殺せなかった。人類悪は、人類愛であるがゆえに。もう己を縛る必要はなかった。ティアマト・ファム・ファタールは己の縛を解いた。我が子が目の前で泣いている。その人間を殺さなければ、殺される?本当に?
ビーストとなり、本能のみに成り果てて尚しかし、母という生命は子を慈しむ。もう既にその霊基はビーストと言うには歪に変質していた。
ティアマトが歩みを進める。縛を解いたティアマトに驚きつつ、しかしこれで終わる……ようやく終わるのかと暗い安心感と共に空を見上げていると、藤丸立香は目の前が暖かい暗黒に包まれた事に気づく。
「……なか、ないで」
「…………ティアマト……?」
ティアマトは藤丸立香を抱きしめていた。有り触れた、よくある奇跡……陳腐な程に有り触れた奇跡だった。己の子を思い、正気を取り戻す母。それだけの話であった。そこに人類悪も聖杯も関係はない。或いは、藤丸立香が藤丸立香ではない誰かだったから。この世に同類の居らぬ、世界に捨てられた同類であったからこそのものなのかもしれない。彼女は独り虚数の海で暮らす寂しさ、悲しさを知っていたから。
そこにはただ、静かに泣く親子の姿があった。