ファム・ファタール   作:某某

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朧気な記憶を辿りながらな執筆ですが、未だにティアマトが自らを愛さないでと言ったいじらしさを覚えています。殺したいほど憎いのに、本能で人を殺さなければ殺されると怯えているほどなのにそれでも人間を愛し、己を縛っていた彼女がどうしても愛おしかったのです。だから作者はティアマト・ラーヴァも好きですが、このウルクの獣だった彼女が一番好きです。


善性の人

 

「先輩!先輩!待って、待ってください!」

 

泥の中へと歩いてゆく藤丸立香を追いかけようと走り出したマシュをマーリンは止めた。大丈夫だと首を振る花の魔術師にマシュはらしくなく激昂する。

 

「何故止めるのですか!?ケイオスタイドが先輩を侵食したらどうなるか……!それにあの顔、あんな顔をした先輩をそのままにしてはおけません!!!」

 

「落ち着きたまえ!大丈夫だ、彼は今この場に限っては泥に侵食されない。これは必要な事なんだ、見ているといい」

 

殺気立つマシュに少し驚きながらもマーリンは止める。ロマニもマーリンの言葉に驚きつつ藤丸立香が侵食されていない事をデータとして知り落ち着くようにマシュを説得するが、彼女はどうしても冷静になれなかった。

 

───────

 

先輩と初めて会った時、先輩は自分をそう呼ばないで欲しい、と言ったことを覚えています。フォウさんは珍しく遠巻きに先輩を見るだけで、それを先輩は何故か嬉しそうにしていたのを不思議に思いました。

 

それからあの事件がありました。コフィンに爆弾が仕掛けられていて、Aチームの皆さんは死亡。私も本当なら死んでしまうはずだったあの時のことです。爆発してからすぐに駆けつけてくれた先輩は、酷く泣きそうな顔をしていて。意識が朦朧としている中私の手を握り、悲痛な声で謝っていました。

 

「済まない、済まない……助けられなくて、済まない……!しなないで、お願いだから神様、誰か……ッ!」

 

私は不謹慎な事ですがその時、嬉しいと感じてしまったのです。会って間もない、見ず知らずの誰か。その誰かのために涙を流せる先輩と会えたことと、先輩にそう思って貰える事を嬉しいと。やっぱり先輩は先輩でした。

冬木で私がデミサーヴァントとなり、生きながらえたことを知ると随分と安心したようで、迷子のような顔をしていた先輩が少し笑ってくれたことを覚えています。

 

レフ教授……レフ・ライノールの元へ走り出そうとしたオルガマリー所長を泣きながら止め、特異点と共に消えゆく所長の手を私の手と同じように握り、助けられなかった事を懺悔するように泣きじゃくっていたことを覚えています。最初は取り乱していた所長ですが、最後は先輩と同じようにポロポロと泣きながら抱き合い、それでも笑って後はお願い、と託されたのを覚えています。強い人だと、先輩は泣きながら言いました。

 

先輩は泣き虫でした。色んな事に泣き、恐れ、その中で他人を慮り、助けられる人でした。その後の特異点でも先輩はずっと泣いていました。消えゆく様々なサーヴァントの皆さんの前で泣いていました。死にゆく人々の前で泣いていました。ドクターは最初、特異点での死者は無かったことになる……と言いましたが、それでも先輩は泣き止まなくて。本当は死者は戻らないという事を、先輩は察していたようでした。ドクターは問われると困ったように、ため息と共に……先輩を気遣いついた嘘だったことを謝っていました。

 

でも、先輩は止まりませんでした。この旅は涙と血にまみれた路でした。サーヴァントの皆さんは口を揃えて言います。先輩は英雄にはなれないと。優し過ぎるその善性は致命的な迄にこの旅路へ向いていないと何度も言っていました。ですが先輩は自分は優しくなんか無いですと困ったように言いながら次のレイシフトへの準備を始めるのです。何度うちのめされても。何度非情な現実を見ても。先輩はずっと泣いていました。もっと上手くやれたはずだとずっと後悔していました。

 

私にはその姿があまりにも眩くて……痛々しくて。私は先輩の心までは守ってあげられないのかと悲しくなりました。そして同時に、この人が私のマスターでよかったとその涙を見る度思うのです。

 

そんな、そんな彼が……泣いていませんでした。泥の中へと歩いていく先輩は、何か安堵したような、しかしそれは絶対に良くないものだとわかる軋んだ微笑みを浮かべていました。

 

どうしてもそれが、不吉なものにしか私には思えなかったのです。

 

───────

 

泥の中心でティアマトは静かに藤丸立香を抱きしめていた。もう生み出した魔獣の子らは自然と泥へと還っていた。憎むことをやめた母を想い自ら還っていったのだろうか。ティアマトは自らが愛されている事を再び感じた。抱き締めている藤丸立香がふとティアマトの涙を拭う。それだけの事に腹の底がグツグツと煮えたぎる様な愛情を原初の母は感じる。

 

「……■■。(ワタシ)を愛してくれて、ありがとう」

 

藤丸立香の頭を撫でながらそう言葉を発した彼女に藤丸立香は動けなかった。彼には分からない事ばかりであった。何故自分はまだ泥に飲まれていないのか?何故ティアマトは自分を抱きしめているのか?何故……ティアマトは慈しむかのように、自分を撫で、語りかけているのか?

 

「花に包まれて……夢を、見ていた。遠い世界の我が子の夢。誰にも愛されなかった、我が子の夢。貴方が、あの子であることが、(ワタシ)は嬉しい。■■……」

 

世界に拒絶され掻き消されるティアマトの言葉を、しかしこの世で藤丸立香だけは聞いていた。己の名を、聞き間違えるはずも無かった。頬を伝うものが泥なのか、塩水なのか。藤丸立香には分からなかった。だが、それはどちらにせよ涙なのだとそう思う。

 

「……ごめんなさい、■■。まだ、貴方とともには(ワタシ)は行けない。でも、待っていて。必ず貴方の元に行く」

 

「ティアマト……?」

 

暖かい抱擁が離れていくのを感じ、藤丸立香は不安そうに彼女を見た。藤丸立香には何も分からなかった。だが、自らを愛してくれた母が消えゆく事だけは理解していた。退去の光がウルク中から立ち上る。消えゆく泥と、その光のカーテンの中ティアマトは膝を突いていた藤丸立香を立たせる。母は、時に厳しい。藤丸立香がこのままここで安穏と終わることだけは絶対に許せなかった。

 

「■■、もう少しだけ、頑張って。幸せになる前に死ぬのは、ダメ」

 

「……ティアマト……」

 

この母は、なんと厳しい事を言うのか。幸せになる前に死ぬ事を、許さない。それは藤丸立香の旅路が未だ続くことを意味していた。

 

「……貴女は、俺を置いて行ってしまうのにそんな事を言うんですか」

 

泣きながら、笑いながらそんな事を拗ねたように言えばティアマトは消えゆくその手で再び藤丸立香の頭を撫でた。聞き分けのない子を撫でながら思う。ああ、人の言葉には手のかかる子ほど可愛い、というものがあったかなどと随分と人間臭く原初の母は笑った。

 

「聞いて。(ワタシ)は貴方が愛してくれたからこそ貴方に言わなければならない。■■、世界中の誰よりも貴方を愛している。貴方には、この世界で貴方を愛している者がいる。貴方は決して、愛されぬ子ではない」

 

ティアマトは消えゆく短い時間の中で藤丸立香の心の澱みを一個一個ほぐすように愛をなげかける。随分と、この愛しい子は傷ついてきた。なればこそ分かる。この子は1度ここで折れたのだと。(ワタシ)(ワタシ)であるがゆえにこの子の最後の覚悟を折ってしまったのだと。それでも、母は子を叱咤した。貴方が(ワタシ)を愛する様に、(ワタシ)が貴方を愛する限り、貴方が生きねば悲しむ者がいるのだと。堕ちて尚、母は母であった。

 

そうして膨大な退去光が消え去る頃に最後に一言だけ伝えてウルクの獣は消えた。あっけない最後であった。大決戦など何も無い、物語としては三流もいいところの最期。だが現実は愛の前にねじ曲がるのが常だと、後に報告書を読みアンデルセンは笑った。

 

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