どこまで行っても■■はただの人。私達もそうですが、そんなただの人が助けを求めて答えてくれるのは、母が1番わかりやすいのではないでしょうか。世界がそうであってほしいと私は思います。
得られなかったからこそ渇望し、願い、理想を抱く。親とは子を愛するものであると、文字の中でぐらい叫ぼうと思います。陳腐な親子愛、バンザイ。
「……無駄だと分かってなお、足掻くか。諦めながら尚諦められないその矛盾に我々は哀れみを抱こう」
「ぐ、はな、せ……!!!」
容易く藤丸立香の拳を手のひらで受け止め、ゲーティアは呟いた。いつの間にやら既に人の形は捨て、魔神王と呼ぶに相応しい威容へと変わっている。ソロモンを取り繕う意味も藤丸立香にはない、という事だろう。
変わらず藤丸立香の目からは塩水が流れ出てている。何処の神性から憐憫を得たのか知らないが、この場にはどれだけ縁を繋ごうと召喚できず、どれだけ藤丸立香が力を得ようと我々へ届きうることは無い……そうゲーティアは冷静に演算した。
「我々は決してお前の知る『私』にはならない。なるべきでは無いとロンドンで理解した。貴様が私を見てその目を潰したあの出会いは得がたきものであった……」
ゲーティアは最早藤丸立香を見てはいなかった。決して拳を離さぬまま魔神王はその哀れみのままに優しく藤丸立香を捕らえつつ回顧に浸る。藤丸立香は諦めの中で立ち上がり、しかし現実は藤丸立香の敵だったという話。
「故に、貴様には借りがある。それほど感謝しているのだ……我々は敬意すら抱こう。藤丸立香、その英雄ならざる只人の身で、奪われ続けたその身で良く我々の元まで辿り着いた」
ゆっくりとゲーティアは藤丸立香を吊り上げ、再び視線を向ける。もう片手には膨大な魔力が渦巻いていた。ここでもう終わり、そう言っているのだ……この人類史の繁栄の結晶は。段々と苦しくなる呼吸で必死に喘鳴し、未だ生を求める藤丸立香はその光を見て絶望する。やはり自分は親孝行すら出来ない……出来損ないの偽物だったんだなと■■は溢れ出る涙を止められぬまま自嘲する。
英雄でもない彼の勇気はゲーティアへ拳を叩きつけ、そこで終わった。彼はどこまでもただの人間だった。
「さぁ、藤丸立香……せめて痛み無くその苦痛に満ちた旅を終わらせよう」
───────
そして一筋の光が藤丸立香の胸を貫き、彼は倒れ伏した。魔神王ももう、彼を捕らえてはいない。哀れな一人の人間を再び一瞥すると彼は背を向けた。
「ま……て……」
後ろから聞こえてくる無力なその声を無視して歩き出し─────声が、聞こえる?
ゲーティアが咄嗟に振り返ると、そこには藤丸立香が立っていた。未だ死なず、心臓を撃ち抜かれてなお健在だと訴える人間がいた。
「貴様……その心臓は、なんだ……ッ!」
事ここに至り、ゲーティアは焦りと共に再び藤丸立香を『見』た。赤く、紅く、ルビーのように輝くその目と同じ光を漏らす胸の孔。それがなんであるか明かすべく過去を見るがしかし、ゲーティアには分からない。
「ッ!馬鹿な!!何故見えぬ!?何故生きている!?貴様はただの人間のはず……!!!」
藤丸立香は苦しそうに、しかし笑っていた。彼だけには分かる。彼だけは覚えている。彼女の最後の言葉を、■■だけは知っている───!
「
「俺、てっきりあの特異点をなかった事にする為に居なくなったことだと思ってた」
「でも違う。ティアマトは、正真正銘……
涙が流れ続ける。母なる塩水が、子の瞳から流れ落ちる。母の瞳から流れ落ちる。両眼から流れる涙を決して藤丸立香は否定しない。
一歩、踏み出す。
そこでゲーティアは焦りのまま再び光を放つが、藤丸立香から漏れ出る紅い燐光はそれを食い尽くした。
「馬鹿な、馬鹿な馬鹿な馬鹿な、有り得ない、惑星回帰すら可能にする魔力、その一端だぞ!?!!!!?!?」
「……ねぇ、ティアマト。ティアマトはこうなる事を知っていて、俺にこの『心臓』を託したのかな」
藤丸立香は倒れ伏し、それでも鼓動をやめぬその心臓が己のものでは無いことに気がついていた。そして胸の孔から響く一人の人間にしては余りにも大きな鼓動……その鼓動を藤丸立香は覚えていた。ああ、目が覚めるつい先程まで俺は彼女の胸に抱かれていたのだから、と。
「神、いやただの神ではない、これは創世神クラスの……っ!!!」
「今なら呼べる気がするんだ、ゲーティア。人類史に刻まれた英雄は呼べずとも、彼女なら」
ゲーティアは膝を突き藤丸立香を睨む。否、
「何を、何をしたァ……藤丸立香……人類最後のマスター!!!」
「お前は
「何を……」
「そして同時に、お前はこの心臓に薪を焚べた。46億年を回帰する膨大な魔力、その一端を焚べた。ああ、今なら分かる……彼女が嘘をつくはずがないって」
再会の時は遠くなかった。彼女はもう少しだけ頑張れと我が子へ言っていたが……ああ、確かにこれは少しだろう。余り再会が遅いと、英雄の物語としては1級品でも親子の物語としては些か残酷にすぎる。
「おかえり……ティアマト」
「……
───────
ティアマトは人理に残る自らの存在を全て捧げた。もう、これ以上我が子を殺す事は出来なかった。だが、まだ見守るべき苦難に満ちた子が……自分と同じ、世界に捨てられた子がいた。故に、母はごく自然に残りの全てを子へと委ねた。人理に刻まれた地母神は消え、ただ一人の人間に刻まれた母が残る。それはつまり、自らの存在の終わりを■■と共に迎えることを余りにも簡単に母は受け入れたのであった。
故にこそ、
「ぐっ……まだだ、まだ終わってなどいない!その神がたとえ創世神であろうとサーヴァントである以上!この獣の権能、ネガサモンがある限り貴様らに万のひとつも勝ち目など……ッ!」
「お前がゲーティアなら、そうだった」
マルドゥークという神がいる。メソポタミアの最高神であり、
「もう、お前の霊基は魔術王のものでは無い。お前は
「愛しい我が子。お前がマルドゥークであるならその斧を使えよう。もう一度……
「藤丸……立香ァアアアアアアア!!!!!」
もはやビーストはそこにはおらず、ただ二柱の古き神がいた。ただただ神話が再現されたならティアマトはこのままゲーティアに再び心臓を撃ち抜かれ、首を落とされるのかもしれない。だが、今の彼女には後ろに守るべき子がいた。そして何より、
子を守る母は強いのだ。それが原初の愛の形であり、生命の育みの源……三千年の繁栄を搾り取った光帯の、その源泉なのだから。
「貴様ですら無く……その母に敗れるなど……ハッ、乳離れ出来ぬ子供が人類最後のマスターとは、な……」
そうして、ゲーティアは討ち取られた。一人の少女が犠牲になることもない。一人の、ただの人間であることを望んだドクターが死ぬことも無い。母と子が再会する、完全無欠のハッピーエンド。失うばかりだった旅路の果てに、遂に■■は完全勝利を得た。
「……ティアマトの子ではあるけど、別に子供って訳じゃない」
……少し締まらぬ怒りを消えゆくゲーティアへと向けてはいたが。憐憫の獣だったものは、その人間らしい営みと愛に薄く笑い、消えた。数え切れぬ悲劇を見た。数え切れぬ悪を見た。数え切れぬ離別を見た。だが、ビーストではない今魔神達には思い出せる。そこには同じように、数え切れぬ笑顔、数え切れぬ幸せ、数え切れぬ出会いを見てきたことを。
ゲーティアは仕方がないとでも言うかのように酷く人間臭く困った顔で笑い、消えた。