ついていると、お得!
「………………くっ!」
藤丸立香は今、苦渋の決断をしていた。例え自らが死ぬとしても、マシュの事は助けなければならない、助けたいと願う彼はもはや手段を選んではいられない……それ故の
「先輩……あの、さすがにそれは言い過ぎでは……」
彼は凡人だった。如何に神の肉体へ近づき半神半人へと近づこうと、彼の中身はあくまで凡人であった。未だ傷つく心は残っており、恐れもあるのだ。どちらを選んでも……否、実質的に選べる選択肢は一つだけ。故にこそ葛藤しているのだ。ティアマトはなかなか歩み出せぬ我が子の背中を押すために語りかけた。
「愛しい我が子……自分でもわかっているはず。新宿とは違い、今回の特異点は力押しが効かない……全てを蹂躙し、殺し尽くすつもりならばまた違うけれど、優しい貴方はそれを拒む。なら、出来うる限り円滑に、効率良く進めるならこれは必要なこと」
穏やかで、思いやりを感じさせる声。その声に藤丸立香は歯を食いしばり、仕方ないと項垂れた。今までも沢山失ってきた旅路だった。ならば、今更失うことを恐れても仕方ない……それでも譲れないものの為に頑張ろうと立ち上がる。
「あの、本当にこれが次の特異点で必要なんですか?先輩、嫌ならこれは……」
「ごめん、マシュ。これは必要なことなんです。新宿での事と同じように話せませんが、大事なファクターにこれはなりうる……」
そう言って藤丸立香は目を輝かせているダ・ヴィンチから目を逸らしつつ、目の前の物を掴んだ。掴んでしまった。そう────
つまり、藤丸立香はこの日男の尊厳を捨てた。アガルタの為には仕方ないのだと本人とティアマトだけは知っていたが、周囲からしたら過労によるストレスだろうかと少し心配になる出来事である。尚、ダ・ヴィンチは嬉々として藤丸立香を美しく着飾り、メイクアップして彩った。
───────
ダ・ヴィンチに
そう、何処にいるかも分からぬ
出来うる限り
冷やかしに来て爆笑しているロマニをジト目で睨みつつ藤丸立香は嘆息した。バレルタワーみたいに鍵になるものが明確なら良かったのに、と。笑い過ぎだとティアマトに
「どうだい見たまえよこの傑作を!存外素質あるじゃないか〜!ん〜さっすが私、原石を磨きあげる事も朝飯前だ!」
「……もう、お婿に行けない……ッ」
「だっ、大丈夫です先輩!とても似合っています!!世界四大美女と言っても過言ではありません!!!」
「マシュ?何を言っているの?過言だよマシュ?ねえ?……ま、マシュが壊れた……」
見せられた姿見には確かに万能の名に恥じぬ天才が手がけたに相応しい美少女(ではない)が顔を赤らめつつ立っている。その姿に若干興奮気味のマシュと自分の仕事に満足気なダ・ヴィンチはキャッキャと楽しげに写真を撮っており、当の藤丸立香は2度目の尊厳破壊に羞恥心がオーバーヒートしそうであった。
そこにようやく正気を取り戻したらしいロマニがまた茶々を入れる。
「じゃあ立香君。折角だからそのまま女性らしい仕草に慣れるためにレイシフトまでその姿で過ごしなよ」
「ドクター!?」
ティアマトもアガルタで過ごすのであれば練習しておいて損は無いと納得顔。ロマニはそれを知るわけはないので推測とからかいから言ったものではあるのだが。
かくして数日間を藤丸立香は藤丸立香
尚、その姿を見た食堂の赤いアーチャーはむせて指を切った。
───────
そんな経緯を経て藤丸立香は地底の大地へと降り立っていた。地底にもかかわらず気温や気圧は問題なく、緑の生い茂る豊かな大地。地下数キロに位置するはずのそれが藤丸立香の知識の通り、アガルタであると確認すると小さく安堵のため息を吐いた。地図の無い暗闇の未来へ足を踏み出すことを決めたとはいえ、便利に使えるものは使いたいのだ。今となっては昔ほど神経質に隠さなくなった以上尚更。
『先輩、どうですか?各種数値はモニターしていますが何かしら異常があったら教えてくださいね』
「ありがとう、マシュこそくれぐれも無理はしないで。マシュは頑張り過ぎてしまうから、少し心配してしまいます」
『大丈夫だよ立香君。マシュの数値もモニターしながらオペレートしているから安心してくれ。一緒についていけなくて少し寂しがっているのもばっちりモニタリングしているさ!』
『ドクター!?そ、そんなことはっ!』
「はは……」
和気藹々と話す2人に苦笑しながら藤丸立香は地底を歩き出した。薄く熱を持つ令呪をそっと撫でると空を見上げる。太陽など無いはずの地底にも陽光のように差す光は藤丸立香の目を薄く焼き、それが眩しくて目を細めるとなんだか落ち着かない事に気づいた。
「……ティアマトが居ないからかな」
会ってそう多くの時間は経ってはいないが、それでもやはり彼女は藤丸立香にとって特別だった。警戒されないように女装までして潜入するというのに神霊級のサーヴァントを連れていてはあまり意味が無い故に仕方がなくはあるのだが、彼女は必要に応じて随時召喚するということになっている。単独顕現とサーヴァント契約の併用による召喚であれば何時どこであれ駆けつけられるためだ。ティアマトもまたそれを理解してはいたが少し寂しそうにしていた。
尚こっそり付いてこようとしていたアストルフォとデオンを手引きした罰としてムニエルはティアマトのその寂しさを紛らわす犠牲として普段の三割増しで
「ボクが居るから大丈夫だよマスター!寂しく感じることなんてナイナイ!すぐに解決して帰ろ〜!」
「マスター大丈夫さ。私もいるのだから、心配することはない。白百合の騎士の名にかけて守ろう」
「ありがとう二人とも。心強いよ、本当に……さて、両手に花だけれど見とれている訳にも行かない。2人とも、構えてもらえますか?」
前方から魔猪の群れが迫るのを見て藤丸立香は身構える。スカートは少し慣れないが、2人の実力があればさほど問題ないだろうと思いつつ指示を出そうとし、
「マスターも可愛いから両手に花というか花束だね!」
「っ!?」
何とも締まらぬ赤面と共に戦闘は始まった。デオンもうなずいているのがタチが悪いところだった。
───────
暫くして戦闘を終えた頃。とりあえず人里を探そうと決めた後に突然飛び出していったアストルフォが再び魔獣を連れて来たりなどのトラブルはあったが
「えっ、僕も女装するんですか!?」
そしてフェルグスの男の尊厳も破壊されるはこびとなった。コラテラルダメージだよ、と自らの仲間を増やした藤丸立香はからかうように言い、仕方ないとあっさり受け入れたフェルグスとの器の違いにちょっぴりダメージを受けていた。