アップライジング・ゼロ 作:ヌタープヲチナ
吉秋 成。これが彼の名前。
誕生日は3月21日で年齢15歳。今日、いや、もはやずっと昔になってしまったかもしれない時に歳を重ねた。
好きな食べ物はナポリタンスパゲティ。
抑圧されて育った人間というのはどう言った人生を歩むのだろうか。
成は口先だけは立派で家族に暴力を振るう父親と、奴隷のような扱いであることに甘んじて暴力の身代わりに子供を差し出すような臆病で卑怯な母親の元で育った。
成は幼心に自分には自由などなく、ただ自分を産んだ大人たちに押し潰されながら生きるしかないのだと、そう思っていた。
転機が訪れたのは彼が9歳の時だった。両親が死んだのだ。
◆
重い瞼を開けて目を覚ました成は自分が縛り付けられている事を理解した。中世ヨーロッパとかファンタジー世界を舞台にした映画でしか見たことのないようなロープで上半身を簀巻きにされている他、足首を縛られている。
そして寝かされているのはどこかの病室のような場所で、広い部屋にいくつものベッドが並んでいる。成自身はベッドの上にいた。薄暗い部屋だ。窓の外を見ると外はすっかり暗くなっているようだが、この部屋の照明は卓上の古めかしいランプのみ。何故電気の一つもつかないのか。省エネだかを意識しているのだろうか。利便性を重んずる成には理解ができなかった。
「ああ、お目覚めのようですね」
声が聞こえた方を見ると黒い髪をしたメイド服の少女がいた。歳は成と同じくらいか少し年上かもしれない。
「誰ですか貴女。ここはどこですか」
成は身を捩って離れながら問うた。『能力』はいつでも使えるようにする。
「あ、え、えっと……んん。私はシエスタと申します。ここ、トリステイン魔法学院で給仕としてお勤めをさせていただいています。
貴方は……失礼ですが、お名前を聞いてもいいでしょうか?」
トリステイン魔法学院? 成の頭に疑問符が浮かぶ。そんな名前の学校が日本にあるだろうか。イギリスだかドイツにはマジで魔法の使い方を教えている学校があるらしいが、そう言った類の場所だろうか。
「………吉秋 成」
「ヨシュア・キナルさんですね。苗字がおありとは……もしかして、き、貴族様でいらっしゃいますか?」
途端、シエスタの声が少し震え始める。若干の恐怖、恐れが見え隠れしている。
「発音が違いますよ。ヨシュアじゃなくて吉秋……いや、そんな事はいいんだ。貴族なんて言われるようなリッパな産まれじゃあないですよ。
そんな事より、この縄を解いてくれませんか? 貴族だろーとそうじゃなかろーと、こんな、犯罪者とか捕まえられた動物みたいな扱いはあんまりだと思うんです」
「ご、ごめんなさい。気を悪くしないでいただきたいのですけど、貴方が目を覚ましたら呼んで欲しいと仰せつかっているので。だからもう少しだけ我慢してください」
そう言ってシエスタはそくさくと病室から出て行こうとする。
「アーーーッ! アーーーッ! 緊急事態だよシエスタさん! 僕今スッゲーピンチなの! わかる? わかるよね! 誰にだってあるセーリゲンショーなんだからさァ! もう下腹部がパンパンに溜まっちゃってんの! このままだとベッドに世界地図ができそうなの! だからちょォーっとだけ縄を緩めてさァ! お手洗いに連れて行って欲しいなァーーーッ!」
陸上げされたマグロの如くベッドの上で飛び跳ね、暴れ回る成。縄を緩めさせて隙を作るつもりだ。
「ひえっ! す、すぐにミスタ・コルベールとミス・ヴァリエールを呼んできますから! 少しだけ! 少しだけ我慢していてくださいーーー!」
だが成の目論見は叶わずシエスタは逃げるように走り去ってしまう。
舌打ちを一つ。状況は良くない。『ミスタ・コルベール』と『ミス・ヴァリエール』。おそらくはあの平原にいた誰か二人、雰囲気的には『禿頭のメガネ男』と『ピンク髪の少女』である可能性が高い。あの二人は成を『使い魔』とかいう何かにしようとしているようだ。それが何であれ、成の意思は無視するらしい事はやり取りからして察しがついている。
逃げるしかない。成は『能力』を使った。
◆
『ピンク髪の少女』、ルイズ・フランソワーズ・ルブラン・ド・ラ・ヴァリエール。彼女は夜になっても不機嫌だった。
二年生への進級がかかった『使い魔召喚の儀』、何度も何度も失敗し、ようやく、初めて成功したかと思えば出てきたのは自分と同じくらいかそれよりも背丈が小さいかもしれない平民の男。今まで見たこともないような奇妙な服を着ていて、たまに見かける給仕と似たような黒髪をしている以外、何の変哲もない平民の男。
しかしソイツはあろう事か、ルイズの前から走って逃げようとした。平民が! 貴族である自分を! ご主人様である自分に背を向けて! 結果的に逃亡は憎きツェルプストーの女によって阻止された。つまり、敵に借りを作ってしまったのだ。逃げられた事よりも腹が立つ。
ツェルプストーの女に介助されながらようやく最後の儀式、コントラクト・サーヴァントに挑まんとした時だった。儀式の監督を担当する教師のコルベールが『眠りの鐘』を用いて呼び出した平民を眠らせ、儀式を中断したのだった。凶暴な使い魔がやってきて契約者に怪我をさせないように持ってきていた学院の秘宝を何故このような場面で使うのか。ルイズには理解ができなかった。
平民は『レビテーション』の魔法で浮かべられたまま校舎へと連行され、縄で拘束。ひとまず空いていた病床に寝かされた。そして起きるまでコルベールと待機させられる運びとなったのだ。
「失礼します! 御二方! あの、使い魔さんがお目覚めになられました! でもその……お手洗いに行きたいみたいなのです! 限界だそうです!」
空き教室で自習をしながら待っていた所、思い浮かべていた黒髪の給仕が飛び込んできてそんな事を言った。それを聞いたルイズはコルベールを待たずしてすぐに病室へ向かった。あの使い魔はご主人様から逃げ出した挙句漏らそうとしている。恥の上塗りは絶対に許さない。そう決心した。
「すいません、出口はどっちですか?」
「あっちよ! 急いでいるんだからくだらない事で呼び止めないで!」
「ありがとう。凄く助かります」
「まったく…………………………って! あ、あんた! どうやってあの縄解いたのよ!」
「やべっ」
声をかけてきたのはあの使い魔だった。どうやって拘束から脱したのかはわからないが、また逃げ出している。そしてルイズに気づかれるやいなや、また走って逃げた。ルイズも走って追いかける。
「止まりなさい! ご主人様の命令よ! 止まれったら!」
使い魔はチラチラとルイズの様子を伺いながらも足を止めない。
「ぜぇっ! ぜぇっ! ご、ごごご、ご主人様を、こここ、こんなにも煩わせるなんて……! 捕まえたら、たた、ただじゃおかないんだから……!」
その足の速いこと、さらに何十メートルも追いかけ回しても疲れる様子を見せないので追いつかない。流石は平民、貴族と違って常日頃から肉体労働でもしているのだろう。
こんな時に誰かメイジがいたら、『レビテーション』で使い魔をまた捕まえられるのに。誰か廊下に出ていないか、それともコルベールがさっさと追いついてこないか。
(そうよ、『レビテーション』よ!サモン・サーヴァントは成功した……ならコモン・マジックのレビテーションだってきっと!)
ルイズは懐から『杖』を取り出し、振り上げ、使い魔に狙いを定める。
「う! か! べえええええ!」
直後、爆音。使い魔の前の方の床が爆発した。さらにその勢いで壁が吹き飛ぶ。
「うわあああああああああ!」
いつもように呪文は失敗。だが逆にそれが良かった。爆発により使い魔の足を止めることができたのだから。
「ミス・ヴァリエール! なんて事をしたのです!」
そこへ追いついてきたコルベールが叱責。しかしルイズは悪びれない。
「あいつが逃げるから悪いんです!」
「あとで反省文を書いてもらいますからね!」
そう言いながらコルベールはルイズの前に出る。
「!」
入り込んできた夜風が爆煙を優しくかき消す。そしてルイズが見たのは、拳を構える使い魔の姿だった。あれは戦いの構えだ。平民が喧嘩や賭け試合で相手を殴る準備をしている構えだ。それを貴族に向けている。だがそこにやけっぱちやヤケクソのような、追い詰められた弱者の気配はない。ただの平民が何故あのような気配を纏うことができているのか。
ルイズは思わず一歩さがった。
「落ち着きたまえ、君。私たちは敵じゃない」
コルベールはあろうことが杖を手放し、両手を広げた。これでは無防備だ。無抵抗をもって使い魔を落ち着かせようとしている。
「見たまえ。今宵は二つの月が綺麗に見えている。こんな日に争うなど、始祖ブリミルは望まれないだろう。だからどうか」
◆
「待て………貴方今、なんて言った?」
成は『禿頭のメガネ男』の言葉に耳を疑った。
「争いなど、始祖ブリミルは望まれない」
「違う。その前だ。僕の聞き間違いか? それともあんたの頭がイカれてるのか?」
成は一呼吸おいて、『禿頭のメガネ男』の言葉を繰り返す。
「二つの月。そう聞こえた。月が二つあるのか?」
だが相手の二人はキョトンとした顔になる。「足を前に出したら歩けるんですか」とか、「火を触ったら熱いんですか」とか、そんな誰でも知っている当たり前を聞かれました、そんな事を言いたげな表情だ。
「あんた何馬鹿な事言ってんの!?」
そこへ『ピンク髪の少女』が怒鳴りつけ、彼女が吹き飛ばした壁の外を指差す。それに釣られて目をやった成は、目眩がするような感覚に襲われた。
月は『二つ』あった。