アップライジング・ゼロ   作:ヌタープヲチナ

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 薄暗い部屋があった。天幕付きの大きなベッド、見事な細工が彫られたタンスや化粧台、まるでどこか高級なホテルの一室のようなその部屋の窓、締め切られたカーテンの隙間から陽の光が差し込んでいる。

 ふと、部屋のドアが空いて一人の少年が入ってきた。彼は空っぽの水桶を部屋の隅に置くと、窓に近づいてカーテンを勢いよく開ける。

 

 シャアアアァァァキッ

 

「んんっ………」

 陽の光を浴びせられたベッドの中、ピンク髪の少女が鬱陶しそうに瞼を締め直すが尚も起きそうにない。少年は少女の傍まで近づくと、軽く肩を揺する。

 

「バリエールさん。朝ですよ。起きて」

「んっ………んはぁ………」

 少女は気怠げに上半身を起こし、重たい頭を持ち上げその長い髪の隙間から少年を見て溜め息を吐く。

「はぁ………夢じゃなかったのね。目が覚めたらドラゴンやマンティコアが私のそばにいる、そんな風に思っていたのに」

「お互いに。さあ、お着替えですよ」

 少年は用意していた着替えを少女に差し出す。瞼を擦って目を開けた少女は不満げに目を細め、顎をくいっと動かした。

「着せて」

「ホンキで言ってます? 確かに身の回りの雑用をやるって雇用契約ですけど、年頃の女子が同年代くらいの男子と着替えさせてもらうって、それ恋人の関係では?」

「男子? どこにいるのよ。私の目の前にいるのは『使い魔』よ。男子なんていないわ。『犬』と同類よ。あんたのいた所には犬と恋人になる人でもいるのかしら?」

「………昨日から思っていましたけど、随分と失礼な人ですね。貴女。人のことを犬呼ばわりして………流石に気分が悪いですよ」

「口答えするんじゃないわよ。見るからに弱っちそう…………………そう、弱いはずのあんたなんか野良猫にも負けそうじゃない。使い魔として役立たずもいいところなのに養ってあげようってのよ。

 私たちの関係について理解できたなら早く着替えさせて。朝ご飯に遅れちゃうでしょ。それともあんたは食事抜きがお望みかしら? ヨシュア・キナル」

 歯噛みするも少年の生存権は彼女が握っていることに変わりはない。渋々ながらも従う事にした。

「発音が違うって………はあ、なんでもいいや。わかりましたよ、ルイズドラバリエールさん。でも流石に下着は自分で着替えてください」

「あんただって発音おかしいじゃない」

 少女の説得を諦めた少年は不慣れで辿々しい手つきでその小さな身体に服を着せる。その時に目に入った左手の甲の、不思議な文字。

 少年、吉秋 成。少女、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール。昨夜のやり取りをぼんやりと思い出しす。

 

 

 ◆

 

 空に浮かぶ二つの月に呆然となり、戦意と逃亡意識を失った成は警戒しながらも『禿頭のメガネ男』に案内された応接室に入る。明らかに高級品とわかるソファに腰掛けたところ、『ピンク髪の少女』と『禿頭のメガネ男』が向かい側のソファに腰掛けた。

 『禿頭のメガネ男』は大きな『木の棒』を一振りした。すると部屋の隅にあったティーセットが浮かび上がり、湯を沸かし、茶葉を入れ、自動的に香りの良い紅茶をカップに注ぎ、綿のようにふわふわと浮かびながら三人の前にカチャリと置かれる。

「飲むといい、気分が落ち着くよ」

 促されても成は手をつけない。ただ紅色の水面にゆらゆらと揺らめく湯気を眺めながら自分の手を指圧するだけだ。

「何ですか今の……僕を浮かべたり、爆破したり……どんな『能力』なんですか」

「『魔法』だよ。我々貴族、その血筋の者が使うことのできる超常の異能。もしや、君は見たことがないのかね?」

 

「…………今日、初めて見ました」

 

 成の言葉は嘘ではない。超常的な『能力』なら何度も見てきたし、幽霊と話した事だってある。だが『魔法』などと言う、、ファンタジーやメルヘンのようなものを見るのは初めてだった。

「魔法を見たことがないだなんて………どんな田舎から出てきたのかしら」

 『ピンク髪の少女』は不遜な態度を取る。

「あなたたちは、いったい何者なんですか? どうして僕を拉致したんですか?」

「人聞きの悪い事言わないでちょーだい! 寧ろこっちがあんたみたいな平民が出てきて困ってるのよ!」

「やめなさいミス・ヴァリエール!」

 終始成に対して威圧的な『ピンク髪の少女』を『禿頭のメガネ男』が諌める。

「彼は状況もわからず混乱しているのだ。そんな風に怒鳴りつけてはいけません」

「……はい……ミスタ」

 肩を落として大人しくしはじめたものの、その紫の瞳は尚も成を睨みつけている。

 

「さて………色々とすまなかったね。私はジャン・コルベール。この学院で教鞭を取らせてもらっている者だ。

 こちらはルイズ・ド・ラ・ヴァリエール嬢。君を召喚した生徒だよ」

「………吉秋 成です」

「ヨシュア・キナルくんか………いい名前だね。始祖の敵に対して万軍を率いて打ち倒した聖人の名だ」

 発音が違う、そう成は訂正しようとした時だった。

「家名があるの? あんた、もしかして貴族? そんなわけないわよね。そんなボロな格好して」

「ミス」

 コルベールが半目横目でルイズを見ながら咳払いをし、事のあらましを説明しはじめた。

 

 コルベールはここがトリステインという国の魔法学院だと言うこと、ルイズが二年生に進級するにあたり行った『使い魔召喚の儀』によって成が呼び出されたと言うことを丁寧に説明した。

 『使い魔』というのは魔法使い、メイジが一生を共にする無二のパートナーであり、主人のために薬の材料の調達や身の回りの護衛を行う存在と言うことを知らされた。

 

「『一生』………ですか」

 あまりにも重たい言葉だ。物言わぬ動物ならば自分の世話をしてくれる人間に一生を捧げる事も受け入れよう。だが成は人間であり西暦2012年に生きる日本人、一生を捧げる相手ともなると結婚相手くらいしか考えつかない。

 

「重い選択だろう。君にも家族や友人がいるのだろう。だがこう考えられないだろうか。貴族の庇護のもと、『安全』な生活を送ることができる。無論、最低限主人のために働かなくてはならないが。

 どうだろうか?」

 どう言った意味でコルベールは問うているのだろうか。いずれにせよ成に選択肢など、あるはずもない。

 

「受けます」

 あきらかに地球ではない別の世界。成はこの世界のことを何も知らない。『能力』がどこまで通用するかもわからない。ルイズの『使い魔』とやらになってそのまま続けるにせよ、いずれまた逃げるにせよ情報は必要だし、それが集まるまでの住処と飯の種も必要だ。

(それに…………帰る場所なんて、もう…………)

 成は召喚される直前の事を何となく思い出した。昼夜が凄まじい速度で回り始め、太陽が巨大な空の線に見えるほど早く『加速』していた。自分の元いた地球は滅びた。そんな、妙な確信が彼にはあった。

 

「……そうか」

「最初からそうしなさいよね。まったく、面倒かけてくれちゃって」

 立ち上がって『木の棒』、杖を抜きながら歩み寄ってきたルイズに成は待ったをかける。

「まず雇用契約に関して細かな取り決めを行いましょう」

「あー、もう! 本っっっっっっ当に面倒ね! あんた!」

 叫びつつもゴネたら話が進まなくなると観念したルイズは渋々成と取り決めを行い、いざ使い魔の契約、『コントラクト・サーヴァント』に望んだ。

 

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 

 呪文を唱えて終わり。そう成は思っていた。

 

 ルイズの顔が覆い被さってきて、その小さな唇が自分のそれと触れ合い、左手に強い痛みを感じるまでは。

 

 ◆

 

(ファーストキス…………いや、ノーカンだよな。流石に)

 人差し指と中指で唇に触れる。少し頬が熱くなるのを感じた成はすぐに手を離し、頭を振って何も考えないようにした。

「何やってんの?」

「別に……」

「ま、どーでもいいけど。それより早くドア開けなさいよ」

 どこまでこき使うつもりなんだろうと思いつつ、成はため息混じりにルイズに従う。朝食抜きはごめんだからだ。

 

「いいこと? あんたは常に私の右後ろを三歩下がって歩きなさい。私が手を差し出したらペンでも魔導書でも一秒以内に渡す事。ああ、そうだ。そのために荷物も持たせなきゃね。でも勝手に開けたらご飯抜きにするから。それから」

 成の堪忍袋が温まり始めた時だった。ルイズの部屋の隣のドアが開き、長い赤毛の女性が現れた。成を捕まえたあの『褐色肌の美女』だ。よく見ればルイズと同じように学生服を着ているため、彼女もまた学生なのだと推測できる。

 

「おはよう、ルイズ」

 ニヤついた顔での挨拶。

「おはよう、キュルケ」

 嫌そうな顔で応対。その様子を見て鼻で笑うような態度を取ると『褐色肌の美女』、キュルケは成をジロジロと見る。召喚された時の事も思い出して、成は居心地の悪い思いをした。

「アッハハハ! ほんとに平民と契約したのね! 流石は『ゼロ』のルイズ! 私にできないことを平然とやってのける!」

 成の左手、そこに刻まれたルーンが目に入ったキュルケは笑い出した。

「うるさい」

 ルイズを揶揄うダシにも使われる。成もまた顔を顰めた。この不思議な世界に来てから彼は何もしていない、何もしていないのに誰からも笑い物にされている。なぜこんな理不尽を受けなければならないのか、不満は募るばかりだ。

 

「私も召喚したのよ。どこぞのピンクブロンドのお子さまと違って一発でね!」

「どーでもいいわ。宇宙の果てがどうなっているのかくらいどーでもいい」

「そうむくれないで見なさいよ! やっぱり使い魔は、フレイム!」

 キュルケが名前を呼ぶ。すると彼女が出てきた部屋から巨大なトカゲが姿を現した。ワニのように大きいが全身を覆う鱗は赤色であり、尻尾の先端には炎が松明のように揺らめいている。

「こうでなくっちゃ!」

 胸を揺らしながら自慢げに体を反らせた。

 

「スタン」

 その恐ろしい目と自分の目が合い、思わず『能力』を使いそうになった成は寸手で踏みとどまる。名前を呼ばれて出てきた、つまり人の命令を聞くようにされている筈。キュルケが命令をしなければ攻撃してこないはず。

「あーら、震えちゃってかわいい! 大丈夫よ。あたしが命令しない限り噛み付いたりしないから」

 笑うキュルケの言葉に踏みとどまってよかったと安堵する。もしも『能力』を使ってしまったのならば、もしもこのフレイムをぶちのめしてしまったのなら、それは大変に面倒なことになる。『能力』はおいそれと人に見せるようなものではない。必要な時以外は隠しておくに越した事はないのだから。

 

「この……トカゲはいったい?」

「火トカゲのフレイムよ。それもこれほどまでに大きい尻尾の炎、火竜山脈の個体に違いないわ! 絶対にやらないけど好事家に売ろうとしても値段なんかつかないんじゃないかしら」

「進化して翼が生えたりしますか?」

「は? いや、しないと思うけど……」

「………触ってみても?」

「いいけど」

 恐る必要がないとくると、次に成の心に湧いたのは好奇心だった。同じくらいの目線までしゃがみ、噛みつかれやしないかと恐る恐る手を伸ばして指先で触れる。フレイムは目の焦点を成の指に合わせようともしない。気にしていないようで、更に指を滑らせる。

(スタンド……じゃあないな。実体がある、高温ながら体温がある、脈拍がある。生きているんだ、こいつは)

 成はフレイムの鼻先を指でくすぐりながら、これが生き物である事を確かめた。不思議だ。尾の先から絶えず炎を発しているというのに触ってもちょっと熱いくらい。

「あ。そんなところ触ったら」

 これなら大丈夫かなと、成がフレイムの頭を撫でようとした時だった。

『ぶっくしゅっ!』

「きゃあっ!」

 フレイムがくしゃみをし、鼻から吹き出た炎が成の顔を包んで消えた。

「………あっつい」

 顔が黒焦げになる成。

「何やってんのよバカ!」

「ワァーーーハッハハハッハハッハァーーー! なかなか楽しい子じゃないの! さすがはルイズの使い魔ね!」

 成の痴態にルイズは怒り、キュルケは腹を抱えて笑う。成はポケットからハンカチを取り出して顔の煤を拭い、鼻水を垂らすフレイムを拭いてやりなが「ごめんね」と一言謝る。

 

「ヒーッ! ヒーッ! はぁ………朝から笑って気持ちがいいわ。ねえ貴方、お名前は?」

 ひとしきり笑い合えたキュルケが目を擦りながら尋ねてくる。

「………吉秋 成」

「ふーん、ヨシュア・キナルね。いい名前じゃない。覚えておくわ」

 また発音がおかしいと思いつつ、成はため息を吐くだけに留めて訂正はしなかった。名前を教えた全員の発音が変であるため、この世界の人には彼の名前は耳馴染みのない音なのかもしれない。もうここではヨシュア・キナルで通そうかなと、半ば諦めながら思っていた。

「じゃあお先。二人も早く行かないと朝食を食べ損ねるわよ〜」

 一頻り二人を揶揄って満足したらしく、手をヒラヒラさせながらキュルケは去っていった。フレイムはそっぽを向くような、一見するとそっけないように見える仕草で彼女に着いていくが背中を成の脛に擦り付けるように傾けながらのっしのっしと歩き去って行く。どうやら彼を気に入ったようだった。

 

「キィーッ! なんなのよあの女! 何が火竜山脈のサラマンダーよ! いい気になっちゃってー!」

 地団駄を踏み、ルイズは成を睨みつけた。

「あんたねえ! なにバカなことやってんのよ! あの女に恥を晒すなんて!」

「ただの事故ですよ」

「あーもう! なんであの色ボケがサラマンダーでわたしは小さい平民なの!? 始祖はわたしにどんな恨みがあるっていうのよ!」

「身長のこと言わないでもらえます?」

 頭を抱えて叫ぶルイズに成はムッとしながら言い返す。

「せめて195サントはありなさいよね! いざとなった時に最低限盾としての役割くらい果たせるように!」

「いくら雇用主でも言っていい事と悪いことがあるでしょ。労働基準法を遵守してください」

「そんなのないわよ!」

 言い合い、と言うにはいささか一方的がすぎる捲し立てはキュルケが去ってからしばらく続いたが、食堂に近づくにつれて人目が気になり出したルイズは不満気ながらも黙ることにした。

 

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